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いつの日か

第5話

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よ!
片手を軽く上げて、待ち合わせ場所に駆けてくるりん

擬音を付けるなら「トトト」だろうか。
走ってる姿も可愛い。

ケンカ別れしてから、二年は経ったか。

今、目の前に倫がいる!
変わってない。
いや! 可愛さ倍増してないか?!

「変わってないな」
思ったまま声に出てた。

「えー! 大人だよ? 変わったっしょ?」
「大人って。学生はまだ大人って感じじゃないだろう」
「そっかー?…で、どこ行く?」

リュックの紐に両手をかけて、きゅっと引っ張る。
にぱっと笑う倫に目眩がした。

「顔赤いな。風邪?」
額に伸ばしてくる手。

「元気だって。厚着した所為かな」
誤魔化さねば。
避けながら、掴んで、引っ張る。

「ちょっと行った先に、パン屋のカフェがある。行こうか」
サークルで女子がチルいとか美味しかったと騒いでいた。
しっかり場所を聞き出し、下見もバッチリだ。

ムフフ、デートってやつですよ。

優太ゆうたってパン好きだよなぁ」
倫の明るい声。

「ほへ?」
驚きすぎて変な声が出た。

握った手をぶんぶん振られる。

「高校の時さ、オレ食べてたのよく横取りしてたじゃん」
「横取りって…」
苦笑い。
それは、倫が食べてたから。

「横取りは違うかな。んー、ほら、一口とか言ってほとんど食ってた。あ…」
なんか固まった。
昔から考える時固まるな。全部頭の中に集中するんだろう。

「一口は一口か。こう…ばっく」
大きな口を開けて握った手を食べる真似をする。

はぁ、尊い…。

「俺、口大きいからな。倫の手も食べれる」
なんて事言ってるんだよ、俺。
気が緩んでる。ヤバい。

「まじか。入るの?」
突っ込まれかけた。
倫、お前は……可愛いな。



ベーカリーカフェ到着。

手繋ぎっぱなしで来れた。
この手、洗いたくない。
あ、洗うよ。洗うけど。気持ちがね。理性をね。

…俺、ガンバレ。

「倫がパン好きだったんだろ」
「好きだよ」
にっこり。

好き!
響きがいいな。
脳内リフレイン。

分かってる。
好きなのは、俺じゃなくてパン!
パン憎し!

「ココ、美味しいらしい」

休日だからか人多いな。女子率高い。

庭に面したテラス席が空いてた。
冬にテラス席はまず利用しないな。
陽が当たって暖かそうだが。

パンを選んでテラス席に納まる。

マグで淹れてもらったカフェオレを啜る。

目の前で山積みのパンを頬張る倫を眺める。
俺はカフェオレのみ。

おしゃれカフェでの食べ方じゃないような気がするが、倫は何やっても可愛いから許す。
周りも許すだろう。
許しやがれ!

倫の食べてるのを横から食べる。
高校の時は断りを入れていたが、なんだかイタズラ気分だった。
きっと気分が高揚してたんだと思う。

びっくりした顔のまま、半分くれた。

次々、倫のお腹に収まっていく。
全部が収まった訳では無いが。
一口食べて美味しそうに顔を綻ばせて、半分千切って渡してくる。
自分の口と俺へと忙しそうだ。

庭を見ながら、パンとコーヒー。
いいな。
横に好きな倫。
幸せじゃないか。

二年ぶりに会ったとは思えない程馴染んでる。

あのメッセージのやり取りの後、連絡を取り合った。
声だけで苦しくて嬉しくてやるせなかった。

大学が変わってこっちにきているのを伝えると、電話の向こうでも分かるほど驚いていた。

会えたら、あとは触りたいよな。
ん?
あー、また順番すっ飛ばしそうになってた。

この前ネットで手錠と鎖、ポチりそうになってた。
色々あるんだなって迷ったよ。

そうじゃなくて!
大丈夫。理性で止めたよ。

まずは、両想いになるように誘導せねば…。

そもそも、俺だって男を好きになるなんて思ってもなかった。
倫にしか食指は動かんが。

倫の恋愛対象は異性だ。
たぶん女子が好き。

書道部の女子を熱心に撮ってた時、胸の事を熱く語ってたのを憶えてる。

襷に袴姿の彼女の胸がぎゅっと小さくなってるって。
制服の時ボタンはずれそうに大きいのに、ぎゅっと収まってるんだと。このラインがめっちゃイイんだって。
サラシでも巻いてんだろって言ったら納得してた。訊いてくるとか言ってたな。
あの時どうなったんだったか…。


「これも美味いな」
もきゅもきゅ…

頬っぺたいっぱいだよ。

また千切って差し出してくる。
これならいけるか。
パクッと、高校の時みたいに食べた。
指ごと食べる。

倫の指。
…食べたい。

ジャムのついた指を舐め取る。
甘い。

「汚っねぇなー」
笑ってる。

「高校ん時思い出すな」
もきゅもきゅ…

可愛い。
もう何百回でも可愛いって言える自信があります!
「だな」
幸せだなぁ。歌える自信があります!

「こんなに美味いパンいっぱい食べれて、優太がいて、なんか嬉しいな」
最後のパンを手にニコニコしてる。
うんうん、同意。
カフェオレもう無くなるな。最後の一口。

「親友っていいな」

盛大に咽せた。


店を出て、近くの公園に向かったが。
ちょっと記憶飛んでた。

親友か。
そうだよな。
倫にとっては、親友だよな。
関係が戻れて嬉しんだろうな。

あー、どうしよう。

「腹いっぱい」

あうう。分かってた事じゃないか。
俺だってついこないだまで友達だと思ってたよ。親友だって良いじゃないか。

でも止まらない。
好きが止まんねぇ。

「好きだ」
「ん?」
わきゃ、言ってしまった!

「ココ景色いいな。お前好きなんだ」
「あ、ああ」
ああ! 伝わってなかった!
伝わってなくて良かった。

「カメラ持ってきてないのか?」
「あ? あぁ、辞めた」
「えっ?」
「カメラ、全部処分したから、手元にないんだ。…でも、これは、撮りたくなるな」

指で枠を作って、構図を考えてるのか腕を伸ばしたり、首を傾げたり楽しそうだ。

大きな池のある風景に倫が溶け込んでいる。

「なんで…?」
あんなに熱心に取り組んでたのに。

「無かったのさ。才能ってヤツ? 時間の無駄じゃん!
…無いものに掛けるより、他に掛けたくなっただけ」
へらっと笑う。

「そうか…」

スマホを取り出すと、カシャリと電子的なシャッター音が鳴る。
しばらく写真をチェックして、再び構えてシャッター音。

やっぱ、好きなんじゃないのか?

「お前はもう跳ばないの?」
「ああいうのは高校までだろう」
「じゃ、オレもそれ!」
「なんだよ、それ」
納得いったのかスマホをしまい掛けて、止まった。

ん?

振り返ってレンズをこちらに向けられた。

油断した!

「あは! やっと撮れた」
嬉しそうだ。

「文明の利器だな。速攻で反応するわ」

「はぁ、連写かよ。無駄遣い。…消せよ」
逃げてなかったのは、初めてだな。

「ヤだよぅ。お前の写真一枚もないんだぞ」
「みんなで撮ったのとかあるだろ」
ぶんぶん首を振ってる。

可愛さを堪能する余裕が無くなった。

えっ? マジ?

「端とか正面以外のならあるけど…。集合写真とかはノーカンな」

俺ってぼっちだった?

「コマ撮りぃ。…優太動いてるぅ。あはは。ほら! 見ろよ!」

ぴったり横に引っ付いて、写真を見せてくる。
ああ、倫の匂い。
顔近い!
倫の方がちょっと低いが殆ど身長変わらないから髪が触れる。
肩押し付けて、顔が、息が、近い。

「お前逃げるか、撮る方だから残らなかったんだよなぁ…」
そ、そういう事? 良かった……。

くらくらする。
思わずだった。
肩を抱き寄せて。
抱き込むとぐりぐりと頬を頭に擦り寄せる。
ああ、この感触…。
妄想の中とは全然違う。高校の時とも違う。

「な、何?!」

「倫の匂い…」

首筋にぐりぐり鼻を擦り付ける。
「くすぐったいぃ…やめ、ろよぉ…ぅ」
胸の奥まで思いっきり吸い込んだ。

程よく柔らかい倫。
案外、筋肉質?
頬っぺた柔らか…。

腕の中で荒い息遣いでもがいてる。
あったかい。
腕の中でどんどん熱くなる。
熱く…はっ!

慌てて両肩を掴むと引き剥がした。

真っ赤になって涙目の倫がいた。

やってしまったぁ! あうあう…。

「いや…あ、あの…」

肩を掴んだ手を離す事なくしどろもどろ。

なんて事をしてしまったんだ…。

「お前って、高校ん時から近いよな」
「あ、ごめん」
ようやく手が離れた。

手洗えない…以下略。
妄想が噴き出してくる。

「くすぐったいだろ。はぁあ、変に力入っちゃってあちこち痛いわ。あー、苦しかったぁ」
身体のあちこちを摩ってる。

そう言えば、腕の中でウヒィとかひぃーっとか暴れてたな。

「高校ん時より激しくない?」
「そ、そうか? 気のせいだろう」
変な汗かいてきた。
顔引き攣ってないかな。

「ま、二年ぶりだしな。手加減してくれよ!」
トンと体当たりしてきた。
「別に嫌いじゃないよ? 優太とこういう事するの」
「あ、ああ。じゃあ適度に」
笑って倫の頭を掻き回す。
ワシワシ…

心の中は、あああああ?!の嵐です。
訳が分からなくなる!

倫さん、あなたはどうなってるんですか?
誘惑してます?
理性試してます?

俺の事好きですか?!

倫は、乱れた服と髪を整えながら、この辺一周する?と笑顔。
俺は、頷いて、歩き出した。

んー、ペタペタ触っても大丈夫?
ぐりぐりもOK?
…いつの日かそれ以上の事も?

倫におもいっきり触れるようになりたい。

小さな希望。

ん? なんかズレてる気がするが…初心なんだっけ?
…ま、いいか。いいのか?

マズイ何かは…、歩みが止まっていたようだ。

倫が笑顔で手招きしている。

考えるのは後だ。

今は倫の可愛いさを堪能してもいいじゃないか!

彼に向かって歩みを踏み出す。



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『飲まれるな』へ続く。
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