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いつの日か

第1話

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ヘッドボードの引き出しを開けて、大音量の目覚まし時計を止める。
引き出しを閉めながら、身体を起こす。

のっそり足を下ろした。

裸足の足裏に硬い物が触れる。

踏み込んだらあかんヤツだわ。
そっと足を上げて拾い上げた。

メガネだったものが、手の中に……。

真司しんじーッ!」

力一杯、腹の底から唸りをあげてベッドの上で叫んだ。






確実に行ける高校。
費用も掛からなければなお良い。

後ろのヤツが手がかかし、金もかかる。

弟が生まれてから何もかも、弟第一になった。
十二歳差。干支が一周しちゃいましたよ。

小学校の最終学年。弟が出来たと報告を受けた。
キョトンとしている俺の頭をガシガシ撫でながら、親父が「お兄ちゃんだ」と満面の笑みで宣った。

そうか、お兄ちゃんか…と実感ないまま納得した。

おふくろはその後ろで、困ったような嬉しいような複雑な顔をしてお腹を摩ってた。

生まれた弟は、皺っ皺の真っ赤なサルだった。
顔を真っ赤にして大音量でぎゃん泣きする。
もーーーーーーッ、可愛くってッ。

小さな弟が可愛くて、仕方なかった。

構いたくて仕方なかったが、小さくて壊れそうで、いつもおっかなびっくりで面倒をみていた。
でも、可愛いんだよ!
メロメロさ。

ハイハイをする頃からなんか不思議な感じがした。その前から不思議な感じはしてたが…。

泣く。
取り敢えず、泣く。
大口開けて泣く。
何があっても泣く。
耳大丈夫か?ってぐらい大音量で泣く。

こっちは耳鳴りするぐらいなのにさ。

泣いて暴れる弟を抱っこして、耳鳴りと戦った。
弟は癇癪魔王だ。
俺は魔王の……何にしよう?

おふくろは方々に相談しに弟と出かけた。
俺は中学生だから、一人で大抵できたので、別に困りはしなかったが、両親は困り顔だった。

癇癪魔王の弟は、両親の頑張り(俺も入れてくれてもいいけど)で、幼稚園に行く頃には、癇癪魔王が癇癪魔人にまでレベルダウンしていた。

王様が人へって感じ?

何かがレベルアップしたのか?
知らんけど。

兎に角!
俺は弟が大好きなんだ!

やっとお兄ちゃんぽい事も出来るかと思って構おうとしたが、俺に対しては、何が気に入らないのか噛みついてくる。

ホント、文字通り、噛み付くんだよ。野生児か!

そんなこんなで可愛い弟は、生まれてからとんでもなく両親を独り占めしてくれた。

で、俺はグレなかったかって?
フッ、笑わせないでくれ。
グレてる暇なんて無いわ!

中学生を舐めんなよ!

めっちゃ忙しいんだぞ!

部活して、勉強して、ゲームして、家事をして、噛み付く弟の相手して。
あっという間に受験に突入だよ。

突入してたんだよ……。とほほ…。

俺って中学でなんか成したか?
部活…?
バー跳んで、空見てたな……。

弟の癇癪に良かれと、おふくろと弟はあちこち行ってた。
相談できるいい場所にたどり着けたとかで、おふくろも最近では心から笑ってるなって笑顔も見えてきた。

我が家は安泰。平和が訪れるってもんだ。

がッ、出て行くものはある。

おやじが「コイツ、羽生えてるだろ」と財布見て呟いてた。

さつには羽があるらしい。知らんけど…。

ひとまず、大きな山は高校の出費。

高校は行きたい!と両親に言うつもりが、先に、行きたい高校に行きなさい!って言われた。
それから謝られた。

きちんとした塾に入れてあげられなくてごめんって。

ほへ? 塾は行ってたよ?

小学校から小さいな学習塾。

親父の知り合いがやってる面倒見のいい先生だよ?
むさ苦しくてダッサイけど。
いっつもボサボサ頭だけど。

めっちゃ熱心なおじさん先生に対して、それ、失礼やん!
あの小さな学習塾にめっちゃ失礼やん!

塾扱いしてやってよ!
俺、めっちゃ世話になってるよ?

なんなら人生相談乗ってもらってるよ?
グレなかったのはもしかして先生のお陰?

俺わりと勉強出来るんだけど、オヤジ達分かってるのかなぁ?


心配してる両親を横目に、腕をガシガシ噛んでる弟をぐりぐりしながら、進路を考える。

ま、将来大学も行きたいし、弟にも何かと必要になってくるから……

私立はナシ!だな。
大学も国公立だな。

取り敢えず、公立の高校だ。

そんでもって、近くて自転車で行けるとこで、費用も抑えていければ良い。
補助金とか出るかな。
後で返せとか言われるのはイヤだな。
それナシの方向で、先生訊いてみるか。

さっさと先生捕まえて、質問攻めにした。

という事で、この辺かなと思うところがあったので、希望校アンケートはサッサと書いて提出した。

あまりに着々と進めて行くので、なんとなく両親がすまなそうにしてる。
だから言ってやった。

「弟ばっかり構ってて、俺が寂しくしてると思ってるみたいだけど、ちゃんと、あ、愛情とか、可愛がってくれてるのわかってるから、心配しない!
弟も邪魔とか思ってない!
大好きだからな!
俺は家族の事、大好きだ、か、ら…な」

後半声小さくなったけど言った。言いきった…つもり…です。





合格発表の朝。

引き出しの中で鳴ってる目覚まし時計を止めて、引き出しパタパタのいつものルーティンをしての、この物体…。

やってくれましたね、弟よ。

ベッドから降りたら、なんか踏んだよ。否、軽く、触れたね。俺の回避能力すげぇ。

メガネ見当たらないから、よく分からないけど、多分探してたメガネ……。

拾い上げて、絶望した。
ツルがあり得ない方向に曲がって、レンズは嵌ってたけど、向かい合う勢いで曲がってる。
もう、一種のオブジェですわ。

こんな事するのは、弟以外いない。
いつもは引き出しに隠してたのに、昨晩はうっかりヘッドボードの上に置いてしまった。

「真司ーッ!」
予備のメガネを出しながら、弟の名を叫んだ。

朝ご飯を食べながら、おふくろにメガネ修理を頼んだ。
修理は無理だけどなんとか救う部分ないか?
どこかって?
レンズとか?
…無理ですかね。
はい、分かってます。無理ですね。

合格発表は一人で行くことにした。
今パソコンも修理に出してる。
これも弟がやった。

ネットで見れるけど、スマホの画面小さいから、なんかやるせない。

どうせ見るなら、等倍の実物大で見たい。

「なぁ、真司ぃ。なんで兄ちゃんの大事なの壊すかなぁ?」

「兄ちゃん、起きんから!」

「え? 起こしに来てくれたんか? なんて優しい子やぁ」
ぎゅっと抱きつくとぐりぐり頭に頬を擦り付けた。

小さい子特有の匂いがする。
赤ん坊の頃の甘い乳の匂いはしなくなったが、いつまでも吸ってられる。
ちょっと汗臭いのも良い。

スンカスンカと匂いを嗅いでた。

思いっきり嫌そうな顔をして、腕の中でジタバタ藻がいて、唸ってる事などお構い無しに、頭にキスをする。

「えぇ子やなぁ。兄ちゃん嬉しいわ…痛ッ!」
腕に思いっきり噛みつかれた。

「兄ちゃん嫌い!」
「俺は好き」
グゥぅと唸る弟をさらにぐりぐりして、出かける準備をする。

おふくろは「メガネ買い替えね」と呟いてた。
弟よ。母に心配かけるな。金を出さすな。

優太ゆうた、帰りにでもメガネ屋さんに寄って。説明しとくから。丁度買い替え時だったし、良かったね」
台所で片付けしながら、明るく言ってたが、良くないだろ~。おふくろらしいけどな。





紙長いな。
俺の番号、あっちの端じゃん。

あっ、あった。

写真撮って報告するか……邪魔。

お前邪魔!

枠に頭入るんだよ、どけ!

心の中で悪態つきまくり。
ハレの日だ。その辺の空気は読めるよ。

目の前でキョロキョロ落ち着かないヤツにイライラ。

口には出さないけど、イライラ不機嫌オーラは出まくりだと思われ…。

ん?
なんか動きが、何かに似てる…。

急にイライラが治った。

何に似てる?
リス? ハムスター? 仔犬?
…ああ、真司だわぁ。

どうやら写真をどう撮ろかとお悩み中らしい。

「写真撮るの?」

「あっ、お願い出来る?」

良い声で振り返る。

あ、可愛いな…。

真司の可愛さとタメ張れんじゃね?と思ったのに。
うっわぁ~、露骨に表情曇ったよ。
分かってるよ。ここメガネだろ?
仕方ないじゃないか。予備のはこんなのしかなかっただよ。
無理して笑顔作ろうとして引き攣ってるし。
ま、同い年の男に可愛いって思った俺にも引くけどね。

「何番? 一緒がいいんだろ?」
誤魔化すように、不機嫌を声に乗せた。

そのあとのコイツのテンションは、どうなってるの?ってほど高かった。
たぶん、浮かれてるだけだ。

ガルガル唸ってる弟と違って、ウヘウヘ走り回ってる仔犬みたいだった。

受付に一緒に向かった。
書類受け取りに行って、落とすし、あっちこっちふらふらしてる。

出会う先生方や用務の人にも挨拶しまくってる。
挨拶は良いね。笑顔いい。

でも…これって…。
見とかないと、なにかと不味いんじゃなかろうか…。

浮かれてるだけだと思ったが、素、だな。

あっ! 躓いた。
そこ、何も無いだろ。
うへへって笑ってこっち見てるし。

か、可愛いじゃないか!

意気投合。



牧野 倫まきの りん
山田 優太やまだ ゆうた
連絡先を交換した時、初めて名乗り合った。
あれだけ喋ってたのに、名乗ってなかったよ。
画面に表示された字面を見て、よろしくと腕を交差させた。

充実した高校生活を予感させる出会いだった。



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