絡める指のその先に…

アキノナツ

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《7》

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社長から電話を貰った。
カオルちゃんからじゃないのは珍しい。

「病院行ってくれ。カオルがいる」
忙しいおっさんだ。監督以外の仕事もしてるから、何かしら出掛けてる人からだ。なんで俺が?

言われた病院。
いつもお世話になってるところです。
バス停から徒歩数分。

待合室に厳ついオーラを纏わせてるカオルちゃんが居た。
子連れのお母さんがビビってる。
子供は反応してない。無害認定なのだろう。
優しい男だからな。
目が合った。手招きで外に呼び出す。

「相変わらず厳ついな」
「どうにもなりませんよ」
顔に手を当てつつ、困り顔だ。
無理難題だよな。

「服装変えてみるとか?」
無難な提案をしてみる。
「んー、どんな?」
明白に期待した顔をしてます。顎先を触ってます。

暫し考えたが、変な画が浮かぶだけで、どうしようもないな。
「カオルちゃんは今のままがいい」
言い切った。

「なんかそれはそれでイヤな感じですよ」
「そこの喫茶店サテン? 談話室?」
本題に戻す。
「そこのベンチでいいですか?」

病院の敷地内に小さな庭がある。
リハビリにも使われてるのだろうが、今日のような日差しもなく肌寒い日には誰も居ない。
缶コーヒーを各々手にベンチに腰掛ける。

あいさんが見つかりました」
そんな気はしてた。
結局自分で動いてくれたんだ。

何軒か興信所に相談には行った。渋られ断られた。
理由は聞かずにその場を後にした。
なんとなく分かった。手を出しちゃいけないところに触れてるんだ。

元カレを捕まえて、どこから金を借りたかどうやって藍さんを売ったかなど聞いてもいいが、あの男を殺さずに話を最後まで聞ける自信がない。
こっちが豚箱では割に合わない。

「ここに暫く入院します。検査をして確定でしょうが、…患ってます」
「そうか…」
「それから、配信動画が聞きたいって言ってるとか。意味が分からないんですが、あおさんって、動画の配信とか詳しいですよね?」
一度戻って、タブレットか何か持ってくるかな…。
待てよ。撮影に使おうと思って買った中古の持ってたよ。

リュックに入れっぱなしだったのを引っ張り出す。
病院のWi-Fiに繋ぐ。
設定しながら、カオルちゃんの言葉を聴く。
コーヒーを啜りながら、この病院に転がり込んだ藍さんの様子を語ってる。
病院から聞いた話を整理しながらなのだろう。とつとつと。静かな語りに耳を傾ける。

タクシーで乗り付けて来たらしい。
無賃乗車。
先生が立て替えてくれたらしい。
「警察行って」じゃないところが、藍さんらしいか。
スラスラと告げる病院の住所と具合悪そうだったから、運転手も違和感なく運んだようだ。
料金は先生からと言われたら、病院との交渉をせざるを得なく、受付で話したり、先生呼び出したりしてくれたようだ。運転手さんも大変だったね。
名刺があるらしいから後で菓子折り持って行くとカオルちゃん。

「どんな配信のでもいいのかなぁ」
「くーにゃんとかいうゲーム配信のだって看護師が言ってた。藍さんってゲームする人だった? 知ってる?」
手が止まった。

くーにゃん? 『クーにゃん』だったら自分ですが。
なんで???
藍さんに話してないぞ。というか、ここにいるカオルちゃんにも、周りの人間、誰にも言ってない。俺の細やかな趣味です。
そうだッ。他の『くーにゃん』かも。
他にゲーム配信してる『くーにゃん』が居ればだが。

検索………俺しか居ないようです……。
他にも居てよぉ~。

「それから、本人はあまり自覚してないみたいなんですが、目があまり見えてないのではないかと看護師から」

「目? なんで?」
手元で俺の配信一覧が表示されている。

「栄養失調気味もあるのでその影響かもしれないらしいんですが、性病の症状にそういうのがあるらしいので、目は外来で診察するそうです」
病院の費用の心配は無いと言ってやらないと。随分売れたんだよ。
社長の分と合わせたらなんとかなると思う。
俺たちが立て替えててもいい。

設定も終わって、俺の手が止まったのを見て、カオルちゃんが立ち上がった。

「個室です。行きますか?」
足は重いがカオルちゃんの後について行く。




「藍さん、お加減いかが?」
カオルちゃんが明るい声で入って行く。
「そんなにすぐにどうこうならないよぉ~」
少しハスキーだが、藍さんの声だ。
生声は2年振りだな。

「こんにちは。お邪魔しますぅ」
扉を閉める。
「えっ、やだぁ~。カオルちゃん、クーにゃんどうやって連れて来たのぉ~?」
キャッキャと藍さんがはしゃぎ出した

「その『くーにゃん』とかに、どんだけ会いたいのよぉ~。青斗あおとくんですよ」
カオルちゃんがフォロー。
「青斗です」
「あー、青くんかぁ。お久しぶりぃ」
残念感が半端ない。
俺って…。落胆にカオルちゃんの口調の変化を流してしまった。

「ファンって事でいいのかしらね。動画観れるよ。青くんがしてくれた。聞きたかったんでしょ?」
「んー、ファンなのかな…」
そうなんですか?! 気持ちは跳ね上がる!

「ファンじゃないね」
そうなんですね…。しょんぼり…。

上がったり、下がったり。

「でも、クーにゃんに一言、言ってやりたいのよ。自分勝手で突き放した物言いしてるよって。もう少し優しく言えないのかってさ」

あー、俺ってそういう感じに思われてるのか…。ぐだぐだ垂れ流しの配信だった。
言い出しにくい……黙ってるか。

「会いたいって思ったの。ーーーーーお礼が言いたいかな」

「お礼?」
カオルちゃんが呆れ顔で流し気味に聞きながら、機材を置けるスペースを作っていた手が止まる。

「コメントに書けますよ」
思わず割って言っていた。

「あー、今のオレなんも持ってないし。頭使うのは今はいい。疲れちゃった」
藍さんがムスンと唇を尖らせ、モソモソとベッドに潜り込んでしまった。

「一歩が出たから。クーにゃんに会いたいの」
布団の中から聞こえる。

「そうね。ゆっくり休んでから始めようか」
カオルちゃんが優しく言ってる。
『ここどうぞ』と俺にジェスチャー。
コンセント近くのスペースを空けてくれたようだ。
手持ちの充電ケーブルとスマホを設置して、割と評判が良かった配信をチョイス。

ぐだぐだ配信が流れる。順々に流れるように設定した。

「青くん、ありがとね」
ヒョコと顔が出てきて笑った。
嗚呼、藍さんですね。

「また来ますね」
「うん、またね」
布団からちょっと出した手を振っている。
ちょっとやつれてるけど、変わりない仕草。

手を振り返しながら病室を出た。

帰り道。
気分はふわふわで、頭はぐるぐる回って、心臓が忙しなく跳ねて、足は駆けていた。
バスを待っていられない。足を動かした。

藍さんが喜びそうなゲームってなんだろう。
ゲームじゃなくて、話か?
何話そう……。ヤベッ。何話していいか分からんくなった。

玄関を開けるとすぐに編集部屋に駆け込む。
薄っすら積もったほこりの掃除から始まり、気づいたらテスト配信までしていた。
暫くするとポツポツと入ってきてくれた。
やった!

「こんにちは! また配信始めるよん。久々過ぎて、何話していいか分からんから、お題くれぃ! 今日はテスト配信なッ。おすすめゲームもよろしくッ」

勢いだけで始めてしまった。

そうだ。
今まで告知とかしてなかった。
DM送れるようにアカウント作るか!
『クーにゃん』専用のSNSを立ち上げていた。

早い心拍数の分だけ作業がサクサクと進んでいく。突き進んでいく。後先考えずに。



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