いつ話せばいいの?

アキノナツ

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いつ話せばいいの?

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『今話す事か?』

今じゃなくてもいいかもしれないけど、今じゃなかったら、いつ話せばいいのだろう。

そして、話す機会というかタイミングを見失った私は、今、着々と準備をしている。

何をって?

それはここを出る準備。

転勤が決まった。
転居先の住居は運良く、会社の物件を貸してもらえる事になって、家具や電化製品一式揃っているらしい。

現地まで遠いので、そこの確認は行った日になる訳だが、致し方ない。
身の回りのものは、日付け指定の宅配便での発送でやれそうだ。
段ボール数箱を、今から取りに来てくれる。

着いてすぐ必要なものは出張用の鞄に詰め込んだ。
準備はできた。

さて、彼は仕事に行ってる。
帰りは遅いらしい。
さっきスマホにメッセージが入ってた。

困った。
もう今日発ってもいいのだが、細々した事を伝えたかった。

もういいか。

置き手紙と合鍵をテーブルに置いたところで、業者が来てくれた。

家事も終わった。
夕飯は要らないようだから、台所は綺麗なものだ。
洗濯物も片付いてる。

足りない物とかリストを書いたし、ここに座って、じっとしてる必要は無い訳だ。

ガタッと椅子を蹴るように勢いよく立ち上がる。

椅子を元に戻して、玄関に向かう。
振り返って指差し確認。
電気を消して、扉を締める。
鍵をかけて、ドアポストへ鍵を落とす。
この旨は手紙に書いたから、大丈夫だろう。

夜風に吹かれながら駅に。

さて、目的地までどう行くか。
こういう事は、彼がやってくれてて、私はやり方を忘れかけていた。
今の今までやってなかった。
私はポンコツと言われてたが、そうなんだなと駅に向かいながらアプリで検索。

夜行バスが良いらしい。バスターミナルへ行く為に最寄りの駅に電車で向かう…か。

夜行バスで眠ってる間に目的地に着けるってのはイイね。

そして、私は何処でも寝れてしまう。朝までぐっすりだった。

眠い目を擦りながら、物件の最寄り駅までの経過をアプリで確認。
コンビニで朝ごはんを調達して、電車で目的地に。

予め渡されていた鍵で入ると、埃っぽい臭い。持参のスリッパが役立った。
薄っすら埃が積もってる。
窓を開け放つ。
あちこち開けて、備品チェック。

本当に家電が全部揃ってた。冷蔵庫は稼働してる。定期的に使われてるのかな。

途中で見つけた100円ショップで掃除道具を調達してきて良かった。

ざっと掃除して、落ち着いた頃には夕方になっていた。

スマホを見ると、メッセージの通知が十数件か入ってる。
やっぱりね。
んーーーーーッ。
見る?
今?
あと?
ーーーーあとにしよう。うん。あとだ。

だって、怖いじゃん!




お風呂も済んで、晩酌しながら、テーブルのスマホを眺めてた。
さて、どうしたものか。

取り敢えず、通知を遡って見ていく。
既読にする勇気はない。
長文を送ってくるヤツじゃないから、今日はこれで勘弁させて貰おう。

『何処にいる?』
ま、そうなるよね。
家に帰ってきたら、もぬけの殻だもんね。
私の荷物だけ消えてるんだものね。
置き手紙と合鍵がポストだもんね。

『連絡くれ』
そうなるのか。
手紙読んだのかな。

『何考えてんだ』
うっわぁ、怒ってるね。

『何処なんだよ! 電話出ろ!』
めっちゃ怒ってる。
もし出れる時でも、電話出るのはやめておいた方がいいな。

心臓が痛い。変な動悸が……。

この後のメッセージは、怒ってる感じの言葉が続いていた。
見るのも嫌になりかけていたら、違う感じに変化してきた。

あ、そうか。
私は今日は一日掃除と生活準備に充てて、動いてたけど、彼は、仕事をしてた訳だ。
私にかまけてる時間はないですね。
少し時間を置いて、冷静になった?

椅子の上で膝を抱えながら、クイクイと通知を流していく。

『ありがとうって何なんだよ』
読んだんだ。
そのままだよ。

『今までありがとう』って書いた。

色々書きたかったけど、メモ用紙じゃ足らないし、手紙にしたら何枚になるか分からない。
『端的に』と彼はよく言うから、私は端的に書いた。

何度も話そうと試みた。何度も…。

転勤の話をしたかったから、何度も話そうとしたんだ。したんだけど、端的に纏めれず、話すべきタイミングを見極めれず、あの日になってしまった。

話すタイミングを探りつつ、一人で考えて、結論も出した。

転勤はするのは確定。
連れて行く訳にも行かないので、別居になる。
遠距離で付き合う事をシュミレーションしてみた。
…………ムリだ。

まず、電話をするとして、いつ?
話す内容は?
会社の会議より疲れそう。

では、メール?
おー、コレなら何とかなるのでは?!

あー、ダメだ。
長文は、ダメ。端的にまとめて、わかりやすく誤解ないように、書かなくちゃ……。

メッセージ系だって、送る時間や内容……。

あああああああああああ!!!!
もう、ムリ!!!

私、なんでコイツと同棲してるの??!!

好きだったからなんだけど…。

考えないようにしてたんだけど、性欲処理の為に一緒に住んでるのかもしれない。
この時初めてこの考えに向き合った。

コレを機会に別れよう!
と思っても、なんだかグズグズしてしまう。
ちょっと期間を置いたら、またあの頃のような……。

で、悩み抜いた置き手紙が、
『今までありがとう。
 合鍵はドアポストに入ってます。
 私の持ち物がもし残ってたら、捨てて下さい』
だった。

短く、言いたい事、伝えたい事を書いたつもりだったんだが。
伝わらなかったか?

どう考えてもムリなんだ。

なのに、『さよなら』の一言が書けなかった。

そう、その一言で、お別れの意思がハッキリするのに、出来ないでいた。

私は最終決定を彼に委ねた。
ーーーー狡いのだ。

『電話に出てくれ。』『何処にいるんだ。』とつらつらと同じ内容が続く。
留守電も聞いてみようか。

ーーーーー聞くんじゃなかった。。。

怒鳴ってる。怖い……。
でも、最後まで、膝を抱えて、じっと聞いた。

そっと閉じて、寝た。




翌日は、ネット環境を整えつつ、明後日の出社準備をする。
明日には、荷物がくる。

友人、知人に引っ越した事をお知らせ。
考え過ぎて忘れてた。郵便の転送はバッチリだけどね。あ、行政関係忘れてた。行っとくか。

住所変更の必要なモノの手続き終わった頃には日が傾いてた。

有給とって前乗りして正解だった。

今日も晩酌しつつ、恐々通知を見返す。

お? 少ない?
留守電は?
ーーーー怒鳴ってない。何が気に入らないのか?とか独り言のような事を言ってる。

あー、転勤だからね。気に入らないも何も、転勤が無かったら、たぶん今もあのまま暮らしてたと思う訳で……。

不慣れな土地で走り回ったからだろうか。急に眠気が襲ってきて、さっさと寝てしまった。

翌日は荷解きして、部屋に納めると、急に生活感が増すものだな。

そうこうしてると、友人から電話があった。昼休み時間かな?
どうも彼が私の友人関係を辿ろうとしてるらしいとか。
事前に話してたので、知らないと言ってくれたらしい。引越しした事は言ったが、引越し先は誰も知らない。
元々連絡はネット関係で事足りてるので、現住所に重きは置いてない。直に会えなくなった事実を伝えただけだった。


しっかし、驚いた。
私の交友関係に興味があったのか。話した記憶はないので、友人の話と合わせて考えてみるに、知り合った飲み屋を中心に聞き込みをしてるみたいだ。
そう言えば、勤め先を教えた事も無かったな。

おやや?
私は自分の事を何も話してないかも?

私は彼の勤め先、交友関係知ってる。
話してくれるから。

考えれば考える程、私って……。




会社での新しいメンバーとの連携も慣れてきたところで、辞令が下った。

面倒だ。この一言に尽きる。
コレ隔離になるから、皆誇りに思うが、面倒がる。既婚者なんて、暫く、別に泊まり込んだりしてるお仕事の辞令。

方々から呼び寄せられる。
政府関係のお仕事。しかも今回は軍備に関わるらしく。詳しい話は外部には口チャック。身内にも勤務地は県名までしか教えれない。

面倒だ。

私は独り身な上、両親はもうこの世にいない。兄弟姉妹も居ないので天涯孤独だから、その辺は気楽なんだが。

彼はこの世界で一番近しい存在だと思ってたが、一番遠い存在だったのかも。

いつもの一斉通知。
『暫くお仕事忙しくなります』
いつもコレで、1~3か月連絡なくても、心配なぞされない。
彼には通知しなかった。
なんだかどうでもよくなっていた。
長期出張は今まであったし、連絡が着かなくなっても、気にしないだろうと思ってた。





労基に引っ掛かるから、一度帰れと怒られた。

気楽さから、チームの雑用を引き受けて、引きこもってたら、上司に怒られた。

仕方がないので、帰った。
途中、理髪店を見つけてさっぱりした。

商店街にあった中華店で、久々に出来たての温かい食事をしてた。

そう言えば、スマホの電源切ってたな。
ぼんやり考えながら、鞄から取り出した。
もう1か月が過ぎてた。
会社から支給されてるので事足りてたので、すっかり私物のスマホの存在を忘れていた。

電源を入れる。
充電大丈夫かなぁ?と呑気に思ったら生きてた。
ネットに繋がって、メールやメッセージの通知の振動にびっくりして、スマホを落としかけて、電源が落ちた。
負荷がかかり過ぎたらしい。

黒い画面の静かになったスマホを暫し眺めていた。

ーーーー怖ッ!

そっと鞄に戻して、食事を済ませて、ウチに帰った。
スマホを充電コードに繋ぐ。ひと呼吸。様子を見ながら、ネットに繋いで、机に置いて、その場から離れた。

もの凄く唸ってる。

音が止まったところで、そっと画面を覗き込む。
固まった。見た事のない数字が表示されてる。
近い数字は学生時代はあったよ。
話が流れ過ぎて見返すのも面倒で、要約してくれって言ったものだ。
でも、コレは、1人のモノと予想される。

うわわわぁぁぁ!!!!
どうしようぉぉぉーーーッ!

画面を下にして、そっと置いて、洗濯をしに行く。

電話が鳴ってる。
あ、会社のだ。

『良かったぁ。繋がったぁ』
あれれ? 声には聞き覚えがあるけど、砕けた感じ。
正木まさきさん?」
『そうでーす。元気?』
受付嬢してる正木さんだった。珍しい。

「元気ですよ。どうしました?」
『プライベートの連絡切ってる?』
「あー、仕事なんで……」
『なるぅぅ。でも、なんか1人に連絡忘れてた? イケメンで神経質そうな男の人来たんだけど。連絡取りたいみたいよ。あやふやにしといたけど、どうする? また来るかも。辞めたとか、元々居ないとかしとく?』

彼だ。
えー、会社に来たんだ。
辿り着いちゃったのか。キモイぃ。

「ご迷惑を……。どうしようかな」
『あらぁ~、迷うの? あなたパスンって気持ち良いぐらいにいつも決めるのにぃ』
電話の向こうで笑ってる。

「そう言えば、そうだね。辞めたって事にして貰おうかな。会社に迷惑掛けれないし」
『了解ぃ。適当に在籍してないってしとくわ。で、借金取り?』
声は控えめにしてるけど、明らかに楽しんでる雰囲気満載です。

借金取りか。借りはなかったと思うが。
あやふやに放置してたのは事実だし。

「似たようなものかな。彼に返さないといけないの放置してたから。すぐ連絡取るよ」
ぼやっと返した。

『まぁッ! 悪い子』
カラカラ笑って電話が切れた。
給湯室はありもしない妄想話で盛り上がってる事だろう。
私は簀巻きにされて、海にでも沈められてたりするのだろうか。
楽しそうだ。
混ざりたい。

伏せられたプライベート用のスマホが机で存在感大きくのさばってる。

それを横目に洗濯物を干しながら、グズグズしてた。
旗めく服を見ながら、表に返して、通知を見る。
『電話に出てくれ。』『連絡くれ。』と懇願である。
留守電も同じ感じ。怒ってる感じない。

最後の日付は今日。日付が変わっての夜中。……ちゃんと寝てる?

あー、もー……忘れないのか。執拗いな。

メッセージアプリを立ち上げた。
開くと、既読をつけたメッセージが恐ろしい速度で、流れていく。
怖い。
ぼんやり見てる。
既読が付いた。
これを見てたら、すぐに連絡があるかもしれない。

さて、連絡はいつのタイミングが良いのでしょう?

今日は平日だし。仕事中だね。
ブロックしちゃう?
会社まで来ちゃった人だよ? 興信所とか頼みそうな気がしてきた。
うん。決めた。
メールにしよう。

メールを立ち上げて、連絡しなかった旨を謝罪。
『さよなら』の一言を添えて、私を忘れて、新しい出会いを願って締めた。

送信。

彼に合わせて頑張ってたつもりだったけど、私は狡くて、自分勝手だと思った。

さて、コーヒーでも淹れようか。
立ち上がりかけて、着信音が動作を止めた。
メールの着信音。

座り直して、メールを開く。

なんだか、彼らしくなくつらつら書いてる。要約すると、話がしたいらしい。

あー、電話でいいか。

会ったら、やっと固まった気持ちがグズグズにされそう。

その旨をメールする。今晩何時でもどうぞと送る。



チビチビ呑みながら、電話を待つ。
疲れもあったのだろうか。うつらうつらし出していた。
だから、電話に出たのは、ふわふわした私だった。

「お久しぶりです」
『何処なんだ?』
「秘密ですぅ。話はしますよ」
ぽやっと話してるけど、この話し方をしてると確実に怒られるのに、電話口は静かだ。

『なんで黙って出てった?』
静かな声。

「あー、話そうとしてましたよ。話すタイミングが分かんなくなった。すみません」

『俺にとったら、突然消えられたんだ。俺の気持ち考えたか?』
辛そうだね。ごめんね。
なんだか気持ちは冷めていた。

「んー、どうだろう。出会った頃覚えてます?」
『今話す事か?』
あー、まただよ。気持ちがざわつく。

「今話さなかったら、もう話す機会もなく、消えていく事だよね。もう、消えていい事かもね。消えていいかもなぁ」
ふつふつと何かがふわっと湧いてきた。

『話す事は別にあるだろう。戻ってこい』
困った。こんなに聞き分けのない人だったのだろうか。

「私は、たぶん、貴方が思う、従順な人間じゃない。狡くて、面倒臭がりで、だらしないんですよ」
言っちゃえ~!

『………』
無言をいい事に、話し続けてた。

「今話す事じゃないってのは、拒絶に感じてた。拒絶され続けて、私は疲れたんだよ、たぶん。こんな私だから、貴方は変わって欲しかったんだろうけど、それは、それが出来る、別な人見つけて」
ダラダラだったけど、言ってやったッ。

『聞く』

「はぁあ?」
盛大な声が出た。何を言われました?!

『話聞く』

「話す事ないよ?」

『仕事の話でも、愚痴でも、つまらない小さい出来事でも、なんでも聞く』
こんな声聴いた事なかった。

「ーーーームリだって。仕事忙しいんでしょ。いっつも疲れてて、愚痴って管巻いてたじゃん。勉強時間も必要でしょ? 時間無いじゃん。つまらないって言ってる時点で無理でしょ? 無理は禁物。それに私は忙しいので、暫く音信不通になると周りに言ってある」

酒で頭が緩くなってたのか、まぁ、口から出たね。今までの事も出たね。ポンポンと出たね。

『俺聞いてない』
「あー、話すタイミングが分かんなくなって、そのまま仕事に入ってしまいました。すみません」
そうだった。面倒くなって出してなかった。

『俺だけ?』
そうだね。

「あー、怒るから。怖いの嫌なの。さよならしたい。怖いもん。嫌だもん。もう知らない。…別れる! さよなら!」
急に怖くなってきて、なんか言ってたけど、電話切って、あちこちブロックした。

電源を切った。

ーーーー疲れた。




仕事場に戻って、任期を終えて、運用が始まった。
ここからはもう私たちとは関係なくなる。
解放ですッ!

家に戻った。
暫くお休み貰った。有給休暇。
万歳ッ、ダラダラ過ごしてやるぅ。

満喫してた。
映画を見ながら、昼間からビールを飲んでた。

ピンポーン……

ここに来客なんて、無い。

誰だろう。

面倒くて無視した。



ピンポーン……

寝てた。
映画が終わってた。

ググッと伸びて、そのままの状態でドアを開けた。

目が醒めた。

バチっと合った視線に一瞬固まったが、思いっきりドアを閉めた。

ガツンと何かに引っ掛かる。
革靴がドアに挟まってる。

痛いだろうなと思うが、力は緩めない。
グイグイとドアノブを引っ張る。

「好きだ」
声に痛みが滲んでる。

「今言う事?」
喋ると力が抜けるから喋りたくないが、言い返したいッ。

「今言わないと聞いてくれないだろ?」
「私は嫌い。なんで分かったんだよ?」
会話繋いじゃったよぉ。
自分のバカ、バカァァ…。

「人に頼んだ」
「バッカじゃない」
手が痺れてきた。

「馬鹿だと思う。ちゃんと話すから、話聞くから」
絆されるな。何度も聞いた気がする。

「別な子探しなよ。あんたみたいなイケメン、引っ掛かる子いくらでもいるでしょ?」
私もその1人だけど。

「捨てないでくれ」
はぁあ?!
「ーーーー捨てられてよ。帰ってくれ!」
手が滑った。
力で勝った試しがない。

玄関に入ってきてた。
彼の後ろでドアが静かに閉まった。

ご丁寧に鍵まで閉めてくれた。

「会いたかった」
「ーーーー会いたくなかった」

玄関でお見合いである。

痺れた手を摩る。
その手を掴まれた。
「会いたかった」
真っ直ぐ見つめてる。嘘はないのだろう。
でも、もう、もうッ、何も感じない…。

「話し相手欲しいんだろ?」
なんで知ってるんだ?
「仕事場とここの往復みたいだし。暫く帰らないと思ったら、ヨレヨレで帰ってるらしいじゃないか」
飲み屋開拓も出来ずに引きこもってたが、そんなものリモート飲み会でも近々しようかと思ってだけで。

「アンタじゃない」
「ん?」
「話し相手はアンタじゃない」
後ろに下がる。
手が離れない。

靴を脱いで上がってくる。
ジリジリ後ろに下がる。

怖いよぉ。
泣きそう。

掌が頬に触れる。
冷たい。
浅く息をしてる事に気づいた。
汗もかいてた。

「俺はお前がいい」
抱きしめられてた。
小刻みに震えてるのが伝わってるだろうに、その事に触れない。

「会いたかった」
怖くて声が出ない。
怒られる?
だって、ブロックしたし、フったし、話聞かなかった。

身体を弄られてる。

……前に思った事が、思い返される。

性欲処理対象?

「か、帰って、下さぃ」
声が震えてたけど、言ってやるッ。
ぎゅっと更に力が強まった。
「休暇?」
怖くて頷いてた。
あー、なんで答えてるのよぉ~。

つむじに息がかかる。
「部屋に入れてくれる?」
クッと押されて、そのまま部屋へノロノロ移動する。リビングへの扉に手が伸びない。
抱きしめらてるのもあるけど、怖くて縮こまってた。

彼が扉を開けて、くるりと様子を見ると、私を横抱きにした。
ヒィッと息が詰まった。
身を更に小さくしてたら、気を良くしたのか、ヅカヅカと進んで、私ごとソファに腰を下ろした。

「ゆっくり話そう」
プルプルと首振る。
「何も、聞いてなかったと、反省した」
ポツリポツリと話出した。

「天涯孤独だって事も知らなかった。出身地も、勤めてる会社も。転勤族だって話も。好き嫌いの話もした事なかった」
本当に話すだけみたいだ。
さっきのサワサワとした手つきはない。

「私は、貴方に兄弟がいるの知ってる。ご両親が健在だって事も。出身地も。会社も。好き嫌いも。会社の人間関係も。ーーー全部話してくれてたから」

彼がキョトンとしてる。

可愛い…。
出会った時も思った。可愛いって。

周りが、神経質そうでクールなイケメンって言ったやけど、私には、ハスキー犬を彷彿とさせるオドオドする瞳の奥の動揺が可愛く思えてた。

目の下に隈。
ちょいとやつれた?

両手で頬を触る。親指で隈をなぞった。

「私の話はいつ話せばいいか分からなかったけど、あなたの話はいつでも聞いてた」
聞くのは、苦じゃなかったから。

「聞いてくれないのは、困った。話せない自分に困った。上手く出来ない自分が嫌いで。貴方あなたが嫌い」

震えは止まってた。
笑えてるだろうか。

「だから、別れてください」

初めからちゃんとこうすれば良かったんだ。怖がらずに。

「俺ばっかりだったのか……」
なんか言ってるけど、返事が貰えない。
聞こえなかったのだろうか。

「別れて下さいッ」

なんか考え出したみたいで、聞いてくれてない。
ーーーーやっぱ、ムリじゃん。

「わ、か、れ、て」
大きめの声で言ってみた。

「嫌だ。別れない」
顔が近づいてきた。
キスされてる。
驚いて口開いちゃってて、初めっからディープのが始まってて!
これが、本当に、気持ちがいいから、困る!

ほら、トロットロンになってきてるじゃん。
会ったら、グズグズにされるの分かってたから、会いたくなかったんだよぉ~。

チュッパと唇が離れた頃には、くったりです。

「別れたい?」
狡い。
でも、意地ッ!
コクンと頷く。

唇が合わさって、再びディープゥゥ……。

くったりもくったり。。。

耳元で、囁かれる。
「話聞く。いつ話してもいい」
いい声。キュンとしちゃう…。

でも!
頑張れ!
これはウソ!
すぐ我慢できなくなって、元に戻るんだ。
プルプルと首を振る。

額を寄せて、じっと見てくる。
コイツ、自分の目に私が弱いの知ってるんじゃなかろうか。
あー、告白した事あったかなぁ…。

ググッと、顔を背けようとしてると、顔中にキスしてくる。

「俺の事好きだろ?」

チクショウ!
私から口説いたのを言ってやがる。

ううう…正直好きです。
外見ど真ん中なんです。特にその目。クールに見えて、オドオドしてる可愛い目が好き。

「キラ…」
最後まで言わせてくれません。

キスは気持ちよくて、このところの仕事の緊張感が解けたこの時期は、非常ーーーーッに、まずい。性欲ピークです。

「勃ってる」
「生理現象です」
背中に当たってるのは無視します。お前もじゃん。

「話を聞いてくれない人とは致しません」
「辛そうだから、手伝うよ?」
ほら聞かないじゃん!

「手伝わなくていい! 帰れ! 人の話を聞け!」

めっちゃ腹が立つ。

前を触るな!
「あ! あうぅぅん…はぁうぅん、やぁぁん…」
スエットの隙間に手を滑り込ませて、直に触られて、扱かれたら、即昇天しました。
弱点熟知してますものね。

手に放ったモノを始末してます。
ぐったりと眺めてます。
目が合った。
「抱きたい」
やりたいだけか!
更に、ぐったり。

手を拭きながら宣ってる。

ぼんやり考えた。
背中に当たってるものが、もの凄く硬い。

「話、聞くって、言うなら…」
徐々に、考えが固まりだす。

「言うなら?」

「示して、貰おうか」

「?」

「待て、をしてもら、おうか」

「待て?」
キョトン。

あー、その目はやめてぇぇーーーッ。

「抱かないで、いてくれたら、考えてもいい」

「我慢しろと?」
「さっきから、エッチしないって言ってるのに、進めるから。話を聞いてくれるって言うんなら、待てができるはずでしょ?」

奥歯がゴリって鳴ってる。
めっちゃ怒ってる?
また怖くなってる…。
でも、頑張る。

どうせ、我慢んできなくて致すんだ。それを盾に今度こそ別れてやるッ!

「分かった」
マジか……。


結果は、待ては出来ましたのでした。
したのよ、この人ッ!

待てが出来なかったのは、私でした。とほほ…。

これを見越しての返事だったのか?

私たちは、遠距離で付き合う事になりました。

これからも、いつ話していいか分からなくなったりして、『別れる別れない』『聞いて聞いてくれない』と言い合うのだが、言い合えるようにはなった。

良かったのかなぁ。

良かったよね?!




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