5 / 15
残り香.5
しおりを挟む納品日。
今日、最終チェックしてお渡しする。
私は、この瞬間が好きだ。
今日着てきたYシャツは、教えた通りのサイズ感。こっちの方がきちんとして見える。
気まぐれだった。
スーツとは別にネクタイを渡した。
このスーツ以外のにもそれなりに合うだろう。
プレゼントだ。
「あのー、普段着るスーツもここで作っていいですか?」
あら、顧客獲得です。
甥っ子クン喜べ。君の代になっても通ってくれそうな人だよ。
「ありがとうございます」
「デートして下さい」
なんだ?
「お断りします」
即答だ。
「これ着てるところ見てほしい」
食い下がってくる。
さっき着て貰って、チェックしたじゃん。
本番までに汚しても困るだろう。
以前、着て動いてる姿が見たくて、納品日にデートに誘った子がいたな。
お客さまには手を出さないと決めていたが、お客さまという距離感じゃなくなって、声をかけてしまった。
んーーー、確かにちょっと見てみたいなぁ。
悩み出してしまった。
「レセプションパーティーの後、あのバーに行きます。来て下さい」
脈ありと見たのか、畳み掛けてくる。
隙を見せてしまった。
後か……。
あー、パーティーの後って、雑用係はやる事色々あるんじゃないのか?
「遅くなっても必ず行きますから」
あー、心が読まれてる?
なんだか、流されてるな。
「ーーーー良かったら、貴方を抱きたい」
変わってないな、コイツ。
見たい欲に流されかけていた思考にブレーキがかかる。
「私は抱く方だって言ったよな」
ぼやんとした思考がスーッと冷えて、素の自分がいた。
彼は目を見張って、目を伏せた。
キツイ顔をしてただろうか。
俯き加減の顔が曇っているが、何か考えてるようで……。
「ーーー貴方になら、抱かれてもいい」
きっと顔を上げて、見つめてきた。
キリッとして眩しい。
「はぃい?」
おいおい! あの時も考え直せって言ったよね?
「君は、ネコした事ないだろ? 止めとけ。それに、私とは無い」
はぁー、甥っ子よ、すまぬ。顧客獲得は無理なようだ。
「ネコは……、そうですけど。貴方となら」
「ーーーー申し訳ないのですが、次のご予約の時間が迫っておりますので」
楚々とお辞儀。
「あ、すみません。ーーーバーで待ってます」
バタバタと帰り支度している。
カランランラン……
ドアベルが軽やかに鳴って、去っていった。
やれやれ……。
久々のジントニックを口にしている。
マスター、渋みが増してご健在でなによりです。
久々過ぎて、痺れる感覚が頭まで侵食してくる。
なんて事でしょう。来てしまいました。
「最近飲んでなかったでしょ…」
フレーバーウォーターをカクテル風に出してくれた。
ミントとライムか。
爽やかで、痺れが取れる。
「ありがとうございます」
声を掛けようかと、寄ってくる子はどの子も若い。私の冷めた笑顔が怖いのか、早々に去っていく。
ま、「去れ」と怨念込めて睨んだからな。
「パートナー見つかったのかと思ってましたよ」
珍しくマスターから声がかかる。
「それなら良かったんですけどね。紅茶に目覚めましてね。茶店巡りしてました」
「そして、戻ってきたのは、彼ですか?」
マスターの視線が出入り口に。たぶん彼が来たのだ。
今見たら「待ってました」となってしまう。
待ってたんだけど。いや、来たかっただけで。たまたまで……。
そう! スーツを見に来ただけだ。
横に来た。
ホワイトムスクが香る。
「お待たせしました」
息が上がってる。汗もかいてるのだろう。
「待ってないよ」
跳ねる気持ちを抑えこむ。
横の彼を余裕を持って見遣る。
少し着崩れているが、許容範囲だ。
しっかりフィットしてる。
自然とスーツの襟を撫でていた。肩を、腕を、手が辿る。
ーーーーうん。大丈夫。
自分の作品を愛でる。
あ………!
彼の顔が赤い。
しまった。
スーツに目が行ってしまって、いつものチェックをしてしまった。
「エロいです…」
咳払いして、スーツから手を離してグラスを傾ける。
「すまない。ーーーちょっと夢中になった。自分の作った物が、長時間着られた後のを見られるは、滅多に無いからね。」
「自分の一部みたいでした。動き易かったです」
前のめりに感想を言ってくれてる。素直に嬉しい。
自然と笑みが溢れる。
誤魔化すように、グラスを傾ける。
「マスター、お久しぶりです」
「ですね。ーー何になさいますか?」
そばにまだいたのね。
「清水さん、私のお薦め飲んでくれます?」
「私はこれがあるから、自分で飲め。…あ、謎かけ。…言葉遊びか?」
「はい」
嬉しそうに笑ってる。エクボ。
マスターがそっと離れる。
「アプリコットフィズ」
フレーバーウォーターを飲みながら、考える。
「ーーーカンパリソーダ」
呟いた。
驚いた顔だ。
「そういう関係でいいのなら。付き合ってもいい」
『振り向いて』と恋人にと囁くカクテルに、『ドライな関係』一夜限りの関係は、恋人とは程遠い。
「こういう事は別な子にして上げなさい」
「貴方がいい」
困った。
一途な子が欲しいと思った事もあったが、これは困ったな。
ひと回り近くも離れてるだろう。それにタチ同士…。すでに詰んでる。
クラッシャーの私でも、相手の可能性を潰すような事はしたくない。
他のパートナーが出来る可能性のある男を転向させてまで縛るつもりはない。
今の私には、そんなエネルギーもなくなったと思う。是が非でも寝たいと思わない。
ココにだって、もう来る事もなかったのだから。
「何を飲む? ココはバーだ。マスターも困る」
「そうですね」
マスターを呼ぶ。
彼を見た。
少し考えて「ジントニックを」と言った。
ふぅ…
「飲みたいだけです」
「それならいい」
グラスを重ねる。
「お疲れ様」
「来てくれてありがとうございます」
静かにグラスを傾けた。
店内の騒めきが耳に心地いい。
でも、これで飲み納めだな。
最後のジントニックを飲んで締めよう。
マスターに告げる。
手元のフレーバーウォーターを下げてもらう。
「マスター上手ですね。カクテルかと思ってました」
「飲み納めにするよ。酒は身体に合わなくなったらしい」
相変わらずの美しい手つきでジントニックが出来上がる。
「そんな年じゃないでしょ?」
出されたグラスを眺めて、一口。
「そんな年じゃないと思ったが、久々だからか、よく回る」
キリリとして…ココのコレは好きだ。
「送りますよ」
「ひとりで帰る。送りオオカミになりそうな男には近づかない」
「狙ってるの分かります?」
「若いってエネルギーかね。仕事疲れからか?」
彼が脚を組み替えた。
少々辛そうだ。
「誰か誘ったらどうだ? スーツで魅力増しだよ。私が離れれば、あの辺りが直ぐ来るよ」
ちょっとピッチを上げる。
感覚が戻ってきた感じがする。喉が痺れる。
効くなぁ。やっぱり美味いわ。
「さて、スーツも見れたし、私は帰るか」
マスターに合図を送る。
あのルーティン。
財布を仕舞って、スツールを降りる。
おっと…
脇をすり抜けようとしてよろけた。
支えられた。
逞しい腕。
「もう大丈夫。カナエくんは楽しんで」
敢えてそこを強調して、外に出た。
追ってこない。立てないのかもな。
雑踏をBGMに帰路についた。
0
読んでくれて、ありがとうございます!
『お気に入り』登録してもらえたら嬉しいです。
更に、感想貰えたら嬉しいです!
↓ ▼ ↓ ▼ ↓ ▼ ↓ ▼ ↓
▶︎▶︎恥ずかしがり屋さんの匿名メッセージはココ!◀︎◀︎
(アカウントなしで送れます。スタンプ連打もOK♪)
↑ ▲ ↑ ▲ ↑ ▲ ↑ ▲ ↑
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる