3 / 15
残り香.3
しおりを挟む飲みに出るより整体に行った方がいいだろうか。
少々身体を酷使した。
今回は納期が随分重なった。
コレを見越して前倒しで作業してたのだが、気づけば、いつもこうなってしまう。
こだわり過ぎるのか。
仕上がりは納得のいく物だったし、何よりお客さまが喜んでくれた。あの笑顔を見たら、作って良かったと思えるから、この仕事は辞められない。疲れも吹き飛ぶってものだが、気力では身体の不調はどうにもならない。
首にきたか……。
迷う。
随分と飲みに行ってない。
自分へのご褒美は必要だと、ジャケットを掴んだ。
いつもの整体に予約は入れて置く。
さて、コレで明日の怠惰に過ごす準備はできた。
鼻歌と共にチャリっと家の鍵に指をかけ、靴を履いて外へ出る。
夜の風が、淫靡な空気を運んでくる。
にんまりと笑みが溢れる。
ジンの苦味が爽やかに喉を刺激して沁みていく。
ふぅ…
店内の騒めきに浸って自分が無になる。
この空気感が好きだ。
んー、首が痛い。
浸り切れないな。やはり整体行けば良かったか……。
グラスを傾ける。
ふわっと首が温かくなった。
「また、君か…」
ホワイトムスク。
「こんばんは。こうすると、気持ちいいでしょ? 僕、体温高いのか、手が温かいらしいですよ」
グラス片手に横に座った。
「君は何がしたいんだ」
「んー、首摩ってたから痛いのかと。なかなか会えないと思ったら、仕事大変だったんですか?」
「君は暇そうだな」
首の後ろに添えられた手は確かに気持ち良く、楽になった。
もう少しこのままでいて欲しい…。
「学生ですからね。ーーー遊んでばかりではないですよ」
店にも馴染んだのか、初めて声をかけて来た時の固さはもう無かった。
「ありがとう。随分と楽になった」
手が離れない……どころか、襟の後ろに這入り込もうしてる。
そこまでは望んでいない。
この悪戯な手はどうしたものか。
「苦しんだが。辞めてくれないか?」
きっちりとした襟回りが、喉を締める。
私が睨んだところで、この目に眼光など望めないが、なるだけ力を込めて睨みつけてみた。
戯けた様子でパッと手を離して、掌を向けて、離しましたよとアピールしながら、笑ってる。
エクボが……可愛いな。
ケホッと乾いた咳が出そうになるのを、ジンで治める。
「何がしたいんだ」
乱れた服を整えて、再びグラスに口をつける。
「貴方とお近づきになりたい」
「止せと言ったが?」
グラスの縁を指で辿る。
「貴方はそうでもないかと」
何故か余裕を感じる。癪に障る。
「笑わせないでくれ。君は私の守備範囲じゃない」
グラスを傾けた。
コレで帰ってしまうか。
「直接的に言っていいですか? ーーー僕は貴方とやりたいんです。セックス」
本当に直接的です。
それから、その卑猥な指表現も辞めなさい。
ため息が出ますよ。
癒されに来たのに、疲れた。
指の輪に通してる指の方の手をワシッと掴むと、カウンターテーブルに静かに押しつけた。
にんまり笑ってる。
たぶんコイツは私と同じタチだ。
相容れないな。
「ココではこういう誘い方はやめろ」
本格的に気分を悪くする前に出るか。
「あっちではそうしてますよ?」
テーブル席の方をチラッと見る。
あちらは若いのが集まってる。
丸い背の高いテーブルが幾つも点在していて、スツールが付いてるのもあるがほとんどが、立って皆談笑している。
「カウンターはゆっくりしたい者がほとんどだ。ーーー空気を読め」
ふーんと納得した雰囲気を醸してるが、コレは解ってないな。
「それから、私はこっちだから、君はそっちになるが。それでもいいのかい?」
『こっち』で握った手を軽く叩き、指を立てると『そっち』で輪を作ってた手を指した。
手を引っ込めて、口直しにグラスを傾ける。
ピッチを変えて、早々に空けた。
今日はもう帰って寝よう。
調子が狂う。
マスターを見る。
面白そうだな!
明らかにこちらを伺ってた顔だ。
軽く合図を送ると、いつものルーティン。
財布を仕舞って、脇を通り過ぎようとした時、質問した人間が忘れてた回答が返ってきた。
「別にいいですよ」
???
はぁあ?!
反応が遅れた。
既に数歩前に出てた。
振り返ると、エクボの笑顔があった。
振り返ってしまったよ。
「考え直せ」
言い残して、外に出た。
首が少し楽になっていた。
やはり私はクラッシャーなのか。
時間が経てば、いい相手も見つかるさ。
そうならないのか?!
お前なら相手は選り取り見取りだろ?
見た目は悪くない。爽やか好青年。体つきも筋肉質で上背もある。
雰囲気もふわっと包み込むように、寛容さが漂っている。
な、の、に!
執拗い!
なんだって私の癒しの場を荒らす。
ああ、酒が不味くなる。
あれから、ココへ来るとこの男は近づいてくる。
この香りだって気に入らん。
穏やかに過ごしたいのに、なんだってこうなる。
「あっちで飲め」
自分でもよく分からない苛立ちで、傾けるグラスがの荒くなる。
「荒れてます? 何かありました?」
穏やかだ。
初対面の固さが懐かしくなってしまう。
「ーーー君が消えてくれれば、穏やかになれるがね」
「やだなぁ。まるで僕が原因みたいじゃないですか」
ニッコリ笑ってる。
お前が原因だ。
今日はミモザを飲んでいる。
ふと思いついた。
マスターを呼ぶ。
彼のグラスが空きそうだ。
「別な物を飲んでみないか?」
「おすすめですか?」
「奢るよ」
頷く。
よしよし。学生にはこの一言が効くな。
「彼にブルーム…いや、シャンディ・ガフを。私には、コンク…すまない。いつもの」
さて、迷ってしまった。かっこ悪いな。思いつきだったが、何か意味があると思うだろう。
スマートに決めれなかったのは、不本意だったが。ま、伝わればいいだけの事……。
「迷ってましたね。カクテルって色々ありますものね」
ん? 分かってないのか?
ギムレットにでもして別れて貰うか?
付き合ってもいないのだから、コレはないな。
「叶わぬ想い」としようと思ったが、「無駄な努力」としておこう。
「鍵のかかった部屋」としようかと思ったが、「強い意志」で断固としてお断りである。
さぁ、諦めてあっちへ行け。
渋い顔のマスター。
なんだ?
「謎かけは、彼には無理でしょう」
私にコソッと呟いて、ジントニックを出した。
無理なのか?
「ビールとジンジャーエールって。炭酸に炭酸」
レシピでも聞いたのだろうか。笑ってる。
確かに、無駄だったようだ。
シャンディ・ガフは私が飲むべき飲み物だったようだ。
ピッチを上げて、グラスを空けた。
ため息が出る。
帰ろう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました


告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる