テーラーのあれこれ

アキノナツ

文字の大きさ
上 下
2 / 15

残り香.2

しおりを挟む

今日もジントニック。

グラスを傾けると氷がカロンと騒めきの中でも微かに聞き取れる。好きな音。

行儀が悪いが、グラスの中の氷をひとつ摘み、口に含んだ。

「お久しぶりです」
間が悪い。
今、喋るのは難しい。喋れなくはないが……。

声の主は、なんとなく予想が出来てた。
記憶してるこの香り。声も。

横に座った青年に口をきゅっと閉じて、ムスンとした表情のまま、軽く頷きの会釈。
横柄に映っただろうな。
前回の事も有るから、嫌な大人だよ。

前を向いて空のグラスを見ながら、口を動かした。
カリコリと氷を噛み砕く。
少し大きかった。

隣をチラッと見ると、目を見張って見詰められてた。
見るなよ。

ま.…変だよね。笑いたければ笑え。

ふぅ。やっと喋れる。
口の中が適度にひんやり。

ん?
私は彼と話したかったのか?

まぁ、まともな挨拶が出来なかった詫びぐらいはしておこう。
横に顔を向けた。

「さっきはぁ……」
開いた口にヒヤッとした塊が押し込まれた。
「にゃにぃほ?!」
濡れた指が、私の唇の上を撫でた。

「氷、美味しいんですか?」
物珍しそうに見つめながら、動かせない唇を濡れた指が撫でてる。
雫が垂れる。

私は何をさせてるんだか。
こんな無礼な手など払い除ければいいのに、何故かされるまま。
子どもを自由にさせてる気分だった。

「噛まないんですか?」
真面目な顔だ。

ふふふ…
笑えと思ってた私が笑ってる。
心から可笑しくて笑ってる。
口が開けれたら、大笑いかも知れない。

なんて子だ。

彼はカウンターに肘をついて頬杖。
真面目な顔で、私の唇を辿って触ってる。
珍しいものでも観察してる風だ。

辿る指の手を掴んで辞めさせる。

さて、どうしたものか。
笑いも治った。

口から出す訳にもいかない。

彼の前にグラスがある。
自分のグラスから取ったのか。
行儀の悪い事。
我が事は棚上げ。大人は狡いのだ。

カラコロと右から左と氷を移動させてサイズを測る。思ったほど大きくない。

カリリと噛んだ。
カリコリ…
口の中が冷え冷えだ。

何をするか分からない彼の手を握ったままやっとの思いで噛み砕いた。

ふぅ…

やれやれ、やっとだ。口の中も唇もじんじんと冷えて痛い。

「キミは何をするんだい」

頬杖のまま、目を細めて楽しそうに見てる。

「もうひとつ?」
「いらないよ」

掴んでる手の中で、もそもそと動いて擽ってくる。
悪戯な手だ。
離していいのに握ったままだった。

咳払いと共にカウンターの上に移動して押さえつける。
口元を拭う。

「大人を揶揄わないでくれるかな」
「子どもぽい事してましたよ?」
私より確実に年下の彼が余裕の表情で見遣ってくる。

「…ちょっと、火照ったから」
小声になってしまった。顔が赤くなってるかも。もの凄く恥ずかしい。

「何て?」
聞こえてるだろうに、グッと身体を寄せて来た。
ホワイトムスクの香りが鼻腔を擽る。

仰け反って、スツールから落っこちそうになった。
抱き寄せられて、元の位置。

香りにクラッとした。
恥ずかしさに、相手の胸を押しやり、前を向く。
耳まで赤いかも知れない。
なんだって私が振り回されるような事になってるんだ。

マスターを見ると、目を丸くしてる。
だろうな!
目の高さに手を上げて、呼ぶ。

乱れた髪を撫で付け、財布を出して、いつものルーティン。

イライラしながら、支払いを終わらせて、横を擦り抜ける。

外に出ても香りから解放されない。
側に居るのかと辺りを見たが、居ない。

あ……、移ったのか。
腕やジャケットを嗅ぐ。

残り香だった。

強く振ってる訳ではなさそうなのに。
私が気にし過ぎるのか、やたらと香りが気になって困る。

そうだ。次に会ったら、香りの付け方を教えないと…。
えっ?
ーーーー次?

お前は…。
守備範囲外だぞ。

範囲外過ぎて、行動が読めない。
読めなくて困る。
それだけだ。

落ち着いて対処すればいいだけの事だ。

あんな小僧、私が組み敷いてやる。

肩幅のがっしりした身体だった。
脱いだら、いい身体をしてるだろう。
押した時、感じた掌を見つめる。
スーツも似合いそうだった。
何色が似合うだろう。どういったデザインの……。

何を考えてる?!
作る気は無い!

組み敷く気も無いぞ!

思わず…。
そう、腹が立った腹いせの言葉だ。

それだけだ。
ただ、それだけ。それ以上でもそれ以下でもない。



しおりを挟む

    読んでくれて、ありがとうございます!

  『お気に入り』登録してもらえたら嬉しいです。
      更に、感想貰えたら嬉しいです!


      ↓ ▼ ↓ ▼ ↓ ▼ ↓ ▼ ↓

▶︎▶︎恥ずかしがり屋さんの匿名メッセージはココ!◀︎◀︎
 (アカウントなしで送れます。スタンプ連打もOK♪)

      ↑ ▲ ↑ ▲ ↑ ▲ ↑ ▲ ↑
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

ACCOMPLICE

子犬一 はぁて
BL
欠陥品のα(狼上司)×完全無欠のΩ(大型犬部下)その行為は同情からくるものか、あるいは羨望からくるものか。  産まれつき種を持たないアルファである小鳥遊駿輔は住販会社で働いている。己の欠陥をひた隠し「普通」のアルファとして生きてきた。  新年度、新しく入社してきた岸本雄馬は上司にも物怖じせず意見を言ってくる新進気鋭の新人社員だった。彼を部下に据え一から営業を叩き込むことを指示された小鳥遊は厳しく指導をする。そんな小鳥遊に一切音を上げず一ヶ月働き続けた岸本に、ひょんなことから小鳥遊の秘密を知られてしまう。それ以来岸本はたびたび小鳥遊を脅すようになる。  お互いの秘密を共有したとき、二人は共犯者になった。両者の欠陥を補うように二人の関係は変わっていく。 ACCOMPLICEーー共犯ーー ※この作品はフィクションです。オメガバースの世界観をベースにしていますが、一部解釈を変えている部分があります。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

【魅惑の妖香】 イベリスの香り

一ノ瀬 瞬
ライト文芸
今宵も妖艶な香りに導かれ 御客人がいらっしゃるのです…… そんな一夜の物語

処理中です...