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残り香.2
しおりを挟む今日もジントニック。
グラスを傾けると氷がカロンと騒めきの中でも微かに聞き取れる。好きな音。
行儀が悪いが、グラスの中の氷をひとつ摘み、口に含んだ。
「お久しぶりです」
間が悪い。
今、喋るのは難しい。喋れなくはないが……。
声の主は、なんとなく予想が出来てた。
記憶してるこの香り。声も。
横に座った青年に口をきゅっと閉じて、ムスンとした表情のまま、軽く頷きの会釈。
横柄に映っただろうな。
前回の事も有るから、嫌な大人だよ。
前を向いて空のグラスを見ながら、口を動かした。
カリコリと氷を噛み砕く。
少し大きかった。
隣をチラッと見ると、目を見張って見詰められてた。
見るなよ。
ま.…変だよね。笑いたければ笑え。
ふぅ。やっと喋れる。
口の中が適度にひんやり。
ん?
私は彼と話したかったのか?
まぁ、まともな挨拶が出来なかった詫びぐらいはしておこう。
横に顔を向けた。
「さっきはぁ……」
開いた口にヒヤッとした塊が押し込まれた。
「にゃにぃほ?!」
濡れた指が、私の唇の上を撫でた。
「氷、美味しいんですか?」
物珍しそうに見つめながら、動かせない唇を濡れた指が撫でてる。
雫が垂れる。
私は何をさせてるんだか。
こんな無礼な手など払い除ければいいのに、何故かされるまま。
子どもを自由にさせてる気分だった。
「噛まないんですか?」
真面目な顔だ。
ふふふ…
笑えと思ってた私が笑ってる。
心から可笑しくて笑ってる。
口が開けれたら、大笑いかも知れない。
なんて子だ。
彼はカウンターに肘をついて頬杖。
真面目な顔で、私の唇を辿って触ってる。
珍しいものでも観察してる風だ。
辿る指の手を掴んで辞めさせる。
さて、どうしたものか。
笑いも治った。
口から出す訳にもいかない。
彼の前にグラスがある。
自分のグラスから取ったのか。
行儀の悪い事。
我が事は棚上げ。大人は狡いのだ。
カラコロと右から左と氷を移動させてサイズを測る。思ったほど大きくない。
カリリと噛んだ。
カリコリ…
口の中が冷え冷えだ。
何をするか分からない彼の手を握ったままやっとの思いで噛み砕いた。
ふぅ…
やれやれ、やっとだ。口の中も唇もじんじんと冷えて痛い。
「キミは何をするんだい」
頬杖のまま、目を細めて楽しそうに見てる。
「もうひとつ?」
「いらないよ」
掴んでる手の中で、もそもそと動いて擽ってくる。
悪戯な手だ。
離していいのに握ったままだった。
咳払いと共にカウンターの上に移動して押さえつける。
口元を拭う。
「大人を揶揄わないでくれるかな」
「子どもぽい事してましたよ?」
私より確実に年下の彼が余裕の表情で見遣ってくる。
「…ちょっと、火照ったから」
小声になってしまった。顔が赤くなってるかも。もの凄く恥ずかしい。
「何て?」
聞こえてるだろうに、グッと身体を寄せて来た。
ホワイトムスクの香りが鼻腔を擽る。
仰け反って、スツールから落っこちそうになった。
抱き寄せられて、元の位置。
香りにクラッとした。
恥ずかしさに、相手の胸を押しやり、前を向く。
耳まで赤いかも知れない。
なんだって私が振り回されるような事になってるんだ。
マスターを見ると、目を丸くしてる。
だろうな!
目の高さに手を上げて、呼ぶ。
乱れた髪を撫で付け、財布を出して、いつものルーティン。
イライラしながら、支払いを終わらせて、横を擦り抜ける。
外に出ても香りから解放されない。
側に居るのかと辺りを見たが、居ない。
あ……、移ったのか。
腕やジャケットを嗅ぐ。
残り香だった。
強く振ってる訳ではなさそうなのに。
私が気にし過ぎるのか、やたらと香りが気になって困る。
そうだ。次に会ったら、香りの付け方を教えないと…。
えっ?
ーーーー次?
お前は…。
守備範囲外だぞ。
範囲外過ぎて、行動が読めない。
読めなくて困る。
それだけだ。
落ち着いて対処すればいいだけの事だ。
あんな小僧、私が組み敷いてやる。
肩幅のがっしりした身体だった。
脱いだら、いい身体をしてるだろう。
押した時、感じた掌を見つめる。
スーツも似合いそうだった。
何色が似合うだろう。どういったデザインの……。
何を考えてる?!
作る気は無い!
組み敷く気も無いぞ!
思わず…。
そう、腹が立った腹いせの言葉だ。
それだけだ。
ただ、それだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
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