テーラーのあれこれ

アキノナツ

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残り香.1

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変な二つ名がついたものだ。

ジントニックを一口。
苦味を舌に乗せて喉に流し込む。柑橘の香りが薫る。

今日は誰も声を掛けてくれないし、こちらから声を掛ける感じの子もいない。

店の騒めきをBGMにグラスを傾ける。
ココは私のお気に入りの場所になってしまった。

ここに辿り着いたのは、なんだったか……。

ーーーーそうそう。あれだ。

『恋人が欲しい!!!!』

地を這うような声で吐き出すような、怒りにも似た感情が突如として湧いてきたのがキッカケだった。

そう…唐突だった。

コレでも学生時代はそれなりにお付き合いもしてきた。
女性とも付き合ってみたが、当初から思ってた通り、自分は男性にしか気持ちが向かない事を確信できた。

しかも、ネコかタチかと問われたら、「タチです」とにこやかに言える。バリタチである。

ま、私が笑ったところで、この細い目が更に細くなって、凄みが増すのだとか。

知らんがな。
凄みってなんだよ。
客商売してるのに、凄みってマイナスじゃないか?

客から苦情じみた反応はないので、大丈夫だと思うが…。

好きでヒョロっとした肢体とこの顔を持って生まれてきた訳ではない。

ふふふ…
自虐的な笑いも漏れる。

ま、ヒョロっとしてるのがコンプレックスで鍛えたけどね。

普通に家の手伝いで布束運んでたら、実用筋肉はつくがな。
仕事として関わるようになってからは、鍛えてる時間は無くなったな。普段が筋トレみたいなものだ。

思い描いたマッチョには成らんかったが、そこそこ、『割りには』と冠は着くが、褒めてもらえるまでの筋肉はついてる。

それから、指がすらっとしてるのも悪いんだとか。
これも私の責任ではない。家系的な物としか言えん。

女には嫌味だとか言われたな。爪の手入れもしてる。これが悪いのか? 商売道具なんでね。
布が傷つくのは困る。

商売に力を入れて気付けば、独り身。

独り身が悪い訳ではない。
出会いを求め、同窓会にも行った。
ちょいちょい付き合った。

ーーーー続かない。

身体の繋がりはそこそこイケてると思う。メロメロにさせてるつもりだった。
だが、所詮身体だけではダメなんだよ。

みんな去って行った。

孤独が嫌になって、結婚相手じゃなくて、側にいてくれるパートナーが欲しくなった。
元々が性的指向は男性なのだから無理をする事もない。

外との繋がりは店を中心。商売は安定してる。
見合い話だってくれたりするが、『それじゃないんです』とも言えず、やんわりとお断り。無論、客には手は出せない。

ジレンマ!!!!

爆発した。
そうだ! 外に出よう。

そして、バーで弾けた結果が今である。

「はぁぁぁ……」
空のグラスを傾け、中の氷を揺らす。

「幸せが逃げますよ」
マスターが笑顔で忠告してくれた。

「ため息出てましたか。ーーー同じものを」

無意識だった。もう一杯飲んだら帰ろう。

目の前で手際よく作る手つきは美しい。
「どうぞ…」

ジントニックを傾ける。
キンとした苦味と柑橘の渋味が喉を痺れさせる。

「好きなんですか?」
初めて聞く声だ。
横に座った男がまっすぐ私を見ていた。

外見は合格。声も。
喰っていいか?
ーーーちょっと酔ったか。即寝技へ持っていこうとするなんて末期だ。

「私の事を知ってて声掛けてます?」

目の端でマスターが眉を顰めてる。それじゃ振られるよと言いたげだ。

もう心の店じまいだよ。
飲みにはくるが、パートナー探しはやめた。

「僕初めてなんです。こういうところ」

あー、私に声かけちゃダメでしょう。
私の二つ名は『クラッシャー』ですよ。
君のあれこれを壊しちゃうかも。

爽やかな学生風の青年だった。
フワッと香る香りは……、ムスク系か?
ホワイトムスクだな。
石鹸の香りのような、色気があるのに、爽やかな。容姿と合ってる。背伸びして付けてる感じなのだろうけど……。
うん、合ってるよ。

「ーーー私が良かったの?」
揶揄ってやるか。
ちょいと興味が出た。

「寂しそうだったから」
ん? 何を言い出した?

笑顔が、はにかんだ笑顔が可愛いな。
エクボか。
ちょっと日に焼けてる感じも好青年だ。
話してみて分かった。
若いな。私の守備範囲外か。

やっぱり私は辞めとけ。

グラスを呷って空にした。
カウンターに置く。グラスに氷の触れる軽やかな音。
終わりだ。

「私はよした方がいい」

マスターを見る。
いつも通りカードを出す。
いつも通りサインして終わり。

青年は動かない。
どうしたものか。
どうもしないか。別なお相手を探せばいい。
マスターに目配せをする。
優しげに見返してる。
なんだよ。私だって、こういう事もするさ。

青年の脇を通り過ぎて、店を後にした。

夜の雑踏。
夜の匂いと人と物の音に溢れてる。

ホワイトムスクの香りが、記憶に残ってしまっていた。


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