刻の中の魔法師

アキノナツ

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今の時間を大切にしたい。 (※)

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お揃いの指輪を撫でる。

「お前の手ってさ。いつも突然で、困るんだよな。覚えてるか、初めて声をかけてきたあの時……」


***


「一目惚れしました。付き合って下さい」
えーと、誰でしょう。
手を差し出し、まっすぐ見つめる目は断られる事を考えてない真摯な眼差しだ。

整った顔してると思うよ。
女だったら、『まあ! どうしましょう!』ってなりかも知れない男前だし、表情は自信家の様相だ。惚れるだろうね。

同性婚が当たり前の世の中でも、男女の組み合わせの方が多い。この大通りの真ん中でこの公開告白はどうなんだろうねぇ。

私はこの国でも指折りの魔法師で、城の奥で研究三昧の人間にそう会う事もないんだが……。
しかも認識阻害の魔法をかけてる。誰かと間違ってる可能性もある。

「すまないが、私は貴方を知らない。どなたかと間違ってはないだろうか」

「魔法師ルシアだろ? 間違ってない」
断りなく腕を掴まれた。

しまったッ!
「ほら、ルシアだ」
この魔法は接触すると触れられた人には無効になってしまう。

ニヒルな笑顔。
「ここでは目立って困ってるんでしょ? どこにでもお付き合いしますよ」

私服だから気づかなかったが、騎士の次期団長だったかなんだかで、会った事があった。

「思い出してくれたようですね」

城下が見える丘に跳んだ。


***


「この手はイタズラ好きで、私はいつも困ってしまったよ」

骨格のしっかりした手を摩る。
あの頃より少しカサついてるかもしれない。


***


「アマラは、私のどこが良いんだい?」
すっぽり彼に後ろから抱き込まれて、ソファにというより彼に座っている。

「ルシアの存在そのものが。俺を狂わせるほど愛おしい」
髪に鼻先を突っ込んでクンクンと犬のように嗅いでいる。
擽ったい。

「それはやめてほしんだが。擽ったいし、風呂に入ってないから汗臭いだろ?」

「そんな事はない。ルシアの匂いは、花のようだ」
ウソだから。お前がおかしいだけだから。

あの告白を受けて、場所を変えて『お断り』をした。
さっさと手を離してあの丘に置いてけぼりにしてやるつもりだった。
なのに、離すどころか抱きしめられて、体格差から息も出来ぬ程抱き込まれた。
温かく心地いい感触。

「嘘を吐かないでくれ。貴方は俺が好きな筈だ」
何その自信。話したのは今が初めてだ。

確かに城の武官文官の懇親会という名の顔合わせに引っ張り出されたのは覚えている。
挨拶ぐらいはしたとは思う。

「誰かと間違えてる。貴方を認識したのは、今が初めてだッ」
必死に胸板に叫んだ。
くぐもった声がどこまで届くか不明だが、必死に身じろいで、この腕に中から離れたかった。
私は束縛さてるのが、物理的にも精神的にも耐えられない。

「離してくれ」
忠告はした。
「嫌だ」
拒否ってきた。

筋肉に電撃を流した。硬直する身体から、強化魔法で筋力を上げてこじ開け、跳躍で距離を取る。

「私は話をしない人間は嫌いだ。一度嫌いになった者とお近づきにはならない。私に近づくな」
風を操ると、上空高くに舞い上がった。
丘が、街が、眼下に広がる。
美しい。
遠くに海が見える。久しぶりに漁港の食堂に行きたくなった。

帰城時刻までまだ余裕がある。
遅れたところで、暫く外出が出来なくなるだけで、私は研究室に篭るだけだ。

風になって海に向かった。



研究室に日参してくる騎士の男の事は、城で有名になり、私が研究室に篭る間に、私との噂は消せないまでに広がり、付き合ってる事にまでなっていた。

仕方がないので、話し合う事を前提に部屋に招き入れ、対峙したら、あの大きな手にいきなり肩を掴まれた。引き寄せられ、唇を奪われる。

私はオオカミを招き入れてしまったらしい。

余りの事に頭が真っ白で、詠唱が浮かばない。
そうこうしてる内に、手が身体を撫でてイタズラをしてくる。
唇はきゅっと閉じてるが、執拗に舐めて突いてくる。開けるものかッ。

私は接触は好きではない。
頭の中で電撃の詠唱を唱える。
二度も同じ手が使えるとは思っていなかったが、あっさり硬直する相手から距離を取る。

「それでも騎士ですか? しかも次期団長さんって。同じ手に、呆れる」
濡れた唇を乱暴に手の甲で拭う。

「動けるから別にいい。可愛らしい攻撃を愛でていた」
言葉通りスムーズに動かして見せる。


私の電撃が無効?
硬直は演技?

「俺は電気耐性があってね。あ、他にも耐性色々なんで。要らぬ労力はお嫌いでしょ?」
両手をひらりと上向け肩をあげる戯けた仕草が腹立たしい。
様になってるのも腹立たしい!

私が手の中で魔法を練り出したのを見てストップをかけてきた。
確かに無駄な事は嫌いだ。
だがしかし! 私の初めてを奪った事への報復はどうしたらいい?!

ムムム……ッ!

自分に掛けた。肉体強化。
ツカツカ歩み寄ると、思いっきり張り倒した。
大きな身体がふらりと揺れるのは、気分がいい。

「ふん!」

どかっと、さっきまで座り込んでいた椅子に収まる。長年使って私の形になってる。

「なんなのだ?!」

「寂しがり屋さん。俺はちゃんと貴方に告白した。約束は守ったよ?」

さっぱりだ。約束?
「なんの話か分からん」

「ん? あの時、『私を落としてくれって。順番を守るのだぞ』って。今日はコレを持ってきた」
足元に片膝をついてキザな仕草で大きな手が四角い箱を開ける。
「一緒になってくれ」

「はぁあ?!」

「告白した。付き合いはまぁ出来なかったが。これからでもいいだろ? 一緒になれば、デートをする時間はなんとかなるだろう。貴方が謹慎なんてなってるから、予定が変わった。俺の気持ちは決まってるからな」

「すまん。『順番を』と私が言ったのか?『落としてくれ』と? いつ?」

「懇親会の夜」
えーと、確かにあそこで会った気はする。

「月が綺麗だった。貴方が庭園のベンチでワイン片手に月を眺めていた。あのまま夜空に帰ってしまうかと思ったよ」

彼の手の中に指輪が光っている。

「随分長く話をした。月が沈んで、俺は完全に貴方から離れがたくなった。一目惚れだと言えば、腕の中でゲームをしようと言われた。自分を惚れさせろと言われた。自分は寂しがり屋だから、多分今と同じ気持ちになるはずだって」

抱きしめられた。
なんだろう……。
力が抜ける。

「寂しがり屋なのに誰も声をかけてくれない。俺が初めてだと言ってた。酔ってない時にちゃんと話がしたかったって。だから、始めからしたいって。
でも、俺が堪え性がないから、初めからは無理だった。告白の真似事が精一杯だった。ーーーーー貴方もだろ?」

分かった……。
鼻の奥を微かにスズランの香りが擽る。
私は忘却魔法を掛けたのだ。
この香りが証拠。

魔法だけじゃないのかも知れない。この前実験で神経系の毒薬を作ったような気がする。

「強く掛けたようだ。思い出せない。
始めからと言ったのに、貴方は…。どうも思ったようにはならないようだな」

多分…解った。
私は恥ずかしくて消えたくなってしまったのだな。毒のスパイスで記憶を殺してしまったのか。自分自身を消してしまっても良いと、消してしまいたい衝動で研究途中の毒薬を飲んだのだな。
私らしくなく、私らしい。

「落ちたか?」
見上げれば、人懐っこく琥珀色の瞳が細く光ってる。
笑いが込み上げる。
私はかの月夜に、この男に、恋に落ちたのか?

「これで、落ちる訳がなかろう。君にも忘却魔法を……」
額に指を置きながら、動きを止める。

始めからなのなら何故、私は彼にも忘却を掛けなかったのか……。

「俺はもう待てない」

顔が近づいきた。
唇を塞がれてる。
性急過ぎるだろう。思い出せないが、私は彼が好きだったようだ。渋々唇の力を抜くと、嬉しそうに、中に入ってくる。

彼まで全て忘れてはこうはならなかっただろう。だから、自分だけなのか?

確かに私は寂しがり屋なのに誰も声を掛けてくれない。遠慮気味で、遠巻きで、一人が気楽だとココに篭り、成果を定期的に報告する。
そんな日常が一瞬で色づいたのだろう。
だから、心地いいその気持ちをもう一度味わいたくなったのかも知れない。
そして、ここで一人になり、酒の酔いが恋の酔いが覚めて、居た堪れなくなったのだろうな。
なんて事をお願いしてしまったのかと。

内心を吐露する程に心を許す程に話をしただろうに、酔っていたというその一点に、やり直したくなったらしい。

しっかり素面の状態で感じたかったか?
恥ずかしい事を!
なんて事を考えてたんだ。恥ずかしくて居た堪れない。

相手の記憶を消してしまって、また声をかけて貰える自信がなかったのだろう。
だから、忘却魔法をかける事が出来なかった。
そして、自分は恥ずかしさから、毒薬を手に取った。

最近、実験データを纏めていて、量が足らないとは思ったが、自分で消費してたとは。

だからと言って、この厭らしい舌はどうしたものだろう。この手も。

テチテチと男を叩く。
耐性がある男にどの魔法を使っていいか分からない。
歯列を舐められ、歯茎を擽ぐられ、奥に入ってきた舌は私の舌と戯れ、上顎を刺激していく。
カクンと全身から力が抜ける。
なんだこれは?

唇が解放されて、男前が見えて来る。
唾液が銀色の糸になって繋がっている。
息の上がった身体を支えられながら、糸が切れるのをぼんやり見つめていた。

「嵌めていいか?」
何を?
と言い掛けて、湧き上がる妄想にボンと熱が上がる。厭らしいのは私だッ!

恥ずかしさに身体を小さくして、プルプルと震えていた。
近くに毒薬はなかったか?
消えたい!

縮こまってる私の手をそっと掬うように取られる。されるがまま、そっと腕の隙間から伺う。
指輪をつけようとしてる。
指に通っていく。ぼんやり眺めていた。途中で止まった。

思わず声を出す。クツクツと笑う。
「君は詰めが甘いね」
なんとも愉快。
「だから、順番をと言ったのだろう、私は」
彼の片眉が上がる。

「婚約指輪かい?」
にしては、シンプルだ。
「結婚指輪だよ」
固い声。

「やはりね。そういった物は二人で行ってサイズをきちんと測るものだ」
中途半端に嵌まった手を引き寄せる。
綺麗な指輪。
「あと少しだったね。目測でここまでとは、私は愛されてる?」

「もちろん!」
嬉しいそうだ。

「では、明日にでも宝飾店にお直しに行こう。私がしてもいいが。少し伸ばせば入るよ」


***


「お前は本当に詰めが甘い。勝手に進める。最後まで変わらないな。ーーーーこれはどうするんだい?」
そばの椅子に座る男はここで眠る男と瓜二つ。

「細部まで瓜二つ。心臓が止まったら、起動する様に設定したのかい?」
椅子の男を見遣ると、微笑む笑顔に胸が鷲掴まれる。

「心臓は止まっても再び動く事があるんだよ。脳が死んでしまったけど、今、心臓は動いている。
実はね。私は黙っていたが、君が死んだのをこの目で確認したら、一緒に逝けるように滅びの魔法を掛けているんだよ。見送るのは辛いが、後の人生を一人きりでは寂し過ぎるからね」

椅子の彼が悲しそうな表情。

「これはどうしようかね。アマラはどうしたいんだい? 私を死なせたくないのかい? 一緒に逝きたいじゃないか。
此奴が起動した時、あのさぁ……何をしたか知ってるか? 設定したのはお前だろうが、酷いよ。私を幾つだと思ってるんだ? 今朝は、筋肉痛で死にそうだった。あっちまで瓜二つってどうなのさ?
騎士団から事故に巻き込まれた連絡を受けて、向かおうと準備してたら、起動して……。
あんなところに隠し部屋を作って、こんな物を隠してたなんて。
私は……お前が大変な時に、私は…」
息が詰まる。
反応しない手に頬をつける。

「病院からは持ち直したって連絡が来るし、大変な時に私は起動したコイツに愛を囁かれ襲われてた。私が魔法師じゃなかったら、ベッドから動けなかっただろう。ここには来れなかったぞ?」

恨み言を並べたところで、届く訳もなく。強く手を握るしかなかった。

「私は君を独りにしないとあの月に誓ったから」
椅子の男が言葉を発する。
高性能のAIは男の顔で声で言葉を紡ぎ出す。
今、世の中で流行りのラブドール。
高性能のAIは何もかもをコピーするという。

「コイツに何もかも移したところで、心は何処にという命題が付き纏う。相談して欲しかったよ。詰めが甘いんだ」

サイドテーブルに置いてある紙を掴む。
「コレにサインをしたら、お前の臓器は、それぞれ別の場所で、命を繋ぐ。コレも相談なしで決めて。騎士のお前は丈夫だから、臓器もほぼ全て使えるらしいよ。
私は益々、死ねないじゃないか。
君の臓器は何処かで生きていく。
全ての死を確認していくなんて、何度、お前の死に立ち会わせる気だよ」

用紙が皺になるのも構わず、アマラの手ごと握り締めていた。
込み上げてくるものはあるのに涙も出ない。

「私は、アマラが死んだと認められない。こんなに温かいのに……。
どうしたらいいんだ……私は、一緒に逝きたいだけなんだ……」

「月夜の君は綺麗だった。一目惚れだった。あの時交わした言葉は一言一句忘れはしない。
今の君も美しい。国の監視下で研究という名目で軟禁状態になってるとしても、貴方は自由だった」

「そうさ、私は自由だ。研究が出来るからここにいるだけだ。アマラが居るからここに居るだけだ。
解ってる。こんな危険人物を野放しにしてたら、国は大変だから、監視もつけたくなるだろうよ。
ーーーーお前は…お前は、あの月夜の事を知っているのか?」

「ああ、覚えているさ。アマラなのだから」
「お前がアマラを名乗ることは許さないが、話はしたいな。
そうだ。話がしたい。アマラと」
視線をやるベッドのアマラは静かに眠っている。機械が彼を生かしている。

「話が、したい、よ、アマラ」
視界が歪む。用紙の皺を伸ばす。

「あと少しで、コレを取りに人が来るんだ。お前、これは本当にアマラの意志か?」
キッとドールを見て問いかける。
今話が出来るのは、コレしかいない。

「意志だ。貴方に出逢う前から決めていた事なんだ。話すのを忘れてたよ」

本当に詰めが甘い。
くだらない話はいっぱいしてくれたのに。いっぱい笑わせてくれてたのに。こういう事は言ってくれなかった。あの月夜の事も過去の事だと笑って話してくれなかった。

このドールは口が軽いな。
私が知りいたい事はいっぱい喋ってくれそうだ。

サインをしながら思う。

欲が出てきた。
知りたい。私の知りたいは止まらない。どうしようもない性分だ。

答えを先送りにしてもいいだろうか。欲に負けて良いだろうか。
このコピーから思い出を全部聞き出してから、後を追ってもいいだろうか。私は…

「お前から全部聞いたら、彼を死んだと決める事にした」

ペンと用紙をテーブルに乗せる。
アマラの手を握る。握り返してはくれない。

「彼から信号はなくなった。だから、俺が目醒めた。
彼は、悔しがっていた。あと数日で後方勤務になるはずだった。貴方と行きたいところがあったと…」

「そうか、そうか……そうだな……」
頬に力無い温かな手を当てる。

病室の扉が開く。お別れだ。
彼から指輪を抜き取った。
分子の結合を密にし自分の指にピッタリのサイズに変化させるとそっと嵌めた。

用紙を渡し、最後の話を聞く。
聞き終わった頃、騎士団の人が来た。名前も顔も知らないが、制服がそれだと言ってる。
後の事は全て任せた。抜け殻には用はない。

前のめりに、その場に縫い付けられてる足を引き剥がし、振り返らずに病室を出た。



***



研究は手付かずで放置されてる。
する気がしない。

ぼんやり塔の窓から外を眺めている。

何処かに行きたい気も起きない。
側にはドールが立っている。
食事を、飲み物をと事あるごとに摂れと言ってくる。自分は必要ないのだから、放っておいてくれたらいいのに。
んーーーーーーーーうるさいッ。

気分が乗らないので摂っていない。
私の魔力は生体維持に回せるほど充分にある。暫く寝ずとも大丈夫だ。

同じ顔で、同じ声で、仕草で、何かと世話を焼く。
腹が立ったので、アマラではない事をハッキリさせたくて、名をつけた。

ニフタク。
夜だったか、記憶だったかそんな言葉だったような気がするがどうでもいい。

思い出を話させてる。
しかし、私がもっとも知りたいあの夜の事はまだ聴けていない。

これは、私のミスだ。

病院を後にして、無言で研究室兼自宅に帰ってきたら、事に及ぼうとした不埒者に思わず、アマラにしていたように電撃を浴びせてしまった。
耐性があった彼と違って、その辺りは違ったようだ。
機能が停止してしまった。

全てが終わった気分で頽れた人形をしゃがんで眺めていたら、唐突に動き出した。

目が合うと人懐っこい笑顔でこちらを見る。
目尻の皺が浅い。偽物だ。

「どうした? 俺の可愛いルシア」
歯の浮くような平常運転のアマラがいた。
腹が立つ。
無言で睨みつけていると、シパシパと瞬き。
「俺は寝てたのか? 確か、魔道具兵器の試射に立ち合った…はず?」

「お前はアマラじゃない。アマラはその兵器の暴発事故で死んだ。ーーーーそうだな…『ニフタク』と名づける。それから性的な接触は禁ずる。良いか?」

暫く黙って見ていたが、固い表情で頷いた。
了承のようだ。

あの夜の話をと言ってるのに、なぜか言い淀む。
壊れたか?
アマラに似せたのなら耐性もつけて欲しかった。
思い出す順でいいから聴かせてくれと言うと、懐かしい話を聴かせてくれた。AIの癖に人間臭い。否、アマラ…ぽい。

アイツは嘘がつけなかったが、人だから誤魔化したい事もある。
だが、人形のコイツは命令通り話してくれるはずだ。
夜眠れぬと言えば、連想ゲームのように、『あの時は、』と話をしてくれる。
いつの間にか寝ていて、気づくとニフタクの腕の中にすっぽり収まって、ソファで寝ていた事もあったが、不埒な事はしてないので、ノーカンにしておいた。

アマラと同じ体温まであって、彼の腕の中は気持ち良かった。暫く寝たふりで温もりを貪った。

こんなに温かいのに、逝ってしまったのだな…。
眠らずとも大丈夫な自分が眠ってしまい、自分の中が混沌としてる事を自覚しながらその状況に揺蕩っていた。

現在から過去へと思い出話は進む。
どうも電撃で何処か不具合が生じただけで、ライブラリーを整理しながら、話してたのだろう。

新婚の頃のアレコレをアマラ視点で話を聞きながら、私は思い出の中で生きていた。
あと少し……。



流石に研究結果をと背付かれた。
埋葬も済んで、喪に服してもいいが仕事は仕事だろうという事らしい。我々は確かにこの国に貢献しなくてならない。公僕だ。だがしかし、、、

薄っすら埃の被った机に向かう。
綺麗にしてから仕事にかかった。

コトリと空いたスペースに皿が置かれた。
「ありがとう」

自然と口を出る言葉に、遅れて気持ちが不自然に捩じ切れる。

ギシギシと固まる首を曲げると、視界に赤と白の物体が皿にフォークと共に乗っていた。
赤い耳がピンと立って、リンゴのウサギが仲間と共にちょこんと皿に座っている。

アマラは器用な男だった。
私の為によくこんな事をしてくれた。

「その仕事が終わったら、行きたいところがある。そこで月夜の話をしよう」

見上げれば、ニフタクが立っていた。
表情が読めない。
アマラも時折りこんな表情をしていた。

「遠出になるから食べてくれ」

「ーーーー何処?」

「西。国境の川が見える丘」

「国境……そこは禁止されている」

「アマラはそこから見える景色を見せたがっていた」

「分かった」



それから数日、思い出の食べ物や飲み物が出された。手作りも有れば、取り寄せたのか店の物もあった。

そんな事もあったなと話を聞きながら、思い出を口に運んだ。



最後に報告書に魔法をかける。
私しか読めなくするロック魔法。

封印ではない。時間を掛ければ解く事も可能だろうが、膨大な時間がかかるだろう。しかもこの魔法には気づく者は多分出ないだろうと思う。報告書は読めるから。

薬の精製法も読める。肝心なところが別な言葉になって見える。
精製も出来る。毒薬にはならない。神経系を麻痺させる薬。強力ではあるが、副作用が少ない。局所や緊急の手術に使えるかもしれない。戦場の医療に役立てて欲しい。

また文句が出るだろうな。
途中経過での動物実験では酷い死に方をしている。可哀想な事をした。

最近は魔法の開発はさせて貰ってない。勝手にしてるがな。
以前開発した魔法は色々と役立ってるようだ。
だが、戯れに作った薬が、いたくお気に召したようで、これの強毒化を課せられた。

気が乗らなかったが、ここに居る意味はこういう事をする為だったから、仕方なく手を動かしたが、全く気分は暗澹たるものであった。

途中、酔っ払いような陽気になる毒薬が出来た事があった。あれは愉快だった。用途はあちらで考えてくれたらいいが、体内では無毒化して酒より負担なく陽気になれそうだった。身体が弛緩してリラックス効果があるような気もした。

そんな開発で気持ちが荒んでる時にアマラに会ったのだったな。こんなところ出て行こうかなって考えていたな。

部屋の中の実験した物質、記録した物を全てを分子に、原子に、帰した。

白い紙と水が部屋に残る。

振り返るとニフタクが、アマラの微笑みで立っている。

手を取ると、普段はしないが、塔に城にかけられた結界を無視した転移魔法を使った。
城下が見渡せる丘。
振ってやろうと城下から連れてきた場所だった。

「この景色も見納めだな。西に跳べばいいか? それとも空を行くか?」

「空を飛ぼう。君の好きな果物の産地が途中にあったはずだ」

そう言えば、土産だと持って帰ってくれた事があった。あれは美味かった。

提案しててなんだが、全て飛ぶのは疲れる。
西の知ってる場所まで跳んで、そこからは空の散歩をしながら向かう事で話が落ち着いた。



宿屋に泊まった。
疲れたようで、眠ってしまった。

ふと目を覚ますと、頬が冷たい。涙で濡れたようだ。背中が温かい。
ベッドの中にニフタクがいる。抱き枕のように抱き込まれている。

「泣いていた。側に寄ったら貴方に引き込まれた」
自分は悪くないと言いたげな口調だ。
「……良い」
向きを変えて、胸板に頬を寄せる。
目を閉じれば、思い出でいっぱいだ。夢でいいから会いたい。




「ここか?」
「そうだ」

遠くにキラキラ光る線が見える。河がある。国境の河だ。
その向こうに森が広がっている。
あの森には危険な生物が居るとか居ないとか。

「夕日が沈みむ空と森が燃える様で美しく、夜も。今晩は満月だ」

「そうか」
その場でニフタクに凭れ座り、日没を待った。

「アマラはいつも思っていた。今を大切にして欲しいと。したいと。今の時間を。この瞬間を。共に居れる事を神に感謝していた」

背中に響く振動を心地よく聴いていた。

「俺は、初めて貴方を見た時恋に落ちた。任務などどうでも良くなった。
俺は、この国に留まる枷になるように言い渡された。世間知らずの魔法師を落とせと。
俺はこの耐性能力から、精子から何から全てを国に提供する事を課せれれた。選ばれた名誉だとも言われた。役立つ事は自分の性分からもやぶさかではなかった」

やっとあの夜の話が聴けると心躍る気分で待っていた耳にアマラの告白が鼓膜を揺らす。

「話をしてみれば、聡明で純粋で自由だった。貴方の歩む道に自分も一緒に居れたらどんなに幸せだろうと思った。
貴方の気持ちを無視した行動だったが、自分に気持ちが傾いてるのも分かっていた。
楽しい時間だった。
俺は貴方を騙すのが嫌になった。だから、」

きゅっと抱きしめられた。

「貴方に全てを話した。切っ掛けはどうあれ、俺は本気で貴方が好きだと、全てを貴方に捧げたい程好きだと告げた」

「私は、受け入れる変わりに『始めから』と言ったのか?」

「そうだ。俺を好きになったと言ってくれた。ただ、今は酔ってるから、素面の時に俺の告白が聞きたいと腕の中で言われた。忘却魔法をかけるから、私を落としてくれ。順番を守るのだぞと口付けを交わした」

ハタと唇を押さえた。
ほへ?! 初キスは月のあの時だったのか?!

「すまない。本当に何もかも忘れてるとは思わなくて、形だけなぞれば良いと思って、早く貴方を手に入れたくて、先走ってしまった。
貴方はもっとロマンチックな何かを思い描いていただろうに、いきなりの告白に結婚の申し込み。気づけば新婚生活。身体を繋げてしまった」
顔は見えないが、あの顔が苦笑いだろうと思う。

「そうだな。お前らしいとも言える。
結婚生活とは言えるのか分からない、あの塔での生活に何も文句を言わず、私に寄り添ってくれた。
私は、本当に、心から、アマラを愛していた。
国の思惑は達成されていたのだな。その点は腹が立つが」

夕日は空を焼き、森を燃えさせて、赤く染めている。

「綺麗だな」
「俺も一緒に行きたかった」

「夜のとばりが降りた時、私はお前と共にいきたい」
「共に?」

「確証はない。偽りの心だとも思う。だが、ここにいるのだろう? アマラ」
振り返り、ニフタクの胸に手を置く。

夜が迫る。

国境の警備は厳しい。
既に私達の存在は知られているだろう。
何か対策が施されているかも知れないが、そんな事は私には関係ない。

「一緒に。共に行こう。私達は自由だ」
「心を共に。アマラはそこに」
大きな手が私の手を包まれる。
指輪が熱い。

「行って下さい」
高く持ち上げられた。
ふわりと空中に身体を預ける。

並んだ指輪に唇を寄せる。

「停止を命ずる」
森の中で一際目立つ木の先端に一瞬で移動した。
遠くの丘にニフタクが見える。
肉眼では無理だ。
魔法の遠眼鏡で見ていた。
あれはここに駐在してる騎士団か。

機能が停止したただの人形に人が群がっている。

この国を滅ぼしてやろうかとも思ったが、アマラの身体があちこちで生きている。遺伝子を受け継いだ者も居るかも知れない。

出来ないな。
腹立たしいが、思惑通りで嫌になる。

大きな月が空に浮かんでいる。
あの夜の月も美しいかったが、今の月も美しい。

毒と魔法でアマラと交わしたであろう言葉や口づけは消えてしまったが、その部分だけが、スッパリ消えている。
だが、きっとその時の私は幸せだったのだろう。

いつまでもこの世に留まらせる枷になった彼が恨めしくもあるが、気が済むまで、アマラと共に色々と見てやるのも悪くないかも知れない。
うふふ、やっとデートが出来るな。
指輪を掻き抱く。

夜が深まる空に向かって風になった。




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