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夜の影ふみ
しおりを挟む初ホラーです。
拙い作品ですが、よろしくお願いします。
◆『夏のホラー2023:帰り道』参加作品。◆
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夏の終わりと秋の始まりの狭間の季節。
虫の音が聴こえる。
昼の暑さが残る空気に少しひんやりしたものが感じられるが、まだヌメっと肌にまとわりつく熱が残っている。
カラカラと空回りの音。
自転車を押しながら、暗くなった道をとぼとぼと帰っていた。
乗れば、幾分涼しくなるのだろうが、なんとなく自然と僅かに吹く温い夜風に当たって帰りたかった。
文化祭の準備も粗方終わった。
明日は執行部の最終チェック日。
準備隊の俺たちは打ち上げ気分だった。
終わりが見えてきた辺りで買い出し班が、にこやかに出掛けたところで、皆予想はしていた。
炭酸飲料を買い込んできたのを見てニンマリする辺りでお察しである。
買い出し班からよく冷えたそれらを受け取ると、分かっていたとは言え、勢いよく開けて、汚れた床を掃除するまでがお楽しみであった。
笑った。
笑い過ぎて、腹と頬が痛い。
吹き出る炭酸と泡まみれで濡れていく手とそこをフチ、シュチュっと弾ける泡が這って流れる液体にいけない事をしてる罪悪感とみんなでやってる楽しさが混ぜ合わさって、ざわつく高揚感に浸っていた。
妙な達成感の中、くだらないちょっとした事で腹が捩れる笑いが起こる。掃除をしてても、随分流れ出た残りの少なくなった炭酸飲料を喉に流し込んでも、楽しく、笑いが込み上げてきた。
何故あんなにおかしかったなんて思い返しても分からないものさ。
そんな浮ついた気分を治めたいような、浸りたい気分でゆっくり帰宅時間を延ばしていた。
肌は糖分で若干ベタついていた。
しっとり滲んでくる汗と混ざっていく。
緩い坂道を登り切って、ここからは緩やかな下り坂。
黒いアスファルトの上に白線がずーっと走り伸びている。
ポツ、ポツと街灯が道を照らしていた。
よいしょ…とサドルを跨ぐとトンと両足を軽く蹴り出してペダルに乗せれば、自転車はゆるゆると進み、カラカラ…と徐々に風を起こして下って行く。
ーーーーー「『夜の影ふみ』って知ってる?」
溢して汚した床掃除を終えて、落ち着いたメンバーは各々炭酸飲料を手に緩い円陣を形成して、座り込んでた。飲みながら、誰かが言ったのだった。
「夜に影ふみ?」
どうやって?
たぶん皆が思った。
「夜に影?」
「あー、出来るか」
この話題は『出来るか出来ないか』だったか?
「その影ふみをしたヤツは消えちゃうんだってさ」
声をわざとらしく低く、静かにして独特の雰囲気で言っている。
ハイハイ、夜の学校のお約束ですね。怪談話。
「オイオイ、ココに女子でも居れば盛り上がるけど。野郎ばっかりなんすけどぉ~」
戯けた声音で誰かが発言。
ドッと笑いが上がる。
「野郎ばっかのところで怪談って」
「しまんねぇよ」
「消えちまうなんて、定番て感じじゃん」
各々『シラけたぜ』を表現しあった。
楽しいのは変わりない。
飲み終わった物を集めて、誰かがゴミに出してくれるらしい。
さて、帰るかと片付けと作業の最終確認をして、照明を消した。
一気に辺りが暗くなって、廊下の非常灯が淡く辺りを照らしてる。
皆が、足元を見た。
影がぼんやり。
「帰ろうゼ!」
誰かが慌てた様に言い出す。
そのつもりで、支度してたんだけど、なんだか、浮ついた感じで昇降口に足早に向かう。
足元の薄っすら浮かぶ影に皆が浮き足立っていた。
暗くなって影が影に溶け込むと、なぜか皆がホッとしていた。
外に出ると、電灯の漏れ出る光で影が薄っすら出る。
蜘蛛の子を散らす勢いで、自転車を出したりして、校門に向かって、別れた。
月が雲に隠れてるようだ。
余計、街灯に影が、長く、短くなって、出ては消えてと気にし出すと、影に振り回される。
ただの怪談話が妙に引っ掛かってしまった。
馬鹿馬鹿しい。
カラカラと自転車が転がる。
風が気持ちいい。
気分良く、少しペダルを踏んだ。
タン…
後ろで小さく高い音がした気がした。
ん?
タン…
した気がするが、振り返れなかった。
これは振り返ってはいけない気がする。
小さな音だ。
気の所為だ。
空耳。
緩く握っていたブレーキを緩める。
スピードが僅かに上がる。
タン…
同じ音。
少し、強め?
気にしてるから耳についただけ…だよ。
ペダルを半漕ぎ。
カラカラ…
タンッ
すぐ後ろに誰か居る?
気の所為…だ!
誰も居ない道。
車も通ってない。アスファルトの道路。
背中をつーっと汗が流れる。
街灯が消えかかってるのもあるような田舎道。
車道の向こう側に暗い木々の林。
自転車と自分の影が長く前に伸びる。
後ろから車が来た。
ヘッドライト。
横を車と黒い影が通った。
タンッ!
踏まれた!
前からのヘッドライトに照らされた車の影が伸びる。自分の影が重なっていた。
影が影で消える。
目を瞬かせる。
アスファルトの道路が伸びてる。
何もない。
否、いつもの道。
ペダルをぐんと踏み込んだ。
後ろに誰かいる気配がする。
気のせいだッ。
振り返らず、自転車のペダルを踏んだ。
スピードが上がる。
さっき横に並んだ黒い影がアレな気がする。
黒い影と黄色い光の眼。月明かりのように黄色い光。
ネコ?
近いのか、遠いのか、分からないが確かに何かがヒタヒタと追ってくる。
アレと目が合ってる。
影を踏まれたら終わりだ。
影に入ればいいのか?
『オニと目が合ったら終わりなんだよ。どこまでも追ってくるんだ』
合わなかったら、通り過ぎる事もあったのか?
合ってしまった。
いやいやいや。あれはただの怪談話で……。
た、助かる方法は?!
思い出せッ。
力強くペダルを漕ぐ。
タンッ!
徐々に、高く、大きく、高らかに鳴る音。
『自分のテリトリーに入れば、OK。ゴールなんだってよ』
ウチに帰れば、良いんだな。
ペダルを漕ぐ脚に力が入る。
タンと踏み込む音が更に強く高く大きくなった気がした。
踏み損なってくれたるらしい。
助かった!
だが、次は、、、ッ!
逃げる!
ペダルを強く、早く、踏み込み、漕ぐ。
汗が首筋を流れた。風を切る。
マンションが見える。
ズザーーーッと敷地に入り駐輪場に自転車を停めた。
鞄を担いで、エントランスに向かう。
追っていた気配は遠くなった気がする。
自転車は鍵など掛けてる余裕はなかった。兎に角、建物内に入りたい。
この敷地内が家と認識してくれればいいのだが。
もう気の所為なんて思ってはいなかった。
早く、早くッ…
もつれる足をなんとか前に出して、先を急ぐ。
エントランスに続く数段の低い階段に、小中学の時仲の良かった仲田の影を見つけた。
頭の閃くものがあった。
「仲田ぁッ!」
上擦り声で呼び掛ける。
振り返る彼が瞬時に笑顔になった。
高校は別になったから、疎遠になってしまったが、小中との時間が一瞬に超えて今に結びつく。
鞄を投げ出し、手を前に人差し指同士、親指同士をくっつけてた輪を突き出す。
「エンガチョォォーーーッ」
キョトンとしながらも素早く手刀でパスンと切ってくれた。
さすが阿吽の呼吸!
離れてた時間は関係なかった。
仲田の視線が俺の後ろに向いた。
見たらダメだッ!!!
「仲田ッ」
俺は手刀を上げる。
早く作ってくれッ!
巻き込んでスマンッ!
真後ろに気配があった。
ヤツはここを公共の場、つまり公道と認識したらしい。
でも、ここも俺たちの敷地内だ!
俺たちの遊び場。
身体が小さい頃はキャッキャと遊んだ俺たちのテリトリーだ。
俺を越えて気配が仲田へ向かった。
明るいエントランスから漏れる光でくっきり伸びる影。影に向かう気配。
仲田が流れるような動作で輪を作る。俺は既に振り下ろし始めていた手が彼の指に触れたのを感じた。
「エンガチョッ」
振り切った時、側で霧散する気配を感じた。
一瞬仲田の影が揺らいだ気がしたが、見れば、しっかりとそこにあった。
視線を前にすれば、彼が笑ってる。
輪を切る瞬間、高く大きなターンッと踏まれる音した気がしたが、ギリ間に合ったか。
ーーーーー良かった。
ヘナヘナとその場に座り込んだ。
「文化祭の準備?」
不思議そうに尋ねてきた。
相変わらずのんびりさんだ。
「うん。そう。お前は?」
「塾の帰り」
手が差し出された。
握って立ち上がる。パンパンと汚れを落とす。手から伝わる体温が、懐かしく感じていた。
ナぁーン…
後ろで猫の鳴き声。
振り返れば、金の目をした黒猫がこちらを見て、フイっと去っていった。
助かった…。
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