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走馬灯と火刑

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 次の日の朝、衛兵たちが僕を牢屋から連れ出した。

 異様な光景が広がっていた。広大な広場には、僕のクローンが5体も木の杭に等間隔で張り付けにされていた。全員が僕と同じ木綿の囚人服を着ていた。

 最後に、1本だけクローンが張り付けられていない木の杭があった。これが僕の杭なのだろう。

 一段高いところに豪華な椅子が置かれていた。ラカンがそこに座るのだろうか。
 衛兵たちが整列している。椅子のそばには、剣やローブなど、昨日までの僕の装備が並んでいた。

 ケルベウスを従えたラカンがやってきた。ラカンは、感情をなくしたかのように、淡々と僕の処刑を指示した。

「焼け、早く焼け」

 悲しい。涙が出て止まらない。ラカン、どうしてこんなに悲しいことを…。
 
 いや、それほどにラカンは悲しかったのだ。それほどにラカン傷付けてしまった。

 ラカンの怒りは、頂点に達しその決意を固めていた。
 もう一度目が合った瞬間、僕の心が揺さぶられた。
 僕の瞳からどんどん涙が溢れて止まらない。
 ラカンの瞳が僕を捉えると、その中には、深い悲しみと喪失感が宿っていた。

「今更泣いてももう遅い。火刑がお前の運命だ!」

 声を荒げたラカンが僕を見つめた。
 しかし、その言葉を口にする一瞬の間に、ラカンの声に微かな不安が滲んでいる気がした。

 ラカンの手が止まり、目が僕の向こうに何かを探し求めるように見えた。

 その後、ラカンの顔には変化が現れた。怒りと悲しみが入り混じり、その瞳には、明らかな戸惑いとイラつきが見えた。

 イライラしながらラカンが叫ぶ。

「まとめて焼き払え!」

 よく見るとラカンが泣いていた。怒りながら涙を流している。

 ケルベウスがなかなか火を吐かない。

 バウ、ワウ、ブルン

 かつての主人の面影がある僕を焼くのが忍びないのだろうか。ためらっているように見える。

「早く焼け!早く!」

 ラカンが泣き叫ぶ。両目から涙をダラダラと流している。

 矛盾した感情の渦の中で、ラカンは、自分自身との葛藤に苦しんでいるようだ。

 そして、その苦悩の果てに、ラカンの表情が変わった。
 怒りに代わって、その目には深い悲しみと絶望が宿っていた。
 僕を見つめると、何かを言いたげに唇を震わせたが、言葉には、ならなかった。

 僕もこれまでか。
 長ったようで、短い旅の終わり。
 ハッピーエンドとは言えないけど。。。

 ケルベウスが僕の目の前にやってきた。

 バウ、ワウ、ブルン

 思えばパスカル村から、こんなに遠くまでやってきたな。
 あっという間の1年だった。たった1年しか経っていないことが信じられない。本当に色々なことがあったな。

 死にかけたことが何度もあったな。

 かつては、炎犬が死の象徴だった。

 少しは強くなった気がしたけど、強くなるよりも、大切なことがあったんだ。
 
 ラカンを傷つけた。その罪を僕は、負わなくてならない。

 僕の命もここまでだ。中途半端な終わり方だけど。続きは、ないんだ。

 エタンとパンセナに親孝行したかったな。幼い頃、階段で転んで大怪我した時に、パンセナが必死でキュアをかけてくれた。エタンと暮らしたパスカル村の日々。。。してもらってばっかりだった。

 カリンともっと楽しいことをいっぱいしたかったな。2人でパスカル村の死の森を生き抜いたこと。2人の初めての夜のこと。。。やっと再会できたところなのに。

 アシュリに旅で見つけた綺麗な景色を見せたかったな。魔法修行の最初の日、僕はキュールで気を失ってしまったよな。。。アレイオスから出る時、もっとちゃんと感謝や気持ちを伝えたかった。。。やっとただいまを言えたところだったのに。

 ターニュにもっとコッペリーム食べさせてやりたかったな。口いっぱいにムリムリームをほうばる顔を、もう一度見たかったな。

 ラカンと初めて出会った夜。空から落ちてきた光り輝く綺麗な女の子。
 何かが始まる予感がして、ワクワク、ドキドキしたよな。

 この旅では、たくさんの人たちに出会って、助けてもらったな。。。

 やっと異次元のAIトトへの足掛かりが見つかったのに。。。


 ケルベウスが僕に向けて口を開けて近づいてくる。

 喰われるのか。。。僕は、そんなに美味しくないだろうに。

 さようなら。みんな。
 今まで、ありがとう。

 バックの中のナミが唐突に声を上げて話し出した。

「炎ならどんな火力でも、守ってあげれたけど。噛み殺されるのを卵の中から守るのは、無理ね」

 わわわ!慌ててナミをバックから出す。

「急に話すからびっくりしたよ。
 でも、いいんだ。ナミ、ありがとう。ナミがこのあと無事ならいいんだけど。。。」

「私のことは気にしないで。何とかなるわ。私の卵の殻は、宇宙を旅できるくらい頑丈なの」

「それならよかった。ねぇ、ナミ。僕の最期のメッセージとして、みんなに愛していたと伝えてほしい」

「分かった。でも、どうしてそんなにすんなり死を受け入れるの?」

「2度も授かった命さ。これまで生きれただけでも幸運だった。幸運すぎるよ」

「ふふふ。大丈夫、死にはしないわ。まだその時じゃないみたいよ?」

「え?」

「ピッケルのお話しは、まだもう少しだけ続くってこと」

「それってどういうこと?」

 そう思った瞬間、ラカンが叫んだ。

「やめろ!ケルベウス!」

 その一瞬の間に、ラカンの心が慈悲と希望に触れたようだった。
 自分の過ちに気付き、その後悔がラカンを苦しめたのだろうか。

 ラカンの深い悲しみが僕に伝わり、僕らは、黙ってしばらく見つめ合った。

 そして、ラカンが殺意をどこかに置いて、僕に向かって手を差し伸べた。

「やめろ!やっぱり中止だ!殺さないでくれ!」

 バウ、ワウ、ブルン

 ケルベウスが優しく僕を甘噛みし、ラカンの元へ運んだ。僕は、ラカンに謝り、抱きしめた。

「ごめんよ。ラカン」

 ラカンは声を詰まらせながら、涙で顔を濡らしながら言った。

「ピッケルがいなくて…どれほど孤独だったか、想像もできないだろう?
 夜ごとに、ピッケルの姿を待ちながら、ただひとり、彷徨う日々…。
 夜に何度も、何度も、ピッケルの名を呼んだ。でも…」

 ラカンの声は悲しみに震え、その瞳には深い哀しみが滲んでいました。

「ラカン、ごめん…本当にごめん…」

 泣きじゃくるラカンをしっかりと抱きしめ、僕はラカンを慰めた。

「ピッケル、殺そうとしたこと、本当にすまない。
 怒りに我を失ってしまった…ピッケルが去ってからの孤独と絶望で…狂ってしまっていた…」

 ラカンが熱い涙を流しながら、震える声で語った。

「ピッケルを求めた、その想いがどれほど熱かったか…でも側にいないという現実が、どれほど苦しかったか…。
 朝から晩まで、ただひたすらに想っていたよ。
 どんなに遠く離れていても、ピッケルのことを忘れることはできなかった。
 夜ごとに、ピッケルの温もりを求めて、枕元で涙にくれた。
 あの日の夜のことを思い出して」

 ラカンの言葉には、深い愛情と切なさが込められていた。

「ラカンが一人で涙を流してるのを見ると、本当に心が痛むんだ。
 でもね、一人じゃないってこと、絶対に忘れないで。
 悲しいときも、辛いときも、ずっとそばにいるよ。
 もう泣かないで。。。」

 喧嘩しないで心が離れていくより、喧嘩して仲良くなるほうがいい。
 きっとそうだ。

「まだ心の整理がついていないし、まだ信じることがこわいんだ」

「ラカン、一人で苦しんでる姿を見ると、胸が痛むんだ。
 だけど、僕がラカンのそばにいることで、辛さを少しでも和らげられるなら、それが僕の幸せだよ。
 だから、僕と一緒にいてくれるかな」

「ピッケル。。。」

 僕らは、わんわん泣きながら、抱き合って、地べたに座り込んだ。

 赤子のようにお互い泣きじゃくって抱きしめ合った。
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