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自分が万能薬になること

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「おいおい、マジかよ」

 先遣隊のA級冒険者たちから驚きの声があがった。

 鬼殺しのダンジョンの新しい入り口の封印結界を解除するために、ゴレゴレムで石組みのパズルを動かしていく。

 ゴゴゴッ

 ゴゴゴッ

 ゴゴゴゴッ

 パズルの絵図が完成して、結界が解除された。
 新しい入り口が現れて、中には2階に続く階段が見えている。

「あたしのピッケル、すごいでしょ!」

 いつからターニュの僕になったんだ。
 元々結界を解除できると知っていたターニュが得意顔で、驚く冒険者たちを見回している。

 その中には、猫耳族のスピーラがいた。

「ちっ。なんだよ。開け方まで知ってたのかよ。
 俺が盗み見した時は、開けた後で閉じた時だったんだな。
 俺がお前の情報を先にギルドに売ってやったのさ。
 悔しいか?悔しいよな?
 キッキッキ!
 悪いが、冒険者ってのは、奪い合いだ。
 間抜けなピッケルよぉ」

 なんか嫌な言い方だな。
 ターニュが僕に代わって言い返してきた。

「スピーラ、あんたがそうやって情報や手柄を横取りして等級を上げてきたことなんて、みんな知ってるわよ。
 A級になったみたいだけど、実力はC級くらいなんじゃないの?」

「剣に狂ったエルフに言われたくないね。
 俺は、安全に出世したいんだ。戦って、強けりゃいいってわけじゃない。
 世渡り上手になれよ。
 キッキッキ!
 お前、体力ないんだろ?ターニュ」

「ふん!
 あんたも早死にしないように気をつけなさいよ。
 もし入ってみて、危険度がA級のダンジョンだったら逃げた方が身のためよ」

「余計なお世話だぜ。
 お互い無事にダンジョンから出られるように願うとするよ。
 お前は、弱すぎるからギルドでお留守番だってな、ピッケル。
 お前こそ足手まといだもんなぁ。
 だーれも客にこない、辛気臭い訳わかんない店で店番でもしてろ。
 キッキッキ!」

 くっ。悔しいけど、僕は、ダンジョンにはまだ入れない。
 今回先遣隊に選ばれたのは、A級冒険者6人だ。

 先遣隊がダンジョンに入っていく。ダンジョンの入り口で何人かの冒険者が控えていた。
 僕は、店番をするために、とぼとぼと1人でギルドに帰る。

 はぁ。早く強くなりたいなぁ。お店もまだヨチヨチ歩きだし。
 リノスに戻ると門番のガブルが「よぉ」と声をかけてくれた。

「ただいま」

「なんだよ、しけたツラして元気がねぇな!
 店開いたんだろ?
 もっと景気のいい素振りをしな!
 商人ってのは、儲かる前から儲かってるような顔をするもんだぜ」

 バシンッとガブルが分厚い手の平で僕の背中を叩いた。

「あ、ありがとう。元気でたよ」

「よし!その勢いだ!
 今夜、飯でも食おう!
 いい店があるんだ。ナイゼルも誘っておくぜ」

「分かった。ギルドにいるよ。楽しみにしてる」

 ナイゼルはおしゃべりな猫耳族の好青年だ。
 そういえば、ガブルは巨人の混血らしい。どうりで身体が大きいわけだ。

 水龍と男の石像がある広間を通りすがると顔色の悪い男の子を抱えた母親が泣きながら座っていた。

 どうしたんだろう。話しかけてみよう。

「あの。大丈夫?
 お子さん、顔色が悪いけど、どこか身体の調子が良くないの?」

「あぁ。悪いね。声をかけてくれてありがとう。
 街の医者が高額でね。薬を続けるお金がないのさ。
 しかも、元気がなくなってからもう1年も病状もよくならないし。
 でも、なんとか病気を治してあげたいんだけど。ううう」

 聞いていたらこっちまで涙が出てきた。なんとかしてあげられたらいい。ポムルスを試してみようかな。
 効くかはわからないけど。

「僕は冒険者のピッケルだよ。魔法も使えるから、もしよかったらお子さんを見せてよ」

「冒険者なんだね。
 登録するのが難しいんだろ?勉強をたくさんしなくちゃいけないらしいじゃないか。
 魔法使いに頼むのは、医者よりお金がかかるからね。
 あたしはロサ。この子はグルト、9歳だよ。
 お願いだ。見ておくれ。もう毎日この子が心配で、心配で」

 じっくり子供を見る。毒ではなさそうだし、なんなんだろう。元の世界でいうところの難病のようなものなんだろうか。
 医学の知識がないから分からないな。やっぱり、僕では力になれないかもしれない。
 ぐったりして、青ざめた顔が可哀想だ。

「やっぱり、ダメかい。いいんだ。難しい病気なんだろうね」

「ごめんなさい。でも、このリンゴ、ポムルスを食べてみて。僕の故郷では、ポムルスを食べれば医者要らずと言われていて、実際、医者がいないんだ」

 ポムルスをロサに手渡す。

「ピッケルの故郷には、医者がいないのかい?
 ポムルス、美味しそうなリンゴだね。この子、りんごは食べるんだよ」

 安心させるために目の前で一つシャリッとポムルスをかじる。爽やかな匂いが広がった。

「くー!酸っぱい!でも慣れるとくせになるおいしさだよ。
 すっごく酸っぱいから、砂糖で煮て食べさせた方がいいかも。でも、元気がでるよ」

「ありがとう。ピッケル。でも、お礼で渡せるものがなくて」

「いいんだ。ポムルスならたくさんあるから。
 効き目があるようだったら、冒険者ギルドに手紙をくれたら届けにいくよ」

「悪いね。ありがとう。
 大事に食べさせるよ。医者要らずのリンゴか、あたしも食べてみよう」

「肌もツヤツヤになるよ。若返りにもいいんだ」

 ロサがパァッと明るく笑った。

「おや、そりゃあいいね。ピッケル、本当にありがとう」

 広場でロサと別れて、冒険者ギルドに帰ってきた。
 なんか元気が出たな。人を笑顔にすると、こっちまで笑顔になってしまう。
 
 冒険者ギルドに戻って、便利屋ブースで草木の魔法の古文書を読み返す。

 そろそろ昼になりそうな時に、冒険者ギルドが騒がしくなった。

 なんだ、なんだ?

「先遣隊のパーティが全滅だ!
 1人瀕死で、生還したぞ!」

 ええ?全滅?ターニュは?

「どいてくれ、怪我人だ!
 誰か回復魔法使える魔法使いはいないか?」

 もしかして、ターニュ?

 人だかりで、近づけない。

 A級ダンジョンに行った先遣隊には、A級魔法使いが2人いた。
 今、冒険者ギルドにいる魔法使いで回復魔法を使えるのは。。。僕しかいない!

「誰か?誰もいないのか?もういよいよ危ないんだ!」

「僕がやる!どいてくれ!早く治療させてくれ!」

 横たわる怪我を見るとターニュではない。スピーラだ!

「よし、頼んだ!」

 ひどい傷だ。深々と骨が見えるくらい肉をえぐられている。それに、血生臭い。まずい感じだ。

「キュア!!!」

 やっぱりキュアでは回復し切らない。

 スピーラの顔が青ざめ、生気がない。口から血が流れている。

「スピーラ、生きろ!しっかりしろ!お前らしくないぞ!キュア!!!」

 スピーラの顔色が少しだけ良くなって、たどたどしく言葉を絞り出し始めた。

「ざまぁねぇな。ターニュに助けられちまったよ。
 俺は、とんだ足手まといだった。
 人から成果を横取りしたりして、欲張ってA級なんかになるから、このザマさ。
 A級ゴブザーグがいた。俺には、危険すぎた。
 あいつは、こんな俺を逃すために、ダンジョンに残った。
 すまねぇ。ピッケル、俺に力がないばっかりによ。すまねぇよぉ」

 スピーラが涙をダラダラと流す。

「キュア!キュア!」

「戻ってきたのが、お前の大切なターニュじゃなくて、申し訳ねぇ。。。
 俺なんかがのこのこ帰ってきてよ。。。しかも、今から野垂れ死ぬんだ。
 俺が全部台無しにしちまった。。。」

 ターニュは、まだダンジョンなのか。助けに行かないと!
 でもまず、スピーラを回復させないと。このままでは長く持たない。

「スピーラ、間違いは、誰だってある。
元気になったら、その分人に尽くせばいい」

「馬鹿やろう。そんなカッコ悪いことできるかよ。
 自分が恥ずかしいぜ。。。
 お前に意地悪はことばかり言ってたよな。
 優しくする理由なんかないはずだ。俺のこと嫌いだろ?
 俺は。。。もういいんだ。ほっといてくれ。どうせもうすぐ死ぬ。
 俺は、ダメなことばかりだな。
 あぁ、俺は、どこで人生を間違えたんだろう。。。」

 スピーラの瞳が光を失っていくような気がする。よくない。

「スピーラ!生きろ!
 たしかに、お前は、嫌なやつだった。でも、なにも死ぬことはない!」

「なんで俺を助けようとするんだ!情けなくなるからやめろ。。。
 俺は、もう楽になりたいんだ」

 瀕死のスピーラを回復するために、何か?

 そうだ!
 
古文書に書いていた上位回復魔法、キュルリアを試す。それしかない。
 でも、危険だ。初めて使う魔法をいきなり実用で使うのは。
 安全第一。慎重に。アシュリの教えが頭に浮かぶ。

 でも、赤ん坊の時、瀕死の僕をゾゾ長老がピカエアルで治してくれた。

 命がけだったはずだ。

 光の魔法は、特に人類の身体に合わないから、危険度も桁違いだったのに。
 剣が命のやりとりなら、魔法も命のやり取りだ。
 人の命を生かすために、自分の命をかける。それが魔法使いの役割だ。

 やる。

 決めた。何が便利屋だ。目の前の人を救おうせずに、何が便利だ。

「古代の魔法よ、スピーラの傷を癒してくれ!
 スピーラを死なせたくないんだ!
 優しくする理由なんか、これから作ればいい!
 しんどくても生きろ!
 中途半端に楽を選ぶな!

 全ての傷よ、痛みよ病みよ、消え去り、命に活力を与えよ!
 キュルリア!!!」

 キュアとは比較にならない強い緑の光。魔力がグイグイ持っていかれる。 
 草舟の腕輪が朽ち果てていく。草舟のブーツも消え去っていった。

 はぁ、はぁ!

 こっちの身体が持つか。いや、成功させる。スピーラを助けるんだ!

 うぉぉぉ!!

 眩しい光がスピーラを包む。
 光の塊の中で、スピーラが身体を起こした。

「眩しい。これはなんだ?緑の光。。。」

 はぁ、はぁ。ギリギリだ。立ちくらみがする。
 膝からガクッと崩れ落ちる。
 震える手で、ポムルスをシャリッとかじる。

 ふぅ。

 やばかった。でもなんとか、持ったな。

「おい、ピッケル、お前が治してくれたのか?」

 ふぅ。

「スピーラ、よかった」

「お前、俺なんかのために無理しやがって。ごめんよ。ありがとな。
 見ろよ、傷一つ残ってねぇ。こりゃあ、たまげた」

 まだだ。まだやることがある。

 はぁ、はぁ。

「次は、ターニュだ。助けに行く」

 あぁ。立ちくらみがする。
 
 はぁはぁ。

 大きなゴーレムをポシェタから出す。ゴーレム、僕を鬼殺しのダンジョンまで連れて行ってくれ。
 ゴーレムが僕を担ぎ上げた。

「おいおい、ピッケル!顔が真っ青だぞ。大丈夫か?
 それにお前じゃ危険だ!
 自分の実力を考えろ!
 ちくしょう!俺も行く。
 誰か、プチンを呼んでくれ!ダンジョンに残った連中を助けに行きたいんだ!」

 僕はゴーレムに担がれて冒険者ギルドを出た。早く、鬼殺しのダンジョンに向かうんだ!

 ターニュを助けに!
 はぁはぁ。。。

 ゴーヨンに、毒にも薬にもならないと言われた。確かにそうだった。
 僕は、薬になるんだ。

 そうだ。アシュリが言っていた。

 万能薬なんかない。万能薬に自分がなるんだと。

 そうだ。僕も万能薬になりたい。なるんだ。
 できるかどうかじゃない。
 なると決める。
 
 いや、本当はとっくに決めていた。
 僕は、やる。目の前の人も、世界も救ってみせる。
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