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ピッケルは何級?

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「ここは?」

 目を開けると見覚えがない天井が視界に入ってきた。

 窓からは明るい朝日が差し込んでいる。
 自分の手を見て、身体を確かめた。
 ピッケルの身体のままだ。死んだわけじゃなさそうだ。

 天井もよく見たら、冒険者ギルドで使わせてもらっている天井だった。
 落ち着け。大丈夫。ピッケルとしての人生は、続いている。

 はっ。

 そうだ。鬼殺しのダンジョンで倒れて、ゴーレムに担がれたんだった。

 部屋の隅の床には動かないゴーレムが座り込んでいる。
 アレイオスかマツモトに行っているんだろう。
 
 身体の痛みが消えている。
 誰かが寝巻きを着せてくれたんだ。人に迷惑をかけてばかりだな。

 んんー。
 
 ベッドから立ち上がって伸びをする。
 少なくとも生きて帰って来れたってことだな。

 ガチャ

 扉が開くとニーチェが入って来た。

「ピッケル!目覚めたのね。昨日は、心配したわ。大きくなったゴーレムにも驚いたし」

「あははは。ごめん。昨日は気を失っていたんだね。着替えてさせてくれたのも、ニーチェなの?」

「それは、ターニュがしたのよ。いつのまにあんなに仲良くなったの?
 ピッケルの意識が戻らない!って泣いて心配してたわよ?」

 ターニュが?なんだか申し訳ないな。

 ダダダッ

 急いた足音を鳴り響かせてターニュが部屋に入って来た。

「ピッケル!大丈夫?無理をするなって言ったでしょう?!」

「ごめん。確かにゴブリンダー、強かったよ」

 バッとターニュが僕に覆い被さるように抱きついた。
 ターニュの身体が柔らかくて、温かい。ローズマリーのような良い匂いがする。

「地下2階には、行くなと言えばよかった。でも無事でよかった。1人で行かせたあたしのミスだった。。。」

 優しい人なんだな。

「僕の判断ミスだったよ。まだ、C級に挑むには早かったみたい」

 ターニュが僕の頭をヨシヨシと撫でて隣に座った。

「とはいえ、ゴブリンダーを倒したのは、大したものね。
 たまたま冒険者ギルドにいた100年ぶりに会った知り合いの魔法使い、ミピシトが光の回復魔法ピカエアルをかけてくれたのよ」

「そうか。ミピシトに後でお礼を言わないと」

「あたしからお礼を言っておいたわ。ピッケルは、運がいいわね。
 ピカエアルが使える高位の魔法使いは、すごく少ないの。
 ミピシトは、旅好きのエルフよ。陸上の海底都市カイロへ立ってしまったわ」

 なんて幸運なんだ。たまたま命拾いしたんだな。
 陸上の海底都市?カイロって砂漠の街じゃないのかな。
 いつか行ってみたいものだ。

「そっか。そんなことが。ありがとう。
そういえば、登録テストはどうなったのかな」

 ニーチェが話に入ってきた。

「なんか2人とも仲良さそうでいいわね。  
 ちょっと妬けるな。
 ピッケルの体調が大丈夫なら、登録の続きをしようか。
 登録テストは、もちろん2人とも合格よ。
 水晶玉で登録しよう」

「僕の体調なら大丈夫。ピカエアルのおかげで、むしろ調子がいいくらいだよ。着替えるから、水晶玉のところでちょっと待ってて」

 ターニュが笑顔で部屋から出ていく。

「早く来てね!下で待ってるよ」

 なんか可愛いな。
 部屋にターニュの残り香が漂っていた。

 寝巻きを脱いで、旅装に着替える。
 草舟のブーツと腕輪、短剣を装備していく。
 いつも助けてくれるミニゴーレムをポケットにいれた。今は動かないけど。
 念のためキュールで綺麗にしよう。

 着替えた僕は、ターニュとニーチェが待つ水晶玉の前にやってきた。
 いよいよ、冒険者ギルドに登録か。結構大変だったな。

 先にターニュが水晶玉に手を乗せた。
 水晶玉がキラキラと光る。

「種族」
・エルフ

「武術」
・剣術A

「基礎ステータス」
・パワー A
・知力 C
・素早さ A
・体力 F
・幸運 C

「職業」
・剣士

「前科・勲章」
なし

「スキル」
未登録

 ターニュは、本当に体力がないんだな。確かにすぐに疲れていた。
 誰しも苦手なことがあるものなんだ。
 今度は、僕の番だ。

「種族」
・人類

「魔法」
・魔力 A
・スピード F
・属性 草木E、水F、土E、魂F、時空F

「武術」
・剣術D

「基礎ステータス」
・パワー E
・知力 C
・素早さ E
・体力 C
・幸運 測定不能

「職業」
・便利屋

「前科・勲章」
ドラゴン殺し
魔王の末裔

「スキル」
伝言 荷物持ち

 んー。スキルが思いっきり非戦闘要員だな。
    職業は、相変わらずの便利屋。なぜか農夫が消えたな。
 お!剣術がDに上がってる!

 ニーチェがウンウンと頷いている。

「じゃあ、鬼殺しのダンジョンから持ち帰って来たものを見せて」

 僕はポシェタから大量のゴブリンの右耳と金貨と水晶玉を出した。

「こ、これ全部ピッケルが?
 E級ゴブリンの右耳80個に、D級ゴブリンの右耳20個、そしてC級ゴブリンダーの右耳一個ね。すごい。やるじゃない!
 金貨は20枚、D級エメラルドが1つね。
 これも水晶玉に登録してっと」

 そうだ。情報!

「ニーチェ、情報もあるんだ。
鬼殺しのダンジョンに新しい入り口を見つけて。どう?どんな価値になるの?」

 ニーチェがハッとした顔で驚く。

「なるほど。鬼殺しのダンジョンに別の入り口があるという情報は、昨日猫耳族のスピーラって冒険者候補が持ち帰ってきて、大騒ぎになったのよ。
 情報としてはB級ね。開け方は、まだ分からないらしい。
 スピーラは、その情報が成果として評価されてB級として登録したわ。
 実力もまずまずだったしね。あんまりいい噂を聞かないけど」

 油断も隙もないな。
 うーんとターニュがうなる。

「ピッケルが入り口を見つけた様子を見ていたスピーラが先に情報として登録したのね。
 小狡いようだけど、甘くないのが現実よ。
 まぁ、いいじゃない?
 入り口の開け方の情報の価値が上がってから、高く情報を売ることにしたら?」

「そ、そうだね!そうする!」

 ニーチェがすかさず話に入って来た。

「ピッケルは、鬼殺しのダンジョンで見つかった、新しい入り口の開け方を知ってるの?」

「ま、まぁね」

「むむむ。なるほど。B級以上の冒険者が開けようと挑戦して、開けれなかったら、開け方の価値がどんどん上がっていくわ。良い作戦かもね。
 さて、水晶玉によると、
 ピッケルは、D級。ターニュはA級冒険者として登録できるわ。
 それでいいかしら?」

 おお!D級!!

 ターニュもまんざらでない様子。

「問題ないわ。
 あたし、疲れやすいから、休み休み自分のペースでやりたくてずっと1人で行動してたの。
 でも、ピッケルのおかげでパーティを組む良さも分かったのが今回の収穫ね。
 ピッケルの便利さに惚れてしまったわ。
 もうピッケルなしでの冒険が辛すぎる」

 ニーチェが不思議そうにターニュに尋ねる。

「そんなに便利なの?」

 ターニュが明るい笑顔で答える。

「そうなのよ!
 荷物持ちとしても、クリーニング係としても、すごい楽ができたわ。
 ピッケル、早く、A級かS級になってね。一瞬に依頼を受けたいわ」

「ありがとう、ターニュ。頑張るよ」

 ニーチェが食いついてきた。

「クリーニングってなぁに?」

 ターニュがうっとりとした顔で答える。

「ピッケルの魔法で衣服の汚れや痛みを綺麗にできるのよ」

「なにそれ?!便利ね!みんな助かるよ!プチンに話しておくわ。
 もしかしたら商業ギルドが興味を持つかもしれないわね。プチンと商業ギフトマスター、ゴーヨンは仲がいいのよ」

 なるほど。商業ギルドか。
 まず、クリーニング店を開いて、商業ギルドと関係を作るものいいな。
 僕が起業か。。。

 ドキンッ

 冷たく胸がうずく。
 元の世界では両親が会社経営に失敗して、悲惨な毎日だった。
 高級食パンのフランチャイズやテイクアウトの唐揚げ屋等、時流に乗ろうとして、乗り切れなかったんだろう。
 真面目だけど、世渡り上手じゃなかった。
 水道やガスが毎月のように止まったり、家にはインターネットさえ引いてなかった。
 
 未開封の請求書の封筒をシュレッダーにかける父の悲しい背中が忘れられない。
 母は、明るい人だった。優しくて、わがままで、子供みたいな人。
 結局、貧乏の生活のせいか、両親は、僕が社会人になった年に揃って亡くなってしまった。

 父の二の舞になる可能性もある。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 社会人になってからは、両親が作った大きな借金を返すために必死だった。
 借金や未納の税金の支払いで、精一杯だった。
 彼女を作る余裕もなかった。借金を返し切ってからじゃないと、誰も幸せにできないって思い込んでいた。
 正直、両親を恨んだことも一度や二度じゃない。

 でも、大好きな父だった。大好きな母だった。
 どうしたらできるか考えるんだって、父はいつも言っていた。
 貧しい中でも今を楽しむ大切さを母が教えてくれた。
 両親は、豊かになる夢を見て会社経営をして、叶わなかった。

 どうする?

 怖い。

 また、借金を背負って、返済に追われる生活に戻ったらどうする?

 嫌だ。でも、よく考えたら元の生活に戻るだけか。しかも今度は、自分自身が作った借金なら、納得もいく。
 そう思えたら、怖いものなど何もない。

 親とは言え他の人が作った借金を返しつづけるよりは、よっぽどいい。
 それに、元の世界の生活だって、日々に楽しさや幸せがあった。
 彼女を作る余裕は、なかったけど。

 今は、遠距離恋愛とは言え、カリンがいる。いつもカリンとの他愛もない筆談に救われている。
 このこともちゃんとカリンに相談してから進めよう。
 離れているからこそ、1つ1つの決断をきちんと話そう。
 でも大切なのは、自分がどうしたいかだ。

 アシュリの言葉を思い出す。両親が実現できなかったことを実現したいと、いつも言っていた。
 両親の夢に、子供が縛られるなんて、窮屈だなって、少し思いながら聞いていた。

 でも、今、アシュリの気持ちが少し分かったかもしれない。

 縛られているわけじゃない。

 これは、両親への感謝の気持ちなんだ。大切にしたいという気持ち。
 やらなきゃいけないわけじゃない。自分の心がやってみたいんだ。

 だから、やってみよう。

 エタンから帳簿の書きかたを教わっていてよかった。
 冒険者の登録もできたし、しばらくリノスに腰を据えて情報を集めよう。
 ラカン、ガンダル、キーラに繋がる情報を見つけるんだ。
 もちろん、トトに会うための情報も。

 ニーチェが金属のプレートがついたネックレスを2つ、ギルドの奥の部屋から持ってきた。

「はい。これ。ギルドの身分証よ。通行証にもなるわ。
 光の魔法が込められているから、魔法が使えなくても、冒険者ギルドの扉の解除ができるようになる。
 無くさないでね」

 これは、嬉しい!
 ミニゴーレムがポケットから出てきて、肩の上でわーいわーいと喜んでいる。

「あ、ありがとう!ニーチェ!」 

 ここからまた一歩一歩進んでいこう。
 自分のために。
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