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ペンは剣より強し

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 はっ!

 ここは?

 ゆっくり身体を起こす。身体が半分、赤い砂に埋まっていた。

 見たことがないゴツゴツとした赤茶褐色の岩と砂しかない火星のような荒野。

 ふーっ

 まず、深呼吸してみる。乾燥しているけど、身体にしっかりと酸素が行き渡っていく。

 それから、ジャリっと口に入った砂を、ペッと吐き出す。

 ほとんど風がないけど、すこし肌寒い。分厚い雲の暗い空で時間が分からない。
 この世の終わりのような場所だ。

 身体をみると、ピッケルのまま。擦り傷くらいで身体はなんともない。

 服装もそのまま。剣も握りしめたまま。我に返って剣を鞘に納める。それから両手でぽんぽんと、座ったまま体中の砂ぼこりを払う。

 ポシェタには、元通りのものが入ってる。

 でも、周りに誰もいない。一人きりだ。どうやら死んだわけではなさそうだ。
 カリンを探して声を張り上げる。

「カリン!!!」

 なんの反応もない。

「カリン!!!」

 なんでこうなった。

「カリン!!!」

 もう離さないと約束したのに。いや、カリンだけでも助かって欲しかった。カリンもどこかで心細いをしているんだろうか。怪我や危険があったりしたら!心配だ。

 みんな散り散りになって、僕は1人になってしまった。

 ラカン、ガンダル、ヤードル、キーラも大丈夫だろうか?しぶとい人たちだから生き延びていると信じたい。でも、なにも分からない。

 誰も守れなかった。
 無事に帰ると、アシュリと約束したのに、自分が今どこにいるのかさえ分からない。
 自分の無力さに怒りが湧いてくる。

 ザシッ

 意味もなく、砂を殴りつけるように拳を地面に押し付ける。自分の弱さが悔しい。

 やっと立ち上がって、フラフラと歩き始める。
 パスカル村を出てから、まだ5日しか経っていないのか。
 平和な日々が大昔のように感じる。

 右も左も砂と岩場だ。見渡す限り、砂と岩しかない。
 まばらに背の低い草が生えている。
 幸い魔獣の気配もない。
 地面からは普通に魔力を感じる。
 魔獣がいても不思議ではない。気をつけないと。
 岩の割れ目をよく見ると小さな蟻のような虫がいる。
 よく見ると草が生えている場所には蟻の巣がある。
 それとも蟻の巣のあるところに草が生えているのだろうか。
 砂漠の植物も生き物もたくましい。厳しい自然を生き抜いている。

 そういえば、蟻にも魂があるんだろうか。少なくとも女王蟻には、生存本能がありそうだ。蟻だけに。

 ぷ。
 ちょっと頭が変になってきたみたい。孤独とは恐ろしい。

 カサカサッ

 小さなネズミがサッと岩影を走ったのが見えた。
 小さすぎて、食べても腹の足しにはならないな。
 ネズミがいるなら、ネコもいるかもしれない。

 もしかしたら、ここは何万光年も離れた違う惑星だったり、違う宇宙だったりして。
 実は、その惑星があの大猿の故郷ってこともありえる。
 例えば、環境破壊が進んで、こんな砂漠の星になることがわかって、宇宙を旅してパナードに移住したとか?
 僕が緑化に成功したら、大猿がまたパナードからこの惑星(仮)に帰ってきたりするんだろうか。
 SFすぎる妄想が膨らむ。
 
 妄想ついでにいっそ、レゴレで土地を作って、ウイプナで草を生やして、魂の魔法を研究してネズミや蟻から別の生き物に魂を移してみるか。
 そうしたらこの砂漠を豊かな自然にできるかも。
 水がないな。水さえあればな。
 そういえば、ウイプナで植物性の素材を作れても、生きている植物を作ることがまだできない。きっと植物にも何が魂のようなものがあるんだ。魂の魔法も草木の魔法もまだまだ研究が必要だ。
 
 レゴレで砂を固めて5階建くらいの高さの塔を作る。上から双眼鏡で見渡しても、岩以外のものも、灯りや手がかり、人工物、山や川さえ見えない。
 空を見上げても分厚い雲があるだけだ。
 もう少し、階数を増やす。無駄な努力かもしれない。それでも何か希望が欲しかった。
 気がつくと10階以上の塔を積み上げていた。
 8階くらいからグラグラと塔の安定が怪しかった。もうかなり危険な高さだ。
 
 あれ?

 ずっと遠く地平の彼方に光の柱のようなものが細く見える。
 
 まず、そこを目指そう。やっと見えた希望の光。それが危険なものか、救いになるかも分からないけど。

 わわわ!!

 ザザッドサッ

 無計画に積み上げた砂の塔が崩れる。固めた砂を焦りながら砂に戻す。
 
 ペッペッ

 砂に埋もれて、口に砂がいっぱい入ったけど、なんとか怪我をしないで済んだ。生き埋めになるところで、危なかった。

 水の魔法もほとんど使えない。
 つまり近くに水源がない。地平線まで岩の砂漠だ。
 水魔法のおかげで水源の場所が分かる。地中にあるのは深すぎて無理だ。あとは、進行方向にある。すごく遠いけど。

 幸い、ポシェタには充分な水があるから、飲み水は今のところ大丈夫。いざというときは、水魔法をつかって自分の汗や尿から純水を取り出すこともできる。
 いや、念のため常にそうしておこう。

 さて、どうするか。
 トボトボと当て所もなく歩き続ける。ファイポを前に飛ばして目印をつけて、まっすぐ進むように気をつける。

 歩いても歩いても同じ景色。それでも前には進んでいる。

 ついさっきまで幸せだったのにな。
 カリンとの一夜を思い返す。

 カリン、カリン

 ううっ

 涙が出てくる。

 できるだけ歩く。意味があるのかは、わからない。
 どれだけ歩いただろう。
 だんだん辺りが暗くなってきた。

 レゴレで1人用のコテージを作る。慣れたものだ。
 夕食にポムルスのパンを半分かじって、ポシェタに戻す。節約して生き延びなくては。ラカンがもりもり食べたけど、まだポムルスのパンも充分ある。その気になればポムルスも出せる。

 ふと、小窓から外を見る!

 え?!

 慌てて、外に飛び出す。

 なんて星空だ。
 見たことがないくらい、降ってくるほどの無数の星。いつのまにか雲一つないくらいに夜空が晴れていたんだ。
 月が見えないのは何故だろう。
 でも、その分、余計に星が綺麗に瞬いて見える。

 こんな素敵な夜なのに。
 カリンはどこかで1人で泣いているんだろうか?
 ほんの少しでも僕の気持ちが、カリンに届けばいいのに。

 ツーッと涙が頬をつたって落ちる。

 生きるんだ。
 そう。僕には、まだできることがあるはずだ。

 しばらく星を見上げて、身体が冷えて首が疲れた。砂漠な夜がこんなに寒いなんて。
 ファイポが暖かく照らし、ポムルスの残り香が香るコテージの中に戻る。
 まるでこの世界に自分しかいないかのようだ。

 寂しさに耐えきれずに、動かないミニゴーレムをポシェタから出す。
 ミニゴーレム用の小さなベッドをレゴレで作って、寝かしつけるように置く。
 
 何やってんだ。俺は。こんなこと。

 バッグの中の卵が無事だったのはよかった。

 起きたら話し相手になってくれるかな。
 残念ながら、うんともすんとも言わない。

 この卵も何が何だかわからないけど、ナミという名前をつけることにした。

 ふぅ。

 みんな、無事だろうか。
 いや、その前に僕は無事と言えるのかな。

 ウイプナで作った小さな木のイスに座って、テーブルに突っ伏す。

 ミニゴーレムがテーブルによじ登って、僕の頭をよしよし撫でて、慰めてくれた。

 ありがとう。
 お前は、優しいやつだな。
 
 お前は。。。。え!?
 なんで動いてるの?!

 ミニゴーレムが気づいてもらえたことに喜んで、ピョンピョン跳ねている。
 身振り手振りで何かを伝えている。

 何?!おいおい!
 どういうこと?騎士ゴーレムは、カリンと一緒じゃないの?
 なんでこのミニゴーレムが動けるの?

 なんだこの身振り手振り。
 何を伝えようとしている?

 手をクルクル回して。。。

「まだ渦巻きの中にいる?」

 ミニゴーレムが違う違うと首を振った。それから、手を前後ろに繰り返し動かす。

「何かを擦り付ける?」

 惜しい!というようにミニゴーレムが手を振る。それから手を上下に動かした。この動き!

 書き書き?!

「そうか!字が書けるんだな!」

 ミニゴーレムがバンザイして、わーいわーいと喜んで、ピョンピョン跳ねる。

 気づかなかった。

 書けるはずだ!なんで気づかなかったんだろう!
 筆談だって、できるはずだ!

 急いでレゴレを使って、ミニゴーレムの右手の形を筆を持てるように変える。
 慌ててポシェタから、ノートと筆とインクを出す。
 慌てすぎて、インクをこぼす。

 うおお!貴重なインクが!エタンとパンセナからもらった大切なものなのに!

 し、しまった!!

 わわわ!

 今度はインクに足を滑らせて、イスに足を引っ掛けて、大袈裟に転ぶ。

 イタタタ。

 1人でドタバタ何をやってるんだか。

 ミニゴーレムがお腹を抱えて笑う。

「ぷ。ぷははは」

 つられて僕も笑ってしまった。笑いながら、なんだか涙が出てくる。

 すぐにキュールで綺麗に掃除する。
 落ち着け。
 インクの予備なら充分にある。頑張れば魔法で作ることもできはずだ。まだ出来ないけど。

 すーはー。ふぅ。
 
 大袈裟に深呼吸して、インクの小瓶にインクを注ぐ。

 頼むぞ!ミニゴーレム!

 ミニゴーレムに両手で筆を差し出す。

 そして、ミニゴーレムがおもむろに筆を持って、チョンチョンとインクに少しだけ筆先漬けてから、余分なインクを落として落ち着かせる。
 悪くない作法だ。パンセナに教わった通り。
 それから、ゆっくりと紙の上に文字を書き始めた。

 僕は、食い入るようにその筆先を見つめた。
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