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森の主の頼み事

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「おう!おはよう。ケルベウス。美しいな」

 ラカンは、コテージの前でお座りしている二階建ての家くらいの大きさで顔が3つの巨大な犬の魔獣に挨拶をした。
 戦闘態勢でないせいか、炎に包まれていない。艶やかな漆黒の毛並みが美しい。
 ラカンの方にはミニゴーレムが乗っている。

 ガウ、グワ、グルル

 ケルベウスの3つの頭が挨拶に律儀に応える。

 ガンダルがガシャンと斧槍を地面に落とす。

「おいおい。嘘だろ?!」

 ケルべウスが伏せの恰好になると、ラカンが鼻の先をナデナデする。これも丁寧に3頭分撫でて、ポムルスパンを一つずつ口に放り込む。
 ケルベウスが3本の尻尾を振っている。

 おいおい。こんな巨大な魔獣も従わせることができるのかよ。
 カリンが僕の後ろに隠れてちらちらと様子を伺っている。

「ピッケル、ど、どういうことなのよ?」

「わかんないよ、そんなの」

 キーラも突然の出来事に呆れている。

「わかっているのは、ケルベウスが私たちを襲うつもりがないということですね。敵意があれば、私たちは瞬殺されています」

 ヤードルが沈黙している。
 ラカンが意外なことを話し始めた。

「おい、ピッケル。この雌のケルベウスがお前に頼み事があるらしいぞ」

「ぼ、ぼくにですか?!」

「そうだ。
 お前が持っている剣の柄から強く香る甘く温かい匂いは、魔獣達が覚えている魔王の匂いだ。
 それに、ゴーレムの魔法は、魔王が得意としたものだしな。
 お前から魔王の要素を強く感じているようだ。
 ケルベウスの弟が、1万年前に魔王が封印した場所に落ちて身動きが取れないらしい。
 魔王の剣で、封印を解いて弟を助けてほしいそうだ」

「でも、封印の解き方なんて、分からないよ。
ましてや、大昔に魔王が施した封印なんて!」

「ケルベウスは、この辺り一帯の森の主だ。
 お願いを聞いておいた方がいいぞ。
 行ってみて、まず何か試してみる価値はあるだろう。
 もう引き受けてしまったしな」

 もう引き受けたって!なんてことを。もし封印が解けなかったらどうなるんだろう。

「それに、封印が解けなかったら、誰か1人噛み殺すと言っているぞ」

「ええ?!」

「我が招いたことだ。いざという時は我を捧げよ」

 強がりなのか、ラカンが平然と言った。
 誰かを犠牲にするなんて、絶対に嫌だ。

「だめだよ。ラカンだって大切なんだ。僕が守ってみせる!」

「ふふふ。我は、それが聞きたかっただけよ。これはドラゴン・ジョークだ。」

 しまった。慌てて、ラカンの策にハマってしまった。
 なんだか今日のラカンは、ご機嫌だ。

 カリンがじっと僕を見つめる。

「ピッケル、なんかラカンと仲良くなってなぁい?何かあった?」

「な、何もないよ」

「ふーん。怪しい」

 ラカンが思わせぶりに笑う。

「ふふふ。どうかな」

 カリンが明らかに不機嫌だ。

「どうかなって何よ!!」

 やめろ、やめてくれ。
 女の勘は恐ろしい。もちろん、鎖骨の爪痕はキュアで傷跡が残らないように念入りに治してある。

 ヤードルは、無言のまま。
 ガンダルが匙を投げたように言う。

「訳が分からんが、行くとしよう。その魔王が封印した場所とやらに。
 しかし、封印なんて解いて大丈夫なのか?
 封印するくらいだ、何か危険なものが出てくるんじゃ?」

 ラカンがあっけらかんと言う。

「その時は、2体のケルベウスが一緒に戦ってくれるだろう。ケルベウスの炎は、岩も溶かすほどだ。
 案ずるな。我を信じよ」

 信じるも何も、と言う感じだけど。案ずるなも何も、心配しかないぞ。

 キーラもお手上げの様子だ。

「こう言うのは従うしかありません。人間は、精霊やドラゴン、魔獣の前では、無力です。
 闇の元素精霊ダクジャと時空の精霊パルキオの使徒になった時もそうです。
 そもそも、断れっこないのです」

 確かに女神様の試練にしても、結局受け入れる以外に選択肢など、そもそもなかった。

 こうして僕たちは、案内するケルベウスについて森の奥の洞窟の入り口まで移動した。
 ラカンは、ケルベウスの背中に乗っている。もはやラカンが飼い主の様な立ち振る舞いだ。
 ミニゴーレムがそのラカンの肩に載ってはしゃいでいるのが見える。
 完全にラカンのペースにハマっている気がする。ドラゴン恐るべし。魔力もなく、戦えないとはいえ、影響力がすごい。

 カリンの顔がこわばっている。

 「こ、この洞窟に入るの?」

 そう言いたい気持ちも分かる。広い洞窟の中は、薄暗いどころか、明るく照らされている。
 100匹をこえる炎犬と、中型トラックのような大きさの双頭の炎犬が巣食っている。
 双頭の炎犬の大きさにもなると、アクアーボで倒すのは難しそうだ。
 恐る恐る中に入ると、大小さまざまな炎犬が平伏している。
 確かにこのケルベウスは、炎犬の女王なのだ。もしかしたらラカンに平伏している可能性もあるが。。。
 ジロジロと大小の炎犬に見られながら、ケルベウスについて洞窟の奥に進んでいく。

 洞窟の天井が大きく崩れ落ちて、太陽が明るく差し込み、滝が深い洞窟の底に流れ落ちる壮大な景色の場所を通り過ぎる。
 岩壁には、紫や赤色の透き通った大きな結晶や鉱石が太陽を反射してキラキラ光っている。珍しい宝石か魔石に違いない。
 神秘的な光が闇に何本も差し込んでいる。

「わぁ!綺麗!絶景だわ」

「すごいね。誰もみたことがない景色。森の奥、洞窟の中にこんな場所があるなんて」

 ケルべウスが立ち止まり、お座りをする。傾斜した背中を滑り台の様にしてラカンが降りてきた。

「ケルベウスの弟がいるのは、この下だ。最近の地震で床が崩落して、弟が寝ている間に落っこちたらしい。
 怪我なく下に着地したものの、運悪く魔力を吸収する結界があって、抜け出せなくなったと言うわけだ。
 ケルベウスが言うには、魔王の魔力を感じるらしい。
 何かが封印されているが、ケルベウスにはどうしても解くことができなかった」

 下を覗き込むと、わずかに光が差し込む谷底に怪しく紫に光る大きな魔法陣が見える。魔法陣の真ん中に。もう一体のケルベウスがいる。あれが弟か。姉も大変だな。

 カリンが深い陥没穴を覗き込む。

「どうやって降りるの?」

 ガンダルがヤードルに拳大の岩を手渡す。

「頼む。ケルベウスの弟に当てたら悪いからな」

 ヤードルが拳大の石を下に投げて、耳を傾ける。
 1、2、3、4

 コツーンと石が落ちた音が響く。
 ガンダルが首を振る。

「これは深いな。降りるための道がない。ロープで降りれる深さでもないぞ」

 ラカンが当たり前のように言う。
 
「我とピッケルでケルベウスの背に乗って降りれば良い。あと1人くらいなら一緒に行けるぞ」

 え?めちゃくちゃ恐ろしいな。
 ガンダルが心配そうに言う。

「おいおい、大丈夫かよ。とは言っても、俺たちの戦力でどうにかなる問題でもないか。心配だな。
 キーラ、お前行けるか?」

 カリンが意義を申し立てる。

「あたしが行くわ!」

 キーラが冷静にいう。

「いや、ここは私がいいでしょう。私で何か助けになるかわかりませんが。私なら時空の魔法で、なんとかできます」

 不満を露わにしながらカリンが引き下がる。

「仕方ないわね。必ず、帰ってくるのよ。その時空の魔法、帰ってきたら教えてよね」

 ラカンが不敵に笑う。

「我らが帰らねば、ここに残るお前たちは、炎犬に焼かれて全滅するしかない。
 成功を祈れ。ちゃんと帰ってきてやる」

 伏せをしているケルベウスの背中によじ登る。太い毛は意外を柔らかくて、引っ張りながら登りやすい。
 でも、これで下まで降りるの?
 遊園地のジェットコースターとかフリーフォールとか大嫌いなんだけど。
 
 ケルベウスに体を巻き付けたいけど、そんなこともできない。
 振り落とされたら死ぬ。
 
「ピッケル、何を恐れている。
 楽しそうではないか」

「い、いや、こういうの苦手で。。。」

 振り落とされないように、ケルベウスの毛を手に巻きつけて握りしめる。
 ミニゴーレムが僕の足をよじ登って、ポケットに潜り込む。やっと僕のところに帰ってきた。

「ふふ。ドキドキするのぅ」

 ラカンがはしゃぐように笑う。
 なんでそんなに楽しそうなんだ。

「行け!ケルベウス!地の底まで大ジャンプだ!我を楽しませよ!」

 威勢よくケルベウスが吠える。

 ガウ、グワ、グルル

 ケルベウスが大きく跳躍すると地面の底に向かって落ちて行く。

 ヒーーーーー!!!

 思った通りの自由落下。


 ぎゃああああああああ!!!!!!!


 自分の悲鳴が洞窟の壁にこだまする。

 背中の僕らを気遣ってくれたのか、ケルベウスが衝撃を和らげるようにふわりと着地する。


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