上 下
3 / 115

魔法は危険

しおりを挟む
 階段から落ちて大怪我をして以来、不思議な気配は、一切感じなくなった。

 半年ほどハイハイを続けると、身体が出来てきて、案外すっと2足歩行できるようになった。
 ハイハイをしっかり続けたせいか、足腰がしっかりしている。
 言葉も話せるようになった。ペラペラ喋れそうだが、これも無理せず、二語文からにしておこう。


 「ママ、おしっこ」


 とか言うと喜んでもらえるし、トイレくらい自分でしよう。
 何よりもエタンとパンセナがくれる惜しみない愛情が、あまりにも嬉しくて、ありがたくて、恥ずかしい。
 パンセナの焼くパンの香ばしい匂いが、平和と幸せをいつも教えてくれた。

 これを当たり前と思ってはいけない。大怪我を必死で治そうしてくれたパンセナのあの日の姿を、命懸けで直してくれたゾゾ長老の姿を、一生目に焼き付けておこう。





 自力で試練に対抗すると決めて、まずどうしようかと考えた。
 ただできることを最大限やるだけでは、足りない。幸運に頼るなんて、もってのほかだ。
 元の世界で、僕は一生懸命頑張っていた。でも、今思えば、自分のことばかりで、社会に働きかけようと思っていなかった。
 でもパナードの人類が危機に面しているのなら、人類を救う方法も見つけないと。


 文字はまだ読めないけど、言葉が初めから解るのは、大きなことだ。まず、この世界のことを知ろう。そして、何ができるのか、何をすべきなのか知ろう。
 
 余談だけど、プルーンとお風呂に入るのが毎日の楽しみだ。
 年頃の女の子とお風呂に入れるなんて。まさか心の年齢が34歳だなんて思わないだろう。
 さもしい心がバレないように、あどけなく振る舞っている。
 我ながら最低な変態野郎だと、呆れてしまう。でも、1人でお風呂に入れないから、仕方ない。そうに違いない。


 まだまだできないことばかりだ。
 言葉が解っても、文字を自力で理解するのは無理だ。エタンは激務だし、パンセナやプルーンに、字を教えてもらうよう、せがむことにした。
 でも残念ながら、プルーンは、字を書くのが苦手らしい。
 文字を覚えることは、パンセナに頼むしかない。


「かきかき、したい」


 パンセナは、目をキラキラさせて喜んだ。


「あぁ、ピッケル!なんて賢い子なんでしょう!文字を書きたいのね。私がなんでも教えてあげるわ。あなたは幸運の子。あの日の奇跡を私は忘れないわ」


 ちがうよ、とパンセナに伝えたかった。僕は、確かに幸運があるのかもしれないけど、何よりも試練の子。
 もしかしたらいずれ、あなたにも危害を加えてしまうかもしれない。僕こそ、パンセナに助けてもらった恩は忘れない。そのために、力をつけるんだ。


 パンセナに教わったことは、尊い。
 この世界には、普通の言葉と魔法の言葉がある。文字にも普通の文字と、魔法の文字がある。
 魔法の言葉と文字は、魔法使いだけが扱うことができる。魔法の文字で書かれた本は、普通の人には手を触れることができず、無理に身体に触れると意識を失ってしまう危険なものだ。


 エタンは、魔法は一切使えないということだ。ちなみに剣も使えない。その代わり、有能な文官でパスカル村を守護している。
 なんでもロム・エタンといえば幼いときから神童と呼ばれた存在だったらしい。王都カラメルの権力争いに嫌気が差していたところ、ゾゾ長老にたいそう気に入られて、孫娘と結婚してこの片田舎に落ち着いた。
 
 もちろん、まず普通の文字から教わった。この日から僕の愛読書は図鑑と辞書になった。元の世界の知識とこの世界のしゃべる言葉と、目の前の文字を一致させていくのが、楽しい。
 朝から晩まで辞書を読んで、覚えるために紙に書いていく。
 エタンは、僕の姿を見て、何かを決意したかのように、家にある本という本を読ませてくれた。文官というだけあって、蔵書の量は、数千冊はあった。


 3歳になったころ、エタンは言った。


「天才だ。。文字の覚えもいいが、計算が素晴らしい。ピッケルは、簡単な簿記くらいなら覚えれそうだな。
 ピッケルが大きくなったら、私の仕事を手伝ってもらおうかな。ふふふ。これでロム家も安泰だ」

 もちろん、天才なんかじゃない。
 元の世界で簿記2級まで取っていたから、理解が早いだけのこと。まさか、こんなところで役に立つなんて!
 いつか僕の試練のせいで迷惑をかけるかもしれない。その時に、役に立てるようにしないと。


 エタンといると、自分の平凡さが分かる。
 エタンは、ブブンパという将棋に似たボードゲームが好きで、プリンパル国で1番の使い手らしい。勝ち方を教えてくれるけど、大駒なしのハンデをもらっても勝てたことがない。 
 それでも根気強く教えてくれるエタンが好きだ。


 5歳になった時、どうしても読めない本と出会った。外国の本なのかな。


 「母さん、この本どこの国の本なの?」


 パンセナは、その本を見るなり、血相を変えて取り上げた。


「なんてこと!ピッケル、この本はダメよ!あぁ、私の不注意ね。この本、見つからないと思ったら、こんなところに!でも。。。」


 そう、僕が手に取ったのは魔法書だった。危険だから絶対触ってはダメだとパンセナから言われていた。子供が不注意で触って、死んだこともあるって。
 いやいや、危険すぎるよ!かなり慎重に過ごしていたのに、あっさりとまた死の危険に踏み込んでしまった。
 でも、なんとか無事だったんだ。まず、死ななくてよかった。もう、怖い。身の回りに潜む危険が、ふとした瞬間に、生きることを脅かすのが。
 力が抜けて、へたり込む。
 青信号だからって、安全な訳じゃない。
 そうだったじゃないか。なんですぐに、油断してしまうんだ。


「ひっ、ひっく」


 また、大切に育ててもらっているのに、また命を無駄にするところだった。そう思うと、涙が込み上げてきた。
 死んだら、こんなに愛情深く育ててくれているエタンとパンセナを悲しませてしまう。
 なんの恩も返せずに。いや、むしろ、今死んでしまったほうが、大きな試練に巻き込まなくて済むのかな?僕なんか、いない方が。。。
 パンセナがぎっうっと、僕を抱きしめてくれた。そして、拍子抜けするくらい楽天的に言った。


「ごめんなさいね。大きな声を出して。
 でも、ピッケル、あなた、きっと魔法が使えるのね!そうでなかったら、本に触れることさえ、出来ないはずよ。
 男の子なのに、珍しい。
 今度は、魔法の言葉を教えてあげるわ!」





 それから2年経ち、僕は7歳になった。エタンからは、簿記や公文書の書き方を学び、パンセナから魔法書の読み方を教わった。
 普通の言葉で書かれた本と魔法の言葉で書かれた本を読み漁って、だんだんこの世界のことがわかってきた。
 伝統学派の魔法使いが魔力をこめて書いた本が魔法書と言われている。これを使って魔法や魔獣について学ぶ。
 この世界の人類は、魔力が弱いエリアでのみ生存している。強力な魔族や魔獣が支配する未踏の領域に足を踏み入れることは、現時点では不可能らしい。


1. 魔草
 まず、魔法には特定の魔力を秘めた魔草が必要。様々な属性の魔草から魔法使いは力を引き出し、魔法を実行する。


2.魔法の使い方
 魔法使いは素材から力を抽出し、その形や速度で自分の力量を示す。魔草が魔力を使い果たすと消滅する。


3. 魔法の種類
 魔法書によると、魔法は、火、氷、光、土、風、草木の6種類が見つかっている。属性は魔草の種類によって決まる。火炎草から、火の魔法ということ。


4. 魔法の発動方法
 魔法の発動には詠唱が主流。昔は詠唱に時間がかかったけど、時代と共に短縮され、現在はより迅速に魔法を使うことが可能。
 扱える人が限られるか魔法陣も存在する。


5.魔法にともなう危険
 過去、新たな魔法の実験や魔力の使いすぎによる事故が何度も起きて、魔法使いが数えきれないくらい亡くなっている。場合によっては、大爆発を引き起こすこともあり、周りを巻き添えに大惨事になることもある。
 魔法は、尊い犠牲をともなう人類の試行錯誤によって研究され、今日にいたっている。
 パンセナやゾゾ長老に助けてもらった時のことを思い出すと、背筋が凍る。
 魔法の使用は慎重に。安全第一が基本だ。


6.魔力の耐久値
 1日に魔草から魔力を引き出せる量は、人によって決まっている。魔法書には魔力の耐久量は、遺伝すると記載されている。
 魔法使いのグレードは、魔力の抽出のスピードが速い順番でSS.S.A.B.C.Dの5つがある。
 SSは史上2人だけ。残念ながら船が遭難して亡くなってしまったゾゾ長老の娘カーサと若い時のゾゾ長老だけ。
 スピードは、魔法を出す速度、一度に出す魔法の量や威力に影響する。
 魔力の耐久値は強い順に5、4、3、2、1とグレード分けされている。
 耐久値は、1日に魔法を使える量。充分寝て、起きたら回復する。
 ちなみにパンセナは、A4のグレード。これは国に1000人ほどいる魔法使いのなかで上位50位に入る。母、すごい。
 人類の人口は50万人。世界は、ゴリアテ国、マルキド国、プリンパル国の3つの国があり、この国プリンパルの人口は20万人。魔法使い1000人は、200人に1人。なかなかの少数派だ。実際、人口700人のパスカル村には、パンセナとゾゾ長老が隠居しているくらいだ。


 現在、この国で現役最高の魔法使いは、S5の女性。プリンパル国の王都カラメルにいる、カリファという天才魔法使い。若き日、ピーク時のゾゾ長老でも、未踏地域の魔獣には、全く太刀打ちできなかったという。
 そもそも手にできる魔草が弱すぎるのかもしれない。1番強い火の魔法でも、火炎草ファイという入手も栽培も困難なレア素材を使って火柱を作り、熊くらいの動物を1頭焼き殺すのがやっと。
 しかし、対する魔獣は、最弱と思われる小型の炎犬という魔獣でも、一瞬で兵士10人を焼き尽くすほどの炎を吐くらしく、力の差は圧倒的だ。人類は、未だ炎犬を倒した記録すらないということで、魔法の説明は一旦以上。


 人類は、魔獣たちが興味を示さない、魔力不毛の地で、ひっそりと生きている、弱肉強食の世界で底辺の動物にすぎない。幸いなのは、魔獣が、それほど人類に興味がないということ。よかったね、人類!
 人類が、魔獣の領域に足を踏み入れない限り、世界の限られた領域で、ささやかな平和を維持することができる。
 でも、どんどん魔獣が人類の住む地を脅かして、住める土地が狭くなってきている。このままでは、魔獣に住む場所を奪われて滅ぶしかない。


 僕は、どうしたらいいのか考えた。
 この限られた環境で、どれだけ魔力の耐久値を伸ばし、魔法の技術を高められるかが鍵になる。
 試練に打ち勝つためにも、いつか、あの未踏の領域に挑戦したい。これは、野望だけど、普通の生活を守るために必要なことでもある。
 それに幸運の解明に僕も取り組もう。試練自体を終わらせることができたら、それが一番だ。
 当たり前の生活の延長線上には、きっとまた試練が起こる。もっと積極的に動く必要がある。


 目標ができた。


1 エタンから魔法がなくても生きて行く教養を学ぶ
2 パンセナから魔法について学び自衛する力をつける
3 人類未到の地を探検し、試練に対抗する力を得たり、幸運の解明に取り組む


 いよいよ明日から、魔法の先生が家にやってくる。
 この村に駐在しているククル魔法院の先生だ。若いけど厳しい方らしい。望むところだ!
 ついに詠唱による魔法の練習を始める。


 明日が楽しみでしかたがない!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

身体強化って、何気にチートじゃないですか!?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,310

【完結・R18】下々を玩具にした姫の末路

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:245

証拠隠滅終了済。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

反逆者様へ、あなたを愛していました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:241

処理中です...