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劇場裏のテント

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 僕の心臓がドキドキして、身体から飛び出してきそうなくらい高鳴る。

「イビルガス、あなたがピッケルを捕まえて、知らない男に手渡してたの見たわ」

 テントの中のニンフィとイビルガスの影が動くのが見え、2人の声が漏れて聞こえる。
 すっと立ち上がったニンフィがイビルガスを非難した。

「ああ、売っぱらったよ。偏執狂の蒐集家ドラコニアにな。もう仲介人を通して渡してしまった」

 テントの裏で僕とヴィオラは、見開いた目を合わせた。
 なんて勝手なことを…!

 プトレマイオスが深刻な顔でブツブツと呟く。

「やはりドラコニアか。よりによって。
 山をも消し去る光の極大魔法ユユキレイスタの使い手…アレイオス最高の魔法使い…危険すぎる…
 しかし、ピッケルには、あまり時間が残されていないというのに…」

 テントの中でニンフィが軽蔑したようにイビルガスを責める。

「相変わらず酷い人。服が白くなっているわよ?」

「ピッケルが暴れやがってな、服が白い粉だらけになったんだよ。面倒なミニゴーレムだったな、まったく。
 解体でも解剖でもなんでも、されちまえばいい。
 で、今日は、どうしてそんなに強気なんだ?」

 「もう言いなりになるのは嫌。私、あなたの子供ができたのよ」

 「何…?エルフと人間の間に子供ができるとはな...?」

「そうよ。尖り耳族はエルフの中でも人間の血が混ざってるから、こういうことが稀に起こるの」

「おいおい、面倒なこと言い出すなよ。どうするつもりなんだ?」

「私は、この子を育てるつもりよ。あんたみたいな奴の子でも、魔法が使える素質があるかもしれないから。」

 イビルガスが一瞬黙り込んでいるようだ。

「…産むつもりってのは、正気か?誰も助けてくれないぞ、一人で育てるんだぞ」

「ええ、たとえビッキを殺した奴の子でもね。勘違いしないで、あんたに父親になってもらおうだなんて考えてないわ」

「ふん、勝手にしろ。だがビッキを殺したのは、お前だろ?ニンフィ。」

 ヴィオラが辛い記憶を思い返したように、顔をしかめ、目を瞑って震える。
 僕は、ヴィオラを慰めたくて、肩を抱きしめた。

「確か、ビッキの遺体を最初に見つけたのはヴィオラだったな。ヴィオラも怪しいが。
 ニンフィ、お前、尖り耳族だからって理由でビッキに差別されてただろう?」

「確かにビッキとは仲が悪かったわ。本当に意地悪で、嫌な女だった。
 でも、殺してはいない。
 私は、ビッキを殺すほど憎んでいなかったの」

「お前が育った尖り耳族の村が長耳族に焼かれて、家族を失い、奴隷にされたことを、俺は知っているぞ。耳長族に恨みがあるだろう」

「ええ。私は耳長族のエルフを恨んでいるわ。
 でも、ビッキ自身が私の村を焼いたわけじゃない。
 ビッキだって、人類に村を焼かれて奴隷になったんだもの。
 私たちは、似た境遇の同士だったのよ。
 だから、嫌な奴だったけど、殺してない」

「ふん、どうだか。
 もしニンフィでないなら、誰が殺したって言うんだ?
 そう言えば、ビッキの遺体をドラコニアがコレクションに加えたいからと、買い取っていったな。死体の蒐集だなんて、気色が悪いぜ。
 まぁ、そんなことはどうだっていい」

 しばらく、沈黙が続く。
 ビッキを殺したのは誰なんだろう。ヴィオラのはずはない。ドラコニアなら何か知っているんだろうか。
 僕らを珍しがって買い取ったドラコニア。物神崇拝、偏執狂の蒐集家で、死体をコレクションしている。不気味で猟奇的な人物なんだろうか。
 そして、最強の魔法使いでもある男。

「私が邪魔なら殺すか、妊娠を黙って私をどこかの貴族に売り飛ばしてくれればいい」

「わかった、望み通り貴族に売ってやるよ。そういうことなら話は、簡単だ」

「え?本当に?
 頼んでおいてこんなこと言うのも変だけど、すんなりお願いを聞いてくれるなんて、気味が悪いわ」

 「うるさいな。できるならこの場でお前をぶっ殺してやるさ。お前もお腹のガキもどうでもいいんだ。
 ニンフィ、お前を売り飛ばす段取りはもう済んでるんだよ。サーカス団は、もう解散だからな」

 え?解散?!

 ヴィオラは小さな声で呟く。

「やっぱり、そうだったんだ…。」

 プトレマイオスもそれに同意する。

「ああ、驚くことじゃないさ」

 僕は、全然気づいていなかった。

「老朽化したサーカス劇場を作り直すから、しばらくサーカスは公演できない。
 その間、奴隷たちを持て余すより、売って国の予算の足しにするのさ。
 ほとんど売約がついてるんだ。お前が妊娠していることは、黙っておいてやるよ。売約がキャンセルされたら面倒だからな」

「そう…」

「ピピンとヴィオラをそれぞれ買いたい貴族が現れたところだ。
 なかなか買い手がつかなくて手が掛かったぜ。ジルドレ男爵とサドン侯爵なら、あの姉弟も悪いことにはならないだろう。
 あいつらが貴族に拷問されて死んでも、俺は知ったことではないけどな」」

 イビルガスの言葉に、僕もヴィオラも驚いた。
 僕たちは、手をギュッと繋いで無言で顔を見合わせた。

「……どうしよう、おねぇちゃん」

「大丈夫。きっと大丈夫」

 プトレマイオスが僕らを目を見て言った。

「ピッケルの無事は、余が確かめる。
 2人は、自分の心に従って、どうしたいのかちゃんと考えろ。
 覚えておけ。困ったら余に相談すること。必ず力になってやろう」

「わかったわ、ピーちゃん。ありがとう」

 そう言いながら、ヴィオラの顔がいつになく険しくなっている。

 僕らは、どうなってしまうんだろう。

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