黒神話:西遊記

アランスミシー

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第42章 入魔再び

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孫言の周囲に驚くべき魔気が漂い始めたのを見て、葉凡はさらに決意を固めた。これは天命だ。、妖を斬り、魔を除く絶好の機会だと。たとえ師匠に咎められたとしても、きっと罪には問われないだろう。
なぜなら、師匠は以前から「妖は妖、魔は魔。もし妖が魔気を帯びれば、いずれ災いを引き起こし、人間界を屠戮する」と言っていたからだ。
この猿を殺しても、師匠が自分を責めるはずがない――そう確信した葉凡は、躊躇することなく斬妖剣を握り締め、一気に猿へと突き刺した。
その瞬間、孫言も動いた。
ブシュッ!
ドン!
剣が体に突き刺さり、同時に拳が葉凡の身体を打ちつけた。葉凡は少し痛みを感じ、数歩後退した。
自分の左肩が強力な一撃で脱臼したことに気づき、葉凡は驚愕した。この猿の修為を彼が知らないはずがない。孫言はせいぜい元婴期(げんえいき)にすぎないはずだ。それに対して、葉凡はすでに渡劫期(とけいき)に達しており、大乗(たいじょう)にあと一歩という実力だった。それなのに、自分よりも数段修為が劣る妖猿が、どうして自分を傷つけられるのか?
一方で、孫言の状態も良くなかった。魔気に満ちたその姿でありながら、彼もまた斬妖剣で左胸を貫かれていた。ただ、今は痛みを感じていないだけだった。
彼の五感はすでに失われ、識海も混沌としており、彼の頭の中には「殺」という一文字しか残っていなかった。
葉凡は左肩を元に戻そうとしたが、孫言はそれを許さなかった。胸から魔血を流しながらも、ためらうことなく再び拳を振りかざした。
葉凡は、この猿がまるで走火入魔(そうかにゅうま)のような状態に陥っていることを見抜いていた。識海は乱れ、ただ血を求めているだけだった。しかし葉凡は恐れなかった。この狂った畜生がどれほどの脅威になるというのだろう?先ほどの一撃は、ただ不意をつかれただけにすぎない。修為の差は大きく、ただの拳では到底埋められない。
葉凡は斬妖剣を振り、猿に向かって戦いを挑んだ。
彼の予想通り、孫言は非常に単純な動きしかせず、ただひたすら攻撃を繰り返すだけだった。葉凡は巧みにそれをかわし、剣を猿の背中に突き刺した。
猿は痛みを感じる様子もなく、再び拳を繰り出してきた。
葉凡は戦いを通じて、猿の単調な動きに慣れ、次々と剣で傷を刻んでいった。
半刻後、ついに孫言の体力が尽き、魔血も止まり、秦軽楼のように力尽きて地面に倒れ込んだ。
猿がもはや反抗できないことを確認した葉凡は、ほっと安堵の息をついた。
だが彼自身もまた無傷ではなかった。万全を期していたとはいえ、彼もまた何度か拳を食らっていた。左肩は脱臼し、右足は骨折、さらに肋骨も二本折れていた。
それでもなお、葉凡は自分の強靭な忍耐力に誇りを感じていた。普通の人間なら、とっくに耐えられなくなっていただろう。
彼は、地面に倒れている少女と猿を冷ややかに見下ろし、冷笑を浮かべて言った。
「俺に挑むなど、五百年修行してからにしろ。今のお前では、まだまだ相手にならん。」
ようやく静寂が訪れた。
誰も邪魔する者がいなくなったことを確認し、葉凡は斬妖剣を杖のように支えながら、倒れた二人に向かって歩き始めた。
だが、まだ二歩も進まないうちに、突然軽い足音が響いてきた。
彼は傷を負っていたが、五感は鋭敏なままだった。ためらうことなく腕をひねり、剣を抜いて背後の人物に斬りかかった。
カン!
剣がその人物に届く直前、ぴたりと止まった。わずか数ミリの距離で、剣が進まなくなったのだ。
目を凝らすと、一人の白衣の女性が、二本の細い指で強力な剣をしっかりと挟み込んでいた。
「葉凡、よくも同門を道場内で打ち殺そうとするとは、師匠を無視しているのか?」
その女性は冷たい声で叱りつけ、次の瞬間、軽く指を動かしただけで剣の刃を真っ二つに折ってしまった。
「花微然(かびぜん)! お前……」
「黙れ! 私の名前をお前のような門の恥が口にしていいものではない!」
そう言うと、花微然は一掌を葉凡に打ち下ろした。
その掌打は決して強くなかったが、勝敗を決するには十分だった。
花微然は、世間の善悪を司る吉祥天女(きっしょうてんにょ)であり、その実力は恐るべきものだ。しかも、彼女は吉祥天女のただ一人の娘である。彼女の実力が低いわけがない。
葉凡は高慢で傲慢だったが、この女性の前では、頭を下げざるを得なかった。彼女に対抗することなどできなかった。一掌が放たれると、葉凡の四経八脈は瞬時に断裂し、彼は立ち上がることすらできなくなった。
しかし、花微然(かびぜん)はまだ手を緩めるつもりはなかった。白く美しい手から恐ろしい威力が溢れ出し、さらにもう一撃を加えようとしていた。
その時、突然一つの伝音が彼女の耳に届いた。
「微然、やめなさい。師門の地で、同門に手をかけるのはよしなさい。」
この声の主が誰か、彼女にはすぐに分かった。
ただ、今の彼女は納得がいかなかった。葉凡が残酷に手を下している時に、どうして師尊は止めに入らなかったのか?
それなのに、彼女がたった一掌放っただけで、すぐに自分を止めに来た。
怒りを覚えたものの、師尊には逆らえない。何しろ、自分の母である吉祥天女でさえ、師尊の前では丁寧に接しているのだから、彼がどれほど強いかは容易に想像がつく。
師尊が介入した以上、花微然はもう何もできず、やむを得ず孫言と秦軽楼(しんけいろう)を抱きかかえ、部屋へと連れ帰った。
……
ある女性の部屋の中で、花微然は濃薬を煎じていた。
あの少女と猿は、彼女の宝丹(ほうたん)の効果で、今のところ命に別状はない。しかし、彼女はその二つの丹薬を思い出すたびに心が痛んだ。
あの宝丹は、太上老君(たいじょうろうくん)が母の吉祥天女に授けたものであり、彼女だけでなく、天界の高神たちですら羨むほどの貴重なものだった。
その貴重な丹薬を二つも浪費したのだから、当然彼女は惜しく感じた。しかし、二人の命を救うためには仕方がなかった。
老君の丹薬は非常に強力で、服用してからほんの数時間しか経っていないのに、孫言の身体に深く刻まれた剣傷はほぼ癒えていた。かすかに傷痕が残る程度だった。
とはいえ、外傷は治ったものの、内傷はまだ回復していない。
そこで、花微然は五臓六腑や七経八脈を癒すために、この濃薬を煎じていた。
しばらくして、薬が煎じ終わると、彼女は二つの浴桶(よくとう)を用意し、薬を注ぎ入れた。
まずは秦軽楼の血まみれの衣服を脱がせ、彼女を浴桶に入れた。
次に孫言の番となり、彼女は困惑した。
たしかにこの猿は雄性の猿に過ぎないが、やはり異性の衣服を脱がせるのには抵抗があった。
しかし、もし衣服を脱がせなければ、薬浴の効果が十分に発揮されず、薬効が体に吸収されないだろう。
薄い唇を軽く噛みしめ、彼女は決心を固めた。
結局、猿は猿であり、外で裸の猿などいくらでも見かけるのだ。雌か雄かで悩む必要などない、と自分に言い聞かせた。
金のハサミを手に取り、花微然は慎重に孫言の破れかけた道服を切り始めた。
出血がひどかったせいで、孫言の衣服は乾いて体に張り付き、簡単には脱がせられなかった。しかし、白衣の女性は非常に根気強く、半刻かけてようやく猿の最後の一枚の布を切り取った。
孫言の全身に刻まれた剣痕を見て、花微然は不意に頬を赤く染めた。
彼女は心を鎮めるために何度も清心咒(せいしんじゅ)を唱え、ようやく猿を薬浴に浸けた。
一方、部屋の外では、白髭の老者が二つの丹薬を手に、険しい表情を浮かべていた。その皺寄せた眉は、なかなか元に戻らなかった。
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