上 下
23 / 69

023 想定外の大反響

しおりを挟む
ワインを樽詰してから半年が経った。
今日は熟成具合の確認を行う。
遺伝子改造したブドウが熟成にどれだけの影響を与えているか確認するためだ。

試飲はベルナール、リオン、アスタール、ブレナン、マールスの5人に頼んだ。
さすがに10歳の子供が試飲するわけにいかない。
精神的にはアラフォーだけにむず痒いところだ。

樽から出されたワインは早熟ながら綺麗な薄紅色をしていた。
まだブドウの甘い香りが微かに残っている。
糖度が高いためか思いの外アルコール分解が早く進んでいるようだ。
注ぎ口から漂う気の抜けた臭いは炭酸ガスだろう。
きっとアルコール分解によって生じたに違いない。
となると、シャンパンやスパークリングワインを作れるかもしれない。
これは可能性が広がる発見だ。

5人はグラスに注いだワインを丁寧にテイスティングしている。
眼で色味を、鼻で香りを確かめ、一口含んで味わいを確認する。
そうしてそれぞれが個々の判断を下すと、その結果が書面となって俺の前に提出された。

「皆の見解は一致してるな」

目を通した俺は笑みを浮かべた。
全員が満足との回答だったからだ。
特に若いアスタールとリオンには好評のようだ。
反対にブレナンとマールスは若干の物足りなさがあるらしい。
ベルナールによるとフルーティーな甘さと香りは良いが、ワインとしては早熟過ぎるとのことだ。
しかし味は文句の無いクオリティらしい。

「これは口当たりが軽く、香りが甘いので婦女子に人気が出そうですな」

マールスの言葉に同意するようにブレナンは頷いた。

「確かに。だが、儂等くらいの年齢には年季が足りん。一年くらい熟成させれば満足のいく仕上がりになるだろうが」

グラスを通してワインを眺めるブレナン。
陽光に向けると透き通った紅色が鮮やかに浮かぶ。
まるでルビーのような美しさだ。

「これは若年層に売れる逸品ッスね」

同じ仕草でグラスを眺めるアスタール。
商人の嗅覚だろうか。
確信を得たように会心の笑みを浮かべている。
儲けの青写真が浮かんでいる様子だ。

「私達には美味しい出来です。早熟なだけに深みが足りませんが、代わりに飲み易くて量が進むかもしれません」

5人の中で一番若いリオンが言うのだから説得力がある。
マールスとブレナンも同意らしく、アスタールに至っては描いた青写真に関連付けているようだ。

「この出来ならば若年層向けに生産しても良いかと。熟成には年月が必要ですので、その間の収入源としては理想的です」

ベルナールが冷静に算盤を弾く。
さすがは頼れる金庫番だ。
すでに生産量から計算し、割合を弾き出している様子だ。
熟成具合の確認を行うだけの予定が思わぬ流れになったものだ。
まったく嬉しい誤算である。

「わかった。試しに作って市場に流してみよう。反応次第で増産も検討する。アスタールは販売の際に反応を確かめてくれ」

「お任せくださいッス!」

大儲けの構図が脳内で完成したのだろう。
アスタールは意気込んで承知した。





試飲会から2週間ほど経ってアスタールが帰還した。
販売用に積んでいったワイン100本は見事に完売。
客の反応は予想以上に良く、狙い通り若年層や婦女子に人気があったそうだ。

「お疲れさま。どうやら上手くいったみたいだな」

「いやはや大人気だったッス。坊っちゃんの指示通り試飲させたら飛ぶように売れて、あっという間に無くなったッスよ」

「この分なら増産しても良さそうだな」

手応えを感じた俺は早熟用の苗木を新たに植える考えを示した。
ベルナールも異存は無いらしく、ブレナンに至っては「もっと多く植えましょう」と提案するほどだ。
ワイン園はブレナンに任せているため手間と労力が増えるぞと告げると。

「望むところです!むしろ願ったりかなったりというもの。ワイン作りが忙しくなれば、それだけ職人の腕も磨かれるのものです」

「まあ、それはそうかもしれないけど」

大丈夫か?
ブレナンの腕は信頼しているが、情熱が行き過ぎて空回りしやしないか。
どうにも不安が拭えない。

「あ~、ブレナンさんの提案に賛成ッス。ってか、増産した方がいいと思うッス」

「どうして?」

「これを見て欲しいッス」

アスタールは懐からメモ紙を取り出した。
書面には走り書きで名前と数字が記載されている。

「なんだこれ?」

「大量注文を受けてきたッス」

「大量注文?」

意味がわからず首を傾げた。
どうやらメモ紙には注文主の名前と注文数が記載されているらしい。
走り書きで文体が崩れているため読みづらいが、よくよく目を凝らすと確かに注文書の文面に見えなくもない。

「実はッスね」

アスタールは事の顛末を語った。

アスタールによると、試飲がキッカケで大量注文に結び付いたらしい。
ワインの品質を認知させるために試飲を行わせたのだが、その手法が斬新で話題となり、さらにワインのクオリティの高さも相まって瞬く間に噂が広まったそうだ。

その反響は飲食店の店主達の耳にも入った。
試飲した若者が店主に教えたらしい。
飲食店で取り扱ってはどうだ?と薦めたそうだ。
若者達にしてみれば交易商人から購入するのは安定的ではない。
常に商品が補充されていればいいが、売り切れてしまえば届くまで待たねばならないからだ。
しかも個人で注文するとなれば、それなりの量を購入しなければならない。
いくら美味くても限度というものがある。

だから飲食店の店主に薦めたのだ。
店舗で取引してもらえば安定的に安価で飲めると考えたのだろう。
飲食店ならば量も多く仕入れる必要があるからだ。

商売を生業とするだけに気になった店主達は続々とアスタールの店を訪れた。
最初は話のネタにと冷やかし気分だったらしい。
ワインなどどれも同じだろうと考えていたためだ。
しかし認識は大きく変えられる事となる。

そこで目の当たりにしたのは若年層と婦女子に好評を博する試飲の光景だった。
試しに試飲してみると、今までに味わったことの無いワインに大きな衝撃を受ける。
冷やかし気分は一瞬で消え失せ、店主達はアスタールを捕まえると次々に大量注文を持ちかけてきたのだ。

「……という訳ッス」

「まさか品質を認知させる試飲が回り回って大量注文に繋がるとは」

個人向け販売になるだろうと想定していただけに予想外の展開は嬉しい誤算だった。
まず飲食店には受け入れられないだろうと思っていたからだ。

「最近は若者向けの飲食店も増えてきてるッスから、需要と供給に合ったんじゃないッスかね」

「なるほど。僕は子供だから酒の事には疎いけど、そういう趣向に流れてるなら増産はアリだな」

「そうでしょうそうでしょう。ぜひご検討のほど宜しくお願いいたします」

ブレナンは上機嫌で首を縦に降った。

「わかったよ。ブレナンとアスタールの提案を採用する。ベルナール」

「はっ!」

「悪いけど増産の見直しを頼む。アスタールと相談して数字を割り出してくれ」

「承知いたしました」

増産を採択した途端にブレナンは両手を挙げて大喜びした。
労働が増えるというのに元気なオッサンだ。
俺は前世の自分を思い出し、ここまで仕事に前向きになった事は無かったなと思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

子供なんていらないと言ったのは貴男だったのに

砂礫レキ
恋愛
男爵夫人のレティシアは突然夫のアルノーから離縁を言い渡される。 結婚してから十年間経つのに跡継ぎが出来ないことが理由だった。 アルノーは妊娠している愛人と共に妻に離婚を迫る。 そしてレティシアは微笑んで応じた。前後編で終わります。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス1~3巻が発売中!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  第四巻は11月18日に発送。店頭には2~3日後くらいには並ぶと思われます。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍1~7巻発売中。イラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

『スキルの素』を3つ選べって言うけど、早いもの勝ちで余りモノしか残っていませんでした。※チートスキルを生み出してバカにした奴らを見返します

ヒゲ抜き地蔵
ファンタジー
【書籍化に伴う掲載終了について】詳しくは近況ボードをご参照下さい。 ある日、まったく知らない空間で目覚めた300人の集団は、「スキルの素を3つ選べ」と謎の声を聞いた。 制限時間は10分。まさかの早いもの勝ちだった。 「鑑定」、「合成」、「錬成」、「癒やし」 チートの匂いがするスキルの素は、あっという間に取られていった。 そんな中、どうしても『スキルの素』の違和感が気になるタクミは、あるアイデアに従って、時間ギリギリで余りモノの中からスキルの素を選んだ。 その後、異世界に転生したタクミは余りモノの『スキルの素』で、世界の法則を変えていく。 その大胆な発想に人々は驚嘆し、やがて彼は人間とエルフ、ドワーフと魔族の勢力図を変えていく。 この男がどんなスキルを使うのか。 ひとつだけ確かなことは、タクミが選択した『スキルの素』は世界を変えられる能力だったということだ。 ※【同時掲載】カクヨム様、小説家になろう様

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

妹が聖女に選ばれたが、私は巻き込まれただけ

世渡 世緒
ファンタジー
妹が聖女として異世界に呼ばれたが、私はどうすればいいのか 登場人物 立川 清奈 23歳 涼奈 14歳 王子 ルバート・アッヘンヴル 公爵家長男 クロッセス・バルシュミード26 次男 アルーセス・バルシュミード22 三男 ペネセス・バルシュミード21 四男 トアセス・バルシュミード15 黒騎士 騎士団長 ダリアン・ワグナー 宰相 メルスト・ホルフマン

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺若葉
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

処理中です...