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001 プロローグ
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「だからさ、俺はそう思うんだよね」
クダを捲く上司に付き合わされて早2時間。
俺と同僚は会社の連中の生贄にされ、居酒屋で長々と苦行を受け続けていた。
今日ほどクジ運が悪いことを嘆いたことはない。
これまで進めてきたプロジェクトが土壇場で他社に奪われ、あげくウチが開拓した下地を根こそぎ奪われたのだ。
それもこれも会社の幹部がハニートラップに引っ掛かって機密情報を漏洩させ、取引先を激怒させたことが原因だった。
上司にしてみれば遣る瀬ないだろう。
昇進を賭けた大チャンスだっただけに上のチョンボで機会を潰されたのだ。
しかも注いだ労力まで泡と消えたとくれば愚痴の100や200で収まるはずもない。
「くそっ!くそーーーっ!」
もはや感情が先走って言葉にすらできない状態だ。
というか、飲み過ぎて言語野が麻痺しているのかもしれない。
俺は適当な相槌を打ちながら内心、早く終われ、と繰り返し念じていた。
その願いが通じたのか。
30分ほど経った頃、上司はウトウトと眠気に襲われ始めた。
そして程なくして陥落。
俺と同僚は喜びのガッツポーズを披露すると直ぐさまタクシーを手配して酔っ払った上司を厄介払いすることに成功した。
正義は勝つ!
何気にそんな言葉を発した俺達は意気揚々と帰宅の途についた。
日をまたいで午前1時30分。
幸い明日は休みのため急いで帰宅する必要はない。
初夏の夜風に吹かれながらのんびり帰ろう。
そう思って歩いていると。
「おや?」
一軒の店に目が留まった。
小道の奥にひっそりと佇むレトロな風合いの店舗。
時代から取り残された感じのそれは異質で別世界のように思える。
普段なら決して通らない小道は地元の人間でも利用しなさそうに寂れている。
薄ぼんやりと光る看板には見慣れない文字が書かれていた。
俺達は興味を惹かれて入ることにした。
素面なら絶対に入ったりしないだろうが、今日は酒も入っているし上司から解放された高揚感があったためか物怖じすることはなかった。
「いらっしゃいませ」
渋い声でマスターが挨拶した。
店内に客は居ない。
時間が時間だけに当たり前か。
店内はアンティーク調に纏まっていて落ち着いた雰囲気が漂っている。
テーブル席は2つしかなく、カウンターも5席しかない小規模な店舗だ。
だからといって窮屈というわけではなく、そのぶんスペースが十分に取られており、ゆったりと寛げる作りになっていた。
これで採算がとれるのだろうか?
そう思ってしまうほど空間を贅沢に使った作りだ。
俺達はカウンター席のど真ん中に座った。
「メニューでございます」
そつなくマスターがメニューを差し出す。
ロマンスグレーのマスターは店舗の雰囲気に調和している。
場所が場所だけに勿体無い。
大通りに面していれば暇なババアども、通称マダム、セレブといった連中が放っておかないだろうに。
「なんにしようかな」
飲んだ直後だけにコーヒーだけでは胸焼けしてしまう。
何か軽く摘めるものを。
そう思ってメニューを開き、俺はコーヒーとタマゴサンド。
同僚はパフェを注文した。
取り留めのない話で時間を潰す。
上司への愚痴。
幹部への不満、怒り。
次こそはという意気込み。
社内の恋愛話など。
気がつけば1時間ほど経過していた。
その間、客は一人も来なかった。
こんな時間に開店しているくらいだから少なからず常連でもいるのだろうと思っていたのだが。
とりあえず良い感じに酔いも醒めたし。
お開きにして帰ろうと思ったら。
「マスターこれなに?」
同僚が備え付けの用紙を手に取った。
A4サイズの用紙はアンケートらしい。
なにやらビッシリと記載されている。
「暇潰しの娯楽にと思いまして。よろしければどうぞ」
ボールペンを差し出すマスター。
同僚は受け取ると俺にもアンケートを渡し。
「面白そうだし書こうぜ」
「ああ、まあいいか」
正直めんどくさい。
拒否しようかと思ったが所詮アンケートだ。
適当に書くだけで事足りるのだから角を立てることもないだろう。
そう思ってボールペンを受け取り、アンケート用紙を眺めると。
「……なんだこれ?」
真面目なアンケートかと思いきや内容はラノベのファンタジー設定のような代物だった。
自分が転生したらどうなりたい、こうしたいなど、という設問ばかりだ。
「自分を他に置き換えることで客観的に見つめ直せるという心理学のアンケートです」
マスターの説明に同僚は納得した様子だ。
いやいや、だとしても設定がおかしいだろ。
そう思ったが言うだけ馬鹿馬鹿しい。
俺は適当に書いて早々とペンを置いた。
「お客様、最後にサインをお願いします」
サイン?
俺はアンケートに目をやった。
マスターの指摘通り設問の最後に氏名を書く欄がある。
しかし、おかしい。
さっきまでは氏名を書く欄など無かったはずだ。
いくら適当に書いたとはいえ、それくらいは把握している。
「マスター、俺のアンケートには無いけど?」
「申し訳ありません。氏名欄は一定の割合で入れてますので。お客様のアンケートは無い方だったようですね」
「なんだ、そういうこと。まあ、氏名欄くらい別に無くてもいいや」
同僚は興味なさげにいうと。
「なんて書いたか見せ合おうぜ」
「別にいいけど」
そんなに面白いものじゃ無いと思うが。
そう思いつつアンケート用紙を同僚に渡した。
「ところで質問ですが」
マスターが真剣な表情で問いかけてきた。
「異世界に行きたいですか?」
なにを言うのかと思ったら。
俺は呆れて答える気にならなかった。
「ははは、行けるんだったらいってみたいかな」
呑気に返す同僚。
そりゃあそうだろう。
真剣な表情で質問する内容じゃない。
「お客様は?」
返答を求められて溜息をついた。
答えるのも馬鹿馬鹿しい。
だが、なぜだろう。
マスターからは答えを求める圧が半端なく伝わってくる。
「はぁ……そうだな、行けるんだったら行きたいかな」
「本気で、そう思いますか?」
まだ詰めてくるのか。
俺は少し苛立った。
「ああ本気だよ。本気も本気、もし行けるんだったらすぐにでも行きたいね!」
半ば逆ギレに近い勢いで言うと、なぜかマスターは満足したらしくニッコリと微笑んだ。
一体なんだったのだろう?
その日は同僚と夜明けまでファミレスで愚痴り倒した。
帰宅したのは9時を過ぎた頃。
普段ならとっくに仕事をしている時刻だが、今日は久々の休みだ。
その休みも、一日中寝て過ごすことになるだろう。
「はぁ……疲れた……」
一人暮らしのサラリーマンはベッドに倒れ込むとそのまま深い眠りへと落ちていった。
クダを捲く上司に付き合わされて早2時間。
俺と同僚は会社の連中の生贄にされ、居酒屋で長々と苦行を受け続けていた。
今日ほどクジ運が悪いことを嘆いたことはない。
これまで進めてきたプロジェクトが土壇場で他社に奪われ、あげくウチが開拓した下地を根こそぎ奪われたのだ。
それもこれも会社の幹部がハニートラップに引っ掛かって機密情報を漏洩させ、取引先を激怒させたことが原因だった。
上司にしてみれば遣る瀬ないだろう。
昇進を賭けた大チャンスだっただけに上のチョンボで機会を潰されたのだ。
しかも注いだ労力まで泡と消えたとくれば愚痴の100や200で収まるはずもない。
「くそっ!くそーーーっ!」
もはや感情が先走って言葉にすらできない状態だ。
というか、飲み過ぎて言語野が麻痺しているのかもしれない。
俺は適当な相槌を打ちながら内心、早く終われ、と繰り返し念じていた。
その願いが通じたのか。
30分ほど経った頃、上司はウトウトと眠気に襲われ始めた。
そして程なくして陥落。
俺と同僚は喜びのガッツポーズを披露すると直ぐさまタクシーを手配して酔っ払った上司を厄介払いすることに成功した。
正義は勝つ!
何気にそんな言葉を発した俺達は意気揚々と帰宅の途についた。
日をまたいで午前1時30分。
幸い明日は休みのため急いで帰宅する必要はない。
初夏の夜風に吹かれながらのんびり帰ろう。
そう思って歩いていると。
「おや?」
一軒の店に目が留まった。
小道の奥にひっそりと佇むレトロな風合いの店舗。
時代から取り残された感じのそれは異質で別世界のように思える。
普段なら決して通らない小道は地元の人間でも利用しなさそうに寂れている。
薄ぼんやりと光る看板には見慣れない文字が書かれていた。
俺達は興味を惹かれて入ることにした。
素面なら絶対に入ったりしないだろうが、今日は酒も入っているし上司から解放された高揚感があったためか物怖じすることはなかった。
「いらっしゃいませ」
渋い声でマスターが挨拶した。
店内に客は居ない。
時間が時間だけに当たり前か。
店内はアンティーク調に纏まっていて落ち着いた雰囲気が漂っている。
テーブル席は2つしかなく、カウンターも5席しかない小規模な店舗だ。
だからといって窮屈というわけではなく、そのぶんスペースが十分に取られており、ゆったりと寛げる作りになっていた。
これで採算がとれるのだろうか?
そう思ってしまうほど空間を贅沢に使った作りだ。
俺達はカウンター席のど真ん中に座った。
「メニューでございます」
そつなくマスターがメニューを差し出す。
ロマンスグレーのマスターは店舗の雰囲気に調和している。
場所が場所だけに勿体無い。
大通りに面していれば暇なババアども、通称マダム、セレブといった連中が放っておかないだろうに。
「なんにしようかな」
飲んだ直後だけにコーヒーだけでは胸焼けしてしまう。
何か軽く摘めるものを。
そう思ってメニューを開き、俺はコーヒーとタマゴサンド。
同僚はパフェを注文した。
取り留めのない話で時間を潰す。
上司への愚痴。
幹部への不満、怒り。
次こそはという意気込み。
社内の恋愛話など。
気がつけば1時間ほど経過していた。
その間、客は一人も来なかった。
こんな時間に開店しているくらいだから少なからず常連でもいるのだろうと思っていたのだが。
とりあえず良い感じに酔いも醒めたし。
お開きにして帰ろうと思ったら。
「マスターこれなに?」
同僚が備え付けの用紙を手に取った。
A4サイズの用紙はアンケートらしい。
なにやらビッシリと記載されている。
「暇潰しの娯楽にと思いまして。よろしければどうぞ」
ボールペンを差し出すマスター。
同僚は受け取ると俺にもアンケートを渡し。
「面白そうだし書こうぜ」
「ああ、まあいいか」
正直めんどくさい。
拒否しようかと思ったが所詮アンケートだ。
適当に書くだけで事足りるのだから角を立てることもないだろう。
そう思ってボールペンを受け取り、アンケート用紙を眺めると。
「……なんだこれ?」
真面目なアンケートかと思いきや内容はラノベのファンタジー設定のような代物だった。
自分が転生したらどうなりたい、こうしたいなど、という設問ばかりだ。
「自分を他に置き換えることで客観的に見つめ直せるという心理学のアンケートです」
マスターの説明に同僚は納得した様子だ。
いやいや、だとしても設定がおかしいだろ。
そう思ったが言うだけ馬鹿馬鹿しい。
俺は適当に書いて早々とペンを置いた。
「お客様、最後にサインをお願いします」
サイン?
俺はアンケートに目をやった。
マスターの指摘通り設問の最後に氏名を書く欄がある。
しかし、おかしい。
さっきまでは氏名を書く欄など無かったはずだ。
いくら適当に書いたとはいえ、それくらいは把握している。
「マスター、俺のアンケートには無いけど?」
「申し訳ありません。氏名欄は一定の割合で入れてますので。お客様のアンケートは無い方だったようですね」
「なんだ、そういうこと。まあ、氏名欄くらい別に無くてもいいや」
同僚は興味なさげにいうと。
「なんて書いたか見せ合おうぜ」
「別にいいけど」
そんなに面白いものじゃ無いと思うが。
そう思いつつアンケート用紙を同僚に渡した。
「ところで質問ですが」
マスターが真剣な表情で問いかけてきた。
「異世界に行きたいですか?」
なにを言うのかと思ったら。
俺は呆れて答える気にならなかった。
「ははは、行けるんだったらいってみたいかな」
呑気に返す同僚。
そりゃあそうだろう。
真剣な表情で質問する内容じゃない。
「お客様は?」
返答を求められて溜息をついた。
答えるのも馬鹿馬鹿しい。
だが、なぜだろう。
マスターからは答えを求める圧が半端なく伝わってくる。
「はぁ……そうだな、行けるんだったら行きたいかな」
「本気で、そう思いますか?」
まだ詰めてくるのか。
俺は少し苛立った。
「ああ本気だよ。本気も本気、もし行けるんだったらすぐにでも行きたいね!」
半ば逆ギレに近い勢いで言うと、なぜかマスターは満足したらしくニッコリと微笑んだ。
一体なんだったのだろう?
その日は同僚と夜明けまでファミレスで愚痴り倒した。
帰宅したのは9時を過ぎた頃。
普段ならとっくに仕事をしている時刻だが、今日は久々の休みだ。
その休みも、一日中寝て過ごすことになるだろう。
「はぁ……疲れた……」
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