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第1話

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 闇の世界で暗躍する霊能力者。コードネームはK。
 どんな強力な悪霊も、呪文を唱えつつ切り裂くように指を動かすだけで、一瞬で除霊する。
 見返りは求めない。霊に憑りつかれて困り果てた人のもとに颯爽と現れ、除霊だけして颯爽と去り、他の助けを求めている人のもとへと向かうのだ。
 そんな霊能力者の正体は、実は至って普通の女子高生、八戸小春。
 普段は「裏社会で活躍する除霊者」であることを隠して目立たないように生活しているけれど、時々学校の中で起こる霊トラブルに出向いちゃうせいで、実は一部の人には勘づかれているような気がする──!



 ……というのが、高校入学前にウッキウキで考えた私の「設定」である。
 ええそうですよ、今だからこそ認めますよ。
 高校デビューというやつですよ。

 このお粗末な設定(当時の私としては完璧だったのだけれども)を演じ続ければ、「ちょっと不思議なクラスメイト」としてみんなから一目置かれてチヤホヤされると思っていたんですよ。
 陰キャラが調子に乗ると碌な目に遭わない。
 もしも過去にタイムスリップして半年前の私に何か言ってやれるんだったら、ぶん殴った後に言ってやりたい。
 自己紹介くらいは無難に済ませておけ──って。

 高校の一番初めの授業はロングホームルームで、御多分に洩れず自己紹介の時間だった。
 知らない環境でのはじめの自己紹介は、ありとあらゆるタイプの紹介が繰り広げられる。
「趣味は読書です」とか言って地味にやり過ごす者、やりらふぃー系のチャラい感じのことをやる者(なぜこれの解像度が低いかというと私には縁が無さ過ぎるからである)、一発芸でクラス中のウケをかっさらう強者、逆に一発芸でクラスの空気を凍らせる者。あと無難に普通の挨拶をする者。
 私の自己紹介はそれらのうちのどれにも属さなかった。

「ラノベの痛い自己紹介のマネをする者」──私はこれだった。

 ひと昔前の超有名ライトノベルの例のアレ。

 「ただの人間には興味ありません」

 あとさり気なく自分は幽霊が視えることをアピールした。もちろん嘘である。
 私はこれによって一瞬だけ教室中の興味を集めることに成功した。
 それっきりだったけど。
 コイツには関わらない方がいいんじゃないかって、みんなから思われたから後は注目を集めることもなかったからね。

 そう、見事に高校デビューに失敗したのだ。

 なぜだろうと冷静になって分析して、私は3つの大きな過ちを犯していることに気が付いた。

 1つは、ただのオタク陰キャであった私が、少なすぎる対人経験のせいで「人と違うことをやればモテるのでは??」という歪んだ感性を持ち合わせていたこと。
 陰キャが逆転ホームランを狙ってはいけないんだよ、昔の私に対して本当にそう言ってやりたい。

 2つ目は、いくら超有名ラノベといえども、令和の世の中ではあのセリフを知っている一般人など極少数であることに気付けなかったことだ。私のクラスではそれを知っている人は皆無だったようで、ひと昔前なら「痛くてヤバいオタク」で距離を置かれるだけで済んだものの、元ネタを知ってる人がいなかったせいで「マジでヤバい人」としてクラス中のみんなから距離を置かれることとなった。


 そして3つ目の過ち。
 それは、引っ込みがつかなくなった私が、入学から半年間、ずっとその「霊能力持ちのヤバいヤツ」としての中二病キャラを保ち続けていることである。
 だって考えてみてほしい。
 自己紹介で思いっきり調子に乗って、後から普通のキャラになったら、絶対言われるに決まっている。
「はじめの頃さ、調子乗ってたよね(笑)」
 って。
 私はそんなのは死んでも嫌だった。だからキャラを貫き通すしかないのだ。


 もうね、後戻りができないんだ。
 一人でいると、乾いた笑いがこみ上げてくる。


♂♀
 それが良いことであるかという問題は置いておいて、私はクラスの中で「濃いキャラ」を確立していると思う。
 それっぽい雰囲気の場所を通るたびに

「隅に寂しそうな幽霊がいるね」

 と周りに聞こえるように少し大きな声で呟くことは欠かさなかったし、クラスメイトと話すこと(距離を置かれるぼっちでもみんなと話す機会が稀によくある)があれば、

「それって霊の仕業だよ」
「山田さんの後ろには強力な守護霊がいるから安心して」

 など私のキャラに絡めた発言を心掛けていた。
 
 クラスの優しいみんなのあははという愛想笑いを聞くたびに私のメンタルは少しずつ病みの方向へと沈んでいったけれど、こういう努力の甲斐あって、とにかく「濃いキャラ」としての地位を積み上げることができた。
 ちなみに私には霊感なんてないし、幽霊はもちろん見たことがない。
 私の学校での数少ない発言(総時間は10分に満たない)はほとんどが虚言なのである。
 存在感のあるぼっち。
 それが私の唯一の存在証明であり誇りだ。
 周りからしたら埃かもしれないけど……。

 けれども、そんなアイデンティティが崩壊するかもしれない問題が最近訪れた。
 それは中途半端な時期に突如として現れた転校生の存在である。
 漆黒のロングヘアーとクールな目付きが印象的な彼女。
 お世辞抜きで世間的にも美人の部類に入ると思う。
 そしてその子は、私が喉から手が出るほど欲しかったミステリアスさを自然と醸し出していたのだ。

 黒板の前に凛と立ち、なかなかの自己紹介をした彼女の姿を思い出す。

「父親の仕事の都合で、名古屋からこちらについ最近引っ越してきました」
「これといった趣味はないんですが、最近は小説をよく読むようにしています」

 おちゃらけているわけでもないけど、普通に社交性がありそうな喋り方。

「人の顔を覚えるのが正直苦手なのですが、頑張って早く打ち解けたいです。これからよろしくお願いします」

 ペコリ、とゆっくりお辞儀をした。
 椅子に座って静かに聞いていた私もなぜだか釣られて首を垂れた。

「あのぉ、名前は……?」

 一通り話終わった転校生に向かって、担任の先生が困った顔をしながら訊ねた。
 彼女は自分の名前を話すのを忘れていたのだ。はっとした表情を浮かべ、照れ笑いしながら彼女は付け加えた。

「ごめんなさい。出雲秋穂、です。よろしくお願いします」

 今度は素早く礼をする彼女。みんなの温かい笑いと拍手が教室中に響き渡る。
 狙ったのか、それは定かではないけれど、彼女はその美貌も相まって「天然な美人さん」としての印象をみんなの心に刻むことになった。

「質問。秋穂さんは特技とかあるんですかー?」

 場が和んだところで、チャラい男子が聞いた。
 彼女は一瞬考える素振りを見せて、ゆっくりと口を開いた。私はそのときの言葉を聞いて身体が強張ることとなる。


「えっと……幽霊が、視えます」


 えへへと笑う彼女。
 教室中が静まり返る。
 教室の一番後ろの席に座る私のことを、何人かのクラスメイトがわざわざ振り返ってまでチラッと見た。
 なんてこと言うんだよこの子。
 素っ頓狂なことを言い出した彼女を一瞬キッと睨みつけて、私は縮こまって視線を机の方に移した。

 君みたいな美人で、これから周りからちやほやされるであろう人間が、わざわざ不思議ちゃん属性まで取り繕う必要なんてないじゃないか。しかも、私とキャラ被ってるんだよ、それ。心霊関係は私の専売特許だったのに。これだと私は君の下位互換じゃないか。
 もはや理不尽ともいえる不満が頭に沸々と湧いてくる。

「その、私の席ってどこなんですか?」

 凍った場の空気を物ともせず、彼女は横に居る先生に尋ねた。
 先生はオドオドしながら教室中を見渡して

「一番後ろに空席があるから、そこに座ってちょうだい」と言った。

 最後列の空席。そして私の隣。
 そこが「ミステリアス美人天然不思議ちゃん転校生」の席だった。
 ゆっくりと歩いて席に向かう転校生。私の視線も自然と彼女の顔に移る。
 お行儀よく椅子に座る彼女。彼女は私と目を合わせるやいなやニコッと笑った。

「出雲です。よろしくね」

 クールな目付きだから第一印象は怖い感じだったのに。
 笑うとすごい優しい表情だ。
 そんな彼女に私は見惚れてしまっていた。

「は、八戸、です。八戸小春……」

 なんだよ、出雲って。苗字すら主人公みたいじゃないか!


♂♀
 私の席の周りはいつも賑やかだ。

「でさ、最近ヤオコーに無印ができたみたいで──」
「えーでも学校からも駅からも遠いよね。普通に池袋に行った方が……」
「それより今日どこでご飯食べるよ」
「マックでよくない?」
「マックは遠いから。ハンバーガーならモスがいい」

 いや見栄を張らずに訂正しよう。
 私の隣の席の周りは、いつも賑やかだ。

 例のクールな転校生、出雲秋穂は「幽霊が視える」と不思議ちゃんな自己紹介をしてもクラスから浮くことはなかった。転校してきてから1週間で、もしかして4月からずっと居たんじゃないか?と錯覚するレベルでみんなに馴染んでいる。
 今も彼女を囲うように女子たちが群がって、遠くからは羨望のまなざしで男子がちらちらと見ている。

 私は彼女の隣の席ではあるけれど、特にこれといった交流はなく空気みたいな存在になっていた。
 いやね、私だって望んでぼっちをやっているわけではないから、出雲さんと話したいと思っているよ。欲しいじゃん、友達。

 だから今、私は出雲さんとの会話のきっかけ作りとして心掛けていることがある。
 それはこれ見よがしに、オカルト本を机に広げて読むことだ。
「幽霊が視える」なんて言うくらいだから、少なからずオカルトには興味があるに違いない。私の脳内シミュレーションはこうだ。

 まず、出雲さんが私が読んでいる本に興味を持つ。
「へえ、八戸さんもこういうの好きなんだ──」
 次に、私がこれまでの人生で蓄えたオカルト知識を披露して出雲さんからの感心を得る。
「流石八戸さん! 心霊のことならなんでも知ってるんだね」
 そして、意気投合した2人は仲良く心霊トークをする仲になる。

 この構想を打ち立てた私はさっそく学校近くのファミマで700円(税抜き)の頭の悪そうな心霊本『心霊現象~本当にあった恐ろしい怪異50選~』を購入した。一昨日の話である。
 そして昨日朝学校に来てから放課後出雲さんが帰るまで、私はずっとその本を読んだ。本の向きを若干出雲さん寄りにする気配りももちろん忘れなかった。
 反応はなかった。

 しかし半年以上に及ぶぼっち生活でメンタルが色んな意味で頑丈になった私。1日の失敗程度で止めるような女ではない。
 そう、今日も朝から読んでいるし、なんなら今まさに読んでいる。
 反応はない。
 
 街にできた新しい無印良品なんかじゃなくて、私の本に興味を持ってくれないかな。
 もう4週目なんだよ、このオカルト本。
 4回目の尺八様の解説を読む。
 八尺様というのは、身長が2m40cmくらいあるすごい女の妖怪だ。
 あと尺八様といえばちょっと前にツイッターでおねショタ化されてたよな、なんてことをぼんやりと考えながら、私は隣の楽しそうな会話に聞き耳を立てるのだった。


♂♀
 そんなことをしていた日の放課後のことだった。
 私の怪異本は5周目に突入していた。こんなことをするよりも普通に話しかけに行った方がいいんじゃないか、ふとその思考に辿り着いたけれど、ここまで来たらもはや意地だった。全然面白くない顔でひたすらに本を読み続けた。

 なんとしてでも出雲さんに話しかけてもらいたい。
 そして、その出雲さんはまだ帰っていない。
 教室の掛け時計に視線を移す。針は16時を指していた。
 いつもなら出雲さんはとっくに帰っている時間なのに、今日はまだ友達と話している。
 ハンバーガーを食べに行くんじゃないのか。
 駅から微妙に離れているモスに行くんじゃないのか。

 本を読む合間にチラチラと出雲さんを見る時間がしばらく続いた。4時半になったあたりで、出雲さんの友達は帰っていった。
 教室の中は私と出雲さんだけになった。
 出雲さんは自分の席(つまり私の隣)に座り、何かを考える風に前を見つめている。
 いざこういう状況になると、気まずい。

「ねえねえ、八戸さん」

 不意に話しかけられ、身体がビクついた。

「え、えと、なに?」

「八戸さんって昨日くらいからずっとその本読んでるよね」

「あ、あ、うん。それが、どうしたの」

 もしかしたらあの計画通りに心霊の話で盛り上がれるかもしれない。

「クラスの人から教えてもらったの。あなたが──」

 出雲さんが立ち上がり、見下ろすように私の目を見た。
 その顔は友達と話していたついさっきとは打って変わっていた。
 力強いクールな目付き。笑っていない。



「あなたも、霊能力者だって」



 彼女は真面目だ。

「あ、えと、それは、その」

 ──嘘なんです。と言いたかったけれど。
 真剣な出雲さんの目が、それを許してくれなかった。

「なに?」

「あぅ……」

 言葉に詰まり硬直する私をしばらく見たあと、彼女はため息をついて話し始めた。

「……別に詰めようってわけじゃない。単純に嬉しいの。霊能力者同士が遭遇することなんて、滅多にないもの。仲間がいれば除霊もぐんと楽になる。特にこの町は霊が多いし。ぜひ同じ霊能力者の八戸さんとは交流を深めたいと思っていたの。ところで霊能力にもタイプは色々あるけれど、八戸さんはどの系統なの? あと──」

 この時私は確信した。
 オタク特有の長ゼリフ。その筋の人にありがちな凝った設定。
 出雲さんは──この人は────。



 筋金入りの、中二病だ。



 きっと出雲さんは求めていたんだ。真の嗜好を分かち合える友達を。
 クラスでは一般人の皮を被りつつ。
 私という同じ中二病属性の仲間を求めていたんだ!
 だとすれば私も彼女の熱意に答えるしかない。
 そして、出雲さんと友達にならなければならない。

 立ち上がり、彼女の熱弁を遮って私は言った。



「その通り。私こそがこの町最強の霊能力者、八戸小春だよ」
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