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最終章 伝えたい言葉
助け合うココロ
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「さすがはお姉ちゃん……といったところかしら。アナタも大変ね。出来の悪い弟を持って」
ヒュウガへの攻撃を全て受け止め、満身創痍の少女――ヒナノ。いつもは何があっても無表情を貫くクールな少女でも、さすがに今ばかりは顔が苦痛で歪んでいる。ヒナノは倒れてはいないが、踏ん張ってなんとか耐えているような状況だ。
そして、その様子を見ていたノエルは、嬉しそうな顔をしながらヒナノに近づく。踏ん張りのせいで低姿勢になっているヒナノを、上から見下しながらこう言い放った。
「さて……今のアナタにはもう余力なんてこれっぽっちも残ってないはずよね。もしも、あそこで倒れているヒュウガをまた集団で殴りつけたりしたら……アナタは一体どういう行動を取るのかしら? 自分の命なんて捨てて『護衛』をまた使う? それとも、見てみぬふりをする? ねえ、どっち? 弟想いのヒナノさん?」
その問いに答えたのは――当事者であるヒナノではなく――大量の血の上で倒れているヒュウガだった。ヒュウガは叫ぶ。
「姉ちゃん……! いいから……オイラのことなんていいから! 死んじゃ嫌だよ、姉ちゃん! 姉ちゃんの命を犠牲にしてまで、オイラは生きたくない!」
ヒナノは一瞬困惑した表情をチラつかせた。
しかし、すぐにそんな表情は止め、首を横に振る。
「……く、……約束した、じゃないか……あ…………お姉ちゃんと、して……お前を、守ると……」
「だからって……!」
パチパチパチパチ
謎の心地よい音に、全員がそちらを振り向く。
そこでは、話を聞いていたノエルが、ニコやかな笑顔で、リズミカルに拍手をしていた。その無邪気さは、ここが今まさに、誰かが死ぬ現場だということを忘れさせるような、異質なものだった。
「あはははは! いいね、いいわ! 最高の姉弟ね! アナタ達! お姉ちゃんは、弟を守りたい。弟くんは、お姉ちゃんに迷惑を掛けたくない! しかも、そんなやり取りを死の瀬戸際でしているなんて! ここはおとぎ話の世界!?」
「なんなんだよ……なんなんだよお前ぇ!!」
ヒュウガは力いっぱい叫ぶ。しかし、脚を撃たれて立つことが困難であることをノエルは冷静に推測していたのだろう。お構いなしに、まだ笑い続ける。……かと思いきや、急に真顔になり、先ほどとは打って変わった冷徹な声質で言った。
「……反吐が出る。なに、そんなキレイな心を持ったヤツなんて、下界にも上界にもいるはずがないでしょ。どうせ、誰かの為に自分を犠牲にするなんて……温室育ちのバカ達がおままごととしてやることよ。死を覚悟したこともないような、青二才がね」
「……?」
話をしながら、ノエルは倒れ込むヒュウガの側を目指して歩く。
「これまで、アタシが関わってきた人たちは、みーんな危機に瀕すると自己の保身に走っていたわ。自分の地位を失いたくなかったり、単純に死にたくなかったり、理由は色々あるけれど……それが当たり前の世界。なのに、アナタ達はしぶとい。今まさに死にそうな時にまで、弟のこと、姉のこと……正直、うざい」
ノエルは苦虫を噛み潰したような顔をし、ヒュウガの手を、ミシミシと踏み潰した。あまりに咄嗟の出来事だったので、ヒナノは『護衛』スキルを使うことができず、ヒュウガの悲痛な叫び声が部屋中に木霊する。
「私はイレギュラーってのがキライなの。アナタたちも、自分のことしか考えていないような、腐ったヤツらの1人だってこと、証明してあげる」
「可哀想な……ヤツだな……お前」
その声は、ノエルの下にいるヒュウガのもの。ノエルは手を踏みつぶしていた足を上げ、ヒュウガから少し離れた所に場所を移動する。そして、可哀想なヤツと言われた彼女は、少し興奮気味に問う。
「……何の話かしら?」
「……頭がよくねえオイラは……上手く説明できねえ……だから、何がとは言わねえ……ただ、オイラは、アンタの言うとおりにはならねえよ」
そう言ったヒュウガは、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がった。さすがにフラついてはいるが、その場にいたほとんどが目を疑った。
なぜなら、脚を撃たれ、手を踏みつぶされ、とても立てるような状態ではないからだ。
なのに、少年は立ち上がった。
「もう……『護衛』の我慢勝負はオシマイだ。オイラが、邪神ノエル、アンタを殺す」
その時、ヒュウガの姿は2倍程に大きくなった。もちろん、それはノエルが勝手に錯覚しただけに過ぎないのだが――文字通り、ヒュウガの迫力に気圧されたノエルは、じゃっかん後退りをする。それまでの位置もずいぶんと離れていたのだが、それだけでは足りないと思った。そこにいたら、本当に殺されるかと思った。この、手負いの獣によって。
「護り方は1つじゃないよな……オイラへの攻撃で姉ちゃんが傷付くんだったら、オイラが攻撃を受けなければいい……オイラに攻撃してくるやつを、全員ぶっ飛ばせばいい!」
ヒュウガは一歩一歩、確実に踏みしめる。一直線に、ノエルの元へ向かう。その何とも形容しがたいオーラに、洗脳された神たちは近づくことさえできなかった。何もされていないのに、明確な殺意を持った少年を前にしたノエルは、恐れを抱き、思わず叫ぶ。
「なんで立てるのよ……なんで歩けるのよ……なんで、なんで、なんで、なんでアナタは、そこまで姉を想えるのよ!!」
ヒュウガは何の恥ずかしげもなく、即答する。
「それは――オレが」
「姉ちゃんのこと、好きだからに決まってんだろぉがぁぁ!!」
ヒュウガは全力の拳を、ノエルに喰らわせようとする。しかし、ノエルはそれをギリギリのところで躱し、ヒュウガの体を両手で押し倒した。ヒュウガは、あっけなく倒れてしまった。
「へ……?」
その事実に最も驚きを見せたのは、ヒュウガを倒した本人、ノエルだった。信じられないノエルは、何度か蹴ったりしてヒュウガのことを確認する。しかし、ピクリとも動かなくなってしまったようだ。どうやら、疲れやダメージやら色々で、もう限界だったらしい。
それを知ったノエルは、調子を取り戻す。
「あは、あはは、あはははははははは!! なに、なによ。び、ビックリした……残念ね……あと一歩だったのに……。……こういうのが1番楽しいって言ってたかしら。上げてから落とすっていうの? 確かに快感ね……ふふ、ふふふ、あははははははははは――――」
「いいのか? 姉ちゃん」
「……問題ない。倒して、縛り付けろ」
その会話をするのは、ノエルの後ろ側にいる無傷のヒュウガとヒナノ。
「それにしても凄えなあ、姉ちゃん。さすがは参謀役……」
ヒュウガは感心した様子で言う。
「まさか、幻を戦わせていたなんてな」
神ヒナノの先天的スキル『ハッカー』。
対象の相手の視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を惑わせる能力。自分が触れている人にはスキルが無効になるという欠点を除けば、かなり強力なスキルだ。
事実、ヒナノはこのスキルを駆使し、四将軍だった頃はあらゆる隠密作戦を成功させていた。
今回の邪神ノエルの襲撃の際、彼女はこのスキルを使い、幻の世界をノエルとその下僕たちに見せていたのだ。つまり、ノエルはヒナノが創り出した空想上のヒュウガ達を蹂躙していたことになる。
リアリティを追求する為に五感をフル活用したり、長時間に渡るスキル使用だったせいで、ヒナノは重度の疲労状態に陥っていたが――実の弟を『守る』為には、容易いことだった。
「それにしても、どんな幻を見せてたんだ? 姉ちゃん。オイラの腕をぎゅうっと握ってたせいで、オイラの世界は正常だったから……」
説明を要求するヒュウガを無視して、早くしろ、と急かす。
どんな幻を見せていたか。それは、ヒナノは絶対に言うわけにはいかなかった。
なぜなら、ヒナノが創り出した空想上のヒュウガ達なのだから。
実は少しだけ美化していたり、本来ならば言うか怪しいセリフも喋らせていた。
そんな心の中を知られては、ヒナノはいつものクールな状態を維持することができないだろう。
「よっと……とりあえず眠らせて倒したけど、本当に縛っていいのか?」
的確な位置に打撃を入れられ、倒れたノエル。彼女に馬乗りになる形で抑えつけていたヒュウガは、恐る恐るヒナノに聞く。
「……んー……大丈夫、だ。もしも、何かあったとき、は、神レンガイの、せいに、しろ」
「そういえばあの兄ちゃん、監禁と拘束が好きとかなんとか……」
2人はレンガイのことを頭に思い浮かべた。2人がアンナプルナの組織を裏切り、プーアたちと共に復讐を誓ったあの日、レンガイがヒナノのことを縄で縛り付けていたからだ。
事情を聞き出す為に、ヒュウガがプーアに聞くと、「レンガイは監禁と拘束が大好きな変態だから」という言葉が返ってきた。もっとも、本来はしっかりとした理由があったのだが、プーアの言うことを鵜呑みにした2人はそれを事実として受け止めている。
……よって、レンガイのことを冷ややかな目で見ている節もある。
どこからともなく縄を取り出したヒュウガは、ノエルが身動きを取れなくする為に、しっかり固く縛る。
「よし、終わった。とりあえずはこれでオッケーだな。……そういえば、レンガイの兄ちゃんは――」
その瞬間、誰のものとも判別することのできない怒声が隠れ家中に響き渡る。何かの拍子で洗脳が解かれた神たちが、一斉に声を荒げ始めたのだ。
「お、俺たちを利用しまくったノエルを、ぶっ殺してやる!」
「覚悟しやがれ!」「じ、自由になった!」「そんなことどうでもいいだろ」
「邪神ノエルの首は俺がとる!」「オレのスキルを勝手に」「死ね!」「殺せ!」……
その様子を見たヒュウガが、ぼそりと呟いた。
「ノエルってのは、ずいぶんと嫌われていたみたいだな」
元下僕たちは、一斉にノエル目掛けて走り出した。ヒュウガは止めようともしなかった。ヒナノが問う。
「……いいのか」
ヒュウガはキョトンとした表情で聞き返した。
「いいって、なにがだよ?」
「……気絶、している、ノエルを、集団の、男たちが、袋叩きに、するんだぞ」
「いや……そりゃ、オイラとしては気後れするけどよ……ノエルがしてきたことを考えれば仕方がないっていうか……そもそも、あの人はオイラ達を殺しにきたんだぜ?」
ヤケにノエルを庇おうとするヒナノを前に、困った顔をするヒュウガ。
――いつもの姉ちゃんなら、危害を加えてきたヤツをただで済ませるなんてしないと思うけど。
ヒナノは、ヒュウガにとって信じられないことを言い出した。
「……倒せ」
「は? 倒せって、誰を」
「……あの、男たち、だ。頼む、お姉ちゃん、からの、お願いなんだ」
実姉であるヒナノに頼られることを生き甲斐にしている部分もあるヒュウガは、自分が今まで考えていたことを全て覆し――『最高速』で、敵陣へと向かう。そして、隠れ家の中で、凄まじいハイスピード乱闘が繰り広げられることとなった。
それを横目に、ヒナノはまだ気絶しているノエルに近づき――常人ではできないような手段で、ノエルの目を覚ます。
状況を飲み込めていないノエルは錯乱状態に陥ったが、これもヒナノが何らかの手段で、精神状態を正常に戻した。
「……私は、ハッカーだから」
どこか自分への言い訳じみたことを呟くヒナノ。深呼吸をした彼女は次に、ノエルの胸ぐらを掴みながらこう言った。
「……お前には、協力してもらう」
「何の話よ」
不快だという表情を滲ませながら、ノエルは言う。
「……したく、ないのか」
「だから、何の話よ!」
「……神アンナプルナに、復讐したく、ないのか」
ヒュウガへの攻撃を全て受け止め、満身創痍の少女――ヒナノ。いつもは何があっても無表情を貫くクールな少女でも、さすがに今ばかりは顔が苦痛で歪んでいる。ヒナノは倒れてはいないが、踏ん張ってなんとか耐えているような状況だ。
そして、その様子を見ていたノエルは、嬉しそうな顔をしながらヒナノに近づく。踏ん張りのせいで低姿勢になっているヒナノを、上から見下しながらこう言い放った。
「さて……今のアナタにはもう余力なんてこれっぽっちも残ってないはずよね。もしも、あそこで倒れているヒュウガをまた集団で殴りつけたりしたら……アナタは一体どういう行動を取るのかしら? 自分の命なんて捨てて『護衛』をまた使う? それとも、見てみぬふりをする? ねえ、どっち? 弟想いのヒナノさん?」
その問いに答えたのは――当事者であるヒナノではなく――大量の血の上で倒れているヒュウガだった。ヒュウガは叫ぶ。
「姉ちゃん……! いいから……オイラのことなんていいから! 死んじゃ嫌だよ、姉ちゃん! 姉ちゃんの命を犠牲にしてまで、オイラは生きたくない!」
ヒナノは一瞬困惑した表情をチラつかせた。
しかし、すぐにそんな表情は止め、首を横に振る。
「……く、……約束した、じゃないか……あ…………お姉ちゃんと、して……お前を、守ると……」
「だからって……!」
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謎の心地よい音に、全員がそちらを振り向く。
そこでは、話を聞いていたノエルが、ニコやかな笑顔で、リズミカルに拍手をしていた。その無邪気さは、ここが今まさに、誰かが死ぬ現場だということを忘れさせるような、異質なものだった。
「あはははは! いいね、いいわ! 最高の姉弟ね! アナタ達! お姉ちゃんは、弟を守りたい。弟くんは、お姉ちゃんに迷惑を掛けたくない! しかも、そんなやり取りを死の瀬戸際でしているなんて! ここはおとぎ話の世界!?」
「なんなんだよ……なんなんだよお前ぇ!!」
ヒュウガは力いっぱい叫ぶ。しかし、脚を撃たれて立つことが困難であることをノエルは冷静に推測していたのだろう。お構いなしに、まだ笑い続ける。……かと思いきや、急に真顔になり、先ほどとは打って変わった冷徹な声質で言った。
「……反吐が出る。なに、そんなキレイな心を持ったヤツなんて、下界にも上界にもいるはずがないでしょ。どうせ、誰かの為に自分を犠牲にするなんて……温室育ちのバカ達がおままごととしてやることよ。死を覚悟したこともないような、青二才がね」
「……?」
話をしながら、ノエルは倒れ込むヒュウガの側を目指して歩く。
「これまで、アタシが関わってきた人たちは、みーんな危機に瀕すると自己の保身に走っていたわ。自分の地位を失いたくなかったり、単純に死にたくなかったり、理由は色々あるけれど……それが当たり前の世界。なのに、アナタ達はしぶとい。今まさに死にそうな時にまで、弟のこと、姉のこと……正直、うざい」
ノエルは苦虫を噛み潰したような顔をし、ヒュウガの手を、ミシミシと踏み潰した。あまりに咄嗟の出来事だったので、ヒナノは『護衛』スキルを使うことができず、ヒュウガの悲痛な叫び声が部屋中に木霊する。
「私はイレギュラーってのがキライなの。アナタたちも、自分のことしか考えていないような、腐ったヤツらの1人だってこと、証明してあげる」
「可哀想な……ヤツだな……お前」
その声は、ノエルの下にいるヒュウガのもの。ノエルは手を踏みつぶしていた足を上げ、ヒュウガから少し離れた所に場所を移動する。そして、可哀想なヤツと言われた彼女は、少し興奮気味に問う。
「……何の話かしら?」
「……頭がよくねえオイラは……上手く説明できねえ……だから、何がとは言わねえ……ただ、オイラは、アンタの言うとおりにはならねえよ」
そう言ったヒュウガは、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がった。さすがにフラついてはいるが、その場にいたほとんどが目を疑った。
なぜなら、脚を撃たれ、手を踏みつぶされ、とても立てるような状態ではないからだ。
なのに、少年は立ち上がった。
「もう……『護衛』の我慢勝負はオシマイだ。オイラが、邪神ノエル、アンタを殺す」
その時、ヒュウガの姿は2倍程に大きくなった。もちろん、それはノエルが勝手に錯覚しただけに過ぎないのだが――文字通り、ヒュウガの迫力に気圧されたノエルは、じゃっかん後退りをする。それまでの位置もずいぶんと離れていたのだが、それだけでは足りないと思った。そこにいたら、本当に殺されるかと思った。この、手負いの獣によって。
「護り方は1つじゃないよな……オイラへの攻撃で姉ちゃんが傷付くんだったら、オイラが攻撃を受けなければいい……オイラに攻撃してくるやつを、全員ぶっ飛ばせばいい!」
ヒュウガは一歩一歩、確実に踏みしめる。一直線に、ノエルの元へ向かう。その何とも形容しがたいオーラに、洗脳された神たちは近づくことさえできなかった。何もされていないのに、明確な殺意を持った少年を前にしたノエルは、恐れを抱き、思わず叫ぶ。
「なんで立てるのよ……なんで歩けるのよ……なんで、なんで、なんで、なんでアナタは、そこまで姉を想えるのよ!!」
ヒュウガは何の恥ずかしげもなく、即答する。
「それは――オレが」
「姉ちゃんのこと、好きだからに決まってんだろぉがぁぁ!!」
ヒュウガは全力の拳を、ノエルに喰らわせようとする。しかし、ノエルはそれをギリギリのところで躱し、ヒュウガの体を両手で押し倒した。ヒュウガは、あっけなく倒れてしまった。
「へ……?」
その事実に最も驚きを見せたのは、ヒュウガを倒した本人、ノエルだった。信じられないノエルは、何度か蹴ったりしてヒュウガのことを確認する。しかし、ピクリとも動かなくなってしまったようだ。どうやら、疲れやダメージやら色々で、もう限界だったらしい。
それを知ったノエルは、調子を取り戻す。
「あは、あはは、あはははははははは!! なに、なによ。び、ビックリした……残念ね……あと一歩だったのに……。……こういうのが1番楽しいって言ってたかしら。上げてから落とすっていうの? 確かに快感ね……ふふ、ふふふ、あははははははははは――――」
「いいのか? 姉ちゃん」
「……問題ない。倒して、縛り付けろ」
その会話をするのは、ノエルの後ろ側にいる無傷のヒュウガとヒナノ。
「それにしても凄えなあ、姉ちゃん。さすがは参謀役……」
ヒュウガは感心した様子で言う。
「まさか、幻を戦わせていたなんてな」
神ヒナノの先天的スキル『ハッカー』。
対象の相手の視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を惑わせる能力。自分が触れている人にはスキルが無効になるという欠点を除けば、かなり強力なスキルだ。
事実、ヒナノはこのスキルを駆使し、四将軍だった頃はあらゆる隠密作戦を成功させていた。
今回の邪神ノエルの襲撃の際、彼女はこのスキルを使い、幻の世界をノエルとその下僕たちに見せていたのだ。つまり、ノエルはヒナノが創り出した空想上のヒュウガ達を蹂躙していたことになる。
リアリティを追求する為に五感をフル活用したり、長時間に渡るスキル使用だったせいで、ヒナノは重度の疲労状態に陥っていたが――実の弟を『守る』為には、容易いことだった。
「それにしても、どんな幻を見せてたんだ? 姉ちゃん。オイラの腕をぎゅうっと握ってたせいで、オイラの世界は正常だったから……」
説明を要求するヒュウガを無視して、早くしろ、と急かす。
どんな幻を見せていたか。それは、ヒナノは絶対に言うわけにはいかなかった。
なぜなら、ヒナノが創り出した空想上のヒュウガ達なのだから。
実は少しだけ美化していたり、本来ならば言うか怪しいセリフも喋らせていた。
そんな心の中を知られては、ヒナノはいつものクールな状態を維持することができないだろう。
「よっと……とりあえず眠らせて倒したけど、本当に縛っていいのか?」
的確な位置に打撃を入れられ、倒れたノエル。彼女に馬乗りになる形で抑えつけていたヒュウガは、恐る恐るヒナノに聞く。
「……んー……大丈夫、だ。もしも、何かあったとき、は、神レンガイの、せいに、しろ」
「そういえばあの兄ちゃん、監禁と拘束が好きとかなんとか……」
2人はレンガイのことを頭に思い浮かべた。2人がアンナプルナの組織を裏切り、プーアたちと共に復讐を誓ったあの日、レンガイがヒナノのことを縄で縛り付けていたからだ。
事情を聞き出す為に、ヒュウガがプーアに聞くと、「レンガイは監禁と拘束が大好きな変態だから」という言葉が返ってきた。もっとも、本来はしっかりとした理由があったのだが、プーアの言うことを鵜呑みにした2人はそれを事実として受け止めている。
……よって、レンガイのことを冷ややかな目で見ている節もある。
どこからともなく縄を取り出したヒュウガは、ノエルが身動きを取れなくする為に、しっかり固く縛る。
「よし、終わった。とりあえずはこれでオッケーだな。……そういえば、レンガイの兄ちゃんは――」
その瞬間、誰のものとも判別することのできない怒声が隠れ家中に響き渡る。何かの拍子で洗脳が解かれた神たちが、一斉に声を荒げ始めたのだ。
「お、俺たちを利用しまくったノエルを、ぶっ殺してやる!」
「覚悟しやがれ!」「じ、自由になった!」「そんなことどうでもいいだろ」
「邪神ノエルの首は俺がとる!」「オレのスキルを勝手に」「死ね!」「殺せ!」……
その様子を見たヒュウガが、ぼそりと呟いた。
「ノエルってのは、ずいぶんと嫌われていたみたいだな」
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「……いいのか」
ヒュウガはキョトンとした表情で聞き返した。
「いいって、なにがだよ?」
「……気絶、している、ノエルを、集団の、男たちが、袋叩きに、するんだぞ」
「いや……そりゃ、オイラとしては気後れするけどよ……ノエルがしてきたことを考えれば仕方がないっていうか……そもそも、あの人はオイラ達を殺しにきたんだぜ?」
ヤケにノエルを庇おうとするヒナノを前に、困った顔をするヒュウガ。
――いつもの姉ちゃんなら、危害を加えてきたヤツをただで済ませるなんてしないと思うけど。
ヒナノは、ヒュウガにとって信じられないことを言い出した。
「……倒せ」
「は? 倒せって、誰を」
「……あの、男たち、だ。頼む、お姉ちゃん、からの、お願いなんだ」
実姉であるヒナノに頼られることを生き甲斐にしている部分もあるヒュウガは、自分が今まで考えていたことを全て覆し――『最高速』で、敵陣へと向かう。そして、隠れ家の中で、凄まじいハイスピード乱闘が繰り広げられることとなった。
それを横目に、ヒナノはまだ気絶しているノエルに近づき――常人ではできないような手段で、ノエルの目を覚ます。
状況を飲み込めていないノエルは錯乱状態に陥ったが、これもヒナノが何らかの手段で、精神状態を正常に戻した。
「……私は、ハッカーだから」
どこか自分への言い訳じみたことを呟くヒナノ。深呼吸をした彼女は次に、ノエルの胸ぐらを掴みながらこう言った。
「……お前には、協力してもらう」
「何の話よ」
不快だという表情を滲ませながら、ノエルは言う。
「……したく、ないのか」
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