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第50話 まるで、誰かが手助けでもしているかのようですね……
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「だいぶ修復されていますね……」
大空洞に入るなり、ミュラがそんなことをつぶやく。
だからジップは、念のためミュラに聞いた。
「修復されているって、ダンジョンのことか?」
「ええ、そうです。あれだけあった戦闘の爪痕が、おおよそなくなっています」
その戦闘の当事者はオレなのだが、この大空洞がどれほどの惨状になっていたのかは覚えていない。というより、土埃に雷撃に結界にと滅茶苦茶な状況で視界ゼロに等しかったし、そもそも周囲の被害なんて気に掛けている余裕なかったしな。
そんなことを思い出していたら、ミュラが言葉を続けた。
「そしてこの回復速度は異常です。まるで、誰かが手助けでもしているかのようですね……」
ダンジョンは、壁・床・天井などが壊れた場合、自然と直る仕組みになっている。
そもそも、ダンジョンの構造が刻々と変化しているわけだから、修復能力があったところで誰も疑問には思わないわけだが、その能力は『ダンジョンは生きている』と囁かれている原因の一つでもあった。
ダンジョン自体が魔力を帯びているんだから、自己修復できても不思議じゃないだろうけれども、だからといってダンジョンが生物なのか否かは微妙なところだな。オレとしては、ダンジョン生物論は避けて欲しいところなのだが。
なぜって、生物の腹の中にいるかのようで気持ち悪いしなぁ。
だからオレはミュラに言った。
「多頭雷龍が死んだときに、大量の魔力が発散されて、その大半は未回収だったわけだろ? だとしたらその魔力がダンジョン修復に影響を及ぼしたんじゃないか?」
「魔力を修復に使うには、魔法を使わねばなりません。つまり魔法的な処置が行われたのならダンジョン生物論もあながち間違いではないということになります」
「そ、そうか……」
ダンジョン生物論を否定したくて言ったのに、むしろ肯定する証拠を増やしてしまったようで、オレは思わず顔をしかめていると、ミュラはカリンに顔を向けた。
「ですが今は、ダンジョンの性質を調査するときではありません。カリン、魔獣の反応はどうですか?」
オレの腕にしがみついたままのカリンは首を横に振る。
「この付近には魔獣の一匹もいないね。上層魔獣がいた場所で、しかも大戦闘が行われたあとだから、魔獣もビビって寄りつかないのかも」
「そうですか。ではまずは、三組に分かれて大空洞内を調べましょう」
その後しばらく、オレたちは大空洞内を探索して回るも、取り立ててめぼしい発見は得られなかった。
例えば、何か魔力的な歪みみたいなのがあって、そこが上層への近道になっているなら話は早いのだが、そんな分かりやすい状況はまるでなかったわけだ。
そうしてオレたちは、少しの落胆を味わいながらも、多頭雷龍が死んだクレーターを調べたが……結果は同じだった。
やがて全員がクレーターの中心へと集まってきて、ゲオルクが口を開く。
「異常な感じは特にしないな。みんなはどうだ?」
ゲオルクの問いかけに、全員が「違和感なし」と返答する。その後にユーティが言った。
「このクレーター自体、当初の半分くらいのサイズになってる気がする。もし何かしらの痕跡があったとしても、修復の過程でもう消えてしまったのかも」
そのユーティの発言に、ミュラが肩を落とした。
「確かにその可能性もありますね……」
「悪いな、オレの回復に付き合わせたせいで」
なんとなく申し訳なくなってオレが頭を下げると、ミュラは無表情なまま言ってきた。
「ジップのせいではありません。あなたの回復を待つよう指示したのはわたしですし、急いだところで、何も見つけられなかった可能性のほうが高いと思います」
ミュラのその慰めに、ゲオルクも頷いてくれる。
「そうだぞ。そもそも上層魔獣が戦った場所に、ジップ抜きで来たくないしな」
そんなゲオルクに、オレは苦笑を向けた。
「おいおい、都市内随一の盾使いが何を言ってるんだよ」
「バカ言え。上層魔獣を前にしたら、オレの盾なんて紙切れと一緒だよ」
ゲオルクはお手上げのポーズをしてみせた。
そんな感じでしばらくは雑談になる。その間にミュラが、カリンと少し会話をしていた。
そして雑談が収まったところで、ミュラが全員に向かって言った。
「では残りの調査対象は、あの大穴ということになりますが……」
全員の顔が天井に向けられる。
そう──残された調査対象と言えば、多頭雷龍が落ちてきた天井の大穴くらいだった。
この大穴だけは、まだ塞がれておらず、天井に暗闇をうがっている。オレたちが魔法で作っている光も届かないほど高い天井なので、大穴の先がどうなっているのかは……飛び込んでみるしかなさそうだった。
だからオレはミュラに言った。
「そうしたら、ちょっと大穴に入って様子を見てこようか?」
「………………」
オレの提案にミュラは顔をうつむける。そんなミュラにゲオルクが、にわかに慌てて言った。
「おいおいミュラ、いくらなんでも、そんなことはさせられないだろうが」
まぁ……普通に考えれば、上層まで繋がっているかもしれない大穴に飛び込むなんて自殺行為だ。
とはいえ、ミュラがカリンを連れてきたということは、大穴を調査することも視野に入れてのことなのだろう。先ほどの雑談中に、大穴周辺の索敵結果を聞いていたに違いない。
だからオレは、迷っているであろうミュラに確認する。
「各階層の大穴付近に、魔獣はいると思うか?」
「……魔獣はいないでしょう。この場と同様、魔獣達は怯えて近寄らないのだと思います」
ミュラのその断定に、ゲオルクもユーティも「なぜ?」とは聞かなかった。ミュラかカリンのどちらかが固有魔法で状況把握していることを分かっているのだろう。
だからオレは、勤めて明るく言った。
「なら、やっぱり大穴を調べよう。万が一にでもヤバイ魔獣がいたら、すぐに引き返してくるから」
そういうオレに、カリンは心配そうな眼差しを向けてくる。
「分かってると思うけど……そんなに上層まで行かないでよ?」
「もちろん分かってるさ」
カリンの索敵上限は十階層までだから、それ以上先の状況は分からない。だから危険は一気に増大するし、オレとしても今は大人しくしていたいしな。
「それじゃあ、ちょっと見てくるよ。小一時間くらいで一度帰ってくる」
そうしてオレは、飛行魔法を使って大穴へと入った。
大空洞に入るなり、ミュラがそんなことをつぶやく。
だからジップは、念のためミュラに聞いた。
「修復されているって、ダンジョンのことか?」
「ええ、そうです。あれだけあった戦闘の爪痕が、おおよそなくなっています」
その戦闘の当事者はオレなのだが、この大空洞がどれほどの惨状になっていたのかは覚えていない。というより、土埃に雷撃に結界にと滅茶苦茶な状況で視界ゼロに等しかったし、そもそも周囲の被害なんて気に掛けている余裕なかったしな。
そんなことを思い出していたら、ミュラが言葉を続けた。
「そしてこの回復速度は異常です。まるで、誰かが手助けでもしているかのようですね……」
ダンジョンは、壁・床・天井などが壊れた場合、自然と直る仕組みになっている。
そもそも、ダンジョンの構造が刻々と変化しているわけだから、修復能力があったところで誰も疑問には思わないわけだが、その能力は『ダンジョンは生きている』と囁かれている原因の一つでもあった。
ダンジョン自体が魔力を帯びているんだから、自己修復できても不思議じゃないだろうけれども、だからといってダンジョンが生物なのか否かは微妙なところだな。オレとしては、ダンジョン生物論は避けて欲しいところなのだが。
なぜって、生物の腹の中にいるかのようで気持ち悪いしなぁ。
だからオレはミュラに言った。
「多頭雷龍が死んだときに、大量の魔力が発散されて、その大半は未回収だったわけだろ? だとしたらその魔力がダンジョン修復に影響を及ぼしたんじゃないか?」
「魔力を修復に使うには、魔法を使わねばなりません。つまり魔法的な処置が行われたのならダンジョン生物論もあながち間違いではないということになります」
「そ、そうか……」
ダンジョン生物論を否定したくて言ったのに、むしろ肯定する証拠を増やしてしまったようで、オレは思わず顔をしかめていると、ミュラはカリンに顔を向けた。
「ですが今は、ダンジョンの性質を調査するときではありません。カリン、魔獣の反応はどうですか?」
オレの腕にしがみついたままのカリンは首を横に振る。
「この付近には魔獣の一匹もいないね。上層魔獣がいた場所で、しかも大戦闘が行われたあとだから、魔獣もビビって寄りつかないのかも」
「そうですか。ではまずは、三組に分かれて大空洞内を調べましょう」
その後しばらく、オレたちは大空洞内を探索して回るも、取り立ててめぼしい発見は得られなかった。
例えば、何か魔力的な歪みみたいなのがあって、そこが上層への近道になっているなら話は早いのだが、そんな分かりやすい状況はまるでなかったわけだ。
そうしてオレたちは、少しの落胆を味わいながらも、多頭雷龍が死んだクレーターを調べたが……結果は同じだった。
やがて全員がクレーターの中心へと集まってきて、ゲオルクが口を開く。
「異常な感じは特にしないな。みんなはどうだ?」
ゲオルクの問いかけに、全員が「違和感なし」と返答する。その後にユーティが言った。
「このクレーター自体、当初の半分くらいのサイズになってる気がする。もし何かしらの痕跡があったとしても、修復の過程でもう消えてしまったのかも」
そのユーティの発言に、ミュラが肩を落とした。
「確かにその可能性もありますね……」
「悪いな、オレの回復に付き合わせたせいで」
なんとなく申し訳なくなってオレが頭を下げると、ミュラは無表情なまま言ってきた。
「ジップのせいではありません。あなたの回復を待つよう指示したのはわたしですし、急いだところで、何も見つけられなかった可能性のほうが高いと思います」
ミュラのその慰めに、ゲオルクも頷いてくれる。
「そうだぞ。そもそも上層魔獣が戦った場所に、ジップ抜きで来たくないしな」
そんなゲオルクに、オレは苦笑を向けた。
「おいおい、都市内随一の盾使いが何を言ってるんだよ」
「バカ言え。上層魔獣を前にしたら、オレの盾なんて紙切れと一緒だよ」
ゲオルクはお手上げのポーズをしてみせた。
そんな感じでしばらくは雑談になる。その間にミュラが、カリンと少し会話をしていた。
そして雑談が収まったところで、ミュラが全員に向かって言った。
「では残りの調査対象は、あの大穴ということになりますが……」
全員の顔が天井に向けられる。
そう──残された調査対象と言えば、多頭雷龍が落ちてきた天井の大穴くらいだった。
この大穴だけは、まだ塞がれておらず、天井に暗闇をうがっている。オレたちが魔法で作っている光も届かないほど高い天井なので、大穴の先がどうなっているのかは……飛び込んでみるしかなさそうだった。
だからオレはミュラに言った。
「そうしたら、ちょっと大穴に入って様子を見てこようか?」
「………………」
オレの提案にミュラは顔をうつむける。そんなミュラにゲオルクが、にわかに慌てて言った。
「おいおいミュラ、いくらなんでも、そんなことはさせられないだろうが」
まぁ……普通に考えれば、上層まで繋がっているかもしれない大穴に飛び込むなんて自殺行為だ。
とはいえ、ミュラがカリンを連れてきたということは、大穴を調査することも視野に入れてのことなのだろう。先ほどの雑談中に、大穴周辺の索敵結果を聞いていたに違いない。
だからオレは、迷っているであろうミュラに確認する。
「各階層の大穴付近に、魔獣はいると思うか?」
「……魔獣はいないでしょう。この場と同様、魔獣達は怯えて近寄らないのだと思います」
ミュラのその断定に、ゲオルクもユーティも「なぜ?」とは聞かなかった。ミュラかカリンのどちらかが固有魔法で状況把握していることを分かっているのだろう。
だからオレは、勤めて明るく言った。
「なら、やっぱり大穴を調べよう。万が一にでもヤバイ魔獣がいたら、すぐに引き返してくるから」
そういうオレに、カリンは心配そうな眼差しを向けてくる。
「分かってると思うけど……そんなに上層まで行かないでよ?」
「もちろん分かってるさ」
カリンの索敵上限は十階層までだから、それ以上先の状況は分からない。だから危険は一気に増大するし、オレとしても今は大人しくしていたいしな。
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そうしてオレは、飛行魔法を使って大穴へと入った。
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