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第46話 あ、もしかして反抗期か?

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 ミュラさんとカリンさんとの打ち合わせが終わってから、早三日が経った。

 その間、他の冒険者が上層魔獣と出くわしたという報告もなく、ジップオレは少し安堵する。

 怪我も順調に回復していき、今日から食事も出来るようになっていた。

 手足にはまだギプスがはめられていて動かせなかったが、骨のほうもほぼくっついているという。さすがは魔法文明が普及している異世界だけあって、怪我の治療は地球のそれより遙かに進んでいる。常に切った張ったしているというのもあるのだろう。

 ちなみにだがギプスで固められた場合、普通は筋肉が痩せ細り、ギプスが取れた後は長期間のリハビリを必要とするわけだが、この異世界だとそんなことはない。

 怪我を超特急で治療するために、体内の魔力を極限まで使うので、それに刺激を受けた筋肉は衰えないのだ。むしろ筋肉量は増加するとか。なぜかというと魔力には、身体を強化する効果があるからだ。しかもそれは無意識に行われる。

 オレが三日も目覚めなかったのはどうやらそれが理由らしく、怪我を治すために魔力を使い果たして魔力枯渇を起こしていたらしい。ある程度治ってくると「ちょっと怠い」くらいで済むが。

 怪我して寝ているだけなのに筋トレになるだなんて……地球のマッチョマンが聞いたら泣いて喜ぶか、泣いて悔しがるかのどちらかだろうな。とはいえ大怪我しなくちゃいけないわけだから、トレーニング方法としてはどうかと思うが。

 いずれにしてもオレは、高レベルであることも幸いしてすこぶる順調に回復していき、今日から食事を取ることが出来るようになった。まだおかゆみたいな流動食ではあるが。

 とはいえオレは、両手がまだ使えない。

 だけどせっかく食事が出来るというのに、チューブで流し込まれるみたいな食べ方は出来れば避けたい。

 と、いふことで。

 オレのベッド脇で、レニとレベッカが睨み合っていた。

「わたしが作ってきたんだから、わたしが食べさせるわよ」

 開口一番にそう言ったのはレベッカだった。

 するとレニは怯むかと思ったら……なんと言い返しただと?

「そんなこと言ったら、これからずっとレベッカが食べさせることになるじゃない」

「まぁそうなるわよね?」

「そんなのダメ、ぜったい!」

「どうしてよ? そんなこと言うなら、ジップの食事は交互に用意する?」

「わ、わたしが料理出来ないことを知ってて……!」

「料理くらい、出来るようになればいいじゃない」

「ぬぐぐぐぐ……」

 えっと……これはいったいどういう状況なのでせう?

 これまでレニはレベッカに怯えていて、しかしママと認識してからはレベッカに懐いていたと記憶しているのだが……

「あ、もしかして反抗期か?」

「そんなわけないでしょ!」「そんなわけない!」

 オレの推察に、しかしレベッカとレニは声を揃えて否定した。

 なのでオレは眉をひそめる。

「ならなんでケンカしてるんだよ? お前ら、最近は仲良し母娘おやこだったじゃん」

「いやあの……ジップまでわたしたちを家族で括らないでほしいんだけど……」

 レベッカが肩を落として文句を言うが、でも実際、仲良しだったのに違いはないし。まぁ……仲良くなったらケンカの一つでもするのかもしれないが。

 オレがそんなことを考えていたら、レベッカがため息交じりに言ってきた。

「ジップが死にかけたものだから、何か思うところでもできたんじゃない? このコ」

 そんな説明を受けて、オレはレニに視線を向ける。

「そうなのか?」

「………………」

 レニは頬を膨らませたまま、うつむいて黙ってしまう。

 レニの本心はよく分からなかったが、確かにレベッカの言うとおり、オレが怪我して入院してからのレニはちょっと様子が違う気がするし──何しろあの怠け者が、つきっきりでオレを看病してくれているわけで、オレが大怪我をしたことで、何かしらのショックを受けたことは確かなのだろう。

 とはいえ、レベッカとケンカになるのは頂けない。同じパーティメンバーなわけだし。

「まぁそうしたら、交互に食べさせてくれるのはどうよ? ……オレが言うのもなんだけど」

 よくよく考えてみたら、美少女二人につきっきりで看病してもらい、いわんや食事まで食べさせてもらうだなんて……どんなハーレム?

 いちおう言い分けしておくと、この異世界ではオレも同い年だし、それに二人は成人年齢には達しているわけで、あと日本だってオレが死ぬ直前には18歳成人となったわけだし──

 ──だからオレはロリコンじゃない、決して。

 などと誰に言い分けしているのか分からない理論展開をしていると、うつむいたままのレニがぼそりと言った。

「……ジップは、わたしが面倒みるの……」

 どうやら、交互に食べさせるというオレのナイスアイディアにも不満があるようだ……っていうか。

「え? 今お前なんて言った?」

「だから、ジップはわたしが面倒見るの!」

 両目に涙を一杯に溜めて、レニがそんなことを言ってくる。

「………………は?」

 はっきり言われてもオレは信じられずに呆けるしかなくなっていた。

 だって、あのレニだぞ?

 人見知りで登校拒否で引きこもりで、だからその将来設計はオレのスネにむしゃぶりついて離れない覚悟だけは強烈だった、そんなレニが。

 つまりは面倒見られる気満々だった、あのレニが……

 オレの面倒を見るだなんて、つまり他人の面倒を見るなどと言うなんて……

 今まで一度も聞いたことがないんだが!?

「な、なぁ……レニ? いったいどうしたんだ? もしかして、先の戦闘で頭でも打ったのか?」

「別に怪我はしてないけど……」

「ならどうして、そんな一人前みたいなこと言ってるんだ!?」

「わたしが一人前になっちゃいけないの……?」

「いやむしろなって欲しいわけだが……」

 オレは少しの間呆けていたが、やがて思う。

 こ、これは……レニの自立心を育てるチャンスなのではなかろうか!?

 オレが死にかけたことと、レニが自立しようとしていることと、その因果関係はよく分からないものの、しかし結果が同じならそれでオーライだ。

 今のうちに人の為になることを──しかもそれで相手が喜ぶんだってレニに覚えさせれば、きっとよい方向に進むはず……!

 だからオレはレベッカに言った。

「なぁレベッカ。ここはレニに譲ってやってくれないか?」

「え? な、なんでよ! 食事を作ったのはわたしなのに……!」

「それはそうなんだけど、レニがこんなまともなことを言ってくれるだなんて、今を逃したらもうないかもしれないし」

「………………!」

 オレがそういうと、レベッカは言葉を詰まらせる。レニのほうは「わたし、今までもまともだったけど……?」と、ちょっと不服そうだったが突っ込まないよう気をつける。

 本当は、言いたいことは山ほどあるが……ここでレニのヤル気を削ぐのは避けたい。

 少しの間逡巡していたレベッカだったが、オレに背を向けてから言ってきた。

「わかったわよ……! 好きにすればいいじゃない。けどレニが世話をするというのなら、次の食事からレニが作ってよね」

「え……わたし、料理出来ない……」

「そんなの知らないわよ……!」

 レベッカはふてくされた感じで、個室のソファに腰を下ろす。そして魔導書を広げると魔法の勉強を始めてしまった。

 部屋を出て行かないところを見ると……まぁそこまで怒ってもいないのだろう。レベッカの機嫌は損ねてしまったが、今はヤル気になってるレニを優先しなければ。

「じゃあレニ……食事を食べさせてくれないか?」

「え、あ、うん……分かった」

 そしてレニはベッドサイドに腰を下ろした。
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