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第15話 オレがレニを嫁にもらうって意味だよ

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 卒業パーティから数日後、オレはケーニィと酒場で会っていた。

「よぉ。もうオレが恋しくなったのか?」

 早めに着いていたオレが麦芽酒で一杯やっていると、ケーニィが片手を上げてやってくる。

「バカ言え。何が悲しくて男で寂しさを紛らわせなくちゃならんのだ」

「へいへい。お前さんはいつも素直じゃないからなぁ……あ、マスター。オレも麦芽酒を一杯お願いします」

 カウンターのマスターにケーニィは酒を注文してから着席する。その様子を眺めながらオレが言った。

「なんかお前、酒場への出入りが板に付いてるな? 大人になったばかりの18歳とは思えないぞ?」

「気の性だ。ってかお前の方がよほどおっさんくさい」

「ぐ……そ、それは否定しないが……」

「で、なんのようだ? お前から誘ってくるなんて、用がなくちゃしてこないだろ」

「ああ……実はな……」

 オレはさっそく本題を切り出す。

「なんとかレニを、冒険者ギルドに就職させられないかな?」

 軽薄そうに見えるケーニィだが、実は学業の成績は、オレとレベッカに次ぐ第三位だった。しかし痩せぎすの見た目通り、戦闘のほうはいまいちだったが。そのせいで魔力量も大したことない。

 だからケーニィは冒険者への道は選ばず、彼らを統括する冒険者ギルドへの就職を選び、そしてそれを果たす。

 毎年、高等部卒業生は100~200名ほどになるが、そのうち、冒険者ギルドに就職できるのは十数名だ。非常に狭き門だが、学年第三位の学力を持つケーニィにとっては余裕だったろう。

 そんなケーニィだったが、しかしオレの相談に渋面となる。

「あのなぁ……平のスタッフどころか、まだ出勤もしていないオレに人事権なんてあると思うか?」

「なら、ギルドの中の人を紹介してくれないか? 就職するんだから、もう多少は面識あるスタッフがいるだろ?」

「よしんばそれでレニをギルドにねじ込めたとして、それでどうする?」

「どうするって……」

「あの人見知りのお嬢ちゃんが、ギルドで仕事できると思うか?」

「ぐ……そ、それは……」

 ギルド職員は心労の絶えない仕事だ。主に人間関係で。

 なぜなら、切った張ったを生業としている冒険者たちの相手をしなければならないからだ。受付係として直接相対するのはもちろんのこと、間接的にも、つねに冒険者に振り回されると聞く。

 冒険者だって、全員同郷の人間だから、初心者のころは大人しい。しかしダンジョン内で何年も戦い続けていくと、どんどん荒んでいく者も少なくないのだ。

 荒むくらいならまだいい。パーティメンバーを魔獣に殺されてしまい、それで自暴自棄になったとしても、このダンジョン都市では簡単に転職できない。そんな人達を、なだめすかせてなんとかダンジョンに送り込むのもギルドの仕事だ。

 ケーニィみたいに頭もよく、だからこそ起点もきいて対人関係も良好な人間でもない限り、とても勤まる仕事ではないだろう。

 そんな仕事にレニを就かせたら……例え裏方だったとしても、一日もかからずノックアウトになるのは……まぁ分かってはいた。

 だからオレは、麦芽酒を煽ってからため息をついた。

「はあぁぁぁ……分かってる……分かってるよ……レニが勤まらないことくらい……でもこのままじゃ、アイツは日がな一日食っちゃ寝してるだけで、非常にまずいんだよ……」

 オレの愚痴に、しかしケーニィはあっけらかんと言ってくる。

「本当に、嫁にもらってやればいいじゃないか。何が不満なんだよ?」

「オレがもらったところで、状況は変わらないだろ。アイツが主婦業なんてするはずないんだから」

「でもいいじゃん。あんな可愛い子が嫁になるなら。もしかしたら、結婚を契機に少しずつ家事をするかもしれんだろ? 子供が生まれたりしたらなおさらだし」

「そうは言ってもなぁ……」

 ケーニィは分かっていないのだ。レニがどれほど怠け者なのかを。

 だからオレは、ケーニィに説明してやる。

 卒業パーティでの養女発言にしても、酒が入っていた席の冗談で忘れているかと思ったら、レニはしっかり覚えていた。

 かつ、本気だった……

 翌日からレニは、レベッカのことを「レベッカママ」なんて呼ぶものだから、レベッカは顔を真っ赤にして目は白黒させていた。

 でもなんかちょっと嬉しそうでもあったんだが……まぁそこは横に置いておこう……

 さらに、もう養女になると決め込んでいるから、基礎トレにも来なくなった。レニ曰く、「二人が結ばれた方がむしろいい。ダブルインカムでわたしはより安泰」とのこと。

 養女になんかしないと何度も言っても「なら……わたしは一人寂しく死んでいくだけ……」と自分を盾に脅迫してきやがる。この二ヵ月、オレが自分を盾にしていたのと同じ手口で。

 なんで、そういうズル賢いところだけは学ぶんだアイツは……!

 というわけで、ここ数日のレニは引きこもりに戻ってしまい、せっかく二ヵ月頑張ったおかげで戻りつつあった基礎体力は振り出しに戻りそうだし、四月以降のことはさらに心配だ。

 という状況をケーニィに説明すると、しかしケーニィはやっぱりのんきな表情だった。

「なぁ……ジップって、レニのこと嫌いなの?」

「え?」

 思いも寄らないことを言われて、オレはなんどか目を瞬かせる。

「いや、嫌いなわけあるか。好きだから心配してるんであって……」

「その好きってのは、どういう意味だ? 男女的な意味か、それとも家族的な意味か」

「そ、それは……」

 レニに対して、そういうことはあまり考えてこなかったのでオレの思考は止まってしまう。

 ここ数カ月は、レニにプロポーズをされまくったが、あれだって、色恋沙汰の結果にそうなったわけではなく、現状維持をしたいから告ってきただけだし……

 となるとオレもレニも、家族的な意味での愛情なのだろうか?

 オレが悶々と考えていると、ケーニィはあくまでも気楽な感じで言ってくる。

「レニの面倒みるのがそんなに嫌なら、オレが見ようか?」

「……は?」

「オレがレニを嫁にもらうって意味だよ」

「はぁ!?」

 オレは思わず声を荒げる。ちらほらいた酒場のお客の視線が集まって、オレは方々に頭を下げるハメになった。

 そんなオレに、ケーニィはナッツをつまみながら言ってくる。

「だって、お前はレニを養いたくないんだろう? そしてレニのほうも、どうやら将来の食い扶持があればいいらしい。ということは、その相手はジップじゃなくてもいいってことになる」

「そ、それは……」

「ちなみにだが、レニはめちゃくちゃモテてたんだからな。だがお前以外と話そうとしなかったから、高等部の男どもは諦めていただけで」

「そ、それだよ……どうやってレニと仲良くなるつもりだ?」

「そんなの時間が解決するだろ。オレの見立てだと、レニがお前に懐いているのって、幼なじみだからという要因が大きいし」

「………………」

「オレは、別にレニが主婦業をやってくれなくても構わないぞ? あんな美少女と結婚できるんだ。いったいなんの不満があろうか!」

「いやだから……それだとレニの状況が変わらないだろ」

「少なくとも無職じゃなくなる。それに、冒険者を始めるお前よりはレニと一緒にいられる時間はある。遠征なんかもないし、毎日家に帰れるし」

 ここフリストル市で無職というのは、日本よりずっと白眼視される。働かない人員を養えるほどの余剰はないからだ。しかし結婚すると主婦という職業、、に就くことが出来る。主婦は、冒険者を支える重要な仕事なのだから。もちろんこれは性別が逆転して主でもいい。

 それにケーニィの場合は、ギルド職員になるから確かにオレより時間がある。

 ギルド職員の唯一いいところは、絶対に定時で上がれるところだ。心労の多い仕事の分、時間だけはきっちり区切っている。シフト制になっているから、日によって多少の前後はあるけれども。

 それに職場も近いから、仕事を終えれば、残りはずっとレニの相手をすることだって出来るだろう。遠征もないし。

 ケーニィはいいヤツだし、会話も上手いから、確かに時間さえ掛ければレニも懐くかもしれない。

 そうすれば、オレと一緒になるよりはレニを寂しがらせることもないわけで……

 もっと言えば、ケーニィが殉職する可能性もほぼゼロだし……

 だからケーニィとレニが仲良く手を取り合って、この先ずっと生きてくれれば、オレといるより安全で幸せな暮らしが……

「………………」

 だというのに、オレは頷くことが出来なかった。

 だからケーニィは得意げに言ってきた。

「ほら見ろ。お前だって女としてレニを見てるじゃんか」

 肩をすくめるケーニィを見て、オレは嘆息付く。

「悪い冗談はやめてくれ……」

「別に冗談じゃないが? お前がウンというようなら、オレは本気で口説いてたぞ」

「………………」

 おどけているのに極めて本気度の高いケーニィの声音に、オレは黙るしかなかった。

「で、結局、ジップはどうしたいんだよ」

「どうしたいと言われても……」

「レニを他人に預けるのはイヤ、でも自分がもらうのもイヤ。オレは、レニのほうが気の毒に思えてくるが?」

「ぐ……」

「今すぐ答えを出せとは言わない。だが、当面の答えはすでに出ているんじゃないか?」

 何もかもを見透かされているような物言いに、オレはいささか悔しさを感じたが……だがケーニィの言う通りなので白状することにした。

「実はな……卒業パーティの帰り際、レベッカに言われたんだ」

「何を?」

「レニを冒険者パーティに加えないかって」

「……へぇ。それはちょっと予想してなかった。なんでまた?」

「レベッカが言うには、その方がフェアだからって」

「なるほど……レベッカらしいな」

「お前、アイツの言ってるフェアの意味が分かるのか?」

「……むしろ、分かっていないお前のほうがヤバイと思うぞ……」

「ま、まぢで? いったいどういう意味なんだ」

「それは自分で考えろよ……」

 呆れているケーニィは、どうやら教えてくれる気はないらしい。

 まぁレベッカの言うフェアネスの意味はあとでじっくり考えるとして、確かに、レニをパーティに加えるというのは、ただ一点を除けば悪くない話ではある。

 何しろぐうたらなレニの性格を矯正できるし、体力も付くし、オレ以外の人とのふれあいも生まれる。戦闘訓練を何年もさぼっていたから、しばらく戦力にはならないだろうが、そこはチート持ちのオレがフォロー出来るだろう。

 だが……ダンジョンは危険なのだ。

 オレ以上にダンジョンでの戦闘経験がある冒険者は、この都市に一人もいないと思うが、そんなオレでさえ、まだヒヤッとすることはあるのだ。

 もちろんそれは、ダンジョンの奥の方に行った場合の話で、都市周辺のダンジョンで死ぬような目に遭うことはもうないのだけれど……素人同然の人間を連れて、それでも守り切れるのかは試したことさえない。

 逡巡するオレに、しかしケーニィはニヤリと笑いかけてくる。

「お前が躊躇ためらう理由はよく分かる」

「ケーニィ……」

「それにオレは『冒険者なんてやってたら、命がいくつあっても足りない』と思ったからこそ、ギルドへ就職したんだからな。だからオレが言うのもなんだとは思うが……」

 だがケーニィは、そんな前置きなんて全然気にせず、力強く言ってきた。

「心配なら、守ってやれよ。お前ほどの能力があるんだ。命に代えてもレニを守ってやれ。それでこそ男ってもんだろ」

 今日び、そんな台詞を日本で言えば、男女差別だと言われかねないだろうに……

 戦いと死で満ちたこの異世界だからこそ、誰もが違和感なく受け入れられる。

 女性冒険者もいるとはいえ、そして魔法があると言っても、冒険者はやはり男のほうが圧倒的に多いのだ。

 戦いとは、結局は男の性分なのかもしれない。

 日本では経験することのなかった、少年マンガのような展開をリアルで実感して、オレは苦笑せざるを得なかった。

「……分かったよ。明日、二人に話してくる」

「それでこそ我が友だ」

 そしてオレは、ケーニィと改めて杯を交わした。
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