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第6話 わたしね……空が見たいの
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ドアベルを鳴らしてすぐにレベッカが現れて、オレはリビングに通された。
「飲み物はどうする? 紅茶か珈琲か、好きな方を選んで」
「そうしたら珈琲を頼むよ。砂糖とミルクも付けてくれ」
「甘党ねぇ……糖分は控えなくちゃダメよ?」
「分かってるんだけどな」
などと言いながら、レベッカはキッチンで珈琲を落とし始めた。手際よく作業していることから、普段から炊事もしているらしい。なんともそつがない美少女だ。
そんなレベッカにオレは尋ねた。
「両親は冒険中か?」
「ええ、そうよ。ちょっとした遠征だから、数日は帰って来ないわ」
この都市の半数は冒険者稼業をしているから、夫婦で冒険者をやっていることも珍しくない。というか、男女でパーティを組んだら、十中八九くっつくらしいが……だからレニの心配も的外れというわけではなかった。
日本の職場では、責任の擦り付けあいで男女問わず同僚と険悪になることも多いが(これもオレだけの経験だろうか?)、この異世界では、責任を擦り付け合っていたらお互い死んでしまう。だからどうあっても緊密に協力せざるを得ない。
そうなると、公私ともに仲良くなったほうがいいだろうし、男女がプライベートでも仲良くなったら……恋愛的な感情も芽生えるというものなのだろう。
だから異性をパーティに誘うのは、ある意味、男女のお付き合い的な告白か、もっと進んでプロポーズ的なニュアンスを多分に含むらしい。
なので高等部三年にもなると、冒険者になる学生はメチャクチャ浮き足立つ。今は冬休みだが、休み前に見事パーティを組めた男女は、今ごろイチャイチャしているに違いない。
オレがそんなことに思いを馳せていたら、レベッカが珈琲をトレイに乗せてやってきた。
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
レベッカも、自身のカップを持ってオレの向かいに座り、珈琲の香りを楽しみながら一口すすったので、オレもそれに倣った。
そうしてレベッカがカップをソーサーに置くと──話が始まる。
「さて、と……単刀直入に言うわね。ジップ、わたしのパーティメンバーになってくれない?」
ずばっと本題を切り出す辺り、いかにもレベッカらしいと思った。告白的なニュアンスは微塵も感じられない。
なのでオレは苦笑しながら言った。
「どうしてオレなんだ?」
「決まってるじゃない。あなたほどの才能を持った人なんて、他にいないからよ」
「そう言ってくれるのはありがたいけどな……」
「ジップは、パーティの誘いを全部断ったんでしょ? ならわたしと組んだっていいじゃない」
「全部断っているのに、なんで自分とはパーティを組めると思ってんだよ?」
「決まっているでしょう? わたしが学年次席だからよ」
「学年の一位と二位が組めば鬼に金棒ってか?」
「その通りね」
そう断言するレベッカの顔は自信に満ちていた──いや、ちょっと頬を赤らめているから、意外にも男女の告白的なことも意識に上がっていたようだが──それでもレベッカの自信は揺るがないようだ。
大きくて澄んだ瞳は、どこまでも強い意志を感じる。この異世界を変えてやるんだと言わんばかりの覇気だ。戦闘訓練に明け暮れているはずなのに、肌もきめ細かくて透き通るようだし、少しウェーブの掛かったロングヘアは背中の中程まであり、手入れが行き届いているようでサラサラだ。
レニが(よく言えば)控えめで物静かな美少女だとしたら、レベッカは活発で元気な美少女と言ったところだろう。惜しむらくは、胸は一般的な大きさだが、オレはどちらかというと大きさよりも形にこだわる派だし……って、オレの好みはどうでもいい。
とにかくそんな美少女に真っ向から見つめられて、愛の告白……かもしれない誘いを受けた日には、どんな男だって舞い上がってしまうだろう。
だというのにオレは……ちょっと憂鬱な気分になっていた。
「なぁ……パーティに加わるか否かを答える前に、ちょっと聞きたいんだが……」
はぐらかすオレに、しかしレベッカは気にせずに「いいわよ」と頷いた。だからオレは話を続ける。
「いったいなぜ、大学部進学を辞めたんだ?」
「なぜって、わたしは最初から冒険者になるって決めていたし、先生にもそう伝えてあったわよ?」
「え……そうなのか?」
「ええ。でも、わたしが冒険者になるって知れ渡ったら、パーティ勧誘されまくって大変でしょう? だから今まで黙っていたのよ。先生にも秘密にして欲しいってお願いしてたし。そうしたら大学部進学って噂が、どこからともなく流れ出して、ちょうどいいからそこに乗っかったというわけ」
そう言われてみれば……確かにオレも、レベッカから直接「大学部に進学する」とは聞いていない。友達からそんな噂話を聞いて、あっさりそれを真に受けてしまったのだ。
レベッカなら文句なしで進学できる状況だったし、あるいは、その噂話を信じ込みたくて、オレは無意識に裏取りすることを避けていたのかもしれない。
だからオレは、ため息をついてから質問を変えた。
「なら……どうして、後方支援の選択肢もありながら冒険者になりたいんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。わたしだって地上奪還に協力したいもの」
「あのなぁ……地上奪還なんて目標、今や有名無実化しているのは知ってるだろ? 途方もなく広いダンジョンをどうやって攻略するっていうんだよ。補給物資だってままならないのに」
魔族に破れてから300年もの歳月が経ち、人間は、地上への経路を完全に失っていた。何しろ、このフリストル市がダンジョンのどこら辺にあるのかも分かっていないのだ。
それに加えて補給の問題がある。人間、どんなに強くても食事などの物資無しには生きていけない。それは裏ワザを持つオレとて同様なのだ。
ということは、右も左も分からないダンジョンを攻略するためには、補給物資を運ぶための経路を作りながら、いつ出られるかも分からない地上を目指さねばならない。
そのための事前調査をしたくても、魔獣がウジャウジャいるからそれもままならないし、この異世界に軍事衛星なんてものもなければ、あったとしても地下だから無意味だ。
ということでもはや手詰まりなのだ。どう足掻いても、人類が再び太陽を拝める日が来るとは思えない。
だというのに……レベッカの瞳には、強い意志が込められていた。
「今はまだ、地上への経路確保は難しいかもしれない。でもチャレンジし続けていれば、きっと何か方法が見つかるはずよ」
オレは黙って、レベッカの希望的観測に耳を傾ける。
「もしかしたら、ダンジョンのどこかに近道があるかもしれない。もしかしたら、フリストルは意外と地上に近いのかもしれない。まだまだ試していない可能性がたくさんあるはずなのよ」
「………………」
「今までは、守るだけで精一杯だった。逃げるだけでやっとだった。でもここ十数年で、都市の状況も安定してる。技術革新のおかげで、作物はよく育つようになったし、人口も増えてきてる。そして、魔獣との戦いでわたしたちは強くなった」
「………………」
「ねぇジップ、まさに今が転換期なのよ。これまでにないチャンスが到来しているのよ。今なら反転攻勢して、魔獣を押しのけ、地上の魔人にだって抗えるかもしれない。だから──」
「だから、大勢の人間に犠牲を強いるってのか?」
それ以上は聞いていられなくなって、オレは口を挟んだ。
「確かに食料には困らなくなってきたし、だから人口も増えている。しかし戦闘となれば、その増えた人間が片っ端から死んでいくんだぞ?」
「そ、それは……」
「お前のその意見は夢物語に過ぎない。いや、ダンジョンを知らない人間が語るただの妄想だ。フリストル市周辺のダンジョンを攻略するだけで、いったいどれほどの人間が死んでいると思ってる? どんなに高レベルな冒険者でも、死ぬときは死ぬ。それがダンジョンの怖さなんだよ」
「……まるで、見てきたかのように言うのね」
にべもないオレの否定に、レベッカは悔しそうに顔を歪めながらも、それでも冷静さを失わなかった。オレがいま言ったことは、きっと、心のどこかで気づいていて、でも見たくないから蓋をしていたことなのだろう。
だからオレは、真実を突きつけるためにあえて頷いた。
「ああ……オレはダンジョンがどういうところなのか、よく知っている。なぜとは聞かないでくれ。それは詮索に当たるからな」
「そう──」
そうしてレベッカは、肩を落としてつぶやく。
「──ジップが、どうしてここまで優秀なのか、ようやく分かったわ。まぁ……薄々は気づいていたけれど」
オレの話が真実だと分かってくれたようで、レベッカは細く長い息を吐いた。
これで思いとどまってくれたのならいいのだが……しかしやはり、現実は思い通りにいかないものだ。
レベッカは、強い決意をすぐに取り戻して言ってくる。
「であったとしても、わたしは冒険者になるわよ。わたしにだって、何かきっと出来ることがあるはず。だからジップがパーティメンバーになってくれるなら──」
「それも却下だ」
頼ってきてくれる女の子を拒否するのは心が痛くて堪らないが……それでもレベッカを死地に追い込むよりはマシだ。
だからオレは意を決して言った。
「はっきり言って、足手まといだ」
「…………!」
言葉が過ぎるが、足手まといというのは嘘でも何でもないのだ。レベッカがいると、オレの裏ワザ──固有魔法は本来の力を損なってしまう。
いや、レベッカだけではなく、オレにはパーティメンバー自体が不要なのだ。ソロで活動することで、オレの固有魔法は100パーセントの力を発揮できる能力なのだから。
「そう……分かったわ……!」
吐き捨てるかのようにレベッカは言うと、立ち上がる。
「なら、別の人とパーティを組むことにする! 悪かったわね、迷惑かけて!」
「お、おい……レベッカ……」
しまった……やはり言葉が過ぎたようだ。
なんだかヤケになり始めたレベッカに、オレは慌ててなだめに掛かる。
「そういうことを言ってるんじゃない。オレは、お前に前戦へ出て欲しくないだけなんだよ。だから──」
「わたしがどこに出ようとも、それはわたしの勝手でしょ! 固有魔法持ちであるあなたの邪魔はしないようにするから、もう放っておいて!」
「放っておけないから言ってるんだろ。何年も一緒に訓練や勉強をしてきた友達が、ダンジョンで死ぬなんてオレはイヤだぞ?」
「あなただって死ぬかもしれないじゃない!」
「いや……オレは死なないんだよ。詳しくは説明出来ないが……」
躊躇いがちに言ったオレの台詞に、レベッカの怒りは吹き飛んだようで、その瞳を大きく見開いた。
「あなたの……それって……そこまでの力なの……?」
その問いかけに、オレは黙って頷く。
怒りが霧散したレベッカは、脱力した感じで座り直した。
「そう……なら、足手まといと言われてもしかたがないわね……」
「すまない。オレも言葉が過ぎたと思っている」
「いいのよ……命が掛かってるんだもの。はっきり言わないと伝わらないことだってあるわ」
そしてレベッカは、うつむいて何も言わなくなってしまう。
オレは、とりあえず珈琲をすすってみたが……砂糖を入れすぎて甘ったるかった。
置き時計の秒針が回る音だけがしばらくリビングに響いて……なんとも気まずい。
これでレベッカが思いとどまってくれるだろうかと、淡い期待を抱いていたら、レベッカは気負った様子もなく言ってきた。
「わたしね……空が見たいの」
会話の意図が分からずに、オレは眉をひそめる。だがレベッカは、そんなオレを気にせず言葉を続けた。
「だって、地上の空には天井がないっていうのよ? しかも真っ青で、時には水が降ってくるだなんて。信じられる?」
日本の記憶があるオレは当然信じられる話だ。というか信じるも何も、空が青いのも雨が降るのも、当たり前なのだから。今は懐かしさを感じるけれども。
だからオレは苦笑しながら答えた。
「水どころか、氷の結晶まで降ってくるって話だぞ」
「本当? そんなのが降ってきたら怪我しちゃうじゃない」
「いや……氷の塊が降ることもたまにあるが、大抵は結晶化しているから、白くてふわふわなんだ。当たっても痛くもない」
「白くてふわふわ?」
「そう……らしい。それが地面に積もると、地上一面が真っ白になるんだってさ」
「まったくもって、想像すら出来ないわ……」
レベッカは家の天井を──いや、このダンジョン都市の天井を見上げる。
その顔は、もの悲しそうで、それでいて悔しそうで、今にも泣きそうに見えたが、決して泣くまいとしているような……そんな表情だった。
「わたしの夢なのよ。いつか地上に出て、空を眺めたいって」
「……そうか」
「そのとき──隣にあなたがいてくれたらいいなって、最近は思うの」
そう言いながら、レベッカはオレに視線を移す。
純真無垢なその微笑に、オレは何一つ言い返すことが出来なくなっていた。
「つまり……あなたに何を言われたって、わたしは自分の夢を追いかけるわ。だからもし、わたしの身を案じてくれるのなら──わたしとパーティを組んで欲しい」
………………結局のところ。
オレには、選択肢なんてなかったのだ。
レベッカが行くというのなら、それを止める手段なんて、最初からなかったのだから。
冒険者になることが当然の異世界で、冒険を止めることは出来ない。
そうしてオレは、ため息交じりに返事をする。
「分かったよ……だがパーティを組むからには、レベッカには、いま以上に成長してもらうからな。覚悟しておけよ?」
「ふふっ。望むところよ」
そう言ってレベッカは、満面の笑顔になった。
「飲み物はどうする? 紅茶か珈琲か、好きな方を選んで」
「そうしたら珈琲を頼むよ。砂糖とミルクも付けてくれ」
「甘党ねぇ……糖分は控えなくちゃダメよ?」
「分かってるんだけどな」
などと言いながら、レベッカはキッチンで珈琲を落とし始めた。手際よく作業していることから、普段から炊事もしているらしい。なんともそつがない美少女だ。
そんなレベッカにオレは尋ねた。
「両親は冒険中か?」
「ええ、そうよ。ちょっとした遠征だから、数日は帰って来ないわ」
この都市の半数は冒険者稼業をしているから、夫婦で冒険者をやっていることも珍しくない。というか、男女でパーティを組んだら、十中八九くっつくらしいが……だからレニの心配も的外れというわけではなかった。
日本の職場では、責任の擦り付けあいで男女問わず同僚と険悪になることも多いが(これもオレだけの経験だろうか?)、この異世界では、責任を擦り付け合っていたらお互い死んでしまう。だからどうあっても緊密に協力せざるを得ない。
そうなると、公私ともに仲良くなったほうがいいだろうし、男女がプライベートでも仲良くなったら……恋愛的な感情も芽生えるというものなのだろう。
だから異性をパーティに誘うのは、ある意味、男女のお付き合い的な告白か、もっと進んでプロポーズ的なニュアンスを多分に含むらしい。
なので高等部三年にもなると、冒険者になる学生はメチャクチャ浮き足立つ。今は冬休みだが、休み前に見事パーティを組めた男女は、今ごろイチャイチャしているに違いない。
オレがそんなことに思いを馳せていたら、レベッカが珈琲をトレイに乗せてやってきた。
「はい、お待たせ」
「ありがとう」
レベッカも、自身のカップを持ってオレの向かいに座り、珈琲の香りを楽しみながら一口すすったので、オレもそれに倣った。
そうしてレベッカがカップをソーサーに置くと──話が始まる。
「さて、と……単刀直入に言うわね。ジップ、わたしのパーティメンバーになってくれない?」
ずばっと本題を切り出す辺り、いかにもレベッカらしいと思った。告白的なニュアンスは微塵も感じられない。
なのでオレは苦笑しながら言った。
「どうしてオレなんだ?」
「決まってるじゃない。あなたほどの才能を持った人なんて、他にいないからよ」
「そう言ってくれるのはありがたいけどな……」
「ジップは、パーティの誘いを全部断ったんでしょ? ならわたしと組んだっていいじゃない」
「全部断っているのに、なんで自分とはパーティを組めると思ってんだよ?」
「決まっているでしょう? わたしが学年次席だからよ」
「学年の一位と二位が組めば鬼に金棒ってか?」
「その通りね」
そう断言するレベッカの顔は自信に満ちていた──いや、ちょっと頬を赤らめているから、意外にも男女の告白的なことも意識に上がっていたようだが──それでもレベッカの自信は揺るがないようだ。
大きくて澄んだ瞳は、どこまでも強い意志を感じる。この異世界を変えてやるんだと言わんばかりの覇気だ。戦闘訓練に明け暮れているはずなのに、肌もきめ細かくて透き通るようだし、少しウェーブの掛かったロングヘアは背中の中程まであり、手入れが行き届いているようでサラサラだ。
レニが(よく言えば)控えめで物静かな美少女だとしたら、レベッカは活発で元気な美少女と言ったところだろう。惜しむらくは、胸は一般的な大きさだが、オレはどちらかというと大きさよりも形にこだわる派だし……って、オレの好みはどうでもいい。
とにかくそんな美少女に真っ向から見つめられて、愛の告白……かもしれない誘いを受けた日には、どんな男だって舞い上がってしまうだろう。
だというのにオレは……ちょっと憂鬱な気分になっていた。
「なぁ……パーティに加わるか否かを答える前に、ちょっと聞きたいんだが……」
はぐらかすオレに、しかしレベッカは気にせずに「いいわよ」と頷いた。だからオレは話を続ける。
「いったいなぜ、大学部進学を辞めたんだ?」
「なぜって、わたしは最初から冒険者になるって決めていたし、先生にもそう伝えてあったわよ?」
「え……そうなのか?」
「ええ。でも、わたしが冒険者になるって知れ渡ったら、パーティ勧誘されまくって大変でしょう? だから今まで黙っていたのよ。先生にも秘密にして欲しいってお願いしてたし。そうしたら大学部進学って噂が、どこからともなく流れ出して、ちょうどいいからそこに乗っかったというわけ」
そう言われてみれば……確かにオレも、レベッカから直接「大学部に進学する」とは聞いていない。友達からそんな噂話を聞いて、あっさりそれを真に受けてしまったのだ。
レベッカなら文句なしで進学できる状況だったし、あるいは、その噂話を信じ込みたくて、オレは無意識に裏取りすることを避けていたのかもしれない。
だからオレは、ため息をついてから質問を変えた。
「なら……どうして、後方支援の選択肢もありながら冒険者になりたいんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。わたしだって地上奪還に協力したいもの」
「あのなぁ……地上奪還なんて目標、今や有名無実化しているのは知ってるだろ? 途方もなく広いダンジョンをどうやって攻略するっていうんだよ。補給物資だってままならないのに」
魔族に破れてから300年もの歳月が経ち、人間は、地上への経路を完全に失っていた。何しろ、このフリストル市がダンジョンのどこら辺にあるのかも分かっていないのだ。
それに加えて補給の問題がある。人間、どんなに強くても食事などの物資無しには生きていけない。それは裏ワザを持つオレとて同様なのだ。
ということは、右も左も分からないダンジョンを攻略するためには、補給物資を運ぶための経路を作りながら、いつ出られるかも分からない地上を目指さねばならない。
そのための事前調査をしたくても、魔獣がウジャウジャいるからそれもままならないし、この異世界に軍事衛星なんてものもなければ、あったとしても地下だから無意味だ。
ということでもはや手詰まりなのだ。どう足掻いても、人類が再び太陽を拝める日が来るとは思えない。
だというのに……レベッカの瞳には、強い意志が込められていた。
「今はまだ、地上への経路確保は難しいかもしれない。でもチャレンジし続けていれば、きっと何か方法が見つかるはずよ」
オレは黙って、レベッカの希望的観測に耳を傾ける。
「もしかしたら、ダンジョンのどこかに近道があるかもしれない。もしかしたら、フリストルは意外と地上に近いのかもしれない。まだまだ試していない可能性がたくさんあるはずなのよ」
「………………」
「今までは、守るだけで精一杯だった。逃げるだけでやっとだった。でもここ十数年で、都市の状況も安定してる。技術革新のおかげで、作物はよく育つようになったし、人口も増えてきてる。そして、魔獣との戦いでわたしたちは強くなった」
「………………」
「ねぇジップ、まさに今が転換期なのよ。これまでにないチャンスが到来しているのよ。今なら反転攻勢して、魔獣を押しのけ、地上の魔人にだって抗えるかもしれない。だから──」
「だから、大勢の人間に犠牲を強いるってのか?」
それ以上は聞いていられなくなって、オレは口を挟んだ。
「確かに食料には困らなくなってきたし、だから人口も増えている。しかし戦闘となれば、その増えた人間が片っ端から死んでいくんだぞ?」
「そ、それは……」
「お前のその意見は夢物語に過ぎない。いや、ダンジョンを知らない人間が語るただの妄想だ。フリストル市周辺のダンジョンを攻略するだけで、いったいどれほどの人間が死んでいると思ってる? どんなに高レベルな冒険者でも、死ぬときは死ぬ。それがダンジョンの怖さなんだよ」
「……まるで、見てきたかのように言うのね」
にべもないオレの否定に、レベッカは悔しそうに顔を歪めながらも、それでも冷静さを失わなかった。オレがいま言ったことは、きっと、心のどこかで気づいていて、でも見たくないから蓋をしていたことなのだろう。
だからオレは、真実を突きつけるためにあえて頷いた。
「ああ……オレはダンジョンがどういうところなのか、よく知っている。なぜとは聞かないでくれ。それは詮索に当たるからな」
「そう──」
そうしてレベッカは、肩を落としてつぶやく。
「──ジップが、どうしてここまで優秀なのか、ようやく分かったわ。まぁ……薄々は気づいていたけれど」
オレの話が真実だと分かってくれたようで、レベッカは細く長い息を吐いた。
これで思いとどまってくれたのならいいのだが……しかしやはり、現実は思い通りにいかないものだ。
レベッカは、強い決意をすぐに取り戻して言ってくる。
「であったとしても、わたしは冒険者になるわよ。わたしにだって、何かきっと出来ることがあるはず。だからジップがパーティメンバーになってくれるなら──」
「それも却下だ」
頼ってきてくれる女の子を拒否するのは心が痛くて堪らないが……それでもレベッカを死地に追い込むよりはマシだ。
だからオレは意を決して言った。
「はっきり言って、足手まといだ」
「…………!」
言葉が過ぎるが、足手まといというのは嘘でも何でもないのだ。レベッカがいると、オレの裏ワザ──固有魔法は本来の力を損なってしまう。
いや、レベッカだけではなく、オレにはパーティメンバー自体が不要なのだ。ソロで活動することで、オレの固有魔法は100パーセントの力を発揮できる能力なのだから。
「そう……分かったわ……!」
吐き捨てるかのようにレベッカは言うと、立ち上がる。
「なら、別の人とパーティを組むことにする! 悪かったわね、迷惑かけて!」
「お、おい……レベッカ……」
しまった……やはり言葉が過ぎたようだ。
なんだかヤケになり始めたレベッカに、オレは慌ててなだめに掛かる。
「そういうことを言ってるんじゃない。オレは、お前に前戦へ出て欲しくないだけなんだよ。だから──」
「わたしがどこに出ようとも、それはわたしの勝手でしょ! 固有魔法持ちであるあなたの邪魔はしないようにするから、もう放っておいて!」
「放っておけないから言ってるんだろ。何年も一緒に訓練や勉強をしてきた友達が、ダンジョンで死ぬなんてオレはイヤだぞ?」
「あなただって死ぬかもしれないじゃない!」
「いや……オレは死なないんだよ。詳しくは説明出来ないが……」
躊躇いがちに言ったオレの台詞に、レベッカの怒りは吹き飛んだようで、その瞳を大きく見開いた。
「あなたの……それって……そこまでの力なの……?」
その問いかけに、オレは黙って頷く。
怒りが霧散したレベッカは、脱力した感じで座り直した。
「そう……なら、足手まといと言われてもしかたがないわね……」
「すまない。オレも言葉が過ぎたと思っている」
「いいのよ……命が掛かってるんだもの。はっきり言わないと伝わらないことだってあるわ」
そしてレベッカは、うつむいて何も言わなくなってしまう。
オレは、とりあえず珈琲をすすってみたが……砂糖を入れすぎて甘ったるかった。
置き時計の秒針が回る音だけがしばらくリビングに響いて……なんとも気まずい。
これでレベッカが思いとどまってくれるだろうかと、淡い期待を抱いていたら、レベッカは気負った様子もなく言ってきた。
「わたしね……空が見たいの」
会話の意図が分からずに、オレは眉をひそめる。だがレベッカは、そんなオレを気にせず言葉を続けた。
「だって、地上の空には天井がないっていうのよ? しかも真っ青で、時には水が降ってくるだなんて。信じられる?」
日本の記憶があるオレは当然信じられる話だ。というか信じるも何も、空が青いのも雨が降るのも、当たり前なのだから。今は懐かしさを感じるけれども。
だからオレは苦笑しながら答えた。
「水どころか、氷の結晶まで降ってくるって話だぞ」
「本当? そんなのが降ってきたら怪我しちゃうじゃない」
「いや……氷の塊が降ることもたまにあるが、大抵は結晶化しているから、白くてふわふわなんだ。当たっても痛くもない」
「白くてふわふわ?」
「そう……らしい。それが地面に積もると、地上一面が真っ白になるんだってさ」
「まったくもって、想像すら出来ないわ……」
レベッカは家の天井を──いや、このダンジョン都市の天井を見上げる。
その顔は、もの悲しそうで、それでいて悔しそうで、今にも泣きそうに見えたが、決して泣くまいとしているような……そんな表情だった。
「わたしの夢なのよ。いつか地上に出て、空を眺めたいって」
「……そうか」
「そのとき──隣にあなたがいてくれたらいいなって、最近は思うの」
そう言いながら、レベッカはオレに視線を移す。
純真無垢なその微笑に、オレは何一つ言い返すことが出来なくなっていた。
「つまり……あなたに何を言われたって、わたしは自分の夢を追いかけるわ。だからもし、わたしの身を案じてくれるのなら──わたしとパーティを組んで欲しい」
………………結局のところ。
オレには、選択肢なんてなかったのだ。
レベッカが行くというのなら、それを止める手段なんて、最初からなかったのだから。
冒険者になることが当然の異世界で、冒険を止めることは出来ない。
そうしてオレは、ため息交じりに返事をする。
「分かったよ……だがパーティを組むからには、レベッカには、いま以上に成長してもらうからな。覚悟しておけよ?」
「ふふっ。望むところよ」
そう言ってレベッカは、満面の笑顔になった。
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レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
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俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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