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第5話 新鮮な野菜が今日入荷したんだが、どうだ?

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「はあぁぁぁぁ……レニの事はなんとかしないと……」

 今朝はレニに度肝を抜かれたが、そもそも今日は友達との約束があったので、レニに無理やり服を着せてから自宅を出てきたのだ。引きこもりのレニは、当然付いてこない。

 そんなわけでオレは、盛大にため息をつきながら、フリストル市内を歩いていた。

 人口1万人に満たないこの都市だが、洞窟のような場所に作られているので非常に密集している。段々畑のような場所に、所狭しと家が建ち並ぶような感じだ。だから段差がとても多くて、階段ばかりの都市だった。

 建物の大きさも、ほとんどが二階から三階建て。一番小高い丘の上ともなると平屋しか建てられないだろう。

 そうして空は、ドーム状となった岩の天井に覆われて、その岩が白濁色に光っている。これが夕方になるとちゃんと紅色になり、夜になったら光が落ちるのだから不思議だ。まるで、人間のために用意されたかのような環境だった。

 この異世界には女神様なんていたのだから、人間を哀れんだ女神様が本当に用意してくれたのかもしれないな。だったら魔人とかを一掃して欲しいものだが。

 日本の記憶と照らし合わせると、圧迫感は拭えないが、しかし日本の都市とは一風違う面もある。それが建物の配色だった。

 ダンジョン都市の建物は、とてもカラフルなのだ。赤・黄・青・緑……など、多種多様な色で建物が塗られている。以前、親に由来を聞いてみても明確な答えはなかったが、これはおそらく、陰鬱になりがちなダンジョン内の生活で、少しでも気分を晴らすための工夫なのだろう。

 あと人々の活気もちょっと違う。とにかく市民は元気なのだ。

 日本国民は、なんとなくだが、みんな疲れているようにオレは感じていたが……まぁ感じていたのは、同じく疲れていたオレから見た視点だからかもだが。

 いずれにしてもそんな疲労とは無縁の世界なのだ、このフリストル市は。日本よりよほど窮地に立たされているのに。

 何しろ油断すればすぐに魔獣が攻め込んでくるのだ。例えるなら、東京湾に敵国の潜水艦が常時潜んでいる状況……といったところだろうか。

 そんなシビアな状況だというのに、フリストル市の市民はとても前向きだ。みんなが懸命に戦闘訓練を受け、負傷して戦えなくなった者でも後方支援に精を出す。一致団結して魔族と戦おうという気概が感じられた。

 共通の敵がいると団結するらしいからその現象かもしれないが、それ以上に、この都市の治世が上手くいっているのだろう。

 都市の治世は、なんと冒険者ギルドが行う。冒険者ギルドは、言ってみれば軍隊のようなもので、つまりこの都市は軍事政権が政治を取りしきっているような感じだ。そしてそこの長がギルドマスターと呼ばれていて、ギルド事務局長と共にこの都市を牽引している。その二人が非常に優秀だから、窮地に立たされていようとも、フリストル市民は絶望せず、前向きにやっていけるのだろう。

 そんなことに思いを馳せながら階段の多い商店街を歩いていたら、声を掛けられた。

「よぉ、ジップ。新鮮な野菜が入荷したんだが、どうだ?」

 この都市には1万人弱の人間が住んでいるから、全員と顔なじみになるというわけでもないが、共通の敵を前に団結しているため、かなりの確率で顔なじみになる。とくに近所の商店主なんかは、お互い名前も知っているほどだ。

 ということで顔なじみのドンクさんは、厳つい顔ながらニカッと笑ってキャベツをかかげていた。

「ん、ああ……今日はこれからレベッカの家に行くんで……その帰りにでもまた寄りますよ」

「そうかい。じゃあ忘れずに寄ってくれよな。夕方には売り切れるかもだから早めがいいぞ」

「ええ、分かりました」

 八百屋をやるような体格ではないほどにマッチョのドンクさんだが、実は片足がない。魔獣との戦闘で負傷したのだ。

 今は義足を使っていて、日常生活に大した支障はないらしいが、戦闘となると現役続行は無理だったそうだ。

 こんな感じで、負傷して戦えなくなった冒険者もたくさんいる。そんな人達は、街の武具屋や日用商店、あるいは武具職人や農家などに転職して第二の人生を歩む。

 つまりまだ若いオレたちは、冒険者以外の仕事が基本的にないのだ。前戦に行かなくていい若者としては、大学部にいって魔法研究に精を出すか、冒険者ギルド内で様々な事務と調整を執り行うかくらいである。

 だがオレは、基本的に若者が冒険者になることは賛成できなかった。

 なぜなら、ちょっとしたことであっけなく死んでしまうのだから。

 ドンクさんのように、負傷しても生還できたのならそれはラッキーなほうだ。多くの若者はダンジョン内で命を落とす。

 オレはそれを、嫌になるほど見てきた、、、、、、、、、、し、たくさん経験もしてきた、、、、、、、、、、、

 だから少なくとも、オレの友人知人は、みんな後方支援に回って欲しかったのだが……

「はぁ……コイツはコイツで、言っても聞かないだろうなぁ……」

 オレはため息をつきながら、赤く塗られた民家を見上げる。

 ここはレベッカ・エスターライヒの実家だ。オレと同い年の友人で、高等部では、戦闘・勉学ともに、オレに次ぐ好成績を収めている。さらにはレニと、一・二を争っている美少女だ。オレとしては、容姿より成績の争いをして欲しかったわけだが……もちろん成績ではレニの惨敗である。

 そんなレベッカなものだから、大学部への進学が決まっていたはずなのだが……

 高等部卒業三カ月前の現在にして、レベッカは急に、大学部進学から転身し、冒険者就職に進路変更した。そのことをオレが知ったのは実に昨日のことだった。

 そしてレベッカの転身が、レニが、マッパでオレの布団に潜り込んだ原因でもある。

 あのあとレニを何度も問い詰めたところ、レニは白状してこう宣った。

「だってだって……レベッカが冒険者になったら、ジップとパーティ組んでダンジョンに出るんでしょう? そうしたらレベッカと仲良くなるでしょう? そうしたらレベッカと結婚決定でしょう!? そうしたらわたしは捨てられる!!」

 どこまでも後ろ向きな娘っコである……

 というわけでオレは、レベッカのうちに来ていた。まぁレニのためというわけではないが、レベッカの転身を思いとどまらせるために。

 そもそも今日、オレはレベッカに呼ばれていたし。

「はぁ……ダメ元で交渉してみるか……」

 こうしてオレは、レベッカ宅のドアベルを押した。
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