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第1話 まるで、くっそ怪しい情報商材か何かの煽り文句のようだぞ……?

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「お~い、お~い……いい加減、起きて?」

 頬をぺちぺち叩かれる感覚に気づき、オレはうっすらと目を開けた。

 ぼやけた視界に徐々に映ってきたのは、これまで見たこともないほどに絶世の美女だった。年の頃は20歳前半だろうか?

 どうやら、この美女がオレの頬をぺちぺち叩いていたらしい。

 知り合いにこんな美女はいるはずもないので、オレは驚いて起き上がる。

「キ、キミは……いったい誰だ? ……ってかここはどこ?」

 上体を起こしたので、周囲の様子も目に飛び込んで来たのだが……そこはまったくもって異質な光景だった。

 何しろ、真っ白な空間に無数の本が浮かんでいるのだ。辞典のように分厚い書籍が。それがどこまでも、どこまでも続いている。

 こんな光景、現実世界ではあり得ない。ということは……

「あ、ああ……これは夢か……」

 オレがそうつぶやくと、目の前の美女は首を横に振る。

「違うよ?」

 そう言われてオレは、目を見開いて美女に視線を戻した。

「違うって……こんな、非現実的な光景があるはずないだろう?」

「それはそうね。ここは現実ではないから」

「現実じゃない?」

「ええ。ここは現実世界と死後世界の狭間はざまだから」

「……はい?」

「覚えてない? キミが昨日、何をしていたか」

「昨日……?」

 オレは、なぜか曖昧になっていた記憶を、まるで地面から掘り起こすかのような気分で探っていく。

 昨日は……平日だから普通に出勤したはずだ。オレは総務部主任の32歳で、昨日も退屈な仕事をコツコツやって、ちょっと残業してから20時に退勤した。

 その後、駅に向かう途中の交差点で──

「──オレ、暴走車に撥ねられてるんだけど?」

「そのボウソウシャがなんなのか分からないけど、たぶん、あなたはそれで死んでしまったのね」

「……まぢで?」

「ええ、まぢで」

 オレは唖然としながらも、しかしそこまでの混乱や焦燥は感じなかった。こんなシーン、これまで見てきたアニメなんかでは腐るほどあったからだ。

 だからかオレは、自分の死をあっさり受け入れることが出来た。

 そもそも、今の日本で生きていたって、とくに楽しいこともなかったしな。最近は、いつリストラされるか不安になりながら仕事していたし、独身だから、オレが死んだところで困る家族もいなかったし。

 強いて言えば、親より早く死んでしまったことは申し訳ないと思うくらいだろうか。

 そんなことを振り返っていたら美女が聞いてきた。

「だいじょーぶ? もしかして混乱してる?」

 そう問われて、オレは美女を見た。ここが『ほぼあの世』ということは、この子は女神様か何かなのだろう。

 だとしたら、見た目が若く見えるからといってタメ口はまずくないだろうか?

「えっと……大丈夫です。混乱はしていませんし、自分が死んだということも理解できました」

「どうして急に敬語?」

「それは……あなたが女神様的な存在なんだろうと思ったからですが」

「なるほど。まぁ確かに、わたしはそんな存在だけど、別に敬語は使わなくていいよ」

「そうですか、分かりま──いや、分かったよ」

 オレは頷いてから、改めて女神様を見た。

「それで女神様は、死んでしまったオレになんの用なんだ? もしかして、これから凄い能力を与えて転生してくれるとか?」

 すると女神様は、目を大きく見開いた。

「よく分かったね……もしかしてキミは、前世で、読心術みたいな特殊能力があったの?」

「特殊能力だなんて、そんな大それたものじゃないよ。オレのいた国では、死んだら凄い能力を授かって転生するって物語が流行ってたんだ」

 流行といっても、ハリウッドで映画化されたわけでもないし、ニッポンというローカルの、さらにごく一部の層に受けていた程度だとは思うが、オレはその一部の層だったのだ。

 オレがそんな説明をすると、女神様は妙に納得して頷いた。

「なるほど……だからキミは、ここに導かれてきたのかもしれないね……まぁ、その辺の因果関係はわたしにもよく分からないんだけど」

 女神様なのに、この世とあの世の因果関係が分からないのかよ……彼女の台詞にオレはちょっと不安になる。

 しかし女神様はオレの不安をよそに、いよいよ本題を切り出してきた。

「あなたが察した通り、わたしはこれから、あなたに特殊能力を授けて転生させるよ。いいよね?」

 ぽやんとした無表情で、しかし可愛らしく小首を傾げてくるものだから、オレは思わず息を呑んだ。

「お、おお……別に問題ないが……」

「そ。よかった。ならさっそく、あなたに特殊能力を授けるよ」

「い、いきなりだな……その能力ってオレが選べたりするのか?」

「ううん、能力はランダムで選ばれるよ」

「ランダムか……」

 キャラメイキングを楽しめるのかと思ったが、どうやらガチャのほうだったらしい。

 だがメイキングを出来ないものは仕方がないので、オレは、有益な能力を授かれるように祈ることにした。女神様が目の前にいるのに祈るってのもなんだけど。

「じゃ、始めるよ──」

 女神様がそう言って両手を高々と掲げる。

 するとオレの周囲に浮かんでいた無数の本が輝きだした。

 オレは生唾を呑んで、その光景を見守る。

 やがて、無限に広がる空間の向こうから、一冊の本がオレの元にやってくる。

 そうしてその本は、オレの目前で宙に浮かんだまま止まった。

 オレは、あっけにとられて女神様を見た。

「こ、この本は……?」

 本は、分厚い革張り装丁で重厚感はあるものの、それだけだ。表題も何も記載がない。

 オレが戸惑っていると女神様が答えてくる。

「その本を手に取ってみて。そうすれば、あなたにしか読めない文字が浮かび出てくるから」

 オレは言われるままにその本を手に持った。

 ずっしりとした感覚が両手で感じられる。

 すると本の表紙が光り出して、文字が刻まれていった。

 驚いてその光景を見ていると、女神様が聞いてきた。

「表題はなんて書かれた?」

「えっと……」

 まだ眩しくてよく読めなかったが、次第に光が収まっていき、やがて表題が見えてくる。

 そうしてオレは、表題を読み上げた。

「怠け者でもラクして最強になれる、わずか3つの裏ワザ」

 な……

 ……な……

 …………な……

 ………………なんだコレ?

 まるで、くっそ怪しい情報商材か何かの煽り文句のようだぞ……?

 さらに裏表紙を見れば、『あっという間に最強の冒険者へと成長』だとか『自宅にいるだけで冒険者報酬が自動的に入ってきて』だとか、より一層うさんくさい。

 オレは唖然として女神様を見ると、女神様もお目々を丸くしていた。

 だからオレは、そんな女神様に問いかける。

「な、なぁ……この怪しげな表題はいったいなんなんだ? 普通、怠けていたら最強にはなれないだろ? それに裏ワザってなんだよ?」

「………………でも」

 半ば放心状態の女神様は、擦れた声で言ってきた。

「でも……『最強』って書いてある……」

 質問の答えではなかったので、オレは首を傾げて女神様に再度問うた。

「それは書いてあるけど、どうやって最強になれるのか、この表題ではさっぱりだぞ? しかも『誰にでも出来る簡単な裏ワザ』って……怪しさ倍増なんだが……」

 しかしオレの問いかけに女神様はまったく答えてくれない。

「す、すごい……今までたくさんの人達に能力を授けてきたけど、こんな表題は初めてだよ……」

「そうなのか?」

「うん、そう……それに『最強』だなんて単語は、今までに一度も記載されてなかった……」

 そりゃあ、最強なんだからナンバーワンの強さなんだろう。それが、いくら特殊能力だからといってポコポコ量産されたのでは完全にタイトル詐欺だ。まぁ日本の書店では、そんな実用書や自己啓発書が乱発されていたが……

 そんなことを考えていたら、女神様は我に返ったようで、ぽやんとした瞳ながらも期待に満ちた感じでオレに言ってきた。

「キミ、すごいよ……やっぱり、別世界から召喚してきて正解だった……!」

「そ、そうなのか?」

「うん。キミならわたしたちの世界の、救世主になれるかもしれない……!」

 救世主とはまた大袈裟だな。オレはどちらかというと、あまり目立たず、波風立てず、それでいて金銭的に不自由のない生活をしたいだけなのだが……

 まぁそういう性根だから、こんな表題になってしまったのかもだけど。

 だからオレは、ぼやくかのように言った。

「救世主と言われても……三つの裏ワザってのが、いったいなんなのか分からないとな……」

 そう言って、オレは表紙をめくる。

「あ……」

 女神様の呆けた声が聞こえてきたと思ったら……

「な、なんだ!?」

 開いた本から、強烈な光が一気に溢れ出し、オレの視界は真っ白になった。

 そんな最中さなか、女神様の声だけが聞こえてくる。

「その本を開いたら、転生開始なんだよ」

「先に説明してくれ!」

「もう時間がないから説明をハショるけど、とにかく、あなたはその特殊能力を使って最強になって」

「簡単に言ってくれるけどなぁ!」

 しかしもはや、オレに選択肢はないらしい。

 まるで立ちくらみでも起こしたかのように、意識まで遠のき始めた。

「くっ……やむを得ないか……」

 そしてオレは観念する。

 何しろ表題のとおりなら、オレは、食っちゃ寝していても最強になれるのだ。もしかしたら美味しい人生が送れるかもしれない。

 そのためにもまずは、三つの裏ワザがなんなのかを把握しないと。

 そんな眉唾な表題に賭けて、オレは転生を受け入れることにするのだった。
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