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第5章
第34話 今にも泣き出しそうな顔になる
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そうしてユイナスは、リリィとミアの前で仁王立ちになり、腕を組む──
──学校を抜け出したまではよかったんだけど、その後、わたしの早退に気づいたリリィが追ってきてしまい、レストラン前で鉢合わせになる。
でもお兄ちゃんを追求できる唯一の現場を離れるわけにもいかないので、わたしとリリィとで揉み合っていたら──レストランの馬車寄せに一台の馬車が到着した。
その馬車を見たリリィがなぜか顔面蒼白になったので、眉をひそめたわたしは、狼狽えるリリィの隙を突いてその手から逃れると、馬車まで走っていき──
──そこから降りてきた人物を見て、驚愕する。
「ミ、ミア!?」
「……!?」
その馬車からは、なぜか、貴族のようなドレスを着たミアが降りてきたのだ……!
だからわたしは、リリィとミアに詰め寄ったのだが、するとリリィが「た、立ち話もなんですから……」と言ってきて、わたしたちはひとまずレストランに入った。
もはやドレスコードとかそんなのは関係ないのだ。そもそもリリィは制服姿だし、そのリリィが一緒であればもはや顔パスだった。
そうして今、わたしたちはレストランの個室にいる。
なお、お兄ちゃんは個室に呼んでいない。お兄ちゃんを問い詰めるのは、コイツらを尋問したあとだからね……!
「……で?」
わたしは、絶対零度の視線でもって二人を睨み付ける。
「これはいったい、どういうことなの?」
円卓の向こうに座り、肩をすぼめているミアが言ってきた。
「じ、実はわたし、王都に用があってやってきたんだけど、せっかく来たんだし、たまにはアルデに会おうと思って……だからここで約束してたの!」
「へぇ? そこに偶然、わたしが居合わせたってわけ?」
「ユイナスちゃんは……偶然じゃないでしょ?」
「まぁ、そうね。でもリリィは、なんでここにいるのよ?」
わたしの視線に射抜かれて、リリィが滝汗を流しながらも答えてくる。
「そ、それはもちろん、あなたが学校からいなくなっているからですわ……! まったくあなたはしょうがありませんわね!? 今からでも学校に帰りますわよ!」
「わたしが聞いているのは、そうじゃないわよ」
そしてわたしは、声を低くして再度問いかける。
「なんであんたが、このレストランに来ているのかって話よ」
「で、ですからそれは、ユイナスが──」
「わたしは、お兄ちゃんを付けてこの場所を特定したのよ? でもあんた、そのわたしを付けたわけじゃないでしょ。馬車で来てたし。ならあんたは、はじめっから、お兄ちゃんがこのレストランにいることを知っていた、ということになるわよね?」
「……!?」
わたしのその説明で、リリィは大きくのけぞってから目を逸らす。
どうやら言い逃れも出来ないらしいわね。
そこでわたしは、尋問を完璧にすべく再びミアを見た。
煌びやかにドレスアップしたミアを。
「だいたい、あんたどうして、そんなに着飾ってるのよ」
「そ、それは……このレストランのドレスコードが……」
「あんた、そんなムチャクチャ高そうなドレスを持っていたわけ? そのドレス一着で、わたしたちが数年分は生活できるでしょ」
「こ、これはその………………レ、レンタルだよ!」
「レンタル?」
「そうレンタル! 最近は、そういう便利なサービスもあるんだよ!」
「だとしても、高いのに違いはないでしょ」
「が、がんばって……貯めました……」
「ふぅん。じゃあ、百歩譲ってそのドレスがレンタルだったとして、このレストランをどうやって予約したのよ」
「え、えっと……」
「こんなお貴族サマ御用達のレストラン、平民のわたしたちじゃ門前払いでしょ。もし使えるとしたら、そうね──」
そうしてわたしは、眼光をより一層強める。
「──貴族の口添えでもあれば、話は別だけど?」
「!?」「!?」
そう指摘すると、二人の肩が同時にビクリと跳ね上がる。そんな二人を見てわたしは笑ってやった。
「さぁて。今度はいったい、どんな笑える言い分けをしてくれるのかしらぁ?」
「………………」
わたしが勝ち誇って、そんなことを言ってやると……
先に口を開いたのは──ミアだった。
「じ、実は……ユイナスちゃんが言うとおり、ここのレストランを手配してくれたのはリリィ様なの……」
「……!?」
自白を始めたミアに、リリィが驚きの眼差しを向けるも、しかし何も言ってこない。
どうやらリリィのほうは手詰まりのようね。驚いたあと、観念したかのように項垂れ始めている。
そんなリリィを捨て置いて、ミアが更に言ってきた。
「でも、リリィ様のご厚意に甘えたのはこれだけだから!」
「どういうことよ?」
「イヴだし、わたしがワガママを言ってしまったの! ちょっと贅沢なイヴを過ごしたいって……! それでそのワガママを、アルデ経由でリリィ様に伝えてもらって、お優しいリリィ様が気を使ってくれただけなの!」
「う……ミアさん……あなた……」
「申し訳ありませんリリィ様! わたしのワガママのせいでこんなことになってしまって……! でもこんなことでリリィ様とユイナスちゃんの友誼に亀裂が入るならわたしは──」
「そんな三文芝居、意味ないからね?」
ミアが悲壮感を漂わせてリリィに話を向けているけど、わたしはそれを遮った。
「そもそも、友誼なんてないから亀裂は入りようもないわよ」
「ユ、ユイナスちゃん、そんなことないでしょ?」
その後も、ミアが珍しく饒舌に色々言ってくるが──だから余計に、わたしは怪しさを感じた。
衣服の提供とかレストランの手配とか、リリィにとっては大したことではないのだろう。執事や侍女に「やっといて頂戴」と一言命令するだけで済むのだから。
しかしわたしは知っている。
貴族とは、己のメリットがないと決して動かないことを。
ましてやミアとリリィは、夏休みのバカンスで知り合ったに過ぎない。その程度の仲で、いわんや貴族と平民の身分差があるというのに、いささかでも口利きをするとは思えない。
であるならば、リリィは、何かしらのメリットがあるから口利きしたのだ。
そのメリットとはいったい何か?
でも……そこがいまいち分からない。
このレストランでお兄ちゃんとミアを引き合わせたところで、大した進展なんてあるはずもないのだから。
お兄ちゃんが、イヴの雰囲気に酔って大胆な行動をするくらいなら、今頃わたしの方が結ばれてるっての!
だからリリィのメリットがいまいち分からないのだ。
まぁ……リリィに限って言えば、ティスリと面識ある相手というだけで便宜を図る、という線もなくはないけど……
でもどうしても、腑に落ちない。
ミアのさっきの言い分けだっておかしいし。
だいたい田舎娘のミアが、こんな、格式張ったレストランを求める?
絶対に、そんなわけない。こんなレストランが存在していることすら知らなさそう。
だとしたら、ここを提案したのはリリィだろう。ということは「ちょっと口利きしてやった」程度ではない。リリィは積極的に関与していたことになる。
だいたいお兄ちゃんだってこんな場所は敬遠する。居心地が悪いという理由で。だとしたら、お兄ちゃん経由で要望を伝えるというのもおかしい。お兄ちゃんに伝えた時点で嫌がることは明白だからだ──
──と、そこで。
お兄ちゃんの姿を思い浮かべたところで、わたしはハッとする。
っていうかそもそも……だ。
王都に来てからのお兄ちゃんの言動は、おかしかったじゃないか……
何がおかしかったのか?
そう──なぜか、平日に休みを取ることに固執していた。
休みなんて、二連続で取ったほうが使い勝手があるというのに、わざわざ、平日に一日、週末に一日の休みとしていたのだ。
わたしだって鬼じゃない。お兄ちゃんが本気で嫌がるなら、週末の一日くらいは自由時間を認めてあげる。それはお兄ちゃんだって分かっているはずだ。
なのにどうして、平日の休みに固執していた……?
そうしてわたしは、改めてミアを見る。
「ユイナスちゃん……分かってくれた……?」
卑屈な笑みでそう問いかけてくるミアだったが、わたしはそれに答えない。
もしも──
この女が──
──毎週、王都に来ていたのだとしたら?
「ユ、ユイナスちゃん……?」
うちの村と王都を毎週往復するなんて、本来なら不可能だけど。
でも、リリィの権力なら──
──転送魔法が使える。
「リリィ!」
「はい!?」
「あんた! 裏切ったわね!?」
「………………!」
わたしがそう断定する、と。
リリィはなぜか──
──今にも泣き出しそうな顔になる。
………………。
………………。
………………えーと、なんで?
わたしに叱責された程度で、リリィが泣き出すとは思ってなかったんだけど……
思いも寄らぬ反応に、わたしの勢いが削がれると、いきなりミアが立ち上がった!
「ユイナスちゃん!」
「な、なによ?」
「わたしは、アルデのことが好き!」
「はぁ!?」
突然のカミングアウトに、思考が追いつかずマヌケな声を上げるしかない!
そんなわたしに向かって、ミアは一歩近づいた。
「わたし、アルデの事が好きなの! そしてそれは、もうアルデに伝えてある!」
「ちょ、ちょっと!? 何を言って──」
「アルデはそれを分かった上で、今日この場に来てくれてる!」
「だ、だからと言ってお兄ちゃんがあんたを──」
「つまりアルデだって、少なくともわたしのことは大切に思ってくれてるんだよ!」
「んなわけあるか!?」
「もういい加減、認めてよユイナスちゃん!」
「絶対にイヤ! ってか何を認める必要があるのよ!?」
「わたしとアルデの仲をだよ!」
「他人以上友達未満だというなら認めてやるわよ!」
「だ、だいたい……!」
ミアは目前まで来ると、わたしの両肩をガシッと掴んだ!
「ユイナスちゃんは、アルデの妹なんだよ!?」
「それが何よ!」
「実の兄妹じゃ、結婚できないんだよ!?」
「そんなの分かってるわよ!」
「ならいい加減あきらめなよ!?」
「なんでよ! 血の繋がりなんて超えてやるわよ!」
「そこは超えちゃいけない繋がりだよ!?」
掴まれた両肩の手を撥ねのけると、わたしも負けじと言い返す!
「だいたいあんた! 相手にもされてないじゃない!!」
「そ、そんなことないもん!」
「20年以上一緒にいたのに、キスの一つもしてないのがその証拠よ!」
「キキキ、キス!? でもユイナスちゃんだって一緒でしょ!?」
「ざんねんでした~。わたしは、お兄ちゃんとキスもしてるしお風呂にも入ってるわ!」
「間違いなく子供の頃だよねソレ!?」
「さ~あ? どうだったかしら~?」
わたしがすっとぼけていると、体をぷるぷる震わせながら、ミアがさらに言ってくる!
「そもそも! 相手にされてないっていうならユイナスちゃんも一緒じゃない!」
「な、何を根拠に!?」
「本当に恋仲なら、休日はずっと一緒にいたがるものよ!」
「お、お兄ちゃんだって、ずっと一緒にいたがってるわよ!」
「なら今からアルデに聞いてこようか! このレストランにいるんだし!」
「き、聞いたって同じよ!?」
ま、まさかこのタイミングでお兄ちゃんを呼ぼうとするフツー!?
そんなことしたら、二人とも玉砕するのは目に見えているというのに!
自爆覚悟の勢いに、わたしは思わず後ずさるが、ミアは追随の手を緩めない……!
「同じじゃないかもでしょ! こうなったら、今ここで白黒付けようじゃない!」
「ど、どういうことよ!?」
「アルデに聞くのよ! わたしとユイナスちゃん、どっちを女として見ているかを!」
「なっ──!」
「アルデは常日頃から『兄離れしてくれない妹』に困ってたからね! 聞かなくても結果は目に見えていると思うけどね!」
「ちょ、ちょっと!?」
「さぁ行くよユイナスちゃん! 今こそ決着を付けよう!」
「ちょっと待ちなさいよ!?」
ま、まずい……!
『どっちを好きか』ではなく、『どっちを女として見ているか』では、今はまだ分が悪い……!
しかし前のめりで周りが見えなくなっているミアは……本気だ!
例えそれで自分が振られようとも、本当にこの場にお兄ちゃんを呼びつけるつもりだ!
くっ……こうなったら……!
「もういい! 今日は大目に見てやるわ!」
「ユイナスちゃん! どこに行くつもり!?」
両開きの扉に手を掛けたわたしは、振り返って言った。
「とりあえずリリィ!」
「は、はひっ……!」
「あんたのことは許さないかんね! ティスリに言いつけてやるんだからーーー!」
「な……!?」
そんな捨て台詞を残して、わたしは個室を飛び出す。
「ちょ!? ユイナスちゃん! ちょっと待って! 言いつけるって何!? リリィ様は何も悪くないんだよ!!」
なぜかミアのほうが大慌てに追いかけてくる。
「ユイナスちゃん! ほんとに待って!! アルデは呼ばないから!!」
レストランの外に出てもミアはしばらく追いかけてきたが、あんなにヒールの高い靴でわたしに追いつけるわけがない! もちろん、温室育ちであるリリィの体力では、田舎で育ったわたしに追いつくはずもない!
だからわたしは、二人を撒く事に成功する。
っていうか、王城って遠いわね──あ、そうだ!
わたしは、ティスリからもらった守護の指輪なる魔具に、通信魔法も付いていることを思い出し、ティスリを呼び出す呪文を口ずさむのだった!
──学校を抜け出したまではよかったんだけど、その後、わたしの早退に気づいたリリィが追ってきてしまい、レストラン前で鉢合わせになる。
でもお兄ちゃんを追求できる唯一の現場を離れるわけにもいかないので、わたしとリリィとで揉み合っていたら──レストランの馬車寄せに一台の馬車が到着した。
その馬車を見たリリィがなぜか顔面蒼白になったので、眉をひそめたわたしは、狼狽えるリリィの隙を突いてその手から逃れると、馬車まで走っていき──
──そこから降りてきた人物を見て、驚愕する。
「ミ、ミア!?」
「……!?」
その馬車からは、なぜか、貴族のようなドレスを着たミアが降りてきたのだ……!
だからわたしは、リリィとミアに詰め寄ったのだが、するとリリィが「た、立ち話もなんですから……」と言ってきて、わたしたちはひとまずレストランに入った。
もはやドレスコードとかそんなのは関係ないのだ。そもそもリリィは制服姿だし、そのリリィが一緒であればもはや顔パスだった。
そうして今、わたしたちはレストランの個室にいる。
なお、お兄ちゃんは個室に呼んでいない。お兄ちゃんを問い詰めるのは、コイツらを尋問したあとだからね……!
「……で?」
わたしは、絶対零度の視線でもって二人を睨み付ける。
「これはいったい、どういうことなの?」
円卓の向こうに座り、肩をすぼめているミアが言ってきた。
「じ、実はわたし、王都に用があってやってきたんだけど、せっかく来たんだし、たまにはアルデに会おうと思って……だからここで約束してたの!」
「へぇ? そこに偶然、わたしが居合わせたってわけ?」
「ユイナスちゃんは……偶然じゃないでしょ?」
「まぁ、そうね。でもリリィは、なんでここにいるのよ?」
わたしの視線に射抜かれて、リリィが滝汗を流しながらも答えてくる。
「そ、それはもちろん、あなたが学校からいなくなっているからですわ……! まったくあなたはしょうがありませんわね!? 今からでも学校に帰りますわよ!」
「わたしが聞いているのは、そうじゃないわよ」
そしてわたしは、声を低くして再度問いかける。
「なんであんたが、このレストランに来ているのかって話よ」
「で、ですからそれは、ユイナスが──」
「わたしは、お兄ちゃんを付けてこの場所を特定したのよ? でもあんた、そのわたしを付けたわけじゃないでしょ。馬車で来てたし。ならあんたは、はじめっから、お兄ちゃんがこのレストランにいることを知っていた、ということになるわよね?」
「……!?」
わたしのその説明で、リリィは大きくのけぞってから目を逸らす。
どうやら言い逃れも出来ないらしいわね。
そこでわたしは、尋問を完璧にすべく再びミアを見た。
煌びやかにドレスアップしたミアを。
「だいたい、あんたどうして、そんなに着飾ってるのよ」
「そ、それは……このレストランのドレスコードが……」
「あんた、そんなムチャクチャ高そうなドレスを持っていたわけ? そのドレス一着で、わたしたちが数年分は生活できるでしょ」
「こ、これはその………………レ、レンタルだよ!」
「レンタル?」
「そうレンタル! 最近は、そういう便利なサービスもあるんだよ!」
「だとしても、高いのに違いはないでしょ」
「が、がんばって……貯めました……」
「ふぅん。じゃあ、百歩譲ってそのドレスがレンタルだったとして、このレストランをどうやって予約したのよ」
「え、えっと……」
「こんなお貴族サマ御用達のレストラン、平民のわたしたちじゃ門前払いでしょ。もし使えるとしたら、そうね──」
そうしてわたしは、眼光をより一層強める。
「──貴族の口添えでもあれば、話は別だけど?」
「!?」「!?」
そう指摘すると、二人の肩が同時にビクリと跳ね上がる。そんな二人を見てわたしは笑ってやった。
「さぁて。今度はいったい、どんな笑える言い分けをしてくれるのかしらぁ?」
「………………」
わたしが勝ち誇って、そんなことを言ってやると……
先に口を開いたのは──ミアだった。
「じ、実は……ユイナスちゃんが言うとおり、ここのレストランを手配してくれたのはリリィ様なの……」
「……!?」
自白を始めたミアに、リリィが驚きの眼差しを向けるも、しかし何も言ってこない。
どうやらリリィのほうは手詰まりのようね。驚いたあと、観念したかのように項垂れ始めている。
そんなリリィを捨て置いて、ミアが更に言ってきた。
「でも、リリィ様のご厚意に甘えたのはこれだけだから!」
「どういうことよ?」
「イヴだし、わたしがワガママを言ってしまったの! ちょっと贅沢なイヴを過ごしたいって……! それでそのワガママを、アルデ経由でリリィ様に伝えてもらって、お優しいリリィ様が気を使ってくれただけなの!」
「う……ミアさん……あなた……」
「申し訳ありませんリリィ様! わたしのワガママのせいでこんなことになってしまって……! でもこんなことでリリィ様とユイナスちゃんの友誼に亀裂が入るならわたしは──」
「そんな三文芝居、意味ないからね?」
ミアが悲壮感を漂わせてリリィに話を向けているけど、わたしはそれを遮った。
「そもそも、友誼なんてないから亀裂は入りようもないわよ」
「ユ、ユイナスちゃん、そんなことないでしょ?」
その後も、ミアが珍しく饒舌に色々言ってくるが──だから余計に、わたしは怪しさを感じた。
衣服の提供とかレストランの手配とか、リリィにとっては大したことではないのだろう。執事や侍女に「やっといて頂戴」と一言命令するだけで済むのだから。
しかしわたしは知っている。
貴族とは、己のメリットがないと決して動かないことを。
ましてやミアとリリィは、夏休みのバカンスで知り合ったに過ぎない。その程度の仲で、いわんや貴族と平民の身分差があるというのに、いささかでも口利きをするとは思えない。
であるならば、リリィは、何かしらのメリットがあるから口利きしたのだ。
そのメリットとはいったい何か?
でも……そこがいまいち分からない。
このレストランでお兄ちゃんとミアを引き合わせたところで、大した進展なんてあるはずもないのだから。
お兄ちゃんが、イヴの雰囲気に酔って大胆な行動をするくらいなら、今頃わたしの方が結ばれてるっての!
だからリリィのメリットがいまいち分からないのだ。
まぁ……リリィに限って言えば、ティスリと面識ある相手というだけで便宜を図る、という線もなくはないけど……
でもどうしても、腑に落ちない。
ミアのさっきの言い分けだっておかしいし。
だいたい田舎娘のミアが、こんな、格式張ったレストランを求める?
絶対に、そんなわけない。こんなレストランが存在していることすら知らなさそう。
だとしたら、ここを提案したのはリリィだろう。ということは「ちょっと口利きしてやった」程度ではない。リリィは積極的に関与していたことになる。
だいたいお兄ちゃんだってこんな場所は敬遠する。居心地が悪いという理由で。だとしたら、お兄ちゃん経由で要望を伝えるというのもおかしい。お兄ちゃんに伝えた時点で嫌がることは明白だからだ──
──と、そこで。
お兄ちゃんの姿を思い浮かべたところで、わたしはハッとする。
っていうかそもそも……だ。
王都に来てからのお兄ちゃんの言動は、おかしかったじゃないか……
何がおかしかったのか?
そう──なぜか、平日に休みを取ることに固執していた。
休みなんて、二連続で取ったほうが使い勝手があるというのに、わざわざ、平日に一日、週末に一日の休みとしていたのだ。
わたしだって鬼じゃない。お兄ちゃんが本気で嫌がるなら、週末の一日くらいは自由時間を認めてあげる。それはお兄ちゃんだって分かっているはずだ。
なのにどうして、平日の休みに固執していた……?
そうしてわたしは、改めてミアを見る。
「ユイナスちゃん……分かってくれた……?」
卑屈な笑みでそう問いかけてくるミアだったが、わたしはそれに答えない。
もしも──
この女が──
──毎週、王都に来ていたのだとしたら?
「ユ、ユイナスちゃん……?」
うちの村と王都を毎週往復するなんて、本来なら不可能だけど。
でも、リリィの権力なら──
──転送魔法が使える。
「リリィ!」
「はい!?」
「あんた! 裏切ったわね!?」
「………………!」
わたしがそう断定する、と。
リリィはなぜか──
──今にも泣き出しそうな顔になる。
………………。
………………。
………………えーと、なんで?
わたしに叱責された程度で、リリィが泣き出すとは思ってなかったんだけど……
思いも寄らぬ反応に、わたしの勢いが削がれると、いきなりミアが立ち上がった!
「ユイナスちゃん!」
「な、なによ?」
「わたしは、アルデのことが好き!」
「はぁ!?」
突然のカミングアウトに、思考が追いつかずマヌケな声を上げるしかない!
そんなわたしに向かって、ミアは一歩近づいた。
「わたし、アルデの事が好きなの! そしてそれは、もうアルデに伝えてある!」
「ちょ、ちょっと!? 何を言って──」
「アルデはそれを分かった上で、今日この場に来てくれてる!」
「だ、だからと言ってお兄ちゃんがあんたを──」
「つまりアルデだって、少なくともわたしのことは大切に思ってくれてるんだよ!」
「んなわけあるか!?」
「もういい加減、認めてよユイナスちゃん!」
「絶対にイヤ! ってか何を認める必要があるのよ!?」
「わたしとアルデの仲をだよ!」
「他人以上友達未満だというなら認めてやるわよ!」
「だ、だいたい……!」
ミアは目前まで来ると、わたしの両肩をガシッと掴んだ!
「ユイナスちゃんは、アルデの妹なんだよ!?」
「それが何よ!」
「実の兄妹じゃ、結婚できないんだよ!?」
「そんなの分かってるわよ!」
「ならいい加減あきらめなよ!?」
「なんでよ! 血の繋がりなんて超えてやるわよ!」
「そこは超えちゃいけない繋がりだよ!?」
掴まれた両肩の手を撥ねのけると、わたしも負けじと言い返す!
「だいたいあんた! 相手にもされてないじゃない!!」
「そ、そんなことないもん!」
「20年以上一緒にいたのに、キスの一つもしてないのがその証拠よ!」
「キキキ、キス!? でもユイナスちゃんだって一緒でしょ!?」
「ざんねんでした~。わたしは、お兄ちゃんとキスもしてるしお風呂にも入ってるわ!」
「間違いなく子供の頃だよねソレ!?」
「さ~あ? どうだったかしら~?」
わたしがすっとぼけていると、体をぷるぷる震わせながら、ミアがさらに言ってくる!
「そもそも! 相手にされてないっていうならユイナスちゃんも一緒じゃない!」
「な、何を根拠に!?」
「本当に恋仲なら、休日はずっと一緒にいたがるものよ!」
「お、お兄ちゃんだって、ずっと一緒にいたがってるわよ!」
「なら今からアルデに聞いてこようか! このレストランにいるんだし!」
「き、聞いたって同じよ!?」
ま、まさかこのタイミングでお兄ちゃんを呼ぼうとするフツー!?
そんなことしたら、二人とも玉砕するのは目に見えているというのに!
自爆覚悟の勢いに、わたしは思わず後ずさるが、ミアは追随の手を緩めない……!
「同じじゃないかもでしょ! こうなったら、今ここで白黒付けようじゃない!」
「ど、どういうことよ!?」
「アルデに聞くのよ! わたしとユイナスちゃん、どっちを女として見ているかを!」
「なっ──!」
「アルデは常日頃から『兄離れしてくれない妹』に困ってたからね! 聞かなくても結果は目に見えていると思うけどね!」
「ちょ、ちょっと!?」
「さぁ行くよユイナスちゃん! 今こそ決着を付けよう!」
「ちょっと待ちなさいよ!?」
ま、まずい……!
『どっちを好きか』ではなく、『どっちを女として見ているか』では、今はまだ分が悪い……!
しかし前のめりで周りが見えなくなっているミアは……本気だ!
例えそれで自分が振られようとも、本当にこの場にお兄ちゃんを呼びつけるつもりだ!
くっ……こうなったら……!
「もういい! 今日は大目に見てやるわ!」
「ユイナスちゃん! どこに行くつもり!?」
両開きの扉に手を掛けたわたしは、振り返って言った。
「とりあえずリリィ!」
「は、はひっ……!」
「あんたのことは許さないかんね! ティスリに言いつけてやるんだからーーー!」
「な……!?」
そんな捨て台詞を残して、わたしは個室を飛び出す。
「ちょ!? ユイナスちゃん! ちょっと待って! 言いつけるって何!? リリィ様は何も悪くないんだよ!!」
なぜかミアのほうが大慌てに追いかけてくる。
「ユイナスちゃん! ほんとに待って!! アルデは呼ばないから!!」
レストランの外に出てもミアはしばらく追いかけてきたが、あんなにヒールの高い靴でわたしに追いつけるわけがない! もちろん、温室育ちであるリリィの体力では、田舎で育ったわたしに追いつくはずもない!
だからわたしは、二人を撒く事に成功する。
っていうか、王城って遠いわね──あ、そうだ!
わたしは、ティスリからもらった守護の指輪なる魔具に、通信魔法も付いていることを思い出し、ティスリを呼び出す呪文を口ずさむのだった!
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そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
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エース皇命
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