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第5章

第16話 なんでお前ばっかり贔屓されるんだよ!

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「くそーーー! もうこうなったらヤケ酒だヤケ酒!!」

 慰労会後、アルデオレとナーヴィンは、男二人で二次会に繰り出していた。

 まぁなんだ……今度はナーヴィンの慰労会って感じだな。っていうか、コイツは観光しに来ただけでなんの苦労もしていないが、いちおう失恋(?)したわけだしな。

 だから今回は、ティスリはもとよりユイナスまで、生温かい眼差しでオレ達が二次会に出向くことをすんなり了解してくれた。

 というわけで今夜のナーヴィンは荒れに荒れているわけだ。

「だいたい、なんでお前ばっかり贔屓されるんだよ! ずるいじゃないか!」

「いやなんでも何も、オレには剣技とか頭脳とかがあるからだろ。ティスリも言ってたじゃないか」

「誰一人として頭脳のことはいってねぇ!」

「ぬぐ……でも剣技は認めてたじゃないか」

「くそーーー! オレにも腕っ節があれば今ごろは!!」

 もはや人の話なんてまるで聞いていないナーヴィンが大ジョッキを煽った。やかましいことこの上ないが、そもそもやかましい場末の酒場なので大丈夫だろう。

 そして大ジョッキをドンッとテーブルに置くと、ナーヴィンが絡んでくる。

「そもそもお前は、ティスリさんのことをどう思ってるんだよ!」

「えーと……どう、とは?」

「美人だとか綺麗だとか胸がデカいとかその割にすげぇ細腰だとか! とくに胸! 体は華奢なのにあの豊満さは尋常じゃないだろ! それでいてデカすぎるというわけじゃなくて──」

「お前は外見しか見ていないのか!?」

「じゃあお前はどうなんだよ!」

「い、いやだから……どうと言われても……」

 オレも麦芽酒を呑んでから、ティスリを思い浮かべつつ慎重に言ってみる。

「そりゃあ……外見がいいのはもちろんとして、頭もいいと思っているぞ? あと魔法も使えるし」

 性格はだいぶ難ありだけど……という言葉はなんとか飲み込むことが出来た。

 別にこの場にティスリはいないのだから、慎重になる必要もないのだが……なんとなく気恥ずかしさを感じてしまうのだ。なんでかは分からんが……

 しかしすでに出来上がっているナーヴィンは、オレのそんな感情なんて読み取れるはずもなかった。

「しかもティスリさんって金持ちなんだろ!? うちの村、まるごと面倒見ても有り余るくらいにカネがあるとか、ユイナスがいってたじゃん!」

「まぁ……そうだろうな。どんだけあるのかは知らないけど、そもそも、いくつもの商会を持っているらしいし」

「商会を持っている!? なんじゃそりゃ! 桁違いにもほどがあるだろ!」

「そうだよなぁ……」

「くそーーー! それでさらには身分も違うなんて! そりゃオレがフラれるのも仕方がないよな!」

「仕方がないというか、はなから相手にされていなかったが?」

「お前はオレを慰めにきたんじゃねーのか!?」

「うん、だから『元々相手にされてないから落ち込む必要なくね?』といいたいわけだ」

「恩を仇で返すとはお前の事だ!」

「いや、オレがいつ、お前に恩を受けたんだよ……」

 オレが冷静に突っ込んでいると、ナーヴィンががっくりと項垂れる。

「でも、そうだよなぁ……相手が王女様じゃ、結婚なんて出来るわけないよなぁ……」

「そりゃそうだろ。身分違いにも程があるんだから」

「だよなぁ……ま、お姫様と結婚できるなんて、まさに吟遊詩人の夢物語といったところか……」

「その手の話は、平民娘と王子様という配役のほうが多いけどな」

「どっちだって同じだろ」

「まぁ……そうだが……」

 そんな話をしていたら、オレは気分が沈んでいる事に気づく……なんでだ?

 もちろん、王族と平民の結婚なんてあり得ないことは、オレも重々承知している。

 そもそもオレは、お忍びのティスリと旅館で一泊しただけで、とんでもない誤解を受けたあげく、投獄されるわ毒殺されかけるわ追い回されるわ……あげくの果てにティスリと一戦交える羽目になったんだからな。

 あれが弱っちいナーヴィンだったら、今ごろ間違いなく死んでるぞ?

 王侯貴族にとっての結婚とは、それほどに重大時ということなのだろう。前代未聞どころか、この先だって、そんなことはずっとあり得ない。

 あり得ないことは分かっているのだが……

 どうして気落ちしているのか自分でも分からず、やむを得ないのでオレは酒を呑んでいたら、ナーヴィンがつぶやいた。

「くそ……やっぱり家が重要ってことかよ……そもそも同じ平民だって、役人と農民との結婚は聞いたことないしさ……」

「そうだな……」

 町や村規模の役場で働く役人は平民なのだが、そうであっても農民と結婚することは希だ。役人は役人と、農民は農民と、という感じで、平民であっても似たもの同士で結婚することが多い。

 そもそも結婚とは家同士の結びつきだから、当人達だけの意志では決められないしな。

 うちの村でいうなら、村長の娘であるミアが役人と言ったところだろうか。もっともうちの村の場合はほとんどが農民だから、そうなるとミアは、その中でも大規模農園をやってる家族のせがれと結婚する、みたいな構図になるわけだが。

 オレと同じことを考えていたのか、ナーヴィンがふいにミアを話題に上げてくる。

「村に残っている美人はミアくらいなもんか……あと、歳が離れているけどユイナスとか」

「オレは別に反対しないぞ?」

 世の中には、妹の結婚をよく思わない兄もいるらしいが、もちろんオレはそんなことない。うちの両親も同様だろう。

 ナーヴィンが頼りない点は心配ではあるが、その辺は、ユイナスは頭がいいからなんとかするだろうし。

 だがそんな寛大な兄に向かって、ナーヴィンはいささかゲンナリした様子で言ってくる。

「勘弁してくれ……いくら見た目がよくたって……オレにも選ぶ権利はある……」

「それ、ユイナスの前で言ったらコロされるからな?」

「だから言ってないじゃん……」

 うーん……美人であれば他は問わないという感じのナーヴィンですら駄目だとは。

 オレ、まさか本当に、ユイナスに一生付きまとわれたりしないよな……?

 思わぬ未来像が脳裏をよぎりぞっとしていたら、ナーヴィンが話を続けていた。

「ということでミアだが……なんだかんだとあいつも育ちがいいからなぁ……小作人のうちとじゃ、村長がウンと言わないだろうし」

「いや村長の前に、ミアがうなづかないけどな?」

 思わずオレが突っ込むと、ナーヴィンが半眼でオレを睨んでくる。

「ってかアルデ、お前さ……」

「な、なんだよ?」

「この旅行中、ミアと何かあったわけ?」

「は!?」

 そんなことをいきなり聞かれて、オレは目を見開いた。

「ナ、ナニ言ってんだ急に!?」

「いやだって、この旅行中、ミアの態度がぜんぜん違ってたから」

「違うわけないだろ!? ミアは普段通りだったよ!」

「そうか? 前半はユイナスに押されまくってたけど、なんか後半は、ずいぶんとユイナスに対抗していたというか、お前を見つめていたというか」

「みみみ、見つめられてたわけあるか!? 気のせいだ!」

「ま、いいけどよ。ミアがお前にぞっこんなのは周知の事実だし」

「はぁ!? 何いってんだお前!?」

 思いも寄らないことを言われ続けてオレは慌てるが、ナーヴィンは呆れ顔で言ってくる。

「気づいてないのはお前だけだっつーの。だから同窓のオレら男性陣は、ミアに言い寄っても無駄だと悟って……その結果、ミアは未だに独身なんだろ。お前のせいで」

「オレのせいなのか!?」

「あと半分は村長のせいか。ミアを溺愛してるから、心情的にも家柄的にも、お前との結婚には反対だろうし、それなりの男だって反対するだろ」

「まぁ……そうだろうな。うちなんて農作業もできないしなぁ……」

 だとしたら……あの「答えないで」とはどういう意味だったのだろう? 結婚することは出来ないから、せめて気持ちだけでも伝えたい、ということなのか?

 だとしたら……

 いやだとしても、オレはいったいどうすればいいんだ……?

 オレが頭を悩ませていると、突然ナーヴィンが雄叫びを上げる。

「くそーーー!」

「な、なんだよいきなり……」

「だからなんでお前ばっかりモテるんだよ!?」

「そりゃ、腕っ節があって頭も顔もいいからだろ?」

「頭と顔なんて誰が言った!? 言ってみろ!」

「え、えっと……」

「ユイナスですら言ってねーだろーが!?」

「妹に言われても嬉しくねぇ! ってか確かに言われてない!?」

 と、そんな感じで。

 それ以降は、ただでさえやかましい場末の酒場を、ナーヴィンと共にさらに騒がしくするのだった……
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