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第5章

第10話 今以上の協力

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「移動の自由など言語道断だ!」

 ジハルドわたしがティアリース殿下の提案を述べた途端、四大貴族の方々は激高しました。

「平民は我々の財産なのだぞ!?」

「それを取り上げると言っているようなものだ!」

「もはや国家の成り立ちをも否定する所業!」

「あの女は、いったいなんの権限があるというのだ!?」

 いやなんの権限って……そもそもあなた方が独立するほうが「なんの権限で?」と問われても仕方がないでしょうに。

 交渉のテーブルに付くことすら出来ない臆病者だというのに、よく吠えます。まさに弱い犬ほど……といったところなのでしょう。

 まぁいいですけどね。焚きつけたのは我々、、ですし。

 だからわたしは、呆れ顔でいってやりました。

「何も殿下は、あなた方の財産を没収するだなんて言ってないでしょうに。善政を敷けば、むしろ財産は増えるのですよ?」

「没収と言われているのも同然だ! なぜ平民に施しをする必要がある!」

「家畜によい餌を撒いて、富が増えるとでも思っているのか!?」

「だいたいこの国の発展は、我らの犠牲の上に成り立っているのだ!」

「その通りだ! 我らの忠誠をないがしろにし、あの女は平民に施しばかりしおって!」

 はぁ……やれやれ。

 確かに徴税率は下がりましたが、全体のパイは増えたのですから、彼らだって美味しい思いをしているでしょうに。

 「かつてと同じ徴税率なら、今はもっと贅沢が出来た!」などという意味不明のトンデモ理論をかざして駄々をこねるとか子供同然ですね。

 だからわたしは、もはや説得は無駄だと悟って早々に切り札を出しました。

「では、あの殿下と事を構えるつもりですか?」

「ぬっ……!?」

 わたしがそう言うと、これまでの勢いがあっさりと削がれて、立ち上がって拳を振り上げていた貴族なんかは、腰が抜けたかのように着席しました。

「も、もちろん……我らとて早々に戦争を起こす気はない……」

「ならこの条件、飲むしかないでしょう?」

「だがしかし……平民の移動を自由にするなど前代未聞だ……」

 前例主義もここまでくると、無能を量産する方便にしかなりませんね。だからわたしは呆れながらも言いました。

「なら移動させなければいいでしょう?」

「は? 何を言っている?」

「だから。なぜそんな律儀に条約を守ろうと考えているのです? 反故にすればいいだけの話でしょうに」

「ば、馬鹿かお前は? フェルガナ領主がどうなったのか知らないのか? あの女の不興を買っただけで逮捕投獄されたのだぞ……!?」

「聞いてはいますが、今回の場合、条約違反がバレたら逮捕ではなく戦争でしょうけどね」

「ならば余計にマズイではないか!?」

「つい先日も、あの女は一人で王城を半壊させたのだぞ!?」

「すでに完全防御結界をも完成させたとか!」

「あのデタラメな戦闘力がなければ、我らだって唯々諾々としてはおらぬ!」

 まったく本当に、この人達は……

 気に食わないことには喚くくせに、ちょっと脅したらすぐ怖じ気づくわで……

 無能だらけだから扱いやすいと思っていましたが、むしろ、ここまで馬鹿で臆病だと扱いにくいですね。

 わたしは深いため息をついてから、根気よく説明します。

「バレなければいいだけの話です。違う国になるのですから、殿下であろうとも、今のように自由な采配ができるわけないでしょう?」

「バレずに、とはいってもな……万が一にでもバレたりしたら……」

「いやそもそも、条約違反の疑いがあるだけで、あの女のことだ、攻め込んでくるぞ!」

「もし攻め込まれたら……あの女の魔法に対抗する手段は、我々にないのだ!」

「だとしたら条約違反などというリスクを冒せるはずもない!」

 この人達は、鳥頭なのでしょうか?

 ヒトの脳ミソが詰まってるんですかね?

 殿下への対抗策は、事前に何度も説明したというのに。

 わたしが呆れて言葉を失っていると、四大貴族の一人が言ってきます。

「そもそも貴国、、だって、あの女と小競り合いしていたであろうが! そのとき、戦闘力を様々と見せつけられたのであろう!?」

 その話を持ち出されて、わたしは妙案を思いつきます。

「ええ、そうですね。ですがあのとき、殿下は戦っておりませんよ」

「なに?」

「巧みな外交手腕……といえば聞こえがいいですが、ようは彼女は、戦争を起こすだけの覚悟がないのですよ」

 当時の外交交渉を思い出し、わたしは思わず苦笑します。

 我が国が隣国と国境紛争をしていたあのときも、仲介役に入った殿下は、誰もが予想だにしなかった妙案を持ち出し、国際紛争をあっという間に解決して見せたのです。

 それにより世界大戦への突入はなくなったと言えばそうですし、その手腕は確かに見事ではありました。が……

 わたしはそのとき、思いました。軽い失望感を伴って。

 彼女には、王者の資格はないと。

 王者とは、所詮は血にまみれた存在であることを理解していない──それが彼女です。

 つまりはせっかくの戦闘力を持っていたとしても、行使できないのならなんの意味もありません。

 だからわたしは、改めて言いました。

「彼女は、疑いだけで戦争を起こしたりはしませんよ。それにその領主だって極刑は免れているのでしょう? 罪状は反逆罪だというのに」

「む……確かに、そうだが……」

「それだけ甘いのです、彼女は。よくよく考えてください。いくら頭がよかろうとも、魔力があろうとも、あなた方からみたら孫に等しい年齢なのですよ? そんな若造が、戦争を起こし、多くの民を戦地に送れると思いますか?」

「………………」

「とくに殿下はお優しい。どういうわけか非常に平民を気遣っている。だったらなおさら、戦争など起こせませんよ」

「だがそうはいっても、追い詰めたら窮鼠猫きゅうそねこを噛むことだったあり得るのだぞ?」

「であったとしても、我々が武器供与したのはなんのためだったのですか」

「そ、それはそうだが……」

 それでも決心をつけられない愚鈍な貴族共に、もはや面倒になったわたしは奥の手を出します。

「最終的には、我々が今以上の協力をしますよ」

「今以上の協力とは、どういう意味だ?」

「派兵すると言っているのです」

「ま、誠か……?」

「ええもちろん、我々魔族、、、、がね」

 こうして四大貴族は、ようやく決心を固めるのでした。
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