上 下
160 / 208
第4章

第38話 どうしてか、胸騒ぎを覚えました

しおりを挟む
 想像以上の人混みに、ティスリわたしは驚いていました。

 過密とはまさにこのことなのでしょう。これほどの密集状態を体験するのは初めてです。

 というよりも、さすがにこの混雑は不自然では? それに先ほどから、ほとんど進めていませんし。

 などと思いながら周囲の人の声に耳を澄ませていると、どうやら会場出入口が、貴族によって一時的に入場制限されているとのこと。

 はて? それはいったいどういうことなのでしょう? 入場制限する理由なんてないと思いますが……

 この島を治める貴族とは面識がありませんが、よく遊びにくるというリリィなら何か知っているかもしれないと思い、わたしは周囲を見回します。

 すると、リリィ以外のメンバーがいないことに気づきました。

 リリィだけは、人混みに揉まれてふぅふぅと息を切らしながら、わたしの後に付いてきていました。

「リリィ、他の人達はどうしましたか?」

「こ、この人混みで、はぐれてしまったようですわね……」

「そうですか……ところでこの混雑は、出入口を貴族が入場制限しているせいらしいのですが」

「そそそ、そうなのですか!?」

「なぜそんなに慌てているのです?」

「いいい、いえ別に慌ててなどいませんわ!?」

 見るからに慌てているのですが……しかしリリィが入場制限に関与する理由もまるでありませんし。

 だからわたしは元々の質問を口にします。

「この島の領主がどのような人物か知っていますか? テレジア家の領地ではありませんが、よくバカンスにきているというあなたなら面識があるのかもと思いましたが」

「え、ええ……今回はお忍びですが、公式訪問なら領主が挨拶に来ますので面識がありますわ。それでここの領主ですが、温厚なお爺さまですわよ。王都からは遠く離れておりますし、この気候によって農業や漁業は安定しているとのことで、だから権力争いなどとは無縁に生きてきた感じですわね」

「ふむ……そうですか」

 であれば、嫌がらせなどで入場制限しているとは考えられません。それに入場制限といっても、人混みは少しずつ動いているので、完全に封鎖しているわけでもないようです。

 考え込むわたしに、リリィが言ってきました。

「もしかしたら、予想よりも民衆が一気に会場へと詰めかけてしまい、それで一時的に制限しているのでは? であれば問題ないと思いますが」

「ええ……そうかもしれませんね」

 ちょっと不自然な混雑である気もしますが、リリィの言っている可能性も高そうです。だとしたら、わたしが出しゃばったところで邪魔になるだけでしょう。

 はぐれてしまったユイナスさん達が気になりますが、守護の指輪があるので危険はないでしょうし。それに今ここで通信したところで、これだけ混雑していては合流できません。

 ということでわたしはリリィに言いました。

「こういう混雑も、一般会場の醍醐味なのでしょうね。あまりに進まないようなら何か対策を講じますが、今は人の流れに任せることにしましょう」

「ええ、それがいいですわ。花火までの時間もあまりないですし、入場制限もすぐ解除されますわよ」

 ということでわたしたちは、人混みの中をゆっくり移動していきます。

 するとリリィの言うとおり、間もなく入場制限が解除されたのか、人混みは徐々に動き始めました。

 それからしばらくして、わたし達は花火会場の出入口へと辿り着きます。

 するとナーヴィンさんが待っていました。

「あ、いたいた! ティスリさん、こっちです!」

 そう言いながらナーヴィンさんが駆け寄ってきました。

「ふぅ、すごい人混みでしたね。アルデ達はまだ見つかりませんが……」

「ええ、いちど通信を──」

 わたしが言いかけたところで、人混みの奥から、ユイナスさんが早足で向かってきました。どうやら一人のようです。

「ちょっとリリィ! どういうことなのこれは!?」

 ユイナスさんはなぜか怒っていて、合流するなりリリィに食って掛かります。リリィのほうは慌てながらユイナスさんを押しとどめていました。

「で、ですから! こういうのはコントロール出来ず裏目に出るかもと──」

「いいからこっち来なさい!」

「恨みっこ無しと言ったじゃないですか!?」

「恨みは無くてもつらみはあるのよ!」

「どういうことですの!?」

 などと言い合いながら、ユイナスさんはリリィを引っ張って向こうに行ってしまいます。

 ほんと、あの二人は仲がよくて羨ましいです……

 わたしが羨望の眼差しを二人に向けていると、ナーヴィンさんが言ってきました。

「となると、あとはアルデとミアですね」

「そうですね……」

 そんなことを言われて。

 なぜかわたしは、二人が一緒にいる光景をイメージしてしまい……

 どうしてか、胸騒ぎを覚えました。

「通信してみますので……少しお待ちください」

「あー、そうそう。オレ、その通信呪文ってのを忘れちゃって」

「大丈夫です。わたしが覚えていますから」

 そうしてわたしは、まずアルデに通信を繋げてみました。

 するとアルデはすぐに応答して、今はトイレに向かっているとのこと。

(ミアさんは一緒じゃないのですか?)

 わたしがそう問いかけると、アルデは少し沈黙してから──

(あー……今は一緒じゃないけど、もし合流したら連れて行くよ)

(そうですね。わたしたちは出入口の前で待っていますので)

(分かった)

 そんなごく普通の会話をしてから、わたしは通信を切りました。

 しかしなぜなのか、胸騒ぎが消えません。

 だからわたしはすぐにミアさんにも通信を入れましたが──

 ──ミアさんのほうは、通信に出ません。

 この通信は基本的に非常用を想定しているので、着信に気づかないということはないはず。どれだけ騒音の中にいようとも、頭に直接作用する着信音は、耳から入る音とは干渉せずに聞こえるのです。

 それでも通信を受けられないのだとしたら、受信呪文を忘れたか、誰かと話しているかくらいしかありません。

 受信呪文は、アルデでも覚えられるよう簡単にしてあるので、ミアさんが忘れるはずもありません。あるいは意識を失っていたら出られませんが、今の状況でそんなことは考えられませんし……であれば誰かと話しているということになりますが……いったい誰と?

 この島に、ミアさんの知り合いはいないでしょうし。

 花火会場までの道に屋台もありませんでしたから、買い物で会話することもないはず。

 だからわたしは……気になって、発信魔法を発現させました。

 これも守護の指輪に付与した魔法の一つで、自分の視界内に、相手の居場所が赤色のマーカーとして表示されます。救難信号を応用して付けておいたものですが……

「え……?」

 すると道からだいぶ逸れた森の中に、ミアさんのマーカーがありました。

 そして同じ場所に、アルデのマーカーも。

 今さっき、ミアさんとは「一緒じゃない」とアルデは言っていたのに。

 通信を終えてすぐミアさんと合流できた……ということ?

 もしそうじゃないのなら、二人は示し合わせて──

「あ、ちょっと! ティスリさんどこへ!?」

 ──気づけばわたしは、走り出していました。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

女男の世界

キョウキョウ
ライト文芸
 仕事の帰りに通るいつもの道、いつもと同じ時間に歩いてると背後から何かの気配。気づいた時には脇腹を刺されて生涯を閉じてしまった佐藤優。  再び目を開いたとき、彼の身体は何故か若返っていた。学生時代に戻っていた。しかも、記憶にある世界とは違う、極端に男性が少なく女性が多い歪な世界。  男女比が異なる世界で違った常識、全く別の知識に四苦八苦する優。  彼は、この価値観の違うこの世界でどう生きていくだろうか。 ※過去に小説家になろう等で公開していたものと同じ内容です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...