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第4章

第23話 ねぎらって差し上げたいのですけれども

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 ユイナスわたしは、ティスリの実力を探るべくリリィに質問する。

「いくらなんでも、ティスリは普通じゃなさ過ぎるでしょう? そもそも、あの有り余る魔力はいったいなんなのよ」

「今さら何をおっしゃるのやら」

 そうしてリリィは、なぜか得意げな顔になって言い切った。

「もちろんお姉様こそが、神に魅入られた人間だからですのよ! いいえ、むしろお姉様が神なのです!」

 う~ん……

 お酒も呑んでいないのに陶酔しきったその眼差しに、わたしは呆れ返るしかない。

 ティスリ自身のことを聞いても意味がないと悟ったわたしは、切り口を変えてみた。

「じゃあ、ティスリと同じくらい魔法の使える魔法士はこの国にいるの?」

「いるわけないじゃないですか! 世界中捜したっていませんわよ!」

「なら……優秀な魔法士があの農業用魔具を作ろうと思ったら、どのくらいの期間がかかるわけ?」

「一生涯の仕事となるでしょうね! でも数百人が研究したって作れるかどうか!」

「……仮に、どこかの国が突然攻めてきた場合、ティスリならどうする?」

「お姉様の大量破壊魔法で瞬殺ですわよ!!」

「………………」

 以前なら、常軌を逸したほどに心酔しているリリィの大言だと思っただろうけれど……

 ティスリの実力を垣間見た今のわたしは、あながち妄想だとも思えなくなっていた。

「ね、ねぇ……ということは、よ? ティスリ一人いれば、世界征服もたやすいと思うんだけど……」

 恐る恐る聞いてみたら、リリィは至って真顔で頷いた。

「当然ではないですか。おそらく三日で完遂ですわよ」

「な、なら……ティスリはどうして世界征服しないの?」

「それはもちろん、女神のごとき慈悲の心も持っているからですわ!」

 えーーーっと……

 つまり何か?

 この世界の王侯貴族が存続できているのは、ティスリの慈悲によるってことか?

 裏を返せばティスリの逆鱗に触れたなら、郡庁長官のように(あの長官、あのあとあっさり捕まったらしい)直ちに粛正されると……

 わたしは血の気が引く思いがした。

「ねぇ……ティスリに何か弱点とかないわけ?」

「あるわけないじゃないですか!!」

 デ、デスヨネー……

 もしあったとしても、リリィが知るはずもないし……

 強いていえばティスリはお酒に弱いけれど、でも酔ったからといって身体的に弱くなるわけじゃないのよね。ダル絡みしてくるだけで。

 現にわたしは、どういうわけか、ティスリの腕から逃げることすらできなかったし。あれが何かの体術だとしたら、酔わせて弱体化させることも難しいだろう。

 もはやこれって、万事休すじゃない……!

 つまりティスリのさじ加減一つで、お兄ちゃんの命運が決まってしまうということで!

 くぅ……どうにも解決策が思い浮かばない。

 ということで結局、「リリィに相談したのは間違いだった」ということしか分からなかった。間違いというより悪化したかもしんない。

 げんなりするわたしのことなんて意に介さず、リリィが目をハートマークにしながら言った。

「そんなお姉様ですが、やはり最近は働き過ぎだと思いますの……ああ……ねぎらって差し上げたいのですけれども、どうすればいいかしら……」

「だから、ティスリは全然疲れてないってば」

「だとしても気晴らしは必要ですわよ」

「気晴らしねぇ……」

 そこでわたしは、ふと、同窓会でナーヴィンが言っていた軽口を思い出す。

「そう言えば、泊まりで海に行きたいとか言ってたわね」

「海!?」

 それを聞いたリリィが身を乗り出して──筋肉痛で呻いた。

「いたたたた……ユ、ユイナスさん! 本当にお姉様が『海に行きたい』とおっしゃってましたの!?」

「いや、発案はティスリじゃないけど、でも『それもいいかも』なんて言ってたと思うけど」

「あのお姉様が! 海!!」

 リリィが興奮して立ち上がり、またぞろ筋肉痛で呻いた。このコ、記憶力ないのかしら?

「くうぅぅぅ……いいですわね海! わたし、さっそく手配しますわ!」

 痛みで呻いているのか、興奮して呻いているのかは分からないが、リリィは頬を真っ赤にして言ってくる。

「ユイナス、あなたはお姉様をお誘いして!」

「な、なんでわたしが!?」

 思いも寄らぬことを言われて、わたしは声を荒げる。しかしリリィは頑として譲らない。

「あなたから誘えば、お姉様が絶対に来るからですわよ!」

「いやよ面倒くさい! そもそもわたし、別にティスリをねぎらいたくなんてないし!」

「お姉様が行くとなれば、あなたの兄だって行くでしょ!」

「じゃあなおさら誘いたくないわよ!」

「そこをなんとか!」

「リリィから誘えばいいじゃない!」

 わたしがそう言った途端──リリィが涙目になった。

「わたしがお姉様を誘って……来てくれると思うのですか? あなたは……」

「………………」

 いやコイツ、意外と自分の状況を分かってるじゃないの。

 まぁ、あそこまで露骨に嫌がられていたら、分からないほうがおかしいとは思うけど、ちょっと意外。

 でもわたし、泣き落としなんかには欺されないけど?

 そんなことを考えていたら、リリィがわたしの手を取った。

「お願いユイナス。お姉様を海にお誘いして? 後生ですから……」

 そしてわたしは、丸くて硬い何かを握らされていた。

 あ……やっぱコイツ、貴族だわ。

「……ったく、仕方がないわね」

 ということで、わたしは思い直す。

 そもそもわたしだって、海に行くこと自体は嫌じゃない。何しろ海なんて行ったことないから興味もある。

 ただ、ティスリが一緒なのが嫌なだけなのだ。

 でも、そのティスリ本人をどうにかできないのであれば……だったら本格的に、お兄ちゃんをどうにかする必要がある!

「ねぇリリィ」

「なんですか?」

「貴族の間では、『水着』なるものが流行ってるって聞いたけど、それって準備できる?」

「もちろんですわ! ああ……お姉様の水着姿……ステキ……」

 っていうかコイツ、最初からティスリの水着姿が目当てかよ!

 まぁいい。

 水着が用意できるというのなら、もはやティスリをどうこうする必要はない!

 つまりは!

 わたしの可愛い水着姿で!

 お兄ちゃんを悩殺してやる!!

「よし、ならティスリを誘ってやるわ!」

「さすがですわユイナス! 期待しておりますわよ!!」

 ということでわたしは、金貨を握りしめて気合いを入れるのだった!
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