134 / 204
第4章
第12話 グリグリされているのになぜ嬉しそうなんだ……?
しおりを挟む
アルデ達五人が郡庁に入ると、その先頭を歩いていたリリィが、案内係を掴まえたと思ったら、自分の頭上に高々とペンダント型の紋章を掲げる。
オレでは、その紋章がどこの家のものなのか分からないが、状況から自分ちの紋章なのだろう。さらにはリリィが口上まで捲し立てたのでそれはハッキリした。
「わたしはリリィ・テレジア! 大貴族テレジア家が摘女にして、王女殿下の寵愛を一身に浴びる者ですわ!」
「テ、テレジア家!? 王女殿下の寵愛!?」
郡庁のある街とはいえ、王都や領都などとは比べるべくもない小さな街だ。そんな田舎街に、突如として大貴族様が現れたとあっては驚くのも無理はないだろう。
受付係は飛び上がらんばかりに驚いて、それからすぐに片膝をついて最敬礼をする。
さらには、出入口付近にいた職員や平民達も仰天して、その直後に全員が最敬礼をしていく。まるで波紋が広がっていくかのように、視界に移る人間全員が片膝を付いて頭を垂れるまで、大した時間はかからなかった。
「まったく……事を荒立てるなといったのに……!」
それを見て、オレの横でティスリが怒っていた。
「そもそも寵愛なんて与えていません……! まさかあのコ、事ある毎にこんな虚偽を吹聴しているのではないでしょうね……!?」
どうにもティスリは怒りが収まらないらしく、ブツブツと文句をこぼしている。なんでティスリがそんなにリリィを毛嫌いしているのかは知らないが……こりゃあ、この視察が終わったらまたもやリリィは折檻だろうな、先ほどのように。
そんでもって、その折檻を見てビビりまくっていたナーヴィンは──なぜならティスリに手を出そうものなら同じ末路を辿るからだ──今度は開いた口を塞ぐこともできずに呆然としていた。
「おいナーヴィン。そんなマヌケ面をしてるな。せめて口を閉じろ」
「え? あ……お、おう……別にマヌケ面なんてしてないぜ……?」
オレたち平民にとっては、周囲の人間全員に、片膝ついて頭を下げられるなんて体験するはずもないからな。唖然とするのも無理はない。
もっともこの場合は、オレたちに最敬礼をしているわけではないのだが、敬礼の向きからして、オレたちにもそれが向けられているような錯覚を感じてしまうのだ。
そんなナーヴィンを窘めていたら、ユイナスが「ふふ……」と薄く笑っていることに気づく。
「これが……これが権力というものなのね……ふふ……いい……いいわ……」
おそらく無意識につぶやいているのだろうが……頬を赤らめて恍惚としている我が妹を見ていると「もはやコイツ、ヒトとして駄目なんじゃね?」と思えてくるので、オレはため息をつくしかなかった……
そんなやりとりをリリィの後ろでしていたわけだが、その間にリリィは話を進めていた。
「そこな受付係。面を上げなさい」
「は、はひ……」
「今日は、この郡庁に視察をしにきました」
「し、視察でございますか?」
「そう、視察よ。ということで、この地域を治める地方貴族を連れてきなさい」
「え、あ……え? 貴族様というと……郡庁長官のヨーヒム様でしょうか?」
「名前なんて知らないわ。とにかくこの郡を治める責任者を連れてきなさい。わたしが直々に面談して差し上げましょう」
「は、はひっ……! しょ、少々お待ちを……!」
言うや否や、受付係は部屋の奥にすっ飛んでいく。まさに脱兎のごとく。
「あ、ちょっと! わたしたちを貴賓室に案内するのが先──」
しかし受付係は部屋の奥にいってしまったので、その姿はもう見えない。
あとに残ったのは、最敬礼をし続ける平民のみだった。
「まったく、これだから平民は。礼節をまるで知らないこと甚だしい──あ、お姉様!」
静まり返った受付ホールで、怒りを露わにするティスリがリリィの前に立った。
明らかに怒っているティスリを前に、しかしリリィはなぜか満面笑顔……リリィは、人の感情を読み取ることができないのだろうか?
そんなリリィは、先ほどとはまるで違う浮かれた声でティスリに言った。
「いかがでしたかお姉様! これで責任者があっという間に来ること間違いなしですわ!」
「わ・た・し・は……」
そうして、ティスリの怒りが爆発する。
「道中であれほど『事を荒立てるな』と言いましたよね!?」
「え? 別にわたしは、事を荒立ててなんて──って、あいだだだだだ──♪」
そうしてリリィは、ティスリにこめかみをグリグリされて悲鳴をあげる。
この程度の折檻なら、ティスリもそこまで怒っていないのか? あるいはさっき、勢い余って気絶させてしまったことで、無意識にセーブしているのかもしれない。
っていうかリリィは、グリグリされているのになぜ嬉しそうなんだ……?
まぁいずれにしても、だ。
どうやらリリィにとっては、この程度の状況は『事を荒立てる』ことに含まれていなかったようだ。確かに、貴族だったらこれは『ごく当たり前』という認識なのだろう。
しかしその貴族の親玉であるはずのティスリは、全然違う認識を持っているからなぁ。むやみやたらと平民に傅かれるのを嫌がるようなヤツだし。
いわゆる価値観の相違というヤツか。これじゃあ貴族代表みたいなリリィがティスリに毛嫌いされてもやむなしだな。
そんなことを考えながらオレは、グリグリされてるのに喜ぶリリィを眺めるしかないのだった。
っていうかこの状況、どうすんだ……?
オレでは、その紋章がどこの家のものなのか分からないが、状況から自分ちの紋章なのだろう。さらにはリリィが口上まで捲し立てたのでそれはハッキリした。
「わたしはリリィ・テレジア! 大貴族テレジア家が摘女にして、王女殿下の寵愛を一身に浴びる者ですわ!」
「テ、テレジア家!? 王女殿下の寵愛!?」
郡庁のある街とはいえ、王都や領都などとは比べるべくもない小さな街だ。そんな田舎街に、突如として大貴族様が現れたとあっては驚くのも無理はないだろう。
受付係は飛び上がらんばかりに驚いて、それからすぐに片膝をついて最敬礼をする。
さらには、出入口付近にいた職員や平民達も仰天して、その直後に全員が最敬礼をしていく。まるで波紋が広がっていくかのように、視界に移る人間全員が片膝を付いて頭を垂れるまで、大した時間はかからなかった。
「まったく……事を荒立てるなといったのに……!」
それを見て、オレの横でティスリが怒っていた。
「そもそも寵愛なんて与えていません……! まさかあのコ、事ある毎にこんな虚偽を吹聴しているのではないでしょうね……!?」
どうにもティスリは怒りが収まらないらしく、ブツブツと文句をこぼしている。なんでティスリがそんなにリリィを毛嫌いしているのかは知らないが……こりゃあ、この視察が終わったらまたもやリリィは折檻だろうな、先ほどのように。
そんでもって、その折檻を見てビビりまくっていたナーヴィンは──なぜならティスリに手を出そうものなら同じ末路を辿るからだ──今度は開いた口を塞ぐこともできずに呆然としていた。
「おいナーヴィン。そんなマヌケ面をしてるな。せめて口を閉じろ」
「え? あ……お、おう……別にマヌケ面なんてしてないぜ……?」
オレたち平民にとっては、周囲の人間全員に、片膝ついて頭を下げられるなんて体験するはずもないからな。唖然とするのも無理はない。
もっともこの場合は、オレたちに最敬礼をしているわけではないのだが、敬礼の向きからして、オレたちにもそれが向けられているような錯覚を感じてしまうのだ。
そんなナーヴィンを窘めていたら、ユイナスが「ふふ……」と薄く笑っていることに気づく。
「これが……これが権力というものなのね……ふふ……いい……いいわ……」
おそらく無意識につぶやいているのだろうが……頬を赤らめて恍惚としている我が妹を見ていると「もはやコイツ、ヒトとして駄目なんじゃね?」と思えてくるので、オレはため息をつくしかなかった……
そんなやりとりをリリィの後ろでしていたわけだが、その間にリリィは話を進めていた。
「そこな受付係。面を上げなさい」
「は、はひ……」
「今日は、この郡庁に視察をしにきました」
「し、視察でございますか?」
「そう、視察よ。ということで、この地域を治める地方貴族を連れてきなさい」
「え、あ……え? 貴族様というと……郡庁長官のヨーヒム様でしょうか?」
「名前なんて知らないわ。とにかくこの郡を治める責任者を連れてきなさい。わたしが直々に面談して差し上げましょう」
「は、はひっ……! しょ、少々お待ちを……!」
言うや否や、受付係は部屋の奥にすっ飛んでいく。まさに脱兎のごとく。
「あ、ちょっと! わたしたちを貴賓室に案内するのが先──」
しかし受付係は部屋の奥にいってしまったので、その姿はもう見えない。
あとに残ったのは、最敬礼をし続ける平民のみだった。
「まったく、これだから平民は。礼節をまるで知らないこと甚だしい──あ、お姉様!」
静まり返った受付ホールで、怒りを露わにするティスリがリリィの前に立った。
明らかに怒っているティスリを前に、しかしリリィはなぜか満面笑顔……リリィは、人の感情を読み取ることができないのだろうか?
そんなリリィは、先ほどとはまるで違う浮かれた声でティスリに言った。
「いかがでしたかお姉様! これで責任者があっという間に来ること間違いなしですわ!」
「わ・た・し・は……」
そうして、ティスリの怒りが爆発する。
「道中であれほど『事を荒立てるな』と言いましたよね!?」
「え? 別にわたしは、事を荒立ててなんて──って、あいだだだだだ──♪」
そうしてリリィは、ティスリにこめかみをグリグリされて悲鳴をあげる。
この程度の折檻なら、ティスリもそこまで怒っていないのか? あるいはさっき、勢い余って気絶させてしまったことで、無意識にセーブしているのかもしれない。
っていうかリリィは、グリグリされているのになぜ嬉しそうなんだ……?
まぁいずれにしても、だ。
どうやらリリィにとっては、この程度の状況は『事を荒立てる』ことに含まれていなかったようだ。確かに、貴族だったらこれは『ごく当たり前』という認識なのだろう。
しかしその貴族の親玉であるはずのティスリは、全然違う認識を持っているからなぁ。むやみやたらと平民に傅かれるのを嫌がるようなヤツだし。
いわゆる価値観の相違というヤツか。これじゃあ貴族代表みたいなリリィがティスリに毛嫌いされてもやむなしだな。
そんなことを考えながらオレは、グリグリされてるのに喜ぶリリィを眺めるしかないのだった。
っていうかこの状況、どうすんだ……?
11
お気に入りに追加
371
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる