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第3章
番外編1 ティスリとわんこ
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アルデのご両親、そしてユイナスさんとの初対面を終えたティスリは、ラーマ宅の玄関先でアルデが来るのを待っていました。
これから村を案内してもらう手はずですが、ついでに飼い犬のシバも散歩に連れて行くとのことで、アルデはその準備でまだ家の中です。
だからわたしは、庭に生えている樹の木陰でアルデを待っていたのですが、そこへシバがやってきました。
「へっへっへっへっ」
シバは、なぜか期待に満ちた目でわたしを見上げてきます。
もしかしてこの子、これから散歩だと分かっているのかしら……?
でも犬が、人語を解するだなんて話は聞いたことがありませんが……
王女だった頃、わたしの身近にいた動物といえば馬くらいでしたが、わたしの場合、どこに出掛けるにも転移魔法を使っていましたから、馬は元より、王城勤めの厩務員や調教師とも接点がなかったのですよね。
貴族の中には犬猫を飼っている人もいましたが、パーティなどで屋敷に訪れても、粗相があってはいけないと、わたしの近くにペットは連れてきませんでしたし。
なのでわたしは犬の生体には詳しくないのですが……でもだからこそ興味が出て、シバの手前でしゃがみました。
「あなた、これから散歩だって分かっているの?」
「へっへっへっへっ!」
わたしが声を掛けると、シバは、ピンと立てた尻尾をぶんぶん振り始めます。その顔はまるで「早く行こう!」とでも言いたげでした。
「今、あなたのリードなどをアルデが準備してますから、もう少し待っててくださいね」
「へっへっへっへっ?」
まだ出発できない理由を説明してみましたが、シバは首を傾げます。明らかに疑問を持っている顔でした。
どうやら、複雑な会話になると理解できないようですが……それにしても、分からないことを、首を傾げて伝えてくるとは。
やはり、ある程度の人語は理解しているのではないかしら?
なのでわたしは、単語だけで端的に表現してみました。
「散歩ですよ、散歩」
「わふわふっ!」
「でも少し待てですよ、待て」
「くう~ん……くうぅぅぅん……」
「ふむ……なるほど……」
どうやら単語なら理解しているようです。
単語の意味を本当に理解しているわけではないと思いますが、単語の音や響きなどと、これまでの記憶が結びついているようですね。
例えば──
『サンポ』→『出掛けた記憶』→『嬉しい』
『マテ』→『出掛けられない記憶』→『悲しい』
──こんな感じで。
動物は、鳴き声で意思疎通を図っていると聞いたこともありますし、犬にとっては、わたしたちの言葉が鳴き声のように聞こえていて、その響きによって感情が喚起されるのかもしれません。
「いずれにしても……すごいですね、あなた」
そう言いながらわたしはシバの頭を撫でると、シバは嬉しそうに目を細めました。
シバは、少しの間は気持ちよく撫でられていましたが、わたしからふと顔を逸らしたかと思うと、庭の奥へと走って行きます。
「…………?」
どうして逃げていったのか分からなかったわたしは、シバの後ろ姿を目で追うと、すぐに、こぶし大のボールを加えてシバが戻ってきました。
「ふんふん、ふんふん……!」
そうして、そのボールを咥えたまま、わたしに差し出してきます。
「くれる、ということなのですか?」
わたしが手を出すと、シバはわたしの手の中にボールを落としました。
そして、期待に満ちた目でわたしを見てきます。
「えーと……?」
ですがわたしは、いまいちシバの意図が分かりません。そんなわたしに、じれてきたらしいシバが「わふっ、わふっ!」と回転をし始めました。
「あっ……もしかして、投げてほしいんですか?」
シバは、元はといえば猟犬ですし、動くモノに飛びつきたい衝動があるのかもしれません。そう思ってわたしはボールを投げました。
するとシバがすっ飛んでいき、ボールを拾ったかと思うと、瞬く間にわたしの元に返ってきました。
「すごい。すごいですよシバ。お利口さんですね」
ボールを拾ってきたことをわたしが褒めて、体を両手で撫でてあげると、シバは嬉しそうに「わふわふっ!」と鳴きました。
「それ、もう一度ですよ~~~」
「わふわふっ!」
「えらいですね~! シバ、もしかしてあなたも天才ですか?」
「わふわふっ!」
「そ~~~れ、もういっか~い」
「わふわふっ!」
「えらいえらい!」
「わふわふっ!」
「わっ。今日はお化粧してますから舐めちゃダメですよ?」
「わふわふっ!」
「そんなことしたら、くすぐっちゃいますよ? よしよしよしよし──」
などと、図らずもシバと戯れていたら。
玄関先で、呆けているアルデの姿が目に入りました……!
* * *
「お~い、母さん。玄関にリードがないんだけどー?」
「ああ、リードはお風呂場の戸棚にしまったんだったわ」
「戸棚ってどこのだよ?」
「脱衣所右端の戸棚よ。それとリードだけじゃなくて、お水も持っていってあげて。最近は暑くなってきたから、途中でシバにもお水を上げないと」
「そしたら、水筒と皿はどこだ?」
そんな感じで、アルデは散歩の準備に手間取ってしまう。
一年以上も家を空けていると、モノの場所が変わったりしているもんだなぁ。
そうして、散歩に必要な物品を、ナップサックに急いで詰め込み玄関から出てみれば──ティスリがシバと戯れていた。
「………………」
シバと遊んでいるティスリを見ていると、なんともいえない気分になってきて、オレは思わず棒立ちになる。
なぜなら、シバとじゃれるティスリは、なんというか……純真無垢な子供のようで……
これまでに散々、冷たい視線を浴びてきた身としては、あんな屈託のない笑顔にもなれるのかと、我を忘れるほどに驚いていた。
だからオレは、ティスリに声を掛けるのも忘れてその姿に見入っていたのだが、しばらくしたら、ティスリのほうがオレに気づく。
「ア、アルデ……!?」
しゃがんで、シバをワシャワシャと撫で繰り回していたティスリが慌てて立ち上がる。
「ななな、なんですか!? ぼーっと突っ立って!」
「へ? あ、ああ……」
ティスリはなぜか頬を赤らめ、ちょっと乱れた髪の毛を耳に掛けながら言ってくる。その耳たぶも赤くなっていた。
どうして慌てているのかは知らないが、目を逸らしているティスリにオレは言った。
「いや、お前があんまり無邪気にはしゃいでいるもんだから」
「は、はしゃいでなんていませんよ!?」
「いや、シバのこと撫で繰り回して『よしよしよしよし──!』ってはしゃいでたじゃん」
「そそそ、そんなことしてません!」
んー………………?
オレはいっとき首を傾げるも、なぜティスリが真っ赤になっているのかにハタと気づく。
「ああ、もしかしてお前、子供のようにはしゃいでいる姿を見られて恥ずかしがっているのか?」
「だから! 子供のようになんて振る舞ってませんが!?」
「確かに、お前にしては珍しい姿だったけど」
「人の話を聞いてますか!?」
「まぁ別にいいだろ? わんこの前ではみんなおバカになるもんだ」
「なってませんが!?」
「あー、分かった分かった。なってない、なってない」
ティスリが頑なに否定してくるので、オレは話を合わせることにして、我関せずといった感じのシバにリードを付け始める。
それにしても……
なんというか……
オレは、シバにリードを付けながら思う。
シバと戯れるティスリは、すごく絵になっていたというか。
教会とかに飾られている絵のワンシーンみたいだったというか……
まぁでも、それをティスリに言っても怒らせるだけだし。
「いいですねアルデ!? いま見たことは完全無欠に忘れるのですよ!? 分かりましたか!?」
「はしゃいでないというのに、なら何を忘れろというんだ?」
「そ、それは………………! なんでもいいから忘れなさい!」
「あー、はいはい。分かったよ。忘れる忘れる」
「忘れる気ないでしょうその言い方は!?」
ま、オレとしても……
ティスリに見とれてただなんて、本人にはあまり知られたくないしな。
ということでオレは、喚くティスリを適当にあしらいながら、シバの散歩に繰り出すのだった。
これから村を案内してもらう手はずですが、ついでに飼い犬のシバも散歩に連れて行くとのことで、アルデはその準備でまだ家の中です。
だからわたしは、庭に生えている樹の木陰でアルデを待っていたのですが、そこへシバがやってきました。
「へっへっへっへっ」
シバは、なぜか期待に満ちた目でわたしを見上げてきます。
もしかしてこの子、これから散歩だと分かっているのかしら……?
でも犬が、人語を解するだなんて話は聞いたことがありませんが……
王女だった頃、わたしの身近にいた動物といえば馬くらいでしたが、わたしの場合、どこに出掛けるにも転移魔法を使っていましたから、馬は元より、王城勤めの厩務員や調教師とも接点がなかったのですよね。
貴族の中には犬猫を飼っている人もいましたが、パーティなどで屋敷に訪れても、粗相があってはいけないと、わたしの近くにペットは連れてきませんでしたし。
なのでわたしは犬の生体には詳しくないのですが……でもだからこそ興味が出て、シバの手前でしゃがみました。
「あなた、これから散歩だって分かっているの?」
「へっへっへっへっ!」
わたしが声を掛けると、シバは、ピンと立てた尻尾をぶんぶん振り始めます。その顔はまるで「早く行こう!」とでも言いたげでした。
「今、あなたのリードなどをアルデが準備してますから、もう少し待っててくださいね」
「へっへっへっへっ?」
まだ出発できない理由を説明してみましたが、シバは首を傾げます。明らかに疑問を持っている顔でした。
どうやら、複雑な会話になると理解できないようですが……それにしても、分からないことを、首を傾げて伝えてくるとは。
やはり、ある程度の人語は理解しているのではないかしら?
なのでわたしは、単語だけで端的に表現してみました。
「散歩ですよ、散歩」
「わふわふっ!」
「でも少し待てですよ、待て」
「くう~ん……くうぅぅぅん……」
「ふむ……なるほど……」
どうやら単語なら理解しているようです。
単語の意味を本当に理解しているわけではないと思いますが、単語の音や響きなどと、これまでの記憶が結びついているようですね。
例えば──
『サンポ』→『出掛けた記憶』→『嬉しい』
『マテ』→『出掛けられない記憶』→『悲しい』
──こんな感じで。
動物は、鳴き声で意思疎通を図っていると聞いたこともありますし、犬にとっては、わたしたちの言葉が鳴き声のように聞こえていて、その響きによって感情が喚起されるのかもしれません。
「いずれにしても……すごいですね、あなた」
そう言いながらわたしはシバの頭を撫でると、シバは嬉しそうに目を細めました。
シバは、少しの間は気持ちよく撫でられていましたが、わたしからふと顔を逸らしたかと思うと、庭の奥へと走って行きます。
「…………?」
どうして逃げていったのか分からなかったわたしは、シバの後ろ姿を目で追うと、すぐに、こぶし大のボールを加えてシバが戻ってきました。
「ふんふん、ふんふん……!」
そうして、そのボールを咥えたまま、わたしに差し出してきます。
「くれる、ということなのですか?」
わたしが手を出すと、シバはわたしの手の中にボールを落としました。
そして、期待に満ちた目でわたしを見てきます。
「えーと……?」
ですがわたしは、いまいちシバの意図が分かりません。そんなわたしに、じれてきたらしいシバが「わふっ、わふっ!」と回転をし始めました。
「あっ……もしかして、投げてほしいんですか?」
シバは、元はといえば猟犬ですし、動くモノに飛びつきたい衝動があるのかもしれません。そう思ってわたしはボールを投げました。
するとシバがすっ飛んでいき、ボールを拾ったかと思うと、瞬く間にわたしの元に返ってきました。
「すごい。すごいですよシバ。お利口さんですね」
ボールを拾ってきたことをわたしが褒めて、体を両手で撫でてあげると、シバは嬉しそうに「わふわふっ!」と鳴きました。
「それ、もう一度ですよ~~~」
「わふわふっ!」
「えらいですね~! シバ、もしかしてあなたも天才ですか?」
「わふわふっ!」
「そ~~~れ、もういっか~い」
「わふわふっ!」
「えらいえらい!」
「わふわふっ!」
「わっ。今日はお化粧してますから舐めちゃダメですよ?」
「わふわふっ!」
「そんなことしたら、くすぐっちゃいますよ? よしよしよしよし──」
などと、図らずもシバと戯れていたら。
玄関先で、呆けているアルデの姿が目に入りました……!
* * *
「お~い、母さん。玄関にリードがないんだけどー?」
「ああ、リードはお風呂場の戸棚にしまったんだったわ」
「戸棚ってどこのだよ?」
「脱衣所右端の戸棚よ。それとリードだけじゃなくて、お水も持っていってあげて。最近は暑くなってきたから、途中でシバにもお水を上げないと」
「そしたら、水筒と皿はどこだ?」
そんな感じで、アルデは散歩の準備に手間取ってしまう。
一年以上も家を空けていると、モノの場所が変わったりしているもんだなぁ。
そうして、散歩に必要な物品を、ナップサックに急いで詰め込み玄関から出てみれば──ティスリがシバと戯れていた。
「………………」
シバと遊んでいるティスリを見ていると、なんともいえない気分になってきて、オレは思わず棒立ちになる。
なぜなら、シバとじゃれるティスリは、なんというか……純真無垢な子供のようで……
これまでに散々、冷たい視線を浴びてきた身としては、あんな屈託のない笑顔にもなれるのかと、我を忘れるほどに驚いていた。
だからオレは、ティスリに声を掛けるのも忘れてその姿に見入っていたのだが、しばらくしたら、ティスリのほうがオレに気づく。
「ア、アルデ……!?」
しゃがんで、シバをワシャワシャと撫で繰り回していたティスリが慌てて立ち上がる。
「ななな、なんですか!? ぼーっと突っ立って!」
「へ? あ、ああ……」
ティスリはなぜか頬を赤らめ、ちょっと乱れた髪の毛を耳に掛けながら言ってくる。その耳たぶも赤くなっていた。
どうして慌てているのかは知らないが、目を逸らしているティスリにオレは言った。
「いや、お前があんまり無邪気にはしゃいでいるもんだから」
「は、はしゃいでなんていませんよ!?」
「いや、シバのこと撫で繰り回して『よしよしよしよし──!』ってはしゃいでたじゃん」
「そそそ、そんなことしてません!」
んー………………?
オレはいっとき首を傾げるも、なぜティスリが真っ赤になっているのかにハタと気づく。
「ああ、もしかしてお前、子供のようにはしゃいでいる姿を見られて恥ずかしがっているのか?」
「だから! 子供のようになんて振る舞ってませんが!?」
「確かに、お前にしては珍しい姿だったけど」
「人の話を聞いてますか!?」
「まぁ別にいいだろ? わんこの前ではみんなおバカになるもんだ」
「なってませんが!?」
「あー、分かった分かった。なってない、なってない」
ティスリが頑なに否定してくるので、オレは話を合わせることにして、我関せずといった感じのシバにリードを付け始める。
それにしても……
なんというか……
オレは、シバにリードを付けながら思う。
シバと戯れるティスリは、すごく絵になっていたというか。
教会とかに飾られている絵のワンシーンみたいだったというか……
まぁでも、それをティスリに言っても怒らせるだけだし。
「いいですねアルデ!? いま見たことは完全無欠に忘れるのですよ!? 分かりましたか!?」
「はしゃいでないというのに、なら何を忘れろというんだ?」
「そ、それは………………! なんでもいいから忘れなさい!」
「あー、はいはい。分かったよ。忘れる忘れる」
「忘れる気ないでしょうその言い方は!?」
ま、オレとしても……
ティスリに見とれてただなんて、本人にはあまり知られたくないしな。
ということでオレは、喚くティスリを適当にあしらいながら、シバの散歩に繰り出すのだった。
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