上 下
94 / 204
第3章

第9話 そぉんなに、わたしとプライベートで仲良くなることはイヤですか……

しおりを挟む
 ティスリわたしが、アルデを好き?

 まったくもって意味不明な理論展開に、わたしは頭をフリーズさせていると、ユイナスさんはさらに言ってきました。

「そもそも! なんで指輪を二人でしているのよ!? おかしいでしょ!!」

 固まっているわたしの変わりに、アルデが答えます。

「これは魔具なんだよ。不意の襲撃に効果抜群なんだ」

「だからって左手薬指にする必要ないでしょう!?」

「いやそれは……男避けも兼ねているからな。ほれこのとおり、ティスリは見た目は麗しいから──」

「お兄ちゃん? いま、『見た目麗しい』って言ったよね?」

「ああ……言ったけど?」

「つまり見た目以外は駄目ってことね!?」

「は? なんなんだ、その超解釈は?」

「ふふん、お兄ちゃん知らないの? 人間、無意識に出る言動に本音が隠れているのよ。このヒトが容姿は元より性格もお兄ちゃんにふさわしいなら、『見た目麗しい』というはずよ!」

「そんなの、揚げ足を取っただけだろ」

「違うわ! それに本題はその指輪よ!」

「だから、なんなんだよ……」

「男避けも兼ねているというのなら、お兄ちゃんまで薬指にする必要ないじゃない!」

「へ……?」

「だってお兄ちゃんは、そこまでモテないでしょ! だから女避けとしての指輪は不要のはず!!」

「い、妹よ……お前はいったい……何が言いたいんだ……?」

 ちょっと涙目になるアルデに、ユイナスさんは臆せず言い切りました。

「つまり! お兄ちゃんにも薬指に付けさせていること自体、おかしいのよ! 無意識のうちにある本音ってわけね!!」

 そんなことを言われて。

 わたしは、自分の指輪に視線をいっとき落としてから、静まるリビング内で、おずおずと手を上げました。

「あのぅ……」

「何かな!?」

 キッと睨んでくるユイナスさんに、わたしは萎縮を感じましたがなんとか話せました。

「わたし……アルデには、身の安全のために指輪を身につけなさいとは言いましたが、薬指に付けることを強要した記憶はありませんが……」

 そうしてまた、シーン……という音が聞こえてくるくらいの静寂が訪れます。

 やがて我に返ったかのように、ユイナスさんが言い放ちました。

「な、何を白々しい……! そ、そもそも! 指輪を渡した時点で意図があるに決まってるじゃない!」

「ですが……ネックレスなどですと、脱着に意外と手間なのです。何かの拍子に切れてしまうこともありますし。なので防御系の魔具としては指輪が一般的で……」

「あーもー! うるさいうるさい! そんなこと知らない!!」

 なんだか駄々っ子のようになってきたユイナスさんに、アルデが言い聞かせるかのように切り出しました。

「おいユイナス、いい加減にしろよ? そもそもティスリはオレの雇用主だし、大商会のお嬢さんなんだから、本来なら、そんな口を利いていい相手じゃないんだぞ」

 そう言われるのは……なんだかちょっと寂しい気もしますが……ユイナスさんをなだめるためというのなら致し方ありません。

 さらに今まで沈黙していた、お母様であるアサーニさんも言いました。

「そうよユイナス。そもそも、無意識の行動に本音が表れるというのなら、強要されてもいないのに、指輪を薬指に付けていたのはアルデなんだから、アルデがティスリさんを好きってことになるじゃない」

「……………………はいぃ?」

 どこからともなく、まぬけた声が上がりました。こんなまぬけ声、わたしの声であるはずがないわけですが……?

 そうしてまた静寂が訪れます。

 気づけばリビングの扉がキィッと開いて、シバが入ってきました。そうして「へっへっへっ」と舌を垂らしながらアサーニさんの元でお座りをします。なかなかにお利口さんな犬です。

 するとアサーニさんは「あらあら? もしかして水皿が空だったかしら?」と言って立ち上がると、シバと共にリビングに行ってしまいます。

 爆弾発言を残したまま。

 アサーニさんがキッチンへと消えたそのタイミングで、ユイナスさんが悲鳴のような声を上げました。

「おおおお兄ちゃん!? お母さんの言ったことは本当なの!?」

「本当なわけあるか!? そもそも無意識云々は、お前の勝手なでっち上げだろ!?」

「そそそそんなことないもん! ヨーゼフおじさんが言ってたもの!」

「学者のフリをしているインチキ野郎だろアイツは!?」

「でも一理あると思ったのよ!」

「一理もあったら、オレがティスリに惚れてることになるじゃんか!?」

「じゃあインチキよ!!」

 ………………。

 わたしは、ユイナスさんに気づかれないよう、アルデに念話魔法を飛ばします。

(そぉですか、アルデ……)

(な、ティスリ!? あ、魔法か!)

(そぉんなに、わたしとプライベートで仲良くなることはイヤですか……)

(そうは言ってないだろ!? ってか、この村までの旅路のぜんぶがプライベートだったじゃんか!)

(どぉりで、仲が悪かったわけですね。わたしたち……)

(えっ? あ、いや……オレは仲良くしていたつもりだったんだが……)

(……え?)

「ちょっと二人とも!」

 ユイナスさんが割って入ってきたので、念話は途中で途切れてしまいます。

「何を見つめ合ってるのよ!?」

「睨み合ってんだよ!!」「睨み合ってるんです!!」

 アルデとわたし、二人の声は重なりました。

「もー! とにかく!!」

 ユイナスさんは席を立つと、ぐっと身を乗り出して言いました。

「もうこれ以上、ふたりっきりで旅行なんて禁止! もし旅行するならわたしもついてく!!」

「はぁ!?」「えっ!?」

 思いも寄らぬことを突然言われて、またしてもアルデとわたしの声が被ります。

 と、そこに、シバに水をあげたアサーニさんが帰ってくると一喝しました。

「ユイナス、いい加減にしなさい!」

 するとユイナスさんはビクリと肩をすくめます。おっとりした感じのお母様が声を荒げたので、わたしもいささか驚きました。

「あなたは、いったいなんの権利があって、二人の恋路を邪魔するのです!」

「い、いやあの………………」

 アサーニさんがお門違いなことを言い出すので、わたしは小さく挙手するのですが、どうやら視界に入っていないようです。

 困ったのでアルデを見ましたが、アルデは肩をすくめて首を横に振るばかり。そうこうしているうちにユイナスさんが言い返しました。

「だ、だって! わたしはお兄ちゃんの妹だもん! お兄ちゃんの結婚相手は家族の全会一致が必要なのよ!」

「で、ですから………………」

 顔が火照るのを自覚しながら、わたしは挙手を続けるのですが……二人は見向きもしてくれません……

 アサーニさんは、ため息をつきながらユイナスさんに言いました。

「あなたはどれだけ時代錯誤な話をしているの? 今どき、成人した男女の結婚に家族の承認が必要なわけないでしょう?」

「必要だもん!」

「必要ありません。法律的にだって、親の同意なしに結婚できます」

「で、でも……!」

 ユイナスさんは言い返せなくなりましたが、それでも納得してくれそうにありません……って……!

 この話、流れがおかしいでしょう!?

 なぜわたしとアルデが結婚すること前提で話が進んでいるのですか!?

 ご家族を訪問しただけで……どうしてこんな話に?

 いえ……なんとなくイヤな予感はしていたから、わたしはらしくもなく緊張していたのかもしれません……

 地元に女性を連れてくるとは、とどのつまりこういうことなのでしょう。よくよく考えれば貴族だって、自分の領地に見知らぬ女性を連れて行くのは、つまりはそのような理由なのですから。

 まったくもって……盲点でした。イヤな予感があったのに、その理由を放置していたとは……超絶天才美少女であるこのわたしが……

 そんな後悔をしていたら、アサーニさんが、いつも穏やかな表情をわたしに向けてきました。

「ティスリさん、ごめんなさいね。うちの娘が失礼なことばかり」

「いえ……構いません。見知らぬ女性が突然訪問したら、誰だって驚きますから……」

 わたしが知るのは王侯貴族の場合ではありますが、普通は先触れを出しますからね。しかしアルデの生家には通信魔具もありませんし、今のわたしには動かせる人員もいなかったのですから……致し方ないことではあります。

 だからわたしは、ユイナスさんの言動については気にしていない旨を伝えると、アサーニさんはホッとしたような顔つきになりました。

「そう言ってくれると助かるわ。この子はわたしがなだめておくから、その間に、アルデに村を案内してもらってはいかがかしら? ご商売の視察がそもそもの目的だったのでしょう?」

 なんとか妹さんの誤解を解きたいところなのですが……今の様子を見る限り、一朝一夕で出来そうにもありません。

 だからわたしは頷きました。

「そうですね……ではそうしましょうか……」

「ちょ、ちょっと!?」

 何かを言おうとしたユイナスさんでしたが、アサーニさんのひと睨みで黙ってしまいました。それからアサーニさんはアルデに言います。

「それじゃあアルデ、村をしっかり案内してあげてね?」

 するとアルデは、ため息をついてから頷きました。

「ああ、分かったよ。あ、そうだ。ついでにシバも、散歩がてら連れて行くか」

 そうしてユイナスさんとの口論は、お母様のおかげで一時休戦になったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...