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第3章
第4話 顔を引きつらせて立ちすくむしかなかった……
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ラーフルは、リリィ様とその侍女三名と、リリィ様を護衛する自身の配下を十数名連れて、一路、フェルガナ領都へと向かった。
連れて行く親衛隊の選抜には一悶着あったものの──わたしの部下でもあり親友でもある女性隊員が、最近やたらとわたしに迫ってくるので、それを振り切るのに一苦労したのだがそれはともかく──っていうかあのお見合いは苦肉の策であってわたしはノンケだと何度も説明しているというのにアイツは未だに……いや、今はその話はどうでもいい……ハァ……
とにかく、彼女は除外した上で親衛隊を選抜してから、わたしたちは、昼夜を問わず魔動車を走らせ、王城を立ってから二日後には領都へと辿り着いた。
が、しかし……王女殿下のお姿はすでになく、わたしたちが到着する数日前にはすでに領都を出立してしまったとのこと。
しかも……しかもである。
「は……? わたしが、領主代行に命じられた……!?」
領地の様々な政治を統括している領都庁舎の領主執務室に呼ばれたかと思ったら、そこの役人にそんなことを言われて、わたしは目を白黒させる。
「ま、待ってくれ! わたしは軍人だぞ!? 領地経営など出来るわけが──」
「ですがティアリース殿下は、ラーフル様を領主代行にと直々に指名されましたので……この通り、命令書もございます」
わたしは命令書を受け取ると、目を皿にしてそこの文面を読んでいく。
くっ……どこからどう見ても正式な辞令だ。殿下直筆のサインまであるし、さらには……
わたしは、命令書の末尾に書かれていた『ぴーえす。』という一文を目にして戦慄した。
『ラーフル、あなたが領主代行を見事勤め上げた暁には、あの手紙については不問に致しましょう。ですが領地経営を誤った際は……分かっていますね?』
「ラーフル様、どうかされましたか……?」
わたしが棒立ちになって滝汗を流していることを心配してか、背後に控えていた部下の一人が声を掛けてきた。
わたしは、自分でも驚くほどぎこちない動きで振り向くと、引きつる顔をなんとかなだめて部下に言った。
「確かに……殿下直々の辞令だ……」
「まぁ! では本当なのですね!?」
親衛隊の部下達は、地方貴族出身の者が大半で、今回連れてきた者も身分的には低い者たちだ。だから、領主代行などという役職を与えられたとなれば、とてつもない出世──それこそ二階級特進どころではない大出世だと思うだろう。普通ならば。
「ラーフル様! 素晴らしいですわ!」
「王女殿下の信任をそこまで得られていらっしゃるなんて!」
「本当です! 羨ましい限りです!」
そんなふうに騒ぐ部下達に、わたしは乾いた笑みを向けるしかなかったが……
彼女たちはもちろん意図していないのだろうが……その称賛は、わたしに取ってはまったくの皮肉にしかなっていない。
なぜならこの処置は出世などではなく……名誉挽回の機会に過ぎないのだから。
(や、やはり……王都旅館での手紙の件、見逃されるわけないよな……)
命令書をもつ指先の震えを自覚しながら、わたしは、かつて殿下についた嘘を思い出す。
殿下とアルデ・ラーマの仲を引き裂くために、わたしは嘘の手紙をしたためたのだ。その結果、王城半壊という事態にまでなってしまったのは……当時のわたしが想像すらしない結果だったが。
つまり殿下の怒りは、王城を半壊させるほどに激しく、だからこそ、このままで済まされるはずがないとは覚悟していたわけで……
(しかし……それがまさか領地経営だなんて……まったくの予想外だ……)
わたしの家は、軍務に携わる家だったから領地は持っていない。だから軍の動かし方は知っていても、領地の経営なんてやったこともなければ、見たことも聞いたこともなかった。
そしてもちろん、この処置は、わたしをこの場に足止めするためでもあるのだろう。一石で何鳥もの鳥を落とさんとする殿下らしいやり方だった。
領主執務室内で衆目を集めていたわたしは、役人に言った。
「領主代行は了解したが……しかし専門外の役職でもある。今日は席を外してもいいだろうか?」
すると役人は、あっさりと頷いた。
「はい、大丈夫です。ですがいくつかの仕事も滞ってきておりますので、明日には執務に当たって頂きたいのですが」
「わ、分かった。本日中にはなんとかする……」
そうしてわたしは庁舎を後にすると、すぐさま、リリィ様が滞在する旅館へと向かった。
リリィ様は、旅館最上階のテラス席でティータイムを楽しんでいたが、わたしの訪問を許可してくれた。
「それでラーフル、お姉様は見つかったのですか?」
「いえ、殿下はすでに領都を立たれたとのことで、現在、その行方の調査をしております」
「はぁ……やはり、ですか。それで向かわれた先の見当は付いておりますの?」
「はい、おそらくは、アルデ・ラーマの故郷に向かっているのではないかと」
この領都に来るまでに、わたしは、なぜ殿下がこの地に現れたのかをずっと考えていた。水の都と名高い都市ではあるが、観光目的だけなら、他の都市でも見所はたくさんある。
気が向いただけという線も考えたが、それはどうにも殿下らしくない。
そこで気づいたのだ。殿下とは縁がなくとも、その連れであるアルデ・ラーマはどうなのか──と。
そうして王都にいる部下に調べさせたところ、やはり、この地はアルデの故郷がある土地だった。
だとしたら、やはり偶然とは思えない。殿下は、アルデの故郷を目指して移動しているのだ。なぜあの男の故郷を目指しているのかまでは定かではないが……
わたしの推察に、リリィ様は大仰に頷いた。
「なるほど。あの間男の故郷が近隣にあるというのなら、今回は、あなたの推察が当たっているかもしれませんね」
「はい。すでに、数名の親衛隊をあの男の故郷に向かわせていますので、リリィ様におかれましては、今しばらくこの地に留まって頂きたいと考えております」
「はぁ……分かりました。ここで慌てて大所帯で移動して、お姉様に見つかっては逃げられてしまいますからね。致し方ありません」
リリィ様が納得されたことで、わたしは胸を撫で下ろすと、いよいよ本題を切り出した。
「それと──ひとつご相談させて頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「構いません。言ってみなさい」
「ありがとうございます。実は殿下が、この地の領主代行にわたしを任命されまして……」
「へぇ? そうでしたの」
「はい。そうなるとわたしがこの地から動けなくなるため──」
「ならば、お姉様が見つかり次第、他の親衛隊と出向きます」
「え……?」
「お姉様に任命されたのでしょう? であればあなたは、身命を賭してこの地を治めてみせなさい」
「ま、待ってくださいリリィ様……!?」
話を勝手に進めてしまうリリィ様に、わたしは慌てて言葉を遮る。
「とはいえ自分は一介の軍人に過ぎません……! 治世などまるで知らない身ならば、なんとかリリィ様のご助力を頂けないかと──」
「それは無理ね」
あっさりと、首を横に振るリリィ様の姿を見て、わたしは四面楚歌という言葉を思い出す。
そんなわたしの心境など我関せずといった様子で、リリィ様が言葉を続けた。
「わたしだって、領地経営なんて知らないもの」
「は……?」
「だってわたし、まだ学生ですし」
「で、ですが……!」
「わたしに出来ることと言えば、貴賓の接待くらいですわ。王城でも、それしかしていなかったでしょう?」
そう言われてみれば、殿下が出奔し、陛下がふて寝──もとい病床に伏せっている間、リリィ様がしていたことは各国貴賓の相手くらいだった。
その際に開かれた会談も、もともと殿下が段取りを付けていたことばかりだったはずだ。つまり平たくいえば『事実確認をしてサインするだけ』というわけだ。
そんなことを思い出し、わたしが絶望感に打ちのめされていると、リリィ様はにっこり笑って言ってきた。
「ですからがんばってね、ラーフル?」
そんなリリィ様の他人事のような励ましに、わたしはうわべを取り繕うことも出来ず、顔を引きつらせて立ちすくむしかなかった……
連れて行く親衛隊の選抜には一悶着あったものの──わたしの部下でもあり親友でもある女性隊員が、最近やたらとわたしに迫ってくるので、それを振り切るのに一苦労したのだがそれはともかく──っていうかあのお見合いは苦肉の策であってわたしはノンケだと何度も説明しているというのにアイツは未だに……いや、今はその話はどうでもいい……ハァ……
とにかく、彼女は除外した上で親衛隊を選抜してから、わたしたちは、昼夜を問わず魔動車を走らせ、王城を立ってから二日後には領都へと辿り着いた。
が、しかし……王女殿下のお姿はすでになく、わたしたちが到着する数日前にはすでに領都を出立してしまったとのこと。
しかも……しかもである。
「は……? わたしが、領主代行に命じられた……!?」
領地の様々な政治を統括している領都庁舎の領主執務室に呼ばれたかと思ったら、そこの役人にそんなことを言われて、わたしは目を白黒させる。
「ま、待ってくれ! わたしは軍人だぞ!? 領地経営など出来るわけが──」
「ですがティアリース殿下は、ラーフル様を領主代行にと直々に指名されましたので……この通り、命令書もございます」
わたしは命令書を受け取ると、目を皿にしてそこの文面を読んでいく。
くっ……どこからどう見ても正式な辞令だ。殿下直筆のサインまであるし、さらには……
わたしは、命令書の末尾に書かれていた『ぴーえす。』という一文を目にして戦慄した。
『ラーフル、あなたが領主代行を見事勤め上げた暁には、あの手紙については不問に致しましょう。ですが領地経営を誤った際は……分かっていますね?』
「ラーフル様、どうかされましたか……?」
わたしが棒立ちになって滝汗を流していることを心配してか、背後に控えていた部下の一人が声を掛けてきた。
わたしは、自分でも驚くほどぎこちない動きで振り向くと、引きつる顔をなんとかなだめて部下に言った。
「確かに……殿下直々の辞令だ……」
「まぁ! では本当なのですね!?」
親衛隊の部下達は、地方貴族出身の者が大半で、今回連れてきた者も身分的には低い者たちだ。だから、領主代行などという役職を与えられたとなれば、とてつもない出世──それこそ二階級特進どころではない大出世だと思うだろう。普通ならば。
「ラーフル様! 素晴らしいですわ!」
「王女殿下の信任をそこまで得られていらっしゃるなんて!」
「本当です! 羨ましい限りです!」
そんなふうに騒ぐ部下達に、わたしは乾いた笑みを向けるしかなかったが……
彼女たちはもちろん意図していないのだろうが……その称賛は、わたしに取ってはまったくの皮肉にしかなっていない。
なぜならこの処置は出世などではなく……名誉挽回の機会に過ぎないのだから。
(や、やはり……王都旅館での手紙の件、見逃されるわけないよな……)
命令書をもつ指先の震えを自覚しながら、わたしは、かつて殿下についた嘘を思い出す。
殿下とアルデ・ラーマの仲を引き裂くために、わたしは嘘の手紙をしたためたのだ。その結果、王城半壊という事態にまでなってしまったのは……当時のわたしが想像すらしない結果だったが。
つまり殿下の怒りは、王城を半壊させるほどに激しく、だからこそ、このままで済まされるはずがないとは覚悟していたわけで……
(しかし……それがまさか領地経営だなんて……まったくの予想外だ……)
わたしの家は、軍務に携わる家だったから領地は持っていない。だから軍の動かし方は知っていても、領地の経営なんてやったこともなければ、見たことも聞いたこともなかった。
そしてもちろん、この処置は、わたしをこの場に足止めするためでもあるのだろう。一石で何鳥もの鳥を落とさんとする殿下らしいやり方だった。
領主執務室内で衆目を集めていたわたしは、役人に言った。
「領主代行は了解したが……しかし専門外の役職でもある。今日は席を外してもいいだろうか?」
すると役人は、あっさりと頷いた。
「はい、大丈夫です。ですがいくつかの仕事も滞ってきておりますので、明日には執務に当たって頂きたいのですが」
「わ、分かった。本日中にはなんとかする……」
そうしてわたしは庁舎を後にすると、すぐさま、リリィ様が滞在する旅館へと向かった。
リリィ様は、旅館最上階のテラス席でティータイムを楽しんでいたが、わたしの訪問を許可してくれた。
「それでラーフル、お姉様は見つかったのですか?」
「いえ、殿下はすでに領都を立たれたとのことで、現在、その行方の調査をしております」
「はぁ……やはり、ですか。それで向かわれた先の見当は付いておりますの?」
「はい、おそらくは、アルデ・ラーマの故郷に向かっているのではないかと」
この領都に来るまでに、わたしは、なぜ殿下がこの地に現れたのかをずっと考えていた。水の都と名高い都市ではあるが、観光目的だけなら、他の都市でも見所はたくさんある。
気が向いただけという線も考えたが、それはどうにも殿下らしくない。
そこで気づいたのだ。殿下とは縁がなくとも、その連れであるアルデ・ラーマはどうなのか──と。
そうして王都にいる部下に調べさせたところ、やはり、この地はアルデの故郷がある土地だった。
だとしたら、やはり偶然とは思えない。殿下は、アルデの故郷を目指して移動しているのだ。なぜあの男の故郷を目指しているのかまでは定かではないが……
わたしの推察に、リリィ様は大仰に頷いた。
「なるほど。あの間男の故郷が近隣にあるというのなら、今回は、あなたの推察が当たっているかもしれませんね」
「はい。すでに、数名の親衛隊をあの男の故郷に向かわせていますので、リリィ様におかれましては、今しばらくこの地に留まって頂きたいと考えております」
「はぁ……分かりました。ここで慌てて大所帯で移動して、お姉様に見つかっては逃げられてしまいますからね。致し方ありません」
リリィ様が納得されたことで、わたしは胸を撫で下ろすと、いよいよ本題を切り出した。
「それと──ひとつご相談させて頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「構いません。言ってみなさい」
「ありがとうございます。実は殿下が、この地の領主代行にわたしを任命されまして……」
「へぇ? そうでしたの」
「はい。そうなるとわたしがこの地から動けなくなるため──」
「ならば、お姉様が見つかり次第、他の親衛隊と出向きます」
「え……?」
「お姉様に任命されたのでしょう? であればあなたは、身命を賭してこの地を治めてみせなさい」
「ま、待ってくださいリリィ様……!?」
話を勝手に進めてしまうリリィ様に、わたしは慌てて言葉を遮る。
「とはいえ自分は一介の軍人に過ぎません……! 治世などまるで知らない身ならば、なんとかリリィ様のご助力を頂けないかと──」
「それは無理ね」
あっさりと、首を横に振るリリィ様の姿を見て、わたしは四面楚歌という言葉を思い出す。
そんなわたしの心境など我関せずといった様子で、リリィ様が言葉を続けた。
「わたしだって、領地経営なんて知らないもの」
「は……?」
「だってわたし、まだ学生ですし」
「で、ですが……!」
「わたしに出来ることと言えば、貴賓の接待くらいですわ。王城でも、それしかしていなかったでしょう?」
そう言われてみれば、殿下が出奔し、陛下がふて寝──もとい病床に伏せっている間、リリィ様がしていたことは各国貴賓の相手くらいだった。
その際に開かれた会談も、もともと殿下が段取りを付けていたことばかりだったはずだ。つまり平たくいえば『事実確認をしてサインするだけ』というわけだ。
そんなことを思い出し、わたしが絶望感に打ちのめされていると、リリィ様はにっこり笑って言ってきた。
「ですからがんばってね、ラーフル?」
そんなリリィ様の他人事のような励ましに、わたしはうわべを取り繕うことも出来ず、顔を引きつらせて立ちすくむしかなかった……
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