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第3章

第3話 どうしてわたしが、アルデの生家に泊まることになっているのですか!?

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 領都を出発したアルデオレとティスリは、魔動車を一日走らせると、森の湖畔でキャンプをすることにした。

 近隣には宿場町もあるのだが、追っ手の撹乱ということで宿場町を使うのはやめておいた。追いつかれたところで、ティスリにとっては大した問題でもないようだが。

 あと買いだめした保存食がまだけっこう残っているというのもある。何しろキャンプは一度しかしていなかったからな。

 森の中で野宿するなんて、普通なら野生動物に襲われかねないから愚の骨頂なのだが、ティスリの魔法があればなんら問題ないそうだ。すでに湖畔一帯には防御結界を張ったとのことで抜かりない。

 そんなティスリは魔動車から降りると、猫のように大きく伸びをした。

「日中はだいぶ暑くなってきましたが、夜はまだ涼しいですね」

「そうだな。森の中とあってか、ちょっと肌寒いくらいかもな」

 オレも魔動車から降りて、月明かりでほんのり輝く湖畔を眺めた。

「それにしても綺麗な場所だなぁ。森なんて狩りのときくらいしか立ち入らないから、こんな場所があるなんて知らなかったよ」

 すでにオレの地元の領地まで来ているという話だが、今のところ、故郷に帰ってきたという実感はない。というよりもこんな幻想的な風景を見せられては、ますます地元って感じがしなかった。

 空は、森の天蓋が大きくくり抜かれたかのようになっていて、銀色の月が浮かんでいる。その月明かりは湖畔に反射して、夜でもけっこうな光量があった。

 オレがそんな湖に見とれていると、ティスリが言ってきた。

「あそこにボートがありますね。この森は、人が出入りしているようです」

「ここまでの畦道もしっかりしていたし、この湖で釣りでもしているのかもな」

「そうですね。あのボートをちょっと借りて、少し沖に出てみましょうか」

 とくに反対する理由もなかったので、オレたちは手こぎボートに近づいていく。

 手作り感満載の桟橋に手こぎボートは繋がれていたが、ちゃんと手入れをされているようだ。やはり、この森には人がよく立ち入るらしい。

 オレたちは向かい合ってボートに座ると、オレはボートをこぎ始める。

 揺れる水面を進んで行くと、ティスリが歓声をあげた。

「すごいですね……まるで、この辺り一帯が輝いているかのようです」

「おう、そうだな。同じ水辺でも、領都とはまた違った魅力があるな」

 田舎の村で暮らしていたオレだったが、それでもこんな幻想的な光景は見たことがなかった。そもそも、領都を始め各地を観光して回るだなんて発想は平民にはないからな。

 ティスリと一緒にいると、本当にいつも新鮮な経験をさせてくれる。オレはそんなことを思いながらティスリを見た。

 ティスリは月明かりに照らされて、まるで自身が仄かに輝いているかのようだった。

「アルデ? どうかしたのですか?」

「えっ……!? あ、いや……なんでもない」

「なんでもなくはないでしょう? 不躾にも、ぼけーっとしたアホ面でわたしを見ておいて」

「アホ面は余計だっつーの」

 この口の悪ささえなければ、コイツ、女神か天使かというほどに綺麗なんだけどなぁ……まぁもう慣れたけど。

 などとオレは思いながら、現実に戻ってくるためにも領都のことを口にした。

「ところで、領都の後始末はしなくてよかったのか?」

 領主が逮捕されるなんて一大事件だと思うのだが、ティスリは、警備隊にごく簡単な指示を出した後は我関せずといった感じだった。その地域のトップが急にいなくなれば、例え根腐れしていたとしても支障が出るんじゃないかとは、政治に疎いオレでも思い当たる。とくにオレの村が所属する領地なわけだし。

 しかしティスリは、特に気にした様子もなく言ってきた。

「ええ、大丈夫です。ちゃんと代行者を指名しておきましたので。数カ月もあれば、その人間が上手くやってくれるでしょう」

「へぇ、そうだったのか。ならそこまで混乱は起きないか」

「そうですね。まぁ領主代行に指名された人間は、大混乱するでしょうけれども」

「そいつは気の毒に」

 ティスリが、悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべるので、オレは、領主代行に思いを馳せて肩をすくめた。きっと無茶ぶりされたんだろうなぁ。

「いずれにしろ、アルデの故郷が不利益を被るようなことはありませんから安心してください。そもそも、これからわたしが滞在するわけですし。例え何かあったとしても即座に対応可能です」

「それは心強いな。でもそうすっと、ティスリの事はなんて紹介すっかな」

 オレが独り言のようにつぶやくと、ティスリは小首を傾げた。

「紹介? 村の皆さんにということですか?」

「村全員というか、うちの家族に」

「……はい?」

 ティスリは、目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。

「ご家族に紹介って……な、なんで……」

 妙なことを聞いてくるので、今度はオレが首を傾げながらティスリに言った。

「なんでも何も、オレの地元で小さな村だし。あとお前はオレの主なんだから、紹介しない方が不自然じゃんか」

「そ、そう言われてみれば……確かに……」

「どした? なんか急に落ち着きなくなったぞ」

「そんなことはありません!」

「……そうか?」

 明らかに挙動不審になって、ティスリはらしくもなく目が泳いでいるのだが……まぁいいか。ティスリの態度が不意におかしくなるのは今に始まったことじゃないし。

「それでどうする? 王女だって紹介するか?」

「い、いえ……それは出来る限り伏せておいたほうがいいでしょうね」

「まぁそうだよな。けど、武術大会のことが村にも知れ渡っているかもしれないから、となると──」

 ティスリと相談した結果、武術大会に出場していた王女とティスリは別人、ということで口裏を合わせることにした。

 武術大会でティスリが正体を現したのはごく短時間で、しかも突然のことだったから、あの時間で似顔絵を作成できたとも思えない。そもそも、王女に無断で似顔絵を配布するなんてガチで不敬罪だし。

 だから王女は大会終了後に王都に帰ったということにした。あとオレの立ち位置としては、王女と懇意にしている政商の娘──ティスリの護衛を賜ったということにした。ティスリは政商の勉強をすべく、地域視察しているという設定も付けておく。

 これでなんとか辻褄は合いそうだ。オレは頷きながらつぶやいた。

「ま、妥当なところか。王女がうちに寝泊まりしたら、うちの両親は心労でぶっ倒れるかもだし。妹とわんこは大丈夫だろうけど」

「……………………は?」

 オレのそのつぶやきに、ティスリはまたもや目を丸くする。

「あの……アルデ? 今なんと言いましたか……?」

「え? うちの両親は心労でぶっ倒れるって……」

「いえ、そのもうちょっと手前です」

「もうちょっと手前? えーと……『王女がうちに寝泊まりしたら』って話?」

「そう! その台詞です!」

 ティスリがオレをビシィッと指差すと、身を乗り出して言ってきた。手こぎボートがにわかに揺れる。

「どうしてわたしが、アルデの生家に泊まることになっているのですか!?」

「どうしても何も……オレの実家だからだが?」

「意味が分かりません! わたしだけでも、旅館や宿屋に泊まればいいでしょう!?」

「いやオレの地元はただの農村だぞ? 宿場町みたいに宿屋があるわけないだろう?」

「えっ……!?」

 ティスリが目を大きく見開いて、唖然とした顔つきでつぶやく。

「宿屋が……ない……!?」

「そうだよ。っていうか、オレの地元に行きたいって言ってたのに、今まで気づかなかったのか?」

「宿屋がないなんて気づくわけないでしょう!? っていうか、両親にご挨拶だって考えてませんでしたよ!」

 よくよく話を聞いてみると、どうやらティスリは、王都や領都までの規模とは考えていなかったものの、それなりに大規模な町を想像していたらしい。

 まぁ確かに敷地的には宿場町より断然広いが、それは農地があるからで、人口で考えれば宿場町よりずっと小規模なのだ。そもそも行商人以外、農村に訪れる人間なんていないし。

 しかし王都住まいのティスリはそんなこと知るよしもなかったようで、農村に着いてからも、これまで通り旅館や宿屋に宿泊して、気が向いたときに農作業を視察したり、可能なら体験したりするつもりだったようだ。

 確かにうちの家族は、農村に住んでいながら農業を生業としていないし、そのことは雑談がてら伝えてあった。だからなおさら、オレの家族と顔を合わせたり、寝泊まりしたりの想定をしていなかったらしい。

 そんな事情を聞き終えて、オレは腕組みしながら言った。

「うーん……しかしずっと野宿というわけにもいくまい? それこそ村のみんなから変な目で見られるぞ」

「確かに……おかしいことこの上ない状況ですね……」

 村の外れに、女の子が一人、奇妙なテントを張って野宿しているのだ。人口が少ないからこそ悪目立ちすることこの上ない。

 あとオレの知人だとバレたら「なんで家に泊めてやらねぇんだ!」と村中から非難囂々ひなんごうごうだろう。

 近隣の村に世話になるとしても、親戚でもない人間を寝泊まりさせてくれる民家なんて聞いたことないしなぁ。

 オレが考えあぐねていると、ティスリは、悲壮な覚悟でも決めたかのような顔つきで言ってくる。

「わ……分かりました。旅館がないのでは致し方ありません……」

「というと?」

「アルデの生家で、お世話になることにしましょう……」

「……そんなにイヤなの?」

 覚悟完了しているティスリの心境が、オレにはさっぱり分からず首を傾げていると、ティスリが言ってくる。

「イヤというわけではありませんが……しかし、人様のご家族に紹介されるというのは……その、なんというか……」

「なんというか?」

「で、ですから……本来はいろいろと段取りが必要なわけで……」

「段取り?」

「もう! あなたは本当に想像力が乏しい人間ですね!」

 なぜかオレは怒られ始める。ティスリは身振り手振りを交えながら力説してきた。

 手こぎボートが揺れるから、あまり動かないで欲しいのだが……

「想像してごらんなさい! もしわたしが、あなたをお父様に紹介するといきなり言い出したらどう感じますか!?」

「お父様って……アジノス陛下のこと?」

「それ以外に誰がいるというのです!」

「そりゃあ……胃に穴が空く思いかもだが……」

「ほらご覧なさい! 人様のご家族に紹介されるというのは、それほどに一大事なのですよ!」

「いや……うちの両親と陛下とでは立場が違い過ぎると思うが……」

 何しろ、ちょっとでも無礼を働いたら、物理的に首を飛ばされかねない相手なのだ。緊張するなというほうがどうかしている。

 しかしティスリは、そんな身分的背景はまったくお構いなしに言ってきた。

「似たようなものですよ! ご家族の──とくにご両親の存在とはそれほどに大きなものなのです!」

「そ、そぉかなぁ……?」

「そうなのです! とにかくこうなっては、今日はこれから、ご両親の人柄や信念体系などを、じっくりと説明してもらいますよ!」

「い、いや……信念も何も、ちょっと体が弱いだけでごく普通の──」

「体が弱いとは、どの程度弱いのですか!? 寝たきりなのですか!? まさか不治の病を抱えているのですか!?」

 せっかく静寂に満ちた森の湖畔だというのに、ティスリの詰問は、その雰囲気を台無しにしていくのだった……
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