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第2章

番外編3 ティスリと水の都

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 領都に到着したアルデオレたちは、旅館のチェックインを済ませた後、観光することにした。

 領都は水の都とも呼ばれていて、観光客も多く訪れている。まぁその大半は貴族ではあるが。

 オレは、子供の頃に何かの用事で家族一緒に訪れたことがあったのだが、何しろまだ小さいころだったのでほとんど覚えていない。断片的な記憶しかなくて、やたらと橋が多かったとかその程度だ。

 そもそも大多数の平民にとっては、観光旅行なんて出来るお金もなければ時間も習慣もないので、今こうしてティスリと旅をしていること自体、とても珍しいんだけどな。冒険者だって、旅をするパーティは少数派だと聞くし。

 そんなわけで、せっかくだからオレは観光を満喫している。

「いやぁ……それにしても、この都は面白いな。あそこの建物なんて、小舟に乗ったまま建物に出入りしているぞ」

 オレが指差した方向にティスリも視線を向ける。

「この都は、もともとがツタの生い茂る入り江だったそうですからね」

「なんでそんな場所に街を作ったんだ?」

「なんでも、蛮族に追い立てられて逃げ延びた先がここだったそうですよ」

「なるほど。入り江なんて不便な場所、欲しがるはずないもんな」

「そうだったんでしょうね」

 そんな発祥から領都にまで成長したんだから、先人の努力はすごいの一言だ。

 多くの建物は、海の上に建っているかのような構造をしていて、車道や歩道より水路のほうが圧倒的に多い。そもそも都の中心地は馬車での移動は禁止だという。馬車が通れるような道がないのだろう。

 だから当然、オレたちは今も乗合船に乗って移動している。今は比較的幅の広い水路だから、30人くらいが乗れる舟で移動しているが、街の奥に入るほどに水路の幅も狭くなり、そうなると乗合船では移動できなくなる。

 だから最大四人乗りの手こぎボートゴンドラに乗って移動するそうだ。手こぎといっても漕いでくれるのは船頭で、オレたちは乗っているだけでいいらしい。

「お、ティスリ。あのカラフルな建物はなんだ?」

「地元民が、自分の家だと分かるように塗っているそうですよ」

「そうなのか、見事だな──ん、あっちの尖った屋根がたくさん付いている建物は?」

「あれは大寺院ですね。この国でも有名な寺院で観光名所の一つです。あとで行ってみましょうか」

「そうだな、中にも入ってみたいし──あ、向こうの橋には人がたくさんいるけど、あれはどうしてだ?」

「この街最古の橋で、有名な芸術家が設計したとのことです。だからやっぱり観光名所になっています」

「橋一つ取ってもすげぇな。あそこにもあとで行ってみようぜ」

 などと、物知りのティスリがガイド役になってくれているので、オレは飽きることがなかった。せっかく有名な建物を見ても、その由来が分からなければ面白みも半減してしまうからな。ティスリがいてくれて助かるわ。

 それからオレたちは乗合船から下船すると、昼の軽食を取ることにした。

 細い路地に何十軒も飲食店が並ぶのは、なかなかどうして圧巻だ。この都の活気が垣間見える風景でもある。

「ティスリは、こういう場所での食事って大丈夫なのか?」

 とはいえティスリは王女様だから、こんな下町になんて来たこともないだろうし、そこの食事が口に合うかも分からない。

 まぁこれまでの宿場町での様子を見る限り、料理についてはうるさくないようだが、礼儀作法とかマナーとかは気にするヤツだからな。

 そう思ってオレが聞いてみると、ティスリは、興味津々といった感じで頷いた。本人は、その表情を隠しているつもりらしいが。

「問題ありません。郷に入っては郷に従えという格言もありますからね……まぁ、歩きながら食事するのにはまだ抵抗がありますが……」

「じゃあ、屋台じゃなくて店の中に入って食おうぜ。狭そうだけど、立ち食いとかならあるだろ」

 そしてオレたちは、人がすれ違える程度の路地に入っていく。狭い路地だというのに人で溢れているので、オレたちは一列になって奥へと進んでいった。

 そうして、そこそこ奥行きのある店を見つけたので中へと入る。

「どうやら、店頭で品物を買って中で食うらしいな」

 店内を見回してオレがそう言うと、ティスリは目をキラキラさせて頷いた。

「そのようですね。こんな感じのお店は初めてです……!」

 ティスリは物知りではあるものの、こういう庶民的な経験は皆無なのだろうから、名所巡りより、むしろこういう下町に興味を惹かれるのだろう。

「お、酒もあるのか。まだ日は高いけど一杯くらいもらうかな」

「ではわたしも──」

「ダメに決まってんだろ!?」

 むくれるティスリだったが、数口でぶっ倒れるようなヤツに呑ませられるわけがない。

 オレは、呑んだら今日の観光が出来なくなることと、二日酔いのツラさを言って聞かせ、なんとかティスリに「もぅ……分かりましたよ。今回は我慢してあげます」と観念させることになんとか成功する。

 コイツ、下戸のくせに酒自体は好きっぽいんだよな。まともに吞めないのになぜ好きなのかは不思議でならないが。

 その後、オレたちは海鮮フリットとイカスミパスタを注文して席に着く。着くといっても立ち食いだったが。

「ふむ……ここは立食形式のレストランなのですね」

 石壁から突き出たハイテーブルに料理を置きながら、ティスリがそんなことをつぶやいた。

「立食なんて上品な形式ではないと思うが……まぁスペース節約のためだろうな。立食でもいいか?」

「ええまぁ。晩餐会でも立食は多いですから問題ありません……まぁ、このような手狭な場所で食事すること自体、初めてですが」

 小さな店内だというのに人で溢れかえっているので、密集率は半端ない。しかし客の全員が陽気な感じでおしゃべりしているから、窮屈でも楽しく感じるのだろう。

「アルデ、そのフリットを一つください」

「おお、いいぞ。どれにする?」

「ではエビのフリットを頂いても?」

「ああ。やっぱエビが一番だよな、ぷりっぷりだぞ」

「もふもふ……本当です。これほどに美味しいとは……」

「そしたらオレも、そのパスタをひと口くれよ」

「ええ、どうぞ」

「おお……イカスミってこんなに旨いのか」

「っていうかアルデ、口回りがイカスミだらけですよ」

「おっと、それは失礼──」

「ちょっと、手で拭うなんてしないでください。ほらハンカチを貸してあげますから」

「でもそしたらハンカチがイカスミだらけに──」

「洗えば大丈夫ですよ」

「そうか? なら遠慮なく」

「ではそのお礼として、麦芽酒もひと口──」

「ダメだっつーの!」

 などと互いの料理を交換しあったりしながら、オレたちは昼食を満喫する。

 その後、店を出た後は、都のさらなる奥地に進むべく、ゴンドラに乗ることにした。

 ゴンドラ乗り場には数組の列が出来ていて、オレたちもそこに並ぶ。するとオレたちの前に並んでいた老夫婦が「ご一緒にどうです?」と誘ってくれた。

 ゴンドラは四人乗りで行き先も同じだから、相乗りしたほうが運賃も安く付くわけか。なのでオレがティスリに「どうする?」と聞くと、ティスリは頷いた。

「ええ、ではご一緒しましょう。こういう……ふれあいも旅の醍醐味というものです」

 単に旅の醍醐味を味わうだけじゃなくて、『こういう臣民との、、、、ふれあい』なんて考えたのだろうな、コイツのことだから。

 もう王女はやめたと言っているわりに、ティスリは節々で王女として振る舞うからな。もはや職業病みたいなものなのだろう。まぁだからといって悪いことでもないが。

 そんなわけでオレたちは老夫婦と一緒にゴンドラに乗り込む。けっこう揺れることに驚いたりしながら。

 四人が着席して人心地つくと、紳士然としたじいさんが聞いてきた。たぶん、ちょっとした貴族か何かなのだろう。

「お嬢ちゃんたちは夫婦でデートかい?」

「夫婦でデート!?」

 別にじいさんはからかったわけでもないだろうに、ティスリは大袈裟に驚く。あんまりオーバーリアクションするとゴンドラだから揺れるんだが……

「ち、違いますよ!」

「おや? ということは婚約者かね?」

「それも違います!」

「え、でも……」

 老夫婦の視線が、オレたちの指輪に集まる。ティスリもそれに気づいたようで片手で指輪をさっと隠した。

「こ、これはただの魔具で、別にそういった意味合いはないんです……!」

 などと、頬を赤らめて言っても、まったくもって説得力がないんだが……

 案の定、ばあさんのほうは小首を傾げてオレに視線を向けて「そうなの?」と聞いてくる。

 なのでオレは苦笑をしながら頷いた。

「ええ。オレはただの従者ですよ」

 その答えに老夫婦は目を丸くしてから、ばあさんが言ってきた。

「従者? それにしてはずいぶんと仲良しさんねぇ」

「な、仲良し!?」

 ティスリが悲鳴に近い声を上げる。

「仲良くなんてありませんから! さっきも言い合いをしていたでしょう!?」

 そう言えば、ゴンドラの列で、ティスリは、オレが酒を呑ませないことに小言をいっていたなぁ。なんで酒のことになると自分が見えなくなるんだコイツは……と思って聞き流していたが。

 そんなティスリに、ばあさんはコロコロと笑った。

「お嬢さん、世間ではあれを仲がいいというのよ?」

「そ、そんなわけ──」

「まぁでもだいたい分かったわ、ねぇあなた?」

「うむ、そうだな。若いうちは色々あるからね」

「お二人とも、何か勘違いをされてますよね絶対!?」

 その後も、ティスリはなんだかんだと結局からかわれて、真っ赤になりっぱなしだった。

 さすがのティスリも、人の良さそうな老夫婦には強く出られないらしく、最終的には言われるがままになっていたが。

 そんな感じでゴンドラの移動は終わり、老夫婦とは円満に別れた。最後にばあさんがオレに「あなた、がんばりなさいね」と耳打ちするので、オレは苦笑するしかなかったが。

「まったく……あの夫婦には困ったものです……!」

 未だ赤い顔で、路地をズンズン進んでいくティスリにオレは言った。

「なぁ……この魔具って、別に指輪型じゃなくてもいいんじゃね? 例えばネックレスとか」

 するとティスリは、困り顔を向けてくる。

「ネックレスって、意外と邪魔になるんですよ? 着替えとかで指を引っかけると切れてしまいますし」

 ネックレスなんてしたことのないオレは「そんなもんか」と思っていると、ティスリが話を続けた。

「だから常に身につけておくには、指輪が最適なのです」

「なるほど。でもさ、毎回夫婦だの婚約者だの間違われんのも大変じゃね? だったらそれ以外の形状のほうがよくないか。ティスリなら作り替えることだって出来るだろ?」

「そ、それは……そうかもしれませんが……」

 オレのその意見に、しかしティスリはどういうわけか乗り気ではなさそうだ。

 その後、しばらくティスリは何も言って来なかったので、オレは首を傾げながらもティスリの後に続く。

 やがて、路地が開けて大通りに出たところで、ティスリが振り返った。

「ですがこの指輪は、男避けの役目もあるわけですから、やっぱり指輪のほうがいいと思います」

「まぁ確かにそうかもだけど、なら、この先も夫婦と間違えられるのはやむなしと?」

「そ、そうですね。そのような誤解をされるなど、人生の恥ですが──」

「そこまでか?」

「そこまでなのです! でも男性に言い寄られるのはもっと面倒なので、今後、その恥は甘んじて受けてあげます!」

「へいへい。じゃあとりあえず、その真っ赤な顔をなんとかしなくちゃな」

「あ、赤くなどなっていません!」

「さいですか」

 はぁまったく……

 こんなに口が悪いんじゃ、額面通りに受け取るヤツなら腹を立てるところだ。

「あ、ならさ──」

 とはいえ、ティスリが毎回真っ赤になるのも大変だろうと思い、オレは思いついたそのアイディアを──なぜか飲み込む。

 隣を歩いていたティスリが、首を傾げてオレを見た。

「なら、なんです?」

「いや、いいや。なんでもない」

 なら、指輪を薬指にするのをやめればいいんじゃね? ──オレは苦笑しながらその言葉を飲み込み、引き続き観光デートを楽しむことにするのだった。

(おしまい)
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