上 下
70 / 208
第2章

第26話 どんなヤツなのかと思ってね

しおりを挟む
 フォッテスわたしが不安でどうにかなりそうになっていると、馬車が止まった。

 すると黒ずくめの一人が「出ろ」とだけ声を掛けてきた。

 わたしは、嗚咽をぐっと飲み込むとベラトを見た。ベラトは力強く頷くと立ち上がる。ベラトが先に荷台を出て、わたしはその後に続いた。

(ここは……地下水路?)

 荷台から出ると、そこはちょっとした空間になっていた。

 天井は、民家の二階分くらいの高さで、堅牢な石造りになっている。たくさんの柱とアーチ状のはりがあって、それらがこの空間を支えているのだろう。視界を下に向ければ水路があって、かなり勢いよく水が流れていた。舟二隻が余裕ですれ違えるほどに幅もある。

 わたしが周囲を見回していると、黒づくめの一人が言った。

「こっちだ。歩け」

 両手を拘束されているわたしたちは、まるで手綱に繋がれた馬のような扱いで引っ張られたので、やむを得ず歩き始める。

「あのぅ……旦那」

 歩き始めると後ろから声がした。暗くてよく見えないけど、御者の一人が黒づくめに声を掛けたようだ。

「馬車はどうしましょう? この通路に置いていては邪魔になるかと思いますが。馬が暴れるかもしれませんし」

「どこか開けた場所に繋いでこい」

「へい、分かりやした」

 そうして馬車は、来た道を引き返していく。

「お前らはこっちだ。歩け」

 わたしたちは再び手綱を引っ張られて、水路の奥へと進んでいった。何回か階段も下る。

 いったい何階分くだったのか分からなくなってきたところで、水路の壁面に鉄製の扉が現れる。黒づくめ達はその扉を開きながら言った。

「そういえば……あの三兄弟はまだ戻ってこないのか?」

「ええ……馬車を繋ぎに行ったあと、まだ追いついてきません……」

「まさか、逃げたのではあるまいな!?」

「!?」

 黒づくめ達に緊張が走る。

「追っ手を掛けろ! 絶対に逃がすな!」

 言うや否や、黒ずくめの半分が来た道を引き返していく。

「お前らは中に入れ!」

 苛立った黒づくめの一人が、ベラトとわたしを、半ば無理やり扉の向こうへと押し込めた。

 扉の向こうはちょっとしたホールになっていた。魔法による証明がうっすらと付いていて、ガシャン、ガシャン……と定期的に機械音が聞こえてくる。どうやら、水路を制御するための装置か何かが近くにあるらしい。向こうには制御台らしき台座と、地下水路を見渡せる大きな窓もあった。

 そして制御台の椅子に、一人の男が座っている。

 黒づくめの一人がその男に声を掛けた。

「ジェフさん、どうしてこちらに?」

「いやなに。優勝候補の一人を捕らえたと聞いて、どんなヤツなのかと思ってね」

 黒づくめの問いかけに、ジェフと呼ばれた男は立ち上がる。

 痩せぎすの体には黒のライトアーマーをまとっていて、腰にはレイピアのような剣を二本下げている。全身黒づくめなのは、わたしたちを攫ってきた男達と変わらないけど、この男の雰囲気がとても怖くて、わたしは鳥肌を立てていた。

 その目を見るだけで、鋭利な刃物を突きつけられたかのような……そんな恐怖を感じてしまう。

 その男が、気軽な感じで黒づくめ達に問いかけた。

「それで、コイツらどうするんだ?」

「大会終了まで、ここに閉じ込めておくようにとのお達しです」

「そ、そんな……!」

 わたしが思わず声を出してしまうと、男達の視線が集まる。それだけで、わたしは立っていられなくなって尻もちを付いてしまった。

 するとわたしの前にベラトが立ちはだかって、わたしの姿を隠してくれる。

 そんなベラトにジェフが言った。

「お~お、勇ましいねぇ。カノジョには手出しをさせないってか?」

「恋人じゃない。ぼくの姉だ」

「ああ、なんだ。シスコン野郎か」

「お前の目的はなんだ? どうしてオレたちをさらった?」

「言っただろ。大会終了まで、お前らを監禁したいんだとよ、こいつらが」

「どうしてだ?」

「ははっ。そんなことをご丁寧に言うわけないだろ。けどまぁ……」

 そう言ってジェフは、腰に下げていた剣のうち一本を抜き身で放り投げた。

 ベラトは、手を縛られているにもかかわらず剣を器用に受け取る。

「ジェフさん!?」

 剣を渡してしまったのを見て、黒づくめたちが騒ぐが、しかしジェフはそれに構わずベラトに言った。

「オレに勝てたなら、教えてやってもいいぜ?」

 ベラトが武器を持ったことで、黒づくめ達が一斉に抜刀する。しかしジェフは肩をすくめて黒づくめ達を見た。

「オレさぁ、こんな作戦、もともとイヤだったんだよね」

「しかし……!」

「この作戦ってさ、オレがこのガキに負けるかもしれないってことだろ?」

「そうは言ってませんが、万が一の保険です」

「だからその、万が一が気に入らないつってんの」

 そうしてジェフは剣を抜くと、その切っ先をベラトに向けた。

「だからここで証明してやろうって言ってんだよ。オレに敵う人間なんざ、この世に一人もいないってことをさ」

 ベラトは──投げ渡された剣で両手の拘束を切ってから、剣を正眼に構えた。わたしは思わず息を呑む。

「ベラト……戦う気!?」

「姉さん、出来るだけ下がってて」

「でも……!」

「大丈夫。なんとかしてみせる」

 ジェフという男は妙に自信ありげだし、そもそも、黒づくめ三人も剣を抜いてしまっている。

 さきほどの会話から、ジェフが戦っている最中は手出ししてこないかもしれないが……しかしジェフが劣勢だと見れば間違いなく加勢してくるはず。

 そうしたら……ベラトに勝ち目はない……!

 でも……わたしが出ていったところで足手まといにしかならないし……!

「姉さん、早く下がって……!」

「……!」

 張り詰めた声でベラトに言われ、まだ足腰が立たないわたしは、床を這って部屋の隅へと待避する。

 逃げるわたしの背に、剣戟の音が届いた……!

「くっ……!」

 次いでベラトの苦悶の声も!

 わたしは嗚咽を漏らしながら、地べたを必死で這いつくばって移動して、こんなに悔しくて情けないのは初めてで──だから思わず願ってしまった。

 アルデさんやティスリさんがいてくれれば……!

 そして気づく。

 胸元で光るネックレスに。

「そ……そうだ……!?」

 ネックレスに気づいた途端、わたしの足は動くようになった。

 だからわたしは起き上がって、急いでホールの隅へと待避する。

 振り返ると、ホール中央でベラトとジェフが切り結んでいた。

 いま使っているのは模造刀じゃない。真剣だ。早くしないとベラトが死んじゃうかもしれない……!

(で、でも……落ち着いて……落ち着いて呪文を……!)

 わたしはネックレスについた石を握りしめると、ジェフや黒づくめたちに聞こえないよう気をつけながら、ティスリさんに教わった呪文を詠唱した──まるで祈るかのように。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

女男の世界

キョウキョウ
ライト文芸
 仕事の帰りに通るいつもの道、いつもと同じ時間に歩いてると背後から何かの気配。気づいた時には脇腹を刺されて生涯を閉じてしまった佐藤優。  再び目を開いたとき、彼の身体は何故か若返っていた。学生時代に戻っていた。しかも、記憶にある世界とは違う、極端に男性が少なく女性が多い歪な世界。  男女比が異なる世界で違った常識、全く別の知識に四苦八苦する優。  彼は、この価値観の違うこの世界でどう生きていくだろうか。 ※過去に小説家になろう等で公開していたものと同じ内容です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...