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第2章

第17話 一時的に復職して、衛士隊の改革だけやろうかとも考えましたが……

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 ティスリわたしがハタと我に返ると、アルデは見知らぬ男性と談笑していました。

「アルデ? その方はどなたです?」

 座席にはすでに料理も運ばれていて、その男性はわたしたちの席について食事もしています。そのとなりには、さきほど助けた女性の姿もありました。ということは……

 わたしがなんとなく察すると、アルデが説明してきます。

「ああ、気がついたか。コイツは、さっき助けた女性の連れでベラト・グレナダ。助けた女性がフォッテスさんで、姉弟きょうだいなんだってよ」

「そうですか。それでどうして一緒に食事を?」

「フォッテスさんを助けた礼ってことでご馳走してくれるそうで、だったら一緒に食べようってことになってな」

「なるほど」

 アルコール除去魔法の構想にすっかり夢中になっていたわたしは、話を全然聞いてませんでした。

 二人に視線を送ると、フォッテスさんから声を掛けてきます。

「ティスリさんも、さきほどはありがとうございました。魔法を使ってナンパ男達を外に運んだのはティスリさんだったんですね」

「え、ああ……別に大したことはしていませんよ」

 フォッテスさんは興奮気味に言ってきます。

「そんなことないです。あんな、人を浮かばせる魔法なんて初めて見ました」

 年の頃は18、9歳くらいでしょうか。わたしよりは年上に見えます。勝ち気そうな瞳に、でもだからといって礼を失するような態度をするわけでもなく、にこやかに話をしてきます。男性に言い寄られるだけあってきれいな女性です。

 わたしが魔法の思索に耽っている間に、アルデがわたしのことも紹介していて、わたしは政商の娘ということにしたようです。こんなところで身分を明かすわけにもいかないですし、まぁ妥当な判断と言えるでしょう。

 わたしについての話題が一通り終わると、弟のベラトさんがアルデに言いました。

「それにしても……アルデさんは凄くお強いんですね」

 ベラトさんは15、6歳くらいで、まだ少年の面影を残してはいますが、お酒を呑んでいるところを見ると成人しているようです。わたしとは同い年かもしれません。素直な物言いをする男性ですが、体つきはしっかりしているので弱々しい印象はありませんね。

 そんなベラトさんの称賛を受けて、アルデがまんざらでもなさそうに答えます。なんか……先輩風を吹かせるアルデは生意気ですね。

「まぁな。村では一番強かったんだぜ?」

「そうなのですか! しかも大会本戦出場の男性三人を相手取って瞬殺だなんて、村一番どころじゃないのでは?」

「そうかもな。でもあんまり村以外の人間と戦ったことはなくてなぁ。ああでも、最近まで衛士をやってたがそこでも負け無しだったぞ?」

「えっ!? アルデさんは衛士なのですか!?」

「元な、もと。今思えば、オレがあまりに強いから、貴族連中に嫉妬されてたのかもなぁ。それで追放の憂き目に遭ったんだよ」

「そ、そうだったのですか……」

 アルデの話に、なぜかグレナダ姉弟は気落ちした様子です。だからわたしは気になって聞きました。

「どうしたのですか? 別に、アルデが追放されようが野垂れ死のうが、あなたたちには関係のない話でしょう?」

「いや待て、なんでオレが死ヌ話にまでなってんだよ」

 わたしが問いかけたのは姉弟のほうなのですが、アルデが口を挟んできます。だからわたしは言いました。

「金欠だったのですから、野垂れ死んだっておかしくはなかったでしょう? アルデの才覚では、よくても浮浪者だったでしょうし」

「そこまで落ちぶれるかっ! 衛士をクビになったところで、まだ冒険者とかの活路はあったんだからな」

「なら今から冒険者にでもなりますか? 給金は返金してもらいますが」

「う……そ、それは……」

「ほらほら、どうなのです? その日暮らしの冒険者がいいのですか? それともわたしと一緒にいたいとでも?」

「そ、そりゃあ……明日も分からない冒険者よりは……」

「え? なんですって? 聞こえないのでハッキリ言ってくださいよ?」

「だ、だから冒険者よりは、定収入のある護衛職のほうがいいわけで!」

「護衛職って、誰の護衛がいいというのですか?」

「ティスリ様の護衛ですよ! なんか文句あっか!?」

「あなたは護衛というよりただの従者ですけどね?」

 そんなやりとりをしていたら、グレナダ姉弟がクスクス笑っていることに気づきました。すると姉のフォッテスさんが言ってきます。

「お二人って、仲のいいご夫婦ですね」

「違いますよ!?」

 指輪のせいで夫婦と勘違いされるのは致し方ないにしても、なぜ仲がいいなどと見えるのか……とにかくわたしは慌てて訂正しました。

「仲がよいわけないですし、あと夫婦でもありません! 言っておきますが婚約者でもありませんからね!? この指輪は男避けに付けているだけですから!」

「そうなんですか?」

「そうなのです! とにかく彼はわたしの従者! それ以上でも以下でもありませんから!」

 まったく……指輪を薬指につけるだけで、そこまで誤解を招く代物だったとは……男避けにはちょうどいいものの、それ以外の人達まで勘違いさせるので得策ではないような気がしてきました。

 ですが指輪の件はあとで考えることにして、わたしは咳払いをしてから話を戻します。

「それでさっき、アルデが衛士追放になったと知ったとき、あなたたちは気落ちしていたようですが、それはなぜです?」

 すると今度は、弟のベラトさんが答えてきました。

「実はぼく、衛士を目指していまして。平民でも衛士になれる制度が出来ましたし」

 その台詞を聞いて、わたしはすぐに察しました。

「なるほど。頑張って衛士になっても、平民出ということで差別されて、いわんや追放にまでなるようなら困ってしまうと?」

「はい、そうなんです」

 もしもわたしがまだ王女だったのならば、すぐにでも衛士隊の改革に取り組むのですが、今はその権限がありません。

 一時的に復職して、衛士隊の改革だけやろうかとも考えましたが……そうしたら、ラーフルあたりが次から次へと仕事を持ち込んでキリがなくなりそうです。

 そもそも、アルデが追放された根本原因は、衛士隊の質が悪いからではありません。貴族の、平民に対する差別意識こそが問題なのです。となると貴族の意識改革までする必要があり、そうなれば一朝一夕にはいきません。

 なのでわたしは、ため息をついてから言いました。

「まぁ……アルデが短期間で追放されたのは、本人の性格によるところも大きいと思いますが」

「悪かったな、ひねくれ者で」

「ひねくれ者でもありますが、それ以上にあなたは本音を漏らしすぎです。そんなことだから貴族社会でやっていけなかったのですよ」

「ま、そうかもしれんが、そういう腹芸は苦手なんだよなぁ……」

「あなたの本音を受け流せるほどに出来た人間なんて、わたしくらいなものですからね?」

「は? ……ええああ、ソウデスネ?」

「言ってるそばからコレです。ベラトさん、こういう人間が貴族社会から追放されるのです。まったくもって典型的なお手本ですよ」

 わたしの忠告に、ベラトさんは苦笑しました。

 アルデの躾けはあとで行うとして、わたしは話を続けます。

「わたしの見たところ、ベラトさんであれば、アルデよりは貴族と上手く付き合えそうですが、しかしもし衛士になって理不尽な扱いを受けたのなら連絡をください。そうですね……」

 わたしは、自分の話をいったん区切るとベラトさんを眺めます。しかしベラトさんは、アクセサリーのようなものは持っていなさそうです。なので代わりにフォッテスさんのネックレスに目を留めました。

「フォッテスさん、そのネックレスは思い入れがありますか?」

「え、これですか? いえこれは、この都にきた記念に自分で買ったものなので、思い入れがあるものではありませんが……」

「では貸して頂けないかしら」

「え、ええ……構いませんけど」

 フォッテスさんは話の流れが分からなかったのでしょう。不思議そうな顔つきでネックレスを外すと、わたしに手渡してきました。

「どうされるんですか?」

「このネックレスの石に、簡単な魔法を込めます」

「えっ!?」

「通信魔法の簡易版のようなものです。会話は出来ませんが、装着者の居場所をわたしに知らせることくらいは出来ます。もしベラトさんに何かあれば、魔具となったこのネックレスでわたしに連絡してください。そうしたらわたしが出向いて助力しましょう」

 わたしのその説明に、ベラトさんは驚いて言ってきました。

「そ、そんな……今日会ったばかりで、しかも姉を助けて頂いた恩人だというのに、さらにそこまでして頂くわけには……」

「構いません。まぁ衛士の嫌がらせを止めることは出来ないかもしれませんが、衛士と同等か、それ以上の仕事なら斡旋できますので」

「そ、そこまでのご厚意、なおさら相談できませんて!?」

 わたしの申し出をベラトさんが固持していると、アルデが言いました。

「いいから甘えとけって。ティスリにも、彼女なりの引け目があるんだよ」

「む……」

 アルデにそんなことを言われ、何を言い出すのかと思ってわたしは視線を向けると、アルデはニヤリと笑うだけです。

 そんなアルデにベラトさんが言いました。

「引け目とはなんですか?」

「コイツは商人だが、政商なだけあって、政治にもけっこう関わってるんだ」

 なるほど……身分は明かさずに上手いこと言いくるめるつもりですか。元王女という身分を明かさないのであれば、アルデに任せてみますか。

「それでな、平民でも衛士に召し上げる制度を作ったのはコイツなんだ」

「えっ!? そ、そうだったのですか!?」

 グレナダ姉弟が驚きの目でわたしを見てきました。わたしは「ええまぁ……そうです」とだけ答えると、アルデがさらに言いました。

「だというのに、その制度でむしろツラい思いをする人間が出るなら、コイツは引け目を感じるわけだ」

「別に、そこまで引け目を感じたりはしていませんが……」

 ただ、なんとなく面白くないだけで……

 なんだかアルデが妙な解釈をしているので、わたしは付け足しました。

「わたしからしたら、衛士と同程度の仕事を斡旋することなど造作もありません。なのでそこまで遠慮しなくていいのです」

 わたしのその台詞を聞いて、ベラトさんは唖然としている様子です。

「衛士程度って……ティスリさんはいったい何者なんですか……?」

「たんなる政商ですよ。まぁ、この国では一番儲けている政商でしょうけれども」

「そ、そうなのですか……すごいですね……」

「いずれにしても今の話は、あなたが晴れて衛士になって、だというのに理不尽な扱いをされたときの保険に過ぎませんからね? ちゃんと精進はしてください」

 すると姉のフォッテスさんもベラトさんに言いました。

「ベラト、こんないい話なんて早々あるものじゃないんだからさ。ありがたく受け取りなよ。これで気兼ねなく衛士を目指せるじゃない」

「うん……そうだね姉さん。そうしたらティスリさん、そのお話はありがたく頂きます」

「そうですか。ではこのネックレスは、ベラトさんに渡しておきましょうか?」

 するとベラトさんは首を横に振りました。

「姉さんに渡してください。手元にあるとすぐ頼ってしまいそうで」

「そうですか。では何かあれば、お姉さん経由で連絡するのですよ」

「分かりました」

 そしてわたしは元々の持ち主であるフォッテスさんに返してから、簡易通信魔法を発現させる呪文も教えます。

 それから改めてベラトさんに言いました。

「いずれにしても、まずはこの武術大会に出場するのでしょう?」

「ええ、そのためにこの都に来ました」

「なら、この大会でいい成績を残さないとですね」

「はい、がんばります!」

 屈託なく笑うベラトさんを見て、わたしは、弟がいたらこんな感じかもしれないと思いました。まぁたぶん、ベラトさんとは同い年ですが。
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