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第2章

第15話 決して………………アルデに乗せられたわけではありませんよ?

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「おお……なんだか賑やかな雰囲気だな」

 魔動車の助手席で、アルデがそんなことを言ってきます。

 だからティスリわたしは答えました。

「ここはフェルガナ領の領都で、しかも港町ですから。交易も盛んで賑わっているのです」

「なるほどなぁ。どおりで水路が多いわけだ」

 アルデは窓の外を眺めながらそんなことをつぶやくので、わたしは少し呆れながら言いました。

「アルデ。ここは、あなたの村が所属する領地の都なのですよ?」

「へ? そうなのか?」

 アルデは目を丸くしますが、少し街並みを見ながら答えてきました。

「あー……そう言えば、なんとなく覚えがあるような、ないような……」

「もしかして、領都に来たことがないのですか?」

「いや、子供の頃に来たはずなんだけどな。でも十数年前に一度来たきりだから、ほとんど忘れてるなぁ……けど、水路がたくさんあったのはなんとなく思い出したよ」

 魔動車がアーチ状の橋を通過するのをアルデは眺めながら、懐かしそうな顔つきになっていました。

 フェルガナ領都の市中には、水路がたくさんあります。建物の合間を縫うように水路が張り巡らされていますが、小舟でその水路を行き交うくらいには幅がありますし、馬車や魔動車で移動するより便利かもしれません。

 わたしは、水路を小舟が走って行くのを横目で見ながらアルデに聞きました。

「平民とは、自分の町や村からあまり出ないものなのですか?」

「そうだなぁ。こういう都市に住んでいる平民は違うと思うけど、田舎の平民は、そう簡単に地元から出ないと思うぞ。乗合馬車だって安くはないからな」

「そうですか……それは一つの課題かもしれませんね」

「課題? オレたちは特に不便してないけど」

「今はそうかもしれませんが、国全体の発展を考えると──」

 ──などと、わたしは言いかけて言葉を止めました。

 アルデが不思議な顔つきで問いかけてきます。

「発展を考えると?」

「いえ、やめましょう。わたしはもう王女ではないのですから」

「そうか。ティスリがそれでいいのなら追求はしないさ。少なくともこの都市は、十分発展していると思うし」

 フェルガナ領都は人口30万人を誇る巨大都市で、カルヴァン王国の都市としては屈指の規模になります。だからアルデはそんなことを言ったのでしょう。

 わたしが言いたかったことはそういうことではないのですが、今は考えたくなかったので別の話題を切り出しました。

「それにこの領都では、もうすぐ、武術大会が開かれるはずですから、それもあってさらに賑わっているのでしょうね」

「おお、武術大会か。それも懐かしいな」

「そう言えば、アルデの村でも開催されていたんですよね」

「ああ、数少ない娯楽の一つだったからな。たぶん、オレの村だけじゃなくて、いろんな村で開催されていると思うぞ」

「そうなのですか」

「オレの小さな村でも盛り上がっていたんだから、これだけの都市なら大騒ぎなのも頷けるよ」

 そんなことを話していたら、わたしは、アルデが自分の村でなんと呼ばれていたかを思い出します。

「アルデは『村一番の剣豪』などと言われて、もてはやされていたんでしょう?」

「もてはやされたってか、事実だったんだよ」

「ならばその事実を証明するために、ここの武術大会に出てみればいいじゃないですか。村一番から領一番になれるかもですよ」

 ここ領都での武術大会は、飛び入り参加も可能だったはずです。その場合は、飛び入り参加者用の予選をくぐり抜ける必要がありますが。飛び入り参加者以外の選手は各地域で予選を終えています。

 いずれにしてもアルデなら優勝確実で、となると領一番どころではないことは分かりきっていましたが、わたしはなぜかそんなことを言っていました。

「う~ん……出場ねぇ……」

 しかしアルデは、どういうわけか乗り気ではありません。わたしは不思議に思って正直に言いました。

「アルデなら、優勝できると思いますが?」

「そうかもしれないけど、あんまり興味ないんだよな」

「でも、村では出場していたんでしょう?」

「それは賞品があったからな」

「賞品? どんな賞品ならいいのです?」

 領都の武術大会なら、村の賞品よりよほどいいものが出るでしょうし、それ以上に名声が得られます。こちらの武術大会は平民も出場可能でしたし、そこで優れた武勇を証明すれば、衛士かそれ以上の騎士にだって抜擢されます。

 まぁ……アルデは、すでにこの超絶天才美少女であるわたしに見いだされていますから、これ以上の名声などあり得ないわけですが、とはいえ、わたしはなぜかアルデに出場して欲しくなっていました。

 するとアルデの答えは意外すぎるものでした。

「村の賞品は、三カ月分の食料だったなぁ」

「……はい?」

 わたしは、アルデの答えの意味が分からずさらに問いかけました。

「いやあの……この領都の武術大会で優勝すれば、数カ月分どころか数年分の食料が買える賞金が出ますよ?」

「まぁそうなんだろうけど、お金なら、すでにお前から十分貰ったしさ」

「ああ、なるほど……」

「そういうわけで、いまいちヤル気が出ないんだよな」

 確かにわたしが支払った給金があれば、この武術大会の賞品など不要になるでしょうけれども。

 ですが武術大会へのモチベーションは、何も賞品だけではないわけで……

「アルデは、誰かと切磋琢磨しようと思わないのですか? 男性は、そういうのに興味があると聞いていますが」

 わたしのそばにいた親衛隊はみんな女性でしたが、お父──いえ国王の近衛隊には男性もたくさんいて、お互いの技能を磨くために日々模擬戦をしたりしているのをわたしも見ています。

 しかしアルデの答えは、またも意外なものでした。

「いやぁ……オレが戦うと弱い者いじめみたいになるから、本当は武術大会とか好きじゃないんだよ」

「……な、なるほど……」

 確かに……剣術だけならわたしをも圧倒するアルデですから、この世界の誰であっても敵ではないでしょう。

 でもどういうわけか、ならばなおさらアルデには出場してもらいたくなってきました。

 だからわたしはわざと焚きつけます。

「ふ~ん……強者が揃う武術大会で弱い者いじめとは。このわたしに、コテンパンに負けたのに言いますね?」

「そりゃお前が、使わないって言ってた魔法を使ったからだろ。剣術だけならオレが勝ってただろうが」

 ………………むかっ。

「あ、あのときは……手加減してあげてたんですよ?」

「へぇ? とてもそうは見えなかったが?」

「そうは見えなくてもそうだったのです。あそこでアルデを再起不能にしたら可哀想かなぁと思ってたのですからね?」

「そうかそうか。ならオレもちゃんと手加減してたぞ? でないとお前が真っ二つになってたからなぁ」

 ……………………むかむかっ。

「ふ、ふふん? なんとでも言えばいいのですよ。どのみち、勝ったのはわたしなのですから」

「ああそうだよ? 魔法を使われたら、お前に勝てるはずないもんなぁ。オレは魔法が使えないというのに、大人げもなく、魔法全開にされてはなぁ」

 ……………………むかむかむかっ!

「いいでしょう! ならば今度は本当に魔法抜きで戦ってやりますよ!?」

「ほぅ? でもアレだろ、どうせピンチになったら前言撤回するんだろ?」

「今度は絶対しませんよ!」

「一度してる人間に言われてもなぁ?」

「ならばわたしも武術大会に出てやります! そうしたらルールで縛られるのですから、魔法を使った時点でわたしの負けです!」

「ほぅ……まぁ確かに、お前が出るなら弱い者いじめにはならないし、肩慣らし、、、、にはちょうどいいかもな」

「か、肩慣らし! このわたしを相手取って肩慣らしですって!?」

 わたしは魔動車を道端に止めると、いよいよアルデに迫ります。

「いいでしょう! ならばその鼻っ柱、へし折ってやりますよ!」

「おお、それは楽しみだ」

 そんな感じで──

 ──わたしは、アルデ出場の説得に見事成功するのでした。

 決して………………アルデに乗せられたわけではありませんよ?
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