孤高のぼっち王女が理不尽すぎ! なのに追放平民のオレと……二人っきりの逃避行!?

佐々木直也

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第2章

第13話 お幸せに〜

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 アルデオレは、朝日のまぶしさに気づいて目を覚ました。

 少し体が重いな……と思って見ると、ベッドの上にティスリが伏せって眠っていた。

「こいつ……一晩中看病してくれてたのか?」

 額に載せてあった濡れタオルが落ちたが、まだ少し冷えている。どうやら夜中もちょくちょくタオルを交換してくれてたらしい。

「……まぢかよ」

 オレは驚いてティスリの顔を覗き込んだ。

 ティスリは、相変わらず綺麗な顔をしていて、本当に、精巧な人形でも見ているかのようだった。

(黙ってれば可愛いのに……何かを話し始めたら毒舌のオンパレードだもんなぁ)

 とはいえ、そんなティスリの毒舌も最近はイヤでないことに──いや、最初からイヤではなかったことに気づき、オレは苦笑する。

 振り回されてばかりだというのに、それでもイヤじゃないってことは、オレは騒がしい日常のほうが好みらしい。

 そんなことを考えながらオレはティスリに声を掛けた。

「お~い、ティスリ。朝だぞ。お前がどいてくれないと、オレが起き上がれないだろ」

「……うん?」

 オレが声を掛けると、ティスリが寝ぼけまなこでこちらを見る──こと数秒ほど。

「なっ……!?」

 ティスリはいきなり飛び起きて立ち上がると、くるりと回ってオレに背を向けてから言った。

「ああああなたは!? いったい何をしているんですか!?」

「何をって……いま起きたところだが」

「いま起きて、わたしの寝顔を見つめていたというのですか!?」

「見つめていた……っていうか、そりゃ、オレの横でお前も寝てたんだから視界にくらい入るだろ」

「女性の寝顔を見入るだなんて失礼にも程があるでしょう!?」

 またもよく分からない理屈をこねてくるティスリに、オレはやっぱり苦笑するしかない。

「見入るも何も、昨日の朝だってテントで寝起きを見ただろ」

「あのときは、わたしのほうが先に起きていたからセーフなのです!」

 どんな理屈なのかは知らないが……もういい加減、ティスリのアレが照れ隠しであることはよく分かっていた。耳まで真っ赤だしな。

 だからオレは謝ることにする。

「じっくり見たつもりはないんだが、いずれにしても悪かったって」

「分かればいいのです分かれば──」

 だが、ちょっと言葉を付け足してみることにした。

「それに、お前がイビキをかいていたりとか」

「え──!?」

「涎を垂らしていたりとか」

「な──!?」

「そんな寝方はしてなかったから安心しろって」

 そう言ってやると──

 ──ティスリは振り向き、真っ赤な顔で目を逆三角にして凄んできた。

「朝からケンカを売っているのですね!? いいでしょう! 今回も受けて立ってあげます!!」

「あ、やっぱ涎のあとが……」

「!?」

 ティスリが慌てて口元を押さえるのを見てから、オレはニヤリと笑ってやる。

「嘘だよ。お前みたいなわがまま娘でも、やっぱ乙女なんだなぁ」

「こ、この……!」

「心配すんなって。すごく可愛い寝顔だったから」

「かかか可愛いとか言わないでください!」

「褒めてんだからいいだろ」

「どのみちからかってるだけでしょ!」

「本気だが?」

「だとしてもタチが悪いんですよ! あなたの言い方とタイミングは!」

 そしてティスリはまた背を向けてしまった。

 少しの間、その肩を震わせて怒り心頭といった感じだったが、どうやらオレが病人であったことを思い出したらしい。

 だからティスリは、こちらを向かずに言ってきた。

「その調子だと、もう風邪は治ったようですね……!」

「お。そう言えばそうだな。もう怠くもないし、熱も引いたようだ」

「ならあとで覚悟してなさい……! きっちり懲らしめてあげますから!」

「えー? 夜通し看病してくれた相手なのにか?」

「くっ……くぅ……!!」

 もはや背中からでも、ティスリが茹でダコのようになっているのが分かる。頭頂部から湯気でもあがってきそうだった。

 どうやら看病のことを言及されたくないらしいティスリは、吐き捨てるように言ってきた。

「シャワーを浴びてきます! あなたも元気になったならさっさと着替えて身支度してなさい!」

 そう言って、勢いよく部屋を飛び出してしまう。

「……ちょいと、からかいすぎたかな?」

 ティスリの戦闘能力を思い出し、オレはちょっとビビったりもしたが……

 ま、まぁ大丈夫だろう。何しろティスリのせいで風邪引いたんだし、しばらくはその後ろめたさで大抵のことは許してくれるはず……たぶん。

「ま、たくさんからかったほうがいつもの調子に戻るだろ」

 オレは、頬を伝う一筋の汗を拭ってベッドから出た。

 そうして着替えをすませることしばし、仏頂面のティスリが戻ってきた。

「準備できましたか?」

「おう。体調も本調子だぜ。ティスリのおかげだ」

「もうそれはいいですってば……!」

「いや、まぢで感謝してるんだからさ。看病ありがとうな」

「ありがたく思うのならそれ以上言わないでください!」

 今のは本心なのだが、ティスリにはそっぽを向かれてしまった。

 そんなやりとりの後、オレたちは一階の食堂へと降りる。

 今朝も、ティスリが作ってくれたスープとパンというメニューだった。それでもスープは残ってしまったので、あとは従業員のまかないにしてくれるらしい。

 それから受付カウンターで女将さんに部屋の鍵を返した。

「すっかり良くなったようだね」

 女将さんも、オレが風邪を引いていたのは知っていたのでそんなことを言ってきた。なのでオレは頷いた。

「ええ、おかげさまで。何かとありがとうございました」

 何かと、というのは、主にティスリ製スープの後始末をしてくれたことではあるが。

 含みのあるオレの言い回しに女将さんも気づいたのか、豪快に笑ってからティスリに言った。

「せっかく、お嬢ちゃんが甲斐甲斐しく頑張ってたんだしね」

 女将さんのそんな台詞に、ティスリがちょっと口先を尖らせる。

「甲斐甲斐しくは余計です。わたしは、人として当然のことをしたまでです」

「おやおや、照れちゃって初々しいね!」

「て、照れてなんていません……!」

「とにかく、旦那のことは大切にするんだよ!」

「だ、だんな……?」

 首を傾げるティスリに、女将さんは「おや?」と言った。

「なんだい、まだ結婚してなかったのかい?」

「は、はぁ!?」

 女将さんのその物言いように、ティスリが大きく悲鳴を上げた。

「け、結婚なんてするわけないじゃないですか!?」

「え? いやだって、二人とも薬指に指輪をしているし」

「あっ……」

 女将さんに言われて、オレたちはハタと気づく。

 そう言われてみれば、二人とも同じ指輪を左手の薬指に付けていた。これでは、夫婦か婚約者だと思われても仕方がない。

 っていうか、守護の指輪は男避けの役目もあるわけだから、むしろ夫婦だと思わせるために付けていた、といっても間違いではないのだが……

 しかしティスリは、自分の意図もド忘れしたのか大慌てで言い募る。

「ち、違います! これは男避けのために付けているだけで──」

 しかし女将さんはますます首を傾げる。

「そりゃあ、婚約指輪なら男避けになるだろ?」

「だ、だから! 男避けのためだけ、、に付けているのです! 結婚とか婚約とかはしていません!!」

「へ? そうなのかい?」

 女将さんは不思議そうにオレに視線を向けてきた。

「ええまぁ……そういうことなんです」

 オレは苦笑しながら答えると、なぜか女将さんは納得したかのような顔つきになった。

「ああ……そういうことかい。なるほどね」

 いったい、どういうことだと解釈したのだろう?

 オレが首を傾げていると、女将さんはティスリに言った。

「まぁなんにしても、お嬢ちゃんは料理をがんばんな」

「な、なんです急に……」

「どんな男でも、胃袋さえ掴んでおけば安心だからね」

「なんだかとっても納得いかない話なんですけど!?」

 あー、なるほど?

 たぶん女将さんは、まったくもって素直じゃないティスリの性格が災いして、オレたちが結婚できずにいるとでも思ったのだろう。

 しかし性格に難ありだったとしても、美味しい料理さえ出してれば、いずれはゴールイン出来る……的な。

 女将さんはオレにも言ってきた。

「この子、性根はいいコなんだから、あんたも愛想尽かすんじゃないよ?」

「ええ、分かってますよ」

 そんな大人のやりとりだというのに、ティスリだけがムキになっている。

「愛想尽かすとかそういう関係じゃないんですよ本当に!!」

 ティスリは、この場で何時間も弁明をしそうになっていたので、オレはティスリの両肩を押さえると、回れ右をさせて背を押した。

「はいはい分かったから。そろそろ行くぞ」

「ちょ、ちょっとアルデ!? あの勘違いしている人を放っておくなど──」

「いいから。仕事の邪魔になるから」

「言っておきますが、愛想尽かされかねないのはアルデのほうなんですからね!?」

「分かってるって。そうならないよう精々がんばるよ」

 背後から「お幸せに~」と声を掛けてくる女将さんに手を振りながら、オレたちは宿屋を出た。

 それと世話になった町医者のじいさんにもお礼を言って(そこでまたティスリが冷やかされていたが)、オレたちはその宿場町を後にしたのだった。
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