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第1章
番外編3 アルデの男飯
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「う~~~ん……腹減った」
ティスリの隣の助手席で、アルデは大きく伸びをしてからそんなことをつぶやきます。
宿場町を出てから数時間ほど。最初は、魔動車のスピードに興奮していたアルデでしたが、もう飽きたようです。
だからわたしは言いました。
「あなたは……本当に子供のようですね」
「お? 子供のように可愛げがあるってか?」
「誰もそんなこと言ってません。図体ばかりが大人で知能は子供だなんて、可愛げがあると思いますか?」
「いつまでも少年の心を忘れない感じでいいだろ」
「はた迷惑なだけですからね、それ」
わたしはため息をつくと、延々と続く畦道を眺めました。
「でも……しばらくは宿場町もないようですし、どうしましょうか」
「実はオレ、食事を持ってきているんだ」
「そうなのですか?」
「ああ、だから少し休憩を入れて食べようぜ」
「なるほど……ではそうしましょうか」
わたしも、まだ不慣れな運転のせいでちょっと疲れていたところです。なので魔動車を畦道から外して、点在する樹々の根元にまで走らせるとそこで止めました。
「この木陰でも、食事の準備は出来ますか?」
「ああ。ってか特に準備することもないしな」
「準備の必要がないって……いったいどんな食事なのです?」
「王城でお前を待っている間、地下厨房で燻製肉を作ってたんだよ。それを持ってきてたんだ」
「あなたは城内で追われていたんですよね? だというのにずいぶんとお気楽なものです」
「別にいいじゃん。お前の指輪のおかげで安全だったわけだし」
「そ……そうですか……なら別にいいのですけれど……」
「なんで赤くなってるの?」
「赤くなどなっていません!」
まったくアルデは……いきなり称賛されては誰だって動揺するというものです……!
わたしは心を静めながら魔動車を降りました。アルデもそれに続きます。
外は気持ちのいい春風が吹いていて髪を撫でていきます。そんな草原でわたしは深呼吸をしました。
魔動車は早くて乗り心地もいいのですが、息が詰まるところがちょっと難点ですね。まぁそれは馬車とて変わりませんが……しかし改良の余地はありそうです。いっそ、屋根を開閉式にしたらいいかもしれません。晴れていれば外気に触れられますし。
そんなことを考えつつ樹木の根元に座ると、アルデが燻製肉の入った箱を手渡してきました。
「ほれ。オレ様お手製の燻製肉だぞ」
「……これ、食べられるんですか?」
雑に詰められている燻製肉を見て、わたしは眉をひそめました。
「失礼なヤツだな。欲しくないならオレが全部食べるが?」
「まぁ…………毒ではないようですし頂きますが……」
アルデにあげた守護の指輪(改)は二つ作っていて、そのうち一つはわたしが身につけているのですが、それが毒検知しないことから食べられないほどではないのでしょう。
わたしがそう考えているとアルデが言ってきます。
「文句言わず食え。非常食みたいなものなんだから」
わたしは、燻製肉が詰まった箱を受け取ってから聞きました。
「それで、フォークとナイフとお皿は?」
「んなもんあるか。手掴みだよ手掴み」
アルデは燻製肉を本当に手掴みすると、そのまま口に運びます。
それを見て、わたしは呆れてしまいました。
「な、なんて野蛮な……」
「野蛮って……そもそもお前、クレープは素手で食べてたじゃんか」
「あれはそういう作法の食べ物だからです。しかしお肉は違うじゃないですか」
「違う、と言われてもな……」
「とても人間の所業とは思えません。やっぱりアルデは猿か何かなのでは?」
「あのなぁ……こんなの平民の間じゃ普通だっての、普通」
「本当ですか?」
「本当だって。だいたい、大半の平民は農作業をしてるんだぞ? そんな重労働の合間の昼飯を、フォークとナイフで食べると思うか?」
「む……それは確かに……」
農作業がどういうものかいまいちイメージできませんが、少なくとも屋外であることに間違いはないわけで、となると確かに、フォークとナイフで食事をするのは想像できません。
「アルデ、平民は本当に手掴みで食べるのですね?」
「本当だってば」
「であれば……王女でもなんでもない今のわたしも、その作法に倣うのが筋というものです、が……」
わたしは、燻製肉をかじるアルデを横目でじーっと見ます。
するとアルデは、不思議そうな顔を向けてきました。
「なんだよ? まだ何か不満があるのか?」
「いえ……不満はないのですけれども……」
やっぱり……こんな無作法なこと、誰かの前でやるのは気恥ずかしいわけで……
特に、どういうわけかアルデの前で行うのは気が引けます……!
なのでわたしはスクッと立ち上がりました。
「どうしたんだよ、急に立ち上がって」
「この樹の反対側で食べてきます。決して、覗かないよーに」
「いや覗くなって……風呂じゃないんだから……」
風呂という単語を聞いて、露天風呂での一件を思い出してしまい、わたしは羞恥で顔が熱くなるのを感じました。
「いいから! とにかく覗くんじゃありませんよ!?」
「分かった分かった。お姫様は妙なところにこだわるなぁ……」
アルデに言い含めてから、わたしはいそいそと反対側の根元に回ってから腰を下ろします。
そうして指先で、燻製肉をつまむと口に運びました。
「アルデ……硬いんですけど」
背後にいるアルデに文句を言うと声だけが聞こえてきました。
「仕方がないだろ。急ごしらえだったんだから」
「あとしょっぱいです」
「塩をたくさん付けないと保存が効かないだろうが」
「平たく言うと、まずいです」
「保存食なんだから仕方がないだろ!?」
口の中でモゴモゴしても、燻製肉はなかなか柔らかくなりません。
「はぁ……やはりアルデに料理を任せたのは失敗でした……」
「こんな状況だというのに、食料を持っていたオレを褒めて欲しいくらいだが!?」
「瓶詰め食品だってもうちょっと美味しいですよ」
「むしろ瓶詰めは美味しいだろ!? ちゃんと調理されているんだから!」
「次の街では、瓶詰めをたくさん買っておきましょう。わたしの魔動車なら余裕で運べます」
「あーはいはい。そうしてくれ。じゃあもう燻製肉はいらないんだな?」
そう言いながらアルデが回り込んでくるので、わたしは慌てて立ち上がると樹の陰に隠れました。
「覗かないでと言ったでしょう!?」
「いや覗いたつもりはないが……もう食べてないのかと思って」
「食べますよ! お腹が空いてるんですから!」
「なら文句言わず食えよな、もぅ……」
樹の反対側から、アルデのため息が聞こえてきました。
……もしかして、ちょっと言い過ぎたでしょうか?
確かに、この状況下で食事の準備をしていたアルデは、悪いどころか機転が効いていたと言えなくもないわけで……
わたしは燻製肉に視線を落として、二枚目を口に入れました。
「ま、まぁ……」
そしてわたしは、再びモゴモゴしてから言いました。
「アルデはシェフでもないわけですし、こうして食料を調達していたことでよしとしましょう」
幹の裏側から、アルデの声が聞こえてきます。
「へいへい。次はまっとうなシェフに保存食を作ってもらってくれ」
わたしがせっかく褒めたのに、アルデはあんまり喜んでいないようです。
家臣達なら泣いて喜ぶというのに……
だからわたしは、なんとなく釈然としないながらも言葉を続けます。
「それに、食べられないほどではないですからね?」
「はいはい、まずくて悪かったな」
「どちらかというと、噛むほどに味が出てくる気がしなくもないです」
「そりゃあ……燻製肉なんだからそうだろ」
「所詮はアルデの料理だと思えば食も進むというものです」
「……そうかい」
「ですから、こうしてわたしが食べてあげてるんですからね?」
「…………?」
「ちょっとアルデ、聞いてますか……!?」
燻製肉を飲み込んだわたしは、アルデを覗き込むと……アルデは肉片を咥えながら、不思議そうにわたしを見上げていました。
「お前さ……」
「な、なんです?」
「もしかして、オレを褒めようとしてたの?」
「ち、違いますよ!?」
こ、この男は……!
どうしていつもいつも、デリカシーのない物言いようをするのか!
わたしは再び幹の陰に隠れると、三枚目の燻製肉を口に入れて、その固さに怒りをぶつけるのでした!
(つづく)
ティスリの隣の助手席で、アルデは大きく伸びをしてからそんなことをつぶやきます。
宿場町を出てから数時間ほど。最初は、魔動車のスピードに興奮していたアルデでしたが、もう飽きたようです。
だからわたしは言いました。
「あなたは……本当に子供のようですね」
「お? 子供のように可愛げがあるってか?」
「誰もそんなこと言ってません。図体ばかりが大人で知能は子供だなんて、可愛げがあると思いますか?」
「いつまでも少年の心を忘れない感じでいいだろ」
「はた迷惑なだけですからね、それ」
わたしはため息をつくと、延々と続く畦道を眺めました。
「でも……しばらくは宿場町もないようですし、どうしましょうか」
「実はオレ、食事を持ってきているんだ」
「そうなのですか?」
「ああ、だから少し休憩を入れて食べようぜ」
「なるほど……ではそうしましょうか」
わたしも、まだ不慣れな運転のせいでちょっと疲れていたところです。なので魔動車を畦道から外して、点在する樹々の根元にまで走らせるとそこで止めました。
「この木陰でも、食事の準備は出来ますか?」
「ああ。ってか特に準備することもないしな」
「準備の必要がないって……いったいどんな食事なのです?」
「王城でお前を待っている間、地下厨房で燻製肉を作ってたんだよ。それを持ってきてたんだ」
「あなたは城内で追われていたんですよね? だというのにずいぶんとお気楽なものです」
「別にいいじゃん。お前の指輪のおかげで安全だったわけだし」
「そ……そうですか……なら別にいいのですけれど……」
「なんで赤くなってるの?」
「赤くなどなっていません!」
まったくアルデは……いきなり称賛されては誰だって動揺するというものです……!
わたしは心を静めながら魔動車を降りました。アルデもそれに続きます。
外は気持ちのいい春風が吹いていて髪を撫でていきます。そんな草原でわたしは深呼吸をしました。
魔動車は早くて乗り心地もいいのですが、息が詰まるところがちょっと難点ですね。まぁそれは馬車とて変わりませんが……しかし改良の余地はありそうです。いっそ、屋根を開閉式にしたらいいかもしれません。晴れていれば外気に触れられますし。
そんなことを考えつつ樹木の根元に座ると、アルデが燻製肉の入った箱を手渡してきました。
「ほれ。オレ様お手製の燻製肉だぞ」
「……これ、食べられるんですか?」
雑に詰められている燻製肉を見て、わたしは眉をひそめました。
「失礼なヤツだな。欲しくないならオレが全部食べるが?」
「まぁ…………毒ではないようですし頂きますが……」
アルデにあげた守護の指輪(改)は二つ作っていて、そのうち一つはわたしが身につけているのですが、それが毒検知しないことから食べられないほどではないのでしょう。
わたしがそう考えているとアルデが言ってきます。
「文句言わず食え。非常食みたいなものなんだから」
わたしは、燻製肉が詰まった箱を受け取ってから聞きました。
「それで、フォークとナイフとお皿は?」
「んなもんあるか。手掴みだよ手掴み」
アルデは燻製肉を本当に手掴みすると、そのまま口に運びます。
それを見て、わたしは呆れてしまいました。
「な、なんて野蛮な……」
「野蛮って……そもそもお前、クレープは素手で食べてたじゃんか」
「あれはそういう作法の食べ物だからです。しかしお肉は違うじゃないですか」
「違う、と言われてもな……」
「とても人間の所業とは思えません。やっぱりアルデは猿か何かなのでは?」
「あのなぁ……こんなの平民の間じゃ普通だっての、普通」
「本当ですか?」
「本当だって。だいたい、大半の平民は農作業をしてるんだぞ? そんな重労働の合間の昼飯を、フォークとナイフで食べると思うか?」
「む……それは確かに……」
農作業がどういうものかいまいちイメージできませんが、少なくとも屋外であることに間違いはないわけで、となると確かに、フォークとナイフで食事をするのは想像できません。
「アルデ、平民は本当に手掴みで食べるのですね?」
「本当だってば」
「であれば……王女でもなんでもない今のわたしも、その作法に倣うのが筋というものです、が……」
わたしは、燻製肉をかじるアルデを横目でじーっと見ます。
するとアルデは、不思議そうな顔を向けてきました。
「なんだよ? まだ何か不満があるのか?」
「いえ……不満はないのですけれども……」
やっぱり……こんな無作法なこと、誰かの前でやるのは気恥ずかしいわけで……
特に、どういうわけかアルデの前で行うのは気が引けます……!
なのでわたしはスクッと立ち上がりました。
「どうしたんだよ、急に立ち上がって」
「この樹の反対側で食べてきます。決して、覗かないよーに」
「いや覗くなって……風呂じゃないんだから……」
風呂という単語を聞いて、露天風呂での一件を思い出してしまい、わたしは羞恥で顔が熱くなるのを感じました。
「いいから! とにかく覗くんじゃありませんよ!?」
「分かった分かった。お姫様は妙なところにこだわるなぁ……」
アルデに言い含めてから、わたしはいそいそと反対側の根元に回ってから腰を下ろします。
そうして指先で、燻製肉をつまむと口に運びました。
「アルデ……硬いんですけど」
背後にいるアルデに文句を言うと声だけが聞こえてきました。
「仕方がないだろ。急ごしらえだったんだから」
「あとしょっぱいです」
「塩をたくさん付けないと保存が効かないだろうが」
「平たく言うと、まずいです」
「保存食なんだから仕方がないだろ!?」
口の中でモゴモゴしても、燻製肉はなかなか柔らかくなりません。
「はぁ……やはりアルデに料理を任せたのは失敗でした……」
「こんな状況だというのに、食料を持っていたオレを褒めて欲しいくらいだが!?」
「瓶詰め食品だってもうちょっと美味しいですよ」
「むしろ瓶詰めは美味しいだろ!? ちゃんと調理されているんだから!」
「次の街では、瓶詰めをたくさん買っておきましょう。わたしの魔動車なら余裕で運べます」
「あーはいはい。そうしてくれ。じゃあもう燻製肉はいらないんだな?」
そう言いながらアルデが回り込んでくるので、わたしは慌てて立ち上がると樹の陰に隠れました。
「覗かないでと言ったでしょう!?」
「いや覗いたつもりはないが……もう食べてないのかと思って」
「食べますよ! お腹が空いてるんですから!」
「なら文句言わず食えよな、もぅ……」
樹の反対側から、アルデのため息が聞こえてきました。
……もしかして、ちょっと言い過ぎたでしょうか?
確かに、この状況下で食事の準備をしていたアルデは、悪いどころか機転が効いていたと言えなくもないわけで……
わたしは燻製肉に視線を落として、二枚目を口に入れました。
「ま、まぁ……」
そしてわたしは、再びモゴモゴしてから言いました。
「アルデはシェフでもないわけですし、こうして食料を調達していたことでよしとしましょう」
幹の裏側から、アルデの声が聞こえてきます。
「へいへい。次はまっとうなシェフに保存食を作ってもらってくれ」
わたしがせっかく褒めたのに、アルデはあんまり喜んでいないようです。
家臣達なら泣いて喜ぶというのに……
だからわたしは、なんとなく釈然としないながらも言葉を続けます。
「それに、食べられないほどではないですからね?」
「はいはい、まずくて悪かったな」
「どちらかというと、噛むほどに味が出てくる気がしなくもないです」
「そりゃあ……燻製肉なんだからそうだろ」
「所詮はアルデの料理だと思えば食も進むというものです」
「……そうかい」
「ですから、こうしてわたしが食べてあげてるんですからね?」
「…………?」
「ちょっとアルデ、聞いてますか……!?」
燻製肉を飲み込んだわたしは、アルデを覗き込むと……アルデは肉片を咥えながら、不思議そうにわたしを見上げていました。
「お前さ……」
「な、なんです?」
「もしかして、オレを褒めようとしてたの?」
「ち、違いますよ!?」
こ、この男は……!
どうしていつもいつも、デリカシーのない物言いようをするのか!
わたしは再び幹の陰に隠れると、三枚目の燻製肉を口に入れて、その固さに怒りをぶつけるのでした!
(つづく)
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