38 / 245
第1章
第1章最終話 わたしたちが追放してやるんですよ
しおりを挟む
レーヴァテインは、アルデから大きく逸れた先の床を溶解させてから消失する。
それと同時に、ティスリの体に絡みついていた炎の渦も消失し、蒸発していた豪雨の煙だけがしばらく残っていた。
いったいどのくらいの時間が経ったのか──一分だった気もするし、一時間だったかもしれない。
やがて水蒸気も消えていき、その向こうには、ずぶ濡れになったティスリの姿だけがあった。
そんなティスリに、オレが声を掛ける。
「ったく……手間かけさせて。少しは頭が冷えたか?」
オレがそう言うと、ティスリはギロリと睨んできた。
頭は冷えても、まだ怒りは収まっていないらしい。
「わたしがあなたを殺せないことが分かっていて……あなたは、どれだけ卑怯なのですか」
「使えるものは使う。それがオレの主義なんだ。でなければ、ただの平民が王侯貴族相手に立ち回れるかよ」
「そんな手が通用するのはわたしだけですからね? ただの王侯貴族なら、問答無用であなたを処断しているところです」
「分かってるよ。お前だからカマを掛けたに決まってるだろ」
「………………」
ティスリはむっつりしていたが、なぜか頬を赤らめていた。
そんな、なんとも言えない表情でティスリが言ってくる。
「言っておきますが、まだあなたのことを信じたわけではありません。これからさらなる事情聴取を行いますから覚悟してください」
「口の回る貴族共に、いくら聞いたって無駄だろ? それよりチャッチャと産科で検査すればいいじゃんか」
「子供を授からなくても、そういう行為がなかったわけではないでしょう!?」
「はぁ……分かったよ。それなら思う存分、気がすむまで調べたら──」
ガコン──!
オレが話していたら、突如として……
体が傾いた。
「アルデ!?」
悲鳴に近いティスリの声。
オレは目を見開いて、自分の足元を見る。
床が崩れていた。
さきほどティスリが放った一撃で、オレが立っていた床まで崩壊したようだ。
そうしてオレは、空中庭園の外に投げ出される。
「……をや?」
オレは、自由落下を感じながら首を傾げた。
今、オレはティスリの指輪を装備していない。
だから、防御結界は発現しない。
そしてもちろん、オレは魔法が使えない。
と、いふことは……つまりあと数秒で……
「地面に激突して死ぬのでは?」
そんなことをつぶやいたら、悲壮な声が聞こえてきた。
「アルデ! 手を伸ばして!!」
声の方を見ればティスリまで落ちていて──
オレが手を伸ばしたかと思うと──
引っ張り上げられた?
「え?」
落下していたはずのオレは、飛翔していることに気づいた。
「空を、飛んでいる……! 魔法か……!?」
オレが目を見開いてティスリを見ると、彼女はオレを抱き締めていて、そして睨んできた。
「なんで落ちるんですか!?」
理不尽なその物言いように、オレは首を傾げるしかない。
「いやなんでも何も……アナタが床を破壊したからデスガ?」
「床がなくなったくらいで落ちるとは何事です!」
「床がなくなったら落ちるだろ、そりゃ……」
「あなたは魔法が使えないんですから死んじゃうでしょ!?」
「ええ、まぁ……そうですが……」
「なら落ちちゃダメでしょ!?」
「デ、デスヨネー……」
いや、魔法が使えないから落ちるんだが……
そもそも、空を飛ぶ魔法があるなんて知らなかったぞ?
コイツ、いくら天才だとはいえ……もはやなんでもアリだな。
オレは、半ば呆れてティスリを見ると、ティスリは、雨に濡れた瞳をオレに向けた。
濡れているその美しい双眸は、まるで泣いているかのようだった。
「もう……わたしの前からいなくならないでください……!」
そうとだけ言ってから、オレの胸に顔を埋める。
うーむ……こうして美少女と抱き合って空を飛んでいるというのに、ティスリの鎧が邪魔をして、肢体の感触がまったくもって味わえない……残念だ。
仕方がないので、オレは鎧ごとティスリを抱き締めた。
そのとき、ティスリの肩がピクリと動く。
鎧に覆われているというのに、なかなかウブい反応をするじゃないか。
なのでオレは、ささやかながらの仕返しとして……ティスリの耳元で囁いた。
「分かったよ。善処する」
ティスリの耳たぶは真っ赤になるが、嫌がる素振りは見せない。その代わりに文句を言ってきた。
「貴族みたいな言い方しないで」
オレは苦笑をしながら、もう一度耳元で囁く。
「悪かった。もう、どこにも行かない」
「分かればいいんですよ、分かれば……」
そうしてオレたちは、抱き合ったまま空を飛び続けて──
──やがて雨雲を抜けて、夕焼けに染まる雲の上にまでやってきていた。
そんな幻想的な光景の中、ティスリがぽつりとつぶやく。
オレの胸の中で。
「もう……いいです」
「何が?」
「あなたの子供を授かってあげます、と言っているのです」
「いやだから、まぢで手を出してないんだってば……」
「それは時間が証明するでしょう」
「はぁ……まぁそれでいいよ」
「だから……もうこのまま旅立ちましょ……?」
そしてティスリが顔を上げる。
赤く張らした瞳は、あれだけ強かった彼女を、とても弱々しく見せていた。
「こんな面倒な王宮なんて、もううんざりです」
その物言いように「いちばんこじらせたのはお前じゃんか」と思わず言ってやりたくなったが……大人なオレは文句を飲み込んでからニヤリと笑う。
「まったくだ。二人でさっさと追放されよう」
「あんな王宮、わたしたちが追放してやるんですよ」
「なるほどな。確かにその通りだ」
そうして──オレたちは笑い合った。
(エピローグにつづく)
それと同時に、ティスリの体に絡みついていた炎の渦も消失し、蒸発していた豪雨の煙だけがしばらく残っていた。
いったいどのくらいの時間が経ったのか──一分だった気もするし、一時間だったかもしれない。
やがて水蒸気も消えていき、その向こうには、ずぶ濡れになったティスリの姿だけがあった。
そんなティスリに、オレが声を掛ける。
「ったく……手間かけさせて。少しは頭が冷えたか?」
オレがそう言うと、ティスリはギロリと睨んできた。
頭は冷えても、まだ怒りは収まっていないらしい。
「わたしがあなたを殺せないことが分かっていて……あなたは、どれだけ卑怯なのですか」
「使えるものは使う。それがオレの主義なんだ。でなければ、ただの平民が王侯貴族相手に立ち回れるかよ」
「そんな手が通用するのはわたしだけですからね? ただの王侯貴族なら、問答無用であなたを処断しているところです」
「分かってるよ。お前だからカマを掛けたに決まってるだろ」
「………………」
ティスリはむっつりしていたが、なぜか頬を赤らめていた。
そんな、なんとも言えない表情でティスリが言ってくる。
「言っておきますが、まだあなたのことを信じたわけではありません。これからさらなる事情聴取を行いますから覚悟してください」
「口の回る貴族共に、いくら聞いたって無駄だろ? それよりチャッチャと産科で検査すればいいじゃんか」
「子供を授からなくても、そういう行為がなかったわけではないでしょう!?」
「はぁ……分かったよ。それなら思う存分、気がすむまで調べたら──」
ガコン──!
オレが話していたら、突如として……
体が傾いた。
「アルデ!?」
悲鳴に近いティスリの声。
オレは目を見開いて、自分の足元を見る。
床が崩れていた。
さきほどティスリが放った一撃で、オレが立っていた床まで崩壊したようだ。
そうしてオレは、空中庭園の外に投げ出される。
「……をや?」
オレは、自由落下を感じながら首を傾げた。
今、オレはティスリの指輪を装備していない。
だから、防御結界は発現しない。
そしてもちろん、オレは魔法が使えない。
と、いふことは……つまりあと数秒で……
「地面に激突して死ぬのでは?」
そんなことをつぶやいたら、悲壮な声が聞こえてきた。
「アルデ! 手を伸ばして!!」
声の方を見ればティスリまで落ちていて──
オレが手を伸ばしたかと思うと──
引っ張り上げられた?
「え?」
落下していたはずのオレは、飛翔していることに気づいた。
「空を、飛んでいる……! 魔法か……!?」
オレが目を見開いてティスリを見ると、彼女はオレを抱き締めていて、そして睨んできた。
「なんで落ちるんですか!?」
理不尽なその物言いように、オレは首を傾げるしかない。
「いやなんでも何も……アナタが床を破壊したからデスガ?」
「床がなくなったくらいで落ちるとは何事です!」
「床がなくなったら落ちるだろ、そりゃ……」
「あなたは魔法が使えないんですから死んじゃうでしょ!?」
「ええ、まぁ……そうですが……」
「なら落ちちゃダメでしょ!?」
「デ、デスヨネー……」
いや、魔法が使えないから落ちるんだが……
そもそも、空を飛ぶ魔法があるなんて知らなかったぞ?
コイツ、いくら天才だとはいえ……もはやなんでもアリだな。
オレは、半ば呆れてティスリを見ると、ティスリは、雨に濡れた瞳をオレに向けた。
濡れているその美しい双眸は、まるで泣いているかのようだった。
「もう……わたしの前からいなくならないでください……!」
そうとだけ言ってから、オレの胸に顔を埋める。
うーむ……こうして美少女と抱き合って空を飛んでいるというのに、ティスリの鎧が邪魔をして、肢体の感触がまったくもって味わえない……残念だ。
仕方がないので、オレは鎧ごとティスリを抱き締めた。
そのとき、ティスリの肩がピクリと動く。
鎧に覆われているというのに、なかなかウブい反応をするじゃないか。
なのでオレは、ささやかながらの仕返しとして……ティスリの耳元で囁いた。
「分かったよ。善処する」
ティスリの耳たぶは真っ赤になるが、嫌がる素振りは見せない。その代わりに文句を言ってきた。
「貴族みたいな言い方しないで」
オレは苦笑をしながら、もう一度耳元で囁く。
「悪かった。もう、どこにも行かない」
「分かればいいんですよ、分かれば……」
そうしてオレたちは、抱き合ったまま空を飛び続けて──
──やがて雨雲を抜けて、夕焼けに染まる雲の上にまでやってきていた。
そんな幻想的な光景の中、ティスリがぽつりとつぶやく。
オレの胸の中で。
「もう……いいです」
「何が?」
「あなたの子供を授かってあげます、と言っているのです」
「いやだから、まぢで手を出してないんだってば……」
「それは時間が証明するでしょう」
「はぁ……まぁそれでいいよ」
「だから……もうこのまま旅立ちましょ……?」
そしてティスリが顔を上げる。
赤く張らした瞳は、あれだけ強かった彼女を、とても弱々しく見せていた。
「こんな面倒な王宮なんて、もううんざりです」
その物言いように「いちばんこじらせたのはお前じゃんか」と思わず言ってやりたくなったが……大人なオレは文句を飲み込んでからニヤリと笑う。
「まったくだ。二人でさっさと追放されよう」
「あんな王宮、わたしたちが追放してやるんですよ」
「なるほどな。確かにその通りだ」
そうして──オレたちは笑い合った。
(エピローグにつづく)
1
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?


大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる