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第1章

第17話 露天風呂に向かうティスリの背中を眺めるのだった……

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「す……すっげ……!」

 アルデオレは、エントランスホールを見上げて呆然としていた。

 広大なエントランスは五階分くらいの吹き抜けになっていて、館内だというのに滝やら川やらが流れている。せせらぎの音がやんわりとホールを満たし、その岸辺は笹と花で彩られ、まるっきり屋外庭園のようだった。オレたちが行く先にはアーチ状で朱色の橋まである。

 だからオレはティスリに耳打ちをした。

「な、なんで建物の中に川やら橋やらがあるんだ……?」

「さぁ? 豪華に見せたい演出じゃないですか?」

 つまり、豪華に見せるという見栄だけのために、こんな凝った作りにしてるのかよ……上流階級の感覚ってどうなってんだ? オレならあっちの竹藪で寝起きができそうだ。しかもかなり快適に。

 そうしてオレたちが案内された部屋は、この旅館の最上階に位置する部屋だった。最上階がすべてオレたちの部屋らしい。

 扉を開けると、まず香ばしい匂いが鼻孔を突いてきたので、オレはそれだけで驚いた。

「な、なんだか不思議な部屋だな……」

「この旅館は、東の国の建築様式を模しているそうですよ。ああアルデ、靴はココで脱いで頂戴。そういう文化だそうです」

 オレは言われるままに靴を脱ぐと室内に入る。

 どうやら床は草を編み込んだ材質らしく、少し弾力があった。草原を素足で歩く感覚に近いかもしれない。戸惑うオレにティスリが言った。

「これはタタミという床材で、い草が使われているそうです」

「そ、そうなのか……不思議な感じだが、なんか落ち着くかも……あ、他の部屋も見てきていいか?」

「あなたは落ち着きがありませんね。まぁ構いませんけど。わたしは女将と少し話がありますのでここにいます」

 ティスリは食事の時間とかの指示を出すようだから、オレは室内を見学することにした。

 まず最初に入ったのがリビングなのだろう。タタミという床材の枚数を数えてみたらザッと40枚はありそうだ。オレとティスリのふたりで使うには広すぎるなぁ……

 そのリビングルームには、黒光りする高級そうなローテーブルが一台に、足のない椅子がある。床に直接座るということなのだろう。だから靴を脱ぐ分けか。

 壁には巻物をほどいたかのような細長い絵画が張られていて、たぶんこれも高級品なのだろう。触らないようにしなくては。あとは花が飾られている。

 リビングの他にも部屋がたくさんあるのだが、それもリビングと同じような構造になっていた。にしても宿屋だというのにベッドがないな。なぜだろう……?

 さらには大きな庭園もあって、屋上だというのに樹が生えているわ、庭園なのに砂利が敷かれているわ、その砂利には波紋のような模様が描かれていて、要所要所に岩が置かれているわ……きっとこの庭自体が芸術品なのだろう。砂利に足跡でも付けた日には怒られるどころか、損害賠償を請求されかねないのでオレは庭に出るのをやめた。

 そして宿屋の個室だというのに、公衆浴場ではなく専用の風呂まで付いている。しかも風呂が屋外にあった。

 オレは別にいいけど、ティスリは覗かれるんじゃないかと一瞬思うも、そもそも、高台に立つ高級旅館で、その最上階とあっては周囲に建物は一軒もない。だから覗きの心配はなさそうだ。しかも屋外風呂からは街を見下ろせる。この辺は貴族街だから、灯りが煌々と灯っていて大変に綺麗だ。

 いやはや……それにしても……とてつもない豪華さだな。オレはその雰囲気に当てられて若干フラつきながらリビングに戻った。

 するとティスリはすでに打ち合わせを終えていて、足のない椅子にちょこんと座り、お茶をすすっていた。さっきの女将さんが淹れてくれたらしい。

 お茶をすすってからティスリが言ってくる。

「夕食は一時間後くらい後に持ってきてもらうことにしましたが、構いませんよね」

「ああ……大丈夫だ」

 驚きと緊張のあまり空腹感を忘れていたが、指摘されたら腹がぐーっとなっていた。

「ところでティスリ、この旅館、ベッドがないんだが……」

「ああ。この旅館のベッドは折りたたみ式なのです。布団というそうですよ」

「こんなに広いのに折りたたみ式なのか?」

「まぁ……そう言われてみればそうですが、これも、東の国の文化らしいです」

「へぇ? 変わった文化だな。どうやって組み立てるんだ?」

「女中があとで布団を敷きに来てくれますから、わたしたちは何もしなくて大丈夫です」

「至れり尽くせりだなぁ……」

 貴族連中は、普段からこんな感じに、服は着せて貰うわベッドは用意してもらうわであるならば……衛士連中があんな性格に育つのも分からんでもないと思う。

「それでアルデ、部屋の見学は終わったのですか?」

「おう、一通りは。そうそう、この部屋、最上階なのに庭があるんだぜ?」

「枯山水という庭の表現方法ですよ。これも東の文化だとか。石で山や水を表現しているそうです」

「かれさんすい? なんでわざわざ枯らすんだ?」

「さぁ……もしかすると東の国は、水が少ない気候なのかもしれませんね」

「ああ、聞いたことあるぞ? 砂漠みたいな感じかな?」

「かもしれません。だとしたら生活は大変でしょうね」

「だなぁ……あ、それと風呂もあったんだが、なぜか屋外にあるんだぜ? これも東の文化かな?」

「………………でしょうね? 露天風呂というそうです」

「へぇ、そうなのか。あっちの人は、露出狂か何かなのかなぁ?」

「そんなわけないと思いますが………………」

 オレも着席してお茶を入れていると、なぜかティスリがモジモジしながら言ってくる。

「そ、それで……アルデ。わたしはそのお風呂に入ろうと思うのですが」

「ん? ああ、そうだな。今日は一日動き回ってたし。ティスリが入ったらオレも入るよ」

「ですが……お風呂は屋外で、見ようと思えば庭からも見える状態なのですが……」

「そうなのか? それは気づかなかったな」

「そうなのです。ですので……」

 ティスリは、半眼になってオレを睨んでくる。

「もし覗いたら……コロしますよ?」

「覗かねぇよ!?」

 思いも寄らぬことを言われ、オレは全力で否定する。

 だというのにティスリは頬を膨らませた。

「覗かないって……わたしに魅力がないということですか!?」

「覗かれたいのか!?」

「そんなわけないでしょう!?」

 ティスリは顔を真っ赤にさせて立ち上がる。

「と、とにかく! わたしが入っている間、露天風呂の回りは魔法で結界を張り巡らせておきますからね!? 死にたくなければ妙な気は起こさないように!」

「そもそもお前に触れただけで爆死するんだろ!? そんなことしないってば!」

「見られるだけでは爆死させられないじゃないですか!」

「おまいはオレをコロしたいのか!?」

「違いますけど! とにかく覗かないよーに!」

 ってか……そもそもそういう心配をするならば、部屋を分けるとかフロアを分けるとか、あるいは宿屋そのものを分けるとかすればよかったんじゃ……

 オレは別に、昨日の安宿でもよかったというのに。

 どちらかというとオレの方が身の危険(生命的な意味で)の心配をしなくてはならないのでは? と思いながら、露天風呂に向かうティスリの背中を眺めるのだった……ため息交じりに。
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