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第1章
第11話 まるでわたしがアルデを意識しているみたいじゃ──
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「こ、これはこれはティスリ様! ようこそお越しくださいました!」
「先触れもなくすまないわね」
「そんな滅相もございません! 私ども一同、ティスリ様のご来訪とあらば、深夜でも店を開かせて頂きます!」
ティスリが洋服店に入ると、店内の時が一瞬とまり、その後すぐにこのお店の支配人が飛んできて、恭しく一礼してきました。
ちなみにティスリの名前は、わたしが市井で活動するときの偽名で、立ち寄った店などで使っています。そして偽名ではありますが、彼らはわたしが王女であることも知っています。
いえ、今となっては『王女であったことを知っている』といった方が正しいのでしょうけれども。
しかしさきほどのカフェもこの洋服店も、まだわたしを王女だと勘違いしているようですね。通達が行き届いていないのでしょう。相変わらずお父様……だったこの国の王は、仕事が遅いですね。
まぁ王女であると思わせておいたほうが何かと都合がいいでしょうから放っておきましょうか。アルデの前で訂正することもできませんし。
「さてティスリ様、本日はどのような御用向きでしょうか?」
支配人に尋ねられ、わたしはアルデに視線を送りながら言いました。
「今日は彼の服を新調しに来ました。フォーマル系を数着と、あとこれから旅をする予定ですから、普段着もいくつかお願いします。既製服の仕立て直し程度でいいですよ。ついでにわたしの服も、何着か見繕ってください」
「かしこまりました! 直ちに手配致します!!」
支配人が言うや否や、店員全員が慌ただしく動き出します。
このお店、店員の立ち振る舞いにいささか品がないのですよね。まぁこの店のランクで、王族を相手にすることなんて普通はありませんから仕方がないのでしょうけれども。服のセンスがいいのでわたしは気に入っていますが。
「な、なぁ……ティスリ……」
貴賓室に案内されてから、アルデがおずおずと言ってきました。
「おまいって……ほんっとうに大商会の娘だったんだな?」
ほんっとうは全然違うのですが、わたしはしれっと言いました。
「そうですよ。というかいきなりなんなのです?」
「い、いや……お前が現れた途端、店長が出てくるわ、店員はビビるわ、おまけに全員、蜘蛛の子を散らすかのように逃げていくからさ……」
「あれは逃げたのではなく、服を選びに行ったのです」
「例えだ例え。いずれにしても、大商会もの娘になると、こんなに敬われるのか」
たぶん、大商会の娘であってもこれほど敬われることはないでしょうけれども、わたしはテキトーに頷いておきました。
「そうですよ? 何しろ、落とす金額が違いますからね」
「なるほどな……オレの知るはずのない世界だな……」
「言っておきますけど、この店は、洋服店の中では『上の下』くらいですからね?」
「ま、まぢか? この部屋なんて、ギラギラの照明までぶら下がっているのに?」
「シャンデリアのことですか? むしろ、こういう過度な装飾が『上の下』である理由なのですが」
「そういうもんなのか……ってかオレが着るのに、それでも上等すぎると思うが」
「ああ、そういう意味ではありません。店のランクはアレでも、品物は最上級ですから。だからわたしはここを利用しているのです」
「ま、まぢかよ……!?」
アルデがゴクリと生唾を飲んでから聞いてきました。
「参考までに聞きたいんだが……もしも服に穴とか開けたら……どうなる?」
「10倍になったあなたの給金、数カ月分が吹き飛びますね」
「き、着られないだろそんな服!?」
「穴が空いたなら買い換えればいいでしょう?」
「昔、そんな台詞を言った貴族が打ち首になっただろ!」
「それはパンの話です。いずれにしても、穴が空いたからといって別に咎めたりしませんよ」
わたしがそう言っても、アルデは「けど……たかが布キレに、なぜそんなにカネが掛かるのか……食事ならまだ分かるが……」などと不可解な様子でした。
なるほど……平民という存在は、モノの金額でいちいち驚いたりするのですね。こういう反応は今まで見たことがありませんでしたから、なかなか新鮮です。
そんな感じでたわいもないことを言い合っていると、貴賓室の扉がノックされました。
「どうぞ」と声を掛けると支配人が入ってきて、深々と一礼をしてきました。
「大変お待たせ致しました。お召し物の準備が整いましたので、それぞれの更衣室にご足労頂いてよろしいでしょうか」
支配人がそう言うと、アルデがわたしに耳打ちしてきます。
(な、なぁ……オレ、フォーマルな服なんて着方が分からないんだが……)
(大丈夫です。店員が着せてくれますから)
(オレは赤子じゃないんだぞ……!?)
(上流階級で、衣服を自分で着る人間なんていませんよ)
(そ、そうなのか? 信じられない話ばかりだなぁ……)
(いいから早く行きなさい。支配人が困っているでしょう?)
出入口を見れば、支配人がぽかんと口を開けています。だから、そうやって感情を顔に出してしまうから二流店だと思われるんですよ、まったく。
まぁ……王女だったこのわたしに、どう見ても平民の男が耳打ちしてるなんて光景を見ては、唖然とするのも無理はありませんが。もっとも、今のわたくしも平民ですし、別に耳打ちくらいどうってことないのですけれども。
けど、息が掛かるほどの距離で男性とお話をするのはいささか問題かしら? でもアルデですしね? その辺を歩いている野良犬か何かだと思えば、別に問題ないわけで……それに「耳打ちはよしなさい」などと言っては、まるでわたしがアルデを意識しているみたいじゃ──
「あ、あの……ティスリ様?」
支配人に呼ばれ、わたしはふと我に返ります。
アルデはいつの間にか支配人の隣に移動していて、わたしだけがソファに座ったままでした。
「ア、アルデ! 勝手に移動するんじゃありません!!」
「行けっていったのはお前だろ!?」
ま、まったく……この男は、本当にデリカシーというものを持ち合わせていないのだから……
女性の扱いに関しては、貴族の優男連中を見習って欲しいものですね……
「先触れもなくすまないわね」
「そんな滅相もございません! 私ども一同、ティスリ様のご来訪とあらば、深夜でも店を開かせて頂きます!」
ティスリが洋服店に入ると、店内の時が一瞬とまり、その後すぐにこのお店の支配人が飛んできて、恭しく一礼してきました。
ちなみにティスリの名前は、わたしが市井で活動するときの偽名で、立ち寄った店などで使っています。そして偽名ではありますが、彼らはわたしが王女であることも知っています。
いえ、今となっては『王女であったことを知っている』といった方が正しいのでしょうけれども。
しかしさきほどのカフェもこの洋服店も、まだわたしを王女だと勘違いしているようですね。通達が行き届いていないのでしょう。相変わらずお父様……だったこの国の王は、仕事が遅いですね。
まぁ王女であると思わせておいたほうが何かと都合がいいでしょうから放っておきましょうか。アルデの前で訂正することもできませんし。
「さてティスリ様、本日はどのような御用向きでしょうか?」
支配人に尋ねられ、わたしはアルデに視線を送りながら言いました。
「今日は彼の服を新調しに来ました。フォーマル系を数着と、あとこれから旅をする予定ですから、普段着もいくつかお願いします。既製服の仕立て直し程度でいいですよ。ついでにわたしの服も、何着か見繕ってください」
「かしこまりました! 直ちに手配致します!!」
支配人が言うや否や、店員全員が慌ただしく動き出します。
このお店、店員の立ち振る舞いにいささか品がないのですよね。まぁこの店のランクで、王族を相手にすることなんて普通はありませんから仕方がないのでしょうけれども。服のセンスがいいのでわたしは気に入っていますが。
「な、なぁ……ティスリ……」
貴賓室に案内されてから、アルデがおずおずと言ってきました。
「おまいって……ほんっとうに大商会の娘だったんだな?」
ほんっとうは全然違うのですが、わたしはしれっと言いました。
「そうですよ。というかいきなりなんなのです?」
「い、いや……お前が現れた途端、店長が出てくるわ、店員はビビるわ、おまけに全員、蜘蛛の子を散らすかのように逃げていくからさ……」
「あれは逃げたのではなく、服を選びに行ったのです」
「例えだ例え。いずれにしても、大商会もの娘になると、こんなに敬われるのか」
たぶん、大商会の娘であってもこれほど敬われることはないでしょうけれども、わたしはテキトーに頷いておきました。
「そうですよ? 何しろ、落とす金額が違いますからね」
「なるほどな……オレの知るはずのない世界だな……」
「言っておきますけど、この店は、洋服店の中では『上の下』くらいですからね?」
「ま、まぢか? この部屋なんて、ギラギラの照明までぶら下がっているのに?」
「シャンデリアのことですか? むしろ、こういう過度な装飾が『上の下』である理由なのですが」
「そういうもんなのか……ってかオレが着るのに、それでも上等すぎると思うが」
「ああ、そういう意味ではありません。店のランクはアレでも、品物は最上級ですから。だからわたしはここを利用しているのです」
「ま、まぢかよ……!?」
アルデがゴクリと生唾を飲んでから聞いてきました。
「参考までに聞きたいんだが……もしも服に穴とか開けたら……どうなる?」
「10倍になったあなたの給金、数カ月分が吹き飛びますね」
「き、着られないだろそんな服!?」
「穴が空いたなら買い換えればいいでしょう?」
「昔、そんな台詞を言った貴族が打ち首になっただろ!」
「それはパンの話です。いずれにしても、穴が空いたからといって別に咎めたりしませんよ」
わたしがそう言っても、アルデは「けど……たかが布キレに、なぜそんなにカネが掛かるのか……食事ならまだ分かるが……」などと不可解な様子でした。
なるほど……平民という存在は、モノの金額でいちいち驚いたりするのですね。こういう反応は今まで見たことがありませんでしたから、なかなか新鮮です。
そんな感じでたわいもないことを言い合っていると、貴賓室の扉がノックされました。
「どうぞ」と声を掛けると支配人が入ってきて、深々と一礼をしてきました。
「大変お待たせ致しました。お召し物の準備が整いましたので、それぞれの更衣室にご足労頂いてよろしいでしょうか」
支配人がそう言うと、アルデがわたしに耳打ちしてきます。
(な、なぁ……オレ、フォーマルな服なんて着方が分からないんだが……)
(大丈夫です。店員が着せてくれますから)
(オレは赤子じゃないんだぞ……!?)
(上流階級で、衣服を自分で着る人間なんていませんよ)
(そ、そうなのか? 信じられない話ばかりだなぁ……)
(いいから早く行きなさい。支配人が困っているでしょう?)
出入口を見れば、支配人がぽかんと口を開けています。だから、そうやって感情を顔に出してしまうから二流店だと思われるんですよ、まったく。
まぁ……王女だったこのわたしに、どう見ても平民の男が耳打ちしてるなんて光景を見ては、唖然とするのも無理はありませんが。もっとも、今のわたくしも平民ですし、別に耳打ちくらいどうってことないのですけれども。
けど、息が掛かるほどの距離で男性とお話をするのはいささか問題かしら? でもアルデですしね? その辺を歩いている野良犬か何かだと思えば、別に問題ないわけで……それに「耳打ちはよしなさい」などと言っては、まるでわたしがアルデを意識しているみたいじゃ──
「あ、あの……ティスリ様?」
支配人に呼ばれ、わたしはふと我に返ります。
アルデはいつの間にか支配人の隣に移動していて、わたしだけがソファに座ったままでした。
「ア、アルデ! 勝手に移動するんじゃありません!!」
「行けっていったのはお前だろ!?」
ま、まったく……この男は、本当にデリカシーというものを持ち合わせていないのだから……
女性の扱いに関しては、貴族の優男連中を見習って欲しいものですね……
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