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第1章
第9話 こんなどうでもいい話なんて、これまでしたことがなかったので……
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何か、とてつもなく失礼なことを思われているに違いありません……!
ティスリはそう確信しましたが、しかしアルデは生温かい視線をやめてくれそうにありません。
と、そこへ、二人のランチが運ばれてきたので、話はいったん休止となりました。
わたしが頼んだのはアフターヌーンティーセットで、アルデのものはモンサンミッシェル風クラシックオムレツにしました。卵料理なら腹持ちもいいでしょう。
このわたしに哀れみの目を向けていたアルデでしたが、目前の料理に釘付けになったおかげで、煩わしい視線はなくなりました。
わたしは清々しながらサンドイッチをつまみ始めますが、目の前のアルデはワタワタするばかりです。
「あなた、もしかして食べ方が分からないのですか?」
「し、仕方がないだろ? こんな高級料理、見たこと自体始めてなんだから」
「高級って、ただの卵料理ですが」
「オレの知ってる卵料理は、こんな形じゃないんだよ……!」
「まったく……世話の焼ける人ですね」
わたしはため息をついてから、フォークとナイフを動かす仕草をしながら説明します。
「その卵の真ん中を、ナイフでスッと切るんです。すると──」
「うおっ!? 中身はトロットロだぞ!? 焼けてるのか!?」
「半熟なのがオムレツの醍醐味なのですよ。それをパンに絡めて食べるのです」
「もぐもぐ……な……なんだこれ!? めちゃくちゃ上手い!!」
「はぁ……その程度で美味しいだなんて、アルデの舌は安いんですね?」
「当たり前だ! 今までどんな食事だったと思ってるんだ!」
さきほどの仕返しにチクりと嫌みを言ってやっても、オムレツに夢中となってしまったアルデには効かないようです。
なんというか……飢えた野良犬に餌付けをしているようですね。
まぁ衛士追放された無職の貧乏人ということは、あながち間違ってもいない例えでしょうけれども。
フォークとナイフをカチャカチャかき鳴らしながらオムレツを食べるアルデに、わたしは「そのうちテーブルマナーも教えないと……」と思いつつも言いました。
「それでアルデもわたしも、この王都に用はないみたいですし、できるだけ早く旅立とうと思っているわけですが、問題ありませんよね?」
皿に顔を埋めんばかりの勢いで食べていたアルデが顔を上げました。
「それは構わないけど、乗合馬車の時刻表を見てからじゃないと」
「何を言っているんですか、あなたは」
まさか、このわたしを乗合馬車に乗せようとしていたとは。わたしは呆れながら言葉を続けます。
「乗合馬車なんかで行くわけないでしょう?」
「え? でもお前は実家を追放されたんだろ? 馬車と御者はどうするんだよ。まさか、オレの田舎に行くためだけに雇うってのか?」
「雇ってもいいですが、馬車は何かと手間が掛かります。距離も相当ありそうですし、馬が潰れてしまいかねません」
「そうだよな……だとしたら乗合馬車を乗り継ぐほうが早くないか?」
「ですから馬は使いません」
「馬を使わない? ならどうやって行くっていうんだ?」
わたしの飛行魔法であれば、数時間ほどでひとっ飛びでしょうけれども、それでは味気ないですしね。
公務をひたすらやっていた頃は、時間節約のため、飛行魔法か転移魔法を使っていましたから、遠出したとしても気分転換にもなりませんでした。
酷いときには、自国の王城から他国の王城へ転移して、一歩も外に出ないまま会議詰めでしたからね。
よくよく考えてみたら、わたし、この王都から徒歩や馬車で出たことがありませんでした。馬車を使うのは街中だけでしたし。
であればこそ、ぜひとも街の外をのんびりと旅してみたいものです。
とはいえ、さきほどアルデに言ったように馬車では、馬の世話に手間が掛かります。立ち寄れる宿場町にも限りが出てくるし、だからいっそう歩みも遅いでしょう。
なのでわたしは言いました。
「このあと、魔動車を買いに行きましょう」
「魔動車? それはなんだ?」
魔動車は最先端技術でかつ高級品ですから、市中ではほぼ見られませんし、貴族街でも走っているのは希ですから、アルデが知らないのも無理はありません。
何を隠そう基礎理論はわたしが作りましたから、それを端的に説明します。
「馬のいない荷車みたいなものですよ。それが、魔法の力で走るのです」
「まぢかよ……魔法ってとてつもないな……いったいどんな仕組みなんだ?」
「原理は至って簡単です。こういう形の筒の中で爆発を起こします。するとこっちの軸に運動エネルギーが伝わって──」
わたしは魔動車の仕組みを、身振り手振りで説明していましたが、いつの間にかアルデがポカンとしていることに気づきました。
「ってあなた、まるで理解していないでしょう?」
「……すまん」
はぁ……学のない人はこれだから困ります。
とはいえアルデの場合、自分に教養のないことを素直に認めて、妙な見栄を張らないところは評価できますね。
これが貴族であれば、絶対に自分がおバカなことを認めないでしょうから。
だからわたしは、苦笑しながら言いました。
「まぁ細かな原理はともかく、魔法の力で動く荷車だと思っておけばいいです」
「へぇ………………?」
「言っておきますけど、馬形のゴーレム人形を作るわけではないですからね」
「魔法で心を読んだのか!?」
そんなバカバカしい話をしながら、わたしたちはランチを取るのでした。
それにしても……なんというか……
こんなどうでもいい話なんて、これまでしたことがなかったので……なんだかこそばゆいですね。
ティスリはそう確信しましたが、しかしアルデは生温かい視線をやめてくれそうにありません。
と、そこへ、二人のランチが運ばれてきたので、話はいったん休止となりました。
わたしが頼んだのはアフターヌーンティーセットで、アルデのものはモンサンミッシェル風クラシックオムレツにしました。卵料理なら腹持ちもいいでしょう。
このわたしに哀れみの目を向けていたアルデでしたが、目前の料理に釘付けになったおかげで、煩わしい視線はなくなりました。
わたしは清々しながらサンドイッチをつまみ始めますが、目の前のアルデはワタワタするばかりです。
「あなた、もしかして食べ方が分からないのですか?」
「し、仕方がないだろ? こんな高級料理、見たこと自体始めてなんだから」
「高級って、ただの卵料理ですが」
「オレの知ってる卵料理は、こんな形じゃないんだよ……!」
「まったく……世話の焼ける人ですね」
わたしはため息をついてから、フォークとナイフを動かす仕草をしながら説明します。
「その卵の真ん中を、ナイフでスッと切るんです。すると──」
「うおっ!? 中身はトロットロだぞ!? 焼けてるのか!?」
「半熟なのがオムレツの醍醐味なのですよ。それをパンに絡めて食べるのです」
「もぐもぐ……な……なんだこれ!? めちゃくちゃ上手い!!」
「はぁ……その程度で美味しいだなんて、アルデの舌は安いんですね?」
「当たり前だ! 今までどんな食事だったと思ってるんだ!」
さきほどの仕返しにチクりと嫌みを言ってやっても、オムレツに夢中となってしまったアルデには効かないようです。
なんというか……飢えた野良犬に餌付けをしているようですね。
まぁ衛士追放された無職の貧乏人ということは、あながち間違ってもいない例えでしょうけれども。
フォークとナイフをカチャカチャかき鳴らしながらオムレツを食べるアルデに、わたしは「そのうちテーブルマナーも教えないと……」と思いつつも言いました。
「それでアルデもわたしも、この王都に用はないみたいですし、できるだけ早く旅立とうと思っているわけですが、問題ありませんよね?」
皿に顔を埋めんばかりの勢いで食べていたアルデが顔を上げました。
「それは構わないけど、乗合馬車の時刻表を見てからじゃないと」
「何を言っているんですか、あなたは」
まさか、このわたしを乗合馬車に乗せようとしていたとは。わたしは呆れながら言葉を続けます。
「乗合馬車なんかで行くわけないでしょう?」
「え? でもお前は実家を追放されたんだろ? 馬車と御者はどうするんだよ。まさか、オレの田舎に行くためだけに雇うってのか?」
「雇ってもいいですが、馬車は何かと手間が掛かります。距離も相当ありそうですし、馬が潰れてしまいかねません」
「そうだよな……だとしたら乗合馬車を乗り継ぐほうが早くないか?」
「ですから馬は使いません」
「馬を使わない? ならどうやって行くっていうんだ?」
わたしの飛行魔法であれば、数時間ほどでひとっ飛びでしょうけれども、それでは味気ないですしね。
公務をひたすらやっていた頃は、時間節約のため、飛行魔法か転移魔法を使っていましたから、遠出したとしても気分転換にもなりませんでした。
酷いときには、自国の王城から他国の王城へ転移して、一歩も外に出ないまま会議詰めでしたからね。
よくよく考えてみたら、わたし、この王都から徒歩や馬車で出たことがありませんでした。馬車を使うのは街中だけでしたし。
であればこそ、ぜひとも街の外をのんびりと旅してみたいものです。
とはいえ、さきほどアルデに言ったように馬車では、馬の世話に手間が掛かります。立ち寄れる宿場町にも限りが出てくるし、だからいっそう歩みも遅いでしょう。
なのでわたしは言いました。
「このあと、魔動車を買いに行きましょう」
「魔動車? それはなんだ?」
魔動車は最先端技術でかつ高級品ですから、市中ではほぼ見られませんし、貴族街でも走っているのは希ですから、アルデが知らないのも無理はありません。
何を隠そう基礎理論はわたしが作りましたから、それを端的に説明します。
「馬のいない荷車みたいなものですよ。それが、魔法の力で走るのです」
「まぢかよ……魔法ってとてつもないな……いったいどんな仕組みなんだ?」
「原理は至って簡単です。こういう形の筒の中で爆発を起こします。するとこっちの軸に運動エネルギーが伝わって──」
わたしは魔動車の仕組みを、身振り手振りで説明していましたが、いつの間にかアルデがポカンとしていることに気づきました。
「ってあなた、まるで理解していないでしょう?」
「……すまん」
はぁ……学のない人はこれだから困ります。
とはいえアルデの場合、自分に教養のないことを素直に認めて、妙な見栄を張らないところは評価できますね。
これが貴族であれば、絶対に自分がおバカなことを認めないでしょうから。
だからわたしは、苦笑しながら言いました。
「まぁ細かな原理はともかく、魔法の力で動く荷車だと思っておけばいいです」
「へぇ………………?」
「言っておきますけど、馬形のゴーレム人形を作るわけではないですからね」
「魔法で心を読んだのか!?」
そんなバカバカしい話をしながら、わたしたちはランチを取るのでした。
それにしても……なんというか……
こんなどうでもいい話なんて、これまでしたことがなかったので……なんだかこそばゆいですね。
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