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第1章
第8話 友達なんて、必要ありますか?
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アルデたちは、宿屋を出て豪奢なカフェテリアに来ていた。
二日酔いが回復したティスリは、腹が減ったというので外食することにしたのだ。昨日はジョッキ半分でぶっ倒れて、それから何も食べていないしな。
さらにあの安宿ではイヤだというので、このあと宿泊先も探さねばならない。
そうしてオレたちが来たのが、王都のメインストリートに店を構えるカフェだ。カフェだがランチも食べられるらしい。とても洒落た感じで、オレは普段こんなところを利用しないのでちょっと気後れしてしまう。
だが政商の娘だったティスリからしたら、こんなハイソな店は行きなれているのだろう。しかも行きつけらしく、店員のほうがめちゃくちゃ緊張した感じで三階のテラスへと案内していた。どうやら特等席らしく、テラス席にはオレたち以外誰もいない。
お金持ちって、すげぇな……
「……とてつもなく高いな」
そしてメニュー表の価格もすげぇことになっていた。一番安いヤツでも、オレが食べてる昼食弁当の10倍は価格差がある。
オレがメニューを見て唖然としているとティスリが言ってきた。
「昨日はご馳走しそびれましたから、今日はご馳走しますわ。というより、今日からあなたはわたしの護衛なのですから、わたしと一緒にいるときの飲食代は気にせず食べなさい」
「そ、そうか……そういうことならお言葉に甘えさせてもらうが……」
しかし、メニューに何が書かれているのかさっぱり分からない。オレが知っているメニューは、牛丼とか焼き魚弁当とか、そういう類いのものだというのに、舌を噛みそうで、かつイメージがまったく沸かない料理名ばかりだった。
だからオレは観念して言った。
「ティスリと同じものでいいよ……」
「男性のあなたでは、物足りないのではないかしら?」
「そ、そうか……なら、腹に溜まるものがいいな……」
ということでメニューはティスリに一任し、給仕さんが注文を取ってから奥に消えていったが、それでもオレは、なんとも居心地悪い感じでソワソワしていた。
「そ、そういえば、オレはティスリの護衛になったんだろう? 一緒のテーブルで飲み食いなんてしてていいのか?」
「構いませんよ。公式の場というわけでもありませんし、わたしの護衛と言うよりただの男避けですから、一緒のテーブルについていたほうが効果が高いのです」
「ま、まぁ……男避けだとしたら確かに……」
ということは何か? オレはティスリの恋人役みたいなものなのか……?
なんてことを口走ったら「身の程を知りなさい」と言われそうなので黙っておいたが。
すぐに紅茶が運ばれてきて、飲み慣れていないどころか、紅茶を飲んだことがないオレでも、その香ばしい匂いに心を躍らされる。
しかも給仕さんがお酌までしてくれるなんて至れり尽くせりだ。しかし、なんであんな高い場所からお茶を注ぐんだ? こぼれないかハラハラしたが、上流階級ならではのお作法でもあるのだろう。
そしてオレは紅茶を一口すすってみる……と。
「う、うまい……!」
「あら、アルデみたいな粗野な人でも、紅茶の味が分かるんですね」
「粗野とは失礼な……と言いたいところだが、まぁ実際そうだしな。オレの地元には、そもそも紅茶なんて高級品なかったしな」
「ふぅん……アルデの地元はどんな感じだったのですか?」
「そうだなぁ……」
オレの地元は、この王都から、乗合馬車で三ヵ月前後かけて北上した地域だ。乗り継ぎが上手くいけば三ヵ月を切るが、タイミングが悪いと半年近く掛かる場合だってあるようなド田舎だった。
基本的には農業を生業としていて、広大な麦畑が地平線まで続く。秋になると、地元で育ったオレでも黄金色に輝く麦畑は見惚れるほどに美しいと思えるが、逆を言えばそれだけだった。
貴族達が押し寄せる観光名所もなければ、冒険者達が集まるダンジョンもない。だから村人以外、ほとんと旅人が来ないような地域なのだ。
オレがそんな説明をティスリにしたのだが、彼女は予想以上に食いついてきた。
「素晴らしいですね、黄金の麦畑。見てみたいです……!」
「そうか? オレの地元じゃなくたって、農業をやっている地域ならどこにでもある光景だと思うが……」
「そもそもわたし、農業をしている様子を視察したことがありませんので」
「ああ、そうか。政商の娘ともなれば、王都やそれ以外の都市を出入りするくらいだもんな」
「ええ、そうですね。だからぜひ見てみたいです。アルデの故郷を」
「そうだなぁ……今から王都を出れば……上手くすれば収穫の時季に間に合うかな?」
「そうですか! では行きましょう。明日にでもすぐ!」
「いやいや待て待て。いきなり過ぎるだろそれは」
オレが慌ててティスリをとめるが、しかし彼女はきょとんとした顔つきで言ってきた。
「何か問題でもあるのですか?」
「問題というか……えーと……」
「例えば、アルデはこの王都に用があると?」
「いや……衛士追放されたオレは、別にもう王都に用はないんだが……ティスリのほうこそ、ここでやることはないのか?」
「とくにありませんね」
躊躇いもせず断言するティスリに、オレは眉をひそめた。
「いやだって……お前はココが地元なんだろ? 親に勘当されたとしても、親戚に何か用とか……」
「わたしの追放を黙認した親戚なんて、会いたくもありません」
「なら、今までお世話になった人に挨拶とか……」
「わたしが世話をした人は数知れずですが、わたしが世話になった人なんていません」
「…………そうしたら、友達とか……」
「友達なんて、必要ありますか?」
そこまで聞いて、オレは思わず言葉を詰まらせる。
そ、そっか……こいつは……
あまりにも性格が難ありで、友達すらいないぼっちだったのか……!
「ちょっとアルデ? なんですか、その視線は」
「い、いや……なんでもない……」
「いきなり涙ぐんで、口元を抑えてわたしから目を逸らしているのに、なんでもなくはないでしょう?」
「いやいや……こっちの話だから……」
「こっちの話とはどっちの話ですか!? いやだから、その人を哀れむような視線をやめなさい!」
きっと、とんでもない美少女なのも相まって同性からはイジメられ、しかも男嫌いっぽいから言い寄ってくる男を避けていたら、そりゃあ……友達も恋人もできないわな。
そのあげく、親族にまで見放され、親には勘当を突きつけられたとあっては……こいつ、正真正銘の天涯孤独ぼっちじゃんか……
子供の頃から貧乏に耐えてきたオレだったが、それでも気を許せる家族がいたから、貧乏暮らしにも耐えられたのだ。
それはきっと、お金には換えられない価値があったからなのだろう。例えば愛情とか。
だというのにコイツは、お金はたくさんあっても愛情がなかったということなのか。いやだからこそ、こんなにひねくれてしまったのかもしれないな……
「だからアルデ! その視線をやめなさいと言っているでしょう!?」
「うんうん、分かってるぞ……きっとお前には癒やしが必要なんだ。だから素朴な田舎暮らしに憧れてるんだな」
「癒やしなんて必要ありません! 麦畑が見てみたいのは単に好奇心からです!」
「そっかそっか、もちろん好奇心だよな。うんうん、オレは分かっているぞ」
「何も分かっていないでしょうあなたは!?」
これからは、こんなに生意気な小娘でも優しくしてやれそうだ、とオレは思うのだった。
二日酔いが回復したティスリは、腹が減ったというので外食することにしたのだ。昨日はジョッキ半分でぶっ倒れて、それから何も食べていないしな。
さらにあの安宿ではイヤだというので、このあと宿泊先も探さねばならない。
そうしてオレたちが来たのが、王都のメインストリートに店を構えるカフェだ。カフェだがランチも食べられるらしい。とても洒落た感じで、オレは普段こんなところを利用しないのでちょっと気後れしてしまう。
だが政商の娘だったティスリからしたら、こんなハイソな店は行きなれているのだろう。しかも行きつけらしく、店員のほうがめちゃくちゃ緊張した感じで三階のテラスへと案内していた。どうやら特等席らしく、テラス席にはオレたち以外誰もいない。
お金持ちって、すげぇな……
「……とてつもなく高いな」
そしてメニュー表の価格もすげぇことになっていた。一番安いヤツでも、オレが食べてる昼食弁当の10倍は価格差がある。
オレがメニューを見て唖然としているとティスリが言ってきた。
「昨日はご馳走しそびれましたから、今日はご馳走しますわ。というより、今日からあなたはわたしの護衛なのですから、わたしと一緒にいるときの飲食代は気にせず食べなさい」
「そ、そうか……そういうことならお言葉に甘えさせてもらうが……」
しかし、メニューに何が書かれているのかさっぱり分からない。オレが知っているメニューは、牛丼とか焼き魚弁当とか、そういう類いのものだというのに、舌を噛みそうで、かつイメージがまったく沸かない料理名ばかりだった。
だからオレは観念して言った。
「ティスリと同じものでいいよ……」
「男性のあなたでは、物足りないのではないかしら?」
「そ、そうか……なら、腹に溜まるものがいいな……」
ということでメニューはティスリに一任し、給仕さんが注文を取ってから奥に消えていったが、それでもオレは、なんとも居心地悪い感じでソワソワしていた。
「そ、そういえば、オレはティスリの護衛になったんだろう? 一緒のテーブルで飲み食いなんてしてていいのか?」
「構いませんよ。公式の場というわけでもありませんし、わたしの護衛と言うよりただの男避けですから、一緒のテーブルについていたほうが効果が高いのです」
「ま、まぁ……男避けだとしたら確かに……」
ということは何か? オレはティスリの恋人役みたいなものなのか……?
なんてことを口走ったら「身の程を知りなさい」と言われそうなので黙っておいたが。
すぐに紅茶が運ばれてきて、飲み慣れていないどころか、紅茶を飲んだことがないオレでも、その香ばしい匂いに心を躍らされる。
しかも給仕さんがお酌までしてくれるなんて至れり尽くせりだ。しかし、なんであんな高い場所からお茶を注ぐんだ? こぼれないかハラハラしたが、上流階級ならではのお作法でもあるのだろう。
そしてオレは紅茶を一口すすってみる……と。
「う、うまい……!」
「あら、アルデみたいな粗野な人でも、紅茶の味が分かるんですね」
「粗野とは失礼な……と言いたいところだが、まぁ実際そうだしな。オレの地元には、そもそも紅茶なんて高級品なかったしな」
「ふぅん……アルデの地元はどんな感じだったのですか?」
「そうだなぁ……」
オレの地元は、この王都から、乗合馬車で三ヵ月前後かけて北上した地域だ。乗り継ぎが上手くいけば三ヵ月を切るが、タイミングが悪いと半年近く掛かる場合だってあるようなド田舎だった。
基本的には農業を生業としていて、広大な麦畑が地平線まで続く。秋になると、地元で育ったオレでも黄金色に輝く麦畑は見惚れるほどに美しいと思えるが、逆を言えばそれだけだった。
貴族達が押し寄せる観光名所もなければ、冒険者達が集まるダンジョンもない。だから村人以外、ほとんと旅人が来ないような地域なのだ。
オレがそんな説明をティスリにしたのだが、彼女は予想以上に食いついてきた。
「素晴らしいですね、黄金の麦畑。見てみたいです……!」
「そうか? オレの地元じゃなくたって、農業をやっている地域ならどこにでもある光景だと思うが……」
「そもそもわたし、農業をしている様子を視察したことがありませんので」
「ああ、そうか。政商の娘ともなれば、王都やそれ以外の都市を出入りするくらいだもんな」
「ええ、そうですね。だからぜひ見てみたいです。アルデの故郷を」
「そうだなぁ……今から王都を出れば……上手くすれば収穫の時季に間に合うかな?」
「そうですか! では行きましょう。明日にでもすぐ!」
「いやいや待て待て。いきなり過ぎるだろそれは」
オレが慌ててティスリをとめるが、しかし彼女はきょとんとした顔つきで言ってきた。
「何か問題でもあるのですか?」
「問題というか……えーと……」
「例えば、アルデはこの王都に用があると?」
「いや……衛士追放されたオレは、別にもう王都に用はないんだが……ティスリのほうこそ、ここでやることはないのか?」
「とくにありませんね」
躊躇いもせず断言するティスリに、オレは眉をひそめた。
「いやだって……お前はココが地元なんだろ? 親に勘当されたとしても、親戚に何か用とか……」
「わたしの追放を黙認した親戚なんて、会いたくもありません」
「なら、今までお世話になった人に挨拶とか……」
「わたしが世話をした人は数知れずですが、わたしが世話になった人なんていません」
「…………そうしたら、友達とか……」
「友達なんて、必要ありますか?」
そこまで聞いて、オレは思わず言葉を詰まらせる。
そ、そっか……こいつは……
あまりにも性格が難ありで、友達すらいないぼっちだったのか……!
「ちょっとアルデ? なんですか、その視線は」
「い、いや……なんでもない……」
「いきなり涙ぐんで、口元を抑えてわたしから目を逸らしているのに、なんでもなくはないでしょう?」
「いやいや……こっちの話だから……」
「こっちの話とはどっちの話ですか!? いやだから、その人を哀れむような視線をやめなさい!」
きっと、とんでもない美少女なのも相まって同性からはイジメられ、しかも男嫌いっぽいから言い寄ってくる男を避けていたら、そりゃあ……友達も恋人もできないわな。
そのあげく、親族にまで見放され、親には勘当を突きつけられたとあっては……こいつ、正真正銘の天涯孤独ぼっちじゃんか……
子供の頃から貧乏に耐えてきたオレだったが、それでも気を許せる家族がいたから、貧乏暮らしにも耐えられたのだ。
それはきっと、お金には換えられない価値があったからなのだろう。例えば愛情とか。
だというのにコイツは、お金はたくさんあっても愛情がなかったということなのか。いやだからこそ、こんなにひねくれてしまったのかもしれないな……
「だからアルデ! その視線をやめなさいと言っているでしょう!?」
「うんうん、分かってるぞ……きっとお前には癒やしが必要なんだ。だから素朴な田舎暮らしに憧れてるんだな」
「癒やしなんて必要ありません! 麦畑が見てみたいのは単に好奇心からです!」
「そっかそっか、もちろん好奇心だよな。うんうん、オレは分かっているぞ」
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