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1章 機械の兵隊
生方宗助について
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「うわぁっ!」
大きな寝言で目を覚ました。バクバクと動悸が続いている。シャツを搾ればその場に水溜りが作れるほど大量の汗を掻いていた。
「……はぁ」
うんざりしたようにため息を吐く。
(……また、この変な夢……)
上半身のみ起き上がらせて、大きく息を吸い、そして吐いて呼吸を整え、頭をボリボリとかく。どんな夢を見たのかは殆ど覚えていない。ただ、精神を強く揺さぶるような衝撃的な光景が、まるで現実にあったかのような生々しい感触が、彼の目や耳や肌に残っている。濡れたシャツが肌に張り付くのが気持ち悪くてもぞもぞと脱ぎ捨て、洋服ダンスから適当なシャツを取り出した。時刻を確かめるために暗闇の中で携帯電話のディスプレイを起動させると、午前三時に迫ろうかという時刻が表示されていた。
「……なんなんだよ……。寝よう」
ボフッと音を立てて、頭を枕にダイブさせた。目を閉じて眠ることに集中する。 さすがに、一夜に同じ夢を二度見る事はなかった。
そんな、数週間に一度のペースで妙な夢を見ている、と彼が自覚し始めたのは……あの春の日の夕暮れ時、硬く冷たい鉄の兵に初めて出会った『あの日』が境であった。
この生方宗助という名の――青年と呼ぶべきか少年と呼ぶべきか意見が分かれそうな――男性は、この春高校を卒業したばかりの大学一年生である。彼は今、大学最寄り駅へと向かう列車に揺られながら、自分の掌をぼんやりと見つめていた。
彼が自分の身体に不思議な能力が宿っている事に気が付いたのは、現在からちょうど二年前の春の日だった。夜、風呂に入っている最中湯船に沈む自身の腕や掌から、信じられない量の気泡が発生していたのだ。
水面を騒がすその気泡を見ながら、その現象に対して、「気のせい」「こういう事もある」と無理矢理やり納得してやり過ごした。
しかしそれは翌日も、またその次の日も、収まるどころか激しさを増していた。三日続けば、流石に見過ごす事ができなくなってきたのだが……。
(何かの病気? だとしても、別に身体がどこか痛いとかは全く無いし……)
それどころか、少しだけ精神を集中させるとその気泡達を止めたり、逆に大きな気泡を作り出したり、ある程度操ることが出来る事に気がついた。
「自分には、何か不思議な力が身についている」
そう自覚するのにそれほど時間はかからなかった。そして、彼の正直な感想としては。
(気泡が出せるからなんだって言うんだよ)
そんな感じで、自分の能力にそれほど将来性や可能性は感じなかった。勿論医者に相談することも無かったし、家族や友人にこの事を話すこともなく……毎晩の入浴時に気泡を出して遊ぶくらいで持て余していた。
こじんまりとした能力の発現から二年が経った現在……新生活は慌ただしくて、飛び交う情報達に振り回されているうちに、入学式から一週間が過ぎていた。受験生時代から忙しさもあって、気泡の能力の事は頭の片隅に追いやられており、大学生活の新鮮さも相まってさらに隅の隅へと片付けられてしまっていた。
学校最寄り駅で降りて改札を潜り、地元で有名となっている満開の桜並木の下を通り抜けて大学に到着すると、各部活やサークルによる激しい勧誘活動を小走りでくぐり抜けて、少し汗ばみつつ講義室に辿りつき、所定の位置に座る。
彼は幼い頃から近所の幼馴染の父親が立ち上げた剣道場で鍛え上げられており、受験勉強期間で少し弛みはしたが、無駄な脂肪も無く程々に高身長なスポーツマン体型を作り上げていた。そのため大学では、体育会系の部活勧誘員が彼の姿を見つけると自分の部活に取り入れようと一目散に駆けつける。その鬼気迫る様子に宗助も「捕まってたまるか」と意地になって逃げるので、だいたい迫真の追いかけっこになり、教室に着く頃には額に汗が浮かんでいる。
勧誘している先輩達に対して、「果たして彼らはいつ授業を受けているのだろうか」と疑問が浮かんでいた。むしろ「頼むから授業を受けてくれ」と願いさえしていた。
「生方くん、おはよ」
「あぁ、おはよう」
「また汗かいてる。汗っかきなの? 私なんか今日下にいっぱい着込んでるのにさ」
後ろの席の女子生徒にそう問われると「うん、まぁ」と曖昧な返事を返した。
彼女は別の授業で知り合った生徒なのだが、宗助の頭の中でまだイマイチ顔と名前が一致しないため、「あなたの名前はわかりません」なんて失礼な現状を察知されないようとして、ぎこちない対応でお茶を濁している。
すると、先程の話にも出た幼馴染である木原亮太が隣に腰掛けた。彼も同じ大学の同じ学部に合格しており、特に示し合わせた訳ではないが同じ授業を登録している。
「おっす。なんだよお前汗だくだな。……あぁ、また勧誘か」
「そんなとこ」
「逆にすげぇよな、体育会の連中から逃げ切るって。しつこいのなんの」
「はは、お前の親父さんに竹刀で背中叩かれまくったお陰かもな」
本気で感心している様子の友人を横目に、カバンから授業の為の教科書やノートを取り出した。授業開始のチャイムと共に、教授が教壇へ向かってつかつかと歩いてくるのが見えた。
午前の授業を終えて、昼休み。宗助は亮太と共に学食で食事にありついていた。
「あおいちゃん、また入院したって聞いたけど元気にしてる?」
「あぁ、まぁ、元気と言えば元気なんだけど、精神面の問題なのかな。なんか、治りきらないっていうか。しばらく病院だから見舞いに来てやってくれよ。暇そうにしてるからさ」
「勿論そのつもりだって。あおいちゃんは美人だからな。何あげてもだいたい本気で喜んでくれるし。あの子の為にバイトしてるね、俺は」
「動機が不純なんだよ。こないだ見舞いの品を選ぶセンスがないって言われてたぞ」
「嘘つけ。あの子はそんなこと言わない」
「はは、わかるか」
「どんだけ一緒にいると思ってるんだ? おにーちゃん」
「やめろ気持ち悪い。ぶん殴るぞ」
「殴るだなんてひどいっ、お義兄さんっ」
「気持ち悪いうえに声がでかいんだよっ、箸で目ぇ突くぞ!」
鬱陶しい絡み方に宗助が目くじら立てて恫喝するが、亮太は特に堪えた様子を見せない。一通り馬鹿らしい掛け合いをした後、宗助はため息を吐いた。亮太はその様子を見ても悪びれず、愉快そうにニっと笑って見せた。
「頑固親父だな。いや、頑固兄貴か。頑固シスコン兄貴」
言われて、宗助はますますムッとした顔になる。
さて、今話題にのぼった『あおい』というのは、この春で高校二年生になった宗助の妹の事だ。元から身体が弱く体調を崩しがちだった彼女は、一年前の母親の病死を機にますますもって身体が病気がちになってしまい、つい先日また調子を崩して、ここ数日間病院のお世話になっている。
「冗談はこんくらいにして、近いうちに様子見に行くって言っといてくれよ」
「自分でメールでもなんでもしろ。ごちそうさま。混んで来たし、出よう」
続いて宗助も食べ終わり、お盆を持って立ち上がり食器を片づけると食堂を後にした。
宗助が幼馴染という視点からこの木原亮太という男を語る際に、一言で表している言葉がある。
『完璧な男』
容姿端麗・成績優秀・そして運動神経は抜群で冗談も言える。知識も広く話題も多い。友人関係は広く、性格もきさくで付き合いやすい良い奴だ。宗助自身、小・中・高と付き合ってきて、身長しか彼を超える部分がないのでは、と思った事さえある。だが、そんな木原はよく宗助にこんなことを言う。
「宗助はやっぱり相変わらず、女子に言い寄られてる訳? まだ一週間しか経ってないけど」
「……相変わらずって」
「高校の時だってモテてただろう」
「ははは、体育会のマッチョ連中にはモテてるけどな」
「いやあ、もういいって、そういうとぼけたのは。今まで黙っていたが、道場にお前の袴姿を見にやってくる娘もいたからな」
「え、マジで? ……あ、いや、だから、からかうなって言ってんだよ。いっつも適当な事言いやがって」
眉をしかめて反論する宗助とは反対に、亮太はふふふ、と楽しそうに笑う。内容の真偽はともかく彼はいつもこうして宗助をからかうのだが、今回の場合は宗助も本気でとぼけている訳ではなく実際にあまり浮いた話に縁がなかった、と少なくとも彼自身は感じている。
からきしというわけではなく、一度だけ、高校の時に恋人ができた事はあった。同じ学校で、一つ年が上の陽気な女性だった。どうやって出会ったのかは当人でさえハッキリと覚えていない程些細なことだったが、彼女からの告白で恋人関係が始まり、あれよあれよと、気付けば彼女は宗助の名前を楽しそうに呼んで、彼の手を楽しそうに引っ張っていた。彼女の気の召すままに、引っ張られるがまま……それでも宗助は充分青春を謳歌していると思っていたのだが……「付き合う」というのがいまいちわからないまま、なんとなく気付いた頃にはその彼女は宗助の元を離れていってしまっていた。
宗助にとっては苦い思い出で、未だに『彼女は元気にしているだろうか』と思い出しては少し切なくなる。「きっと自分の事など忘れ、また陽気に誰かの手を引っ張っているのだろうか」と感傷に浸ることがしばしばあった。
「……宗助。お前、結局何か部活とかサークルとか入るのか?」
遠い所を見つめだした宗助を見て何かを悟ったらしく、亮太は唐突に話題を切り替えた。
「え? あぁ、部活かぁ。なんにもなしでバイトと授業だけってのも味気ないだろうし、どこかには入りたいな。剣道は多分、もう引退するけどさ」
勧誘を断るための嘘で「部活に入っている」とは言っているが、実際には無所属である。
「親父が『ぜひ宗助君も引き連れて剣道部に入りなさい』って言ってたけど……ま、大学まで入って部活強制は無いよな。どっか良いところがあれば俺にも教えてくれよ」
「おう、わかった。……っと、そろそろ昼休みも終わりか」
腕時計の針はもう昼休み終了十分前の時刻を示していた。
「そんじゃあ、また今度だな。あおいちゃんによろしく言っといてくれ」
「ああ。覚えていたらな」
そして二人は分岐点にさしかかり、正反対の方角へと進んで行った。
大きな寝言で目を覚ました。バクバクと動悸が続いている。シャツを搾ればその場に水溜りが作れるほど大量の汗を掻いていた。
「……はぁ」
うんざりしたようにため息を吐く。
(……また、この変な夢……)
上半身のみ起き上がらせて、大きく息を吸い、そして吐いて呼吸を整え、頭をボリボリとかく。どんな夢を見たのかは殆ど覚えていない。ただ、精神を強く揺さぶるような衝撃的な光景が、まるで現実にあったかのような生々しい感触が、彼の目や耳や肌に残っている。濡れたシャツが肌に張り付くのが気持ち悪くてもぞもぞと脱ぎ捨て、洋服ダンスから適当なシャツを取り出した。時刻を確かめるために暗闇の中で携帯電話のディスプレイを起動させると、午前三時に迫ろうかという時刻が表示されていた。
「……なんなんだよ……。寝よう」
ボフッと音を立てて、頭を枕にダイブさせた。目を閉じて眠ることに集中する。 さすがに、一夜に同じ夢を二度見る事はなかった。
そんな、数週間に一度のペースで妙な夢を見ている、と彼が自覚し始めたのは……あの春の日の夕暮れ時、硬く冷たい鉄の兵に初めて出会った『あの日』が境であった。
この生方宗助という名の――青年と呼ぶべきか少年と呼ぶべきか意見が分かれそうな――男性は、この春高校を卒業したばかりの大学一年生である。彼は今、大学最寄り駅へと向かう列車に揺られながら、自分の掌をぼんやりと見つめていた。
彼が自分の身体に不思議な能力が宿っている事に気が付いたのは、現在からちょうど二年前の春の日だった。夜、風呂に入っている最中湯船に沈む自身の腕や掌から、信じられない量の気泡が発生していたのだ。
水面を騒がすその気泡を見ながら、その現象に対して、「気のせい」「こういう事もある」と無理矢理やり納得してやり過ごした。
しかしそれは翌日も、またその次の日も、収まるどころか激しさを増していた。三日続けば、流石に見過ごす事ができなくなってきたのだが……。
(何かの病気? だとしても、別に身体がどこか痛いとかは全く無いし……)
それどころか、少しだけ精神を集中させるとその気泡達を止めたり、逆に大きな気泡を作り出したり、ある程度操ることが出来る事に気がついた。
「自分には、何か不思議な力が身についている」
そう自覚するのにそれほど時間はかからなかった。そして、彼の正直な感想としては。
(気泡が出せるからなんだって言うんだよ)
そんな感じで、自分の能力にそれほど将来性や可能性は感じなかった。勿論医者に相談することも無かったし、家族や友人にこの事を話すこともなく……毎晩の入浴時に気泡を出して遊ぶくらいで持て余していた。
こじんまりとした能力の発現から二年が経った現在……新生活は慌ただしくて、飛び交う情報達に振り回されているうちに、入学式から一週間が過ぎていた。受験生時代から忙しさもあって、気泡の能力の事は頭の片隅に追いやられており、大学生活の新鮮さも相まってさらに隅の隅へと片付けられてしまっていた。
学校最寄り駅で降りて改札を潜り、地元で有名となっている満開の桜並木の下を通り抜けて大学に到着すると、各部活やサークルによる激しい勧誘活動を小走りでくぐり抜けて、少し汗ばみつつ講義室に辿りつき、所定の位置に座る。
彼は幼い頃から近所の幼馴染の父親が立ち上げた剣道場で鍛え上げられており、受験勉強期間で少し弛みはしたが、無駄な脂肪も無く程々に高身長なスポーツマン体型を作り上げていた。そのため大学では、体育会系の部活勧誘員が彼の姿を見つけると自分の部活に取り入れようと一目散に駆けつける。その鬼気迫る様子に宗助も「捕まってたまるか」と意地になって逃げるので、だいたい迫真の追いかけっこになり、教室に着く頃には額に汗が浮かんでいる。
勧誘している先輩達に対して、「果たして彼らはいつ授業を受けているのだろうか」と疑問が浮かんでいた。むしろ「頼むから授業を受けてくれ」と願いさえしていた。
「生方くん、おはよ」
「あぁ、おはよう」
「また汗かいてる。汗っかきなの? 私なんか今日下にいっぱい着込んでるのにさ」
後ろの席の女子生徒にそう問われると「うん、まぁ」と曖昧な返事を返した。
彼女は別の授業で知り合った生徒なのだが、宗助の頭の中でまだイマイチ顔と名前が一致しないため、「あなたの名前はわかりません」なんて失礼な現状を察知されないようとして、ぎこちない対応でお茶を濁している。
すると、先程の話にも出た幼馴染である木原亮太が隣に腰掛けた。彼も同じ大学の同じ学部に合格しており、特に示し合わせた訳ではないが同じ授業を登録している。
「おっす。なんだよお前汗だくだな。……あぁ、また勧誘か」
「そんなとこ」
「逆にすげぇよな、体育会の連中から逃げ切るって。しつこいのなんの」
「はは、お前の親父さんに竹刀で背中叩かれまくったお陰かもな」
本気で感心している様子の友人を横目に、カバンから授業の為の教科書やノートを取り出した。授業開始のチャイムと共に、教授が教壇へ向かってつかつかと歩いてくるのが見えた。
午前の授業を終えて、昼休み。宗助は亮太と共に学食で食事にありついていた。
「あおいちゃん、また入院したって聞いたけど元気にしてる?」
「あぁ、まぁ、元気と言えば元気なんだけど、精神面の問題なのかな。なんか、治りきらないっていうか。しばらく病院だから見舞いに来てやってくれよ。暇そうにしてるからさ」
「勿論そのつもりだって。あおいちゃんは美人だからな。何あげてもだいたい本気で喜んでくれるし。あの子の為にバイトしてるね、俺は」
「動機が不純なんだよ。こないだ見舞いの品を選ぶセンスがないって言われてたぞ」
「嘘つけ。あの子はそんなこと言わない」
「はは、わかるか」
「どんだけ一緒にいると思ってるんだ? おにーちゃん」
「やめろ気持ち悪い。ぶん殴るぞ」
「殴るだなんてひどいっ、お義兄さんっ」
「気持ち悪いうえに声がでかいんだよっ、箸で目ぇ突くぞ!」
鬱陶しい絡み方に宗助が目くじら立てて恫喝するが、亮太は特に堪えた様子を見せない。一通り馬鹿らしい掛け合いをした後、宗助はため息を吐いた。亮太はその様子を見ても悪びれず、愉快そうにニっと笑って見せた。
「頑固親父だな。いや、頑固兄貴か。頑固シスコン兄貴」
言われて、宗助はますますムッとした顔になる。
さて、今話題にのぼった『あおい』というのは、この春で高校二年生になった宗助の妹の事だ。元から身体が弱く体調を崩しがちだった彼女は、一年前の母親の病死を機にますますもって身体が病気がちになってしまい、つい先日また調子を崩して、ここ数日間病院のお世話になっている。
「冗談はこんくらいにして、近いうちに様子見に行くって言っといてくれよ」
「自分でメールでもなんでもしろ。ごちそうさま。混んで来たし、出よう」
続いて宗助も食べ終わり、お盆を持って立ち上がり食器を片づけると食堂を後にした。
宗助が幼馴染という視点からこの木原亮太という男を語る際に、一言で表している言葉がある。
『完璧な男』
容姿端麗・成績優秀・そして運動神経は抜群で冗談も言える。知識も広く話題も多い。友人関係は広く、性格もきさくで付き合いやすい良い奴だ。宗助自身、小・中・高と付き合ってきて、身長しか彼を超える部分がないのでは、と思った事さえある。だが、そんな木原はよく宗助にこんなことを言う。
「宗助はやっぱり相変わらず、女子に言い寄られてる訳? まだ一週間しか経ってないけど」
「……相変わらずって」
「高校の時だってモテてただろう」
「ははは、体育会のマッチョ連中にはモテてるけどな」
「いやあ、もういいって、そういうとぼけたのは。今まで黙っていたが、道場にお前の袴姿を見にやってくる娘もいたからな」
「え、マジで? ……あ、いや、だから、からかうなって言ってんだよ。いっつも適当な事言いやがって」
眉をしかめて反論する宗助とは反対に、亮太はふふふ、と楽しそうに笑う。内容の真偽はともかく彼はいつもこうして宗助をからかうのだが、今回の場合は宗助も本気でとぼけている訳ではなく実際にあまり浮いた話に縁がなかった、と少なくとも彼自身は感じている。
からきしというわけではなく、一度だけ、高校の時に恋人ができた事はあった。同じ学校で、一つ年が上の陽気な女性だった。どうやって出会ったのかは当人でさえハッキリと覚えていない程些細なことだったが、彼女からの告白で恋人関係が始まり、あれよあれよと、気付けば彼女は宗助の名前を楽しそうに呼んで、彼の手を楽しそうに引っ張っていた。彼女の気の召すままに、引っ張られるがまま……それでも宗助は充分青春を謳歌していると思っていたのだが……「付き合う」というのがいまいちわからないまま、なんとなく気付いた頃にはその彼女は宗助の元を離れていってしまっていた。
宗助にとっては苦い思い出で、未だに『彼女は元気にしているだろうか』と思い出しては少し切なくなる。「きっと自分の事など忘れ、また陽気に誰かの手を引っ張っているのだろうか」と感傷に浸ることがしばしばあった。
「……宗助。お前、結局何か部活とかサークルとか入るのか?」
遠い所を見つめだした宗助を見て何かを悟ったらしく、亮太は唐突に話題を切り替えた。
「え? あぁ、部活かぁ。なんにもなしでバイトと授業だけってのも味気ないだろうし、どこかには入りたいな。剣道は多分、もう引退するけどさ」
勧誘を断るための嘘で「部活に入っている」とは言っているが、実際には無所属である。
「親父が『ぜひ宗助君も引き連れて剣道部に入りなさい』って言ってたけど……ま、大学まで入って部活強制は無いよな。どっか良いところがあれば俺にも教えてくれよ」
「おう、わかった。……っと、そろそろ昼休みも終わりか」
腕時計の針はもう昼休み終了十分前の時刻を示していた。
「そんじゃあ、また今度だな。あおいちゃんによろしく言っといてくれ」
「ああ。覚えていたらな」
そして二人は分岐点にさしかかり、正反対の方角へと進んで行った。
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